第50話 元の世界への帰還なんだけど!

「新しく魔女の一人となったゆいちゃんに、いくつか手続きがありますから」

 突然ゆいの前に現れたルルは、いつも通り淡々と穏やかな笑みを浮かべて語りだす。


「手続きって、どんなことをするんですか?」

「難しいことではありませんよ。単に名前と住む場所を決めて、いくつかのルールを説明するだけですから」

「名前も住む場所も、わたしありますけど」

「通過儀礼の一種だと考えてください」

 なんだか妙なものを押し付けられそうで、嫌な予感がしたゆい。その予感は、魔女なのでよく当たる。


「まず、ゆいちゃんの二つ名を決めましょう。なにか希望はありますか?」

「ペリーヌさんの『宝石の魔女』みたいなやつですか?わたし、そういうのにはあんまり興味がないんですよね」

「それなら、『絆の魔女』でどうでしょうか。二つのものを繋ぐものといえば、絆ですからね」

「すこし格好つけすぎな気もしますけど、それでいいです」

 ゆいは、ルルが自分の力の本質を認識していても、別に驚いたりはしなかった。ゆい視点で見てもルルと普通の人間に違いなどないように映るが、全くそうではないということをゆいは知っているのだ。


「次は住所ですね。ゆいちゃんはこの世界の出身ではないですし、私が土地を用意しますね。何もないところですが、そこにあるものは好きに使っていいですよ」

「わたし、ホームレスじゃないんですけど」

「別荘くらいに思ってもらえれば構いませんよ。それから、ゆいちゃんの元々いた世界は、ゆいちゃんが自由に管理してくださいね。本来はほかの世界に干渉するのは控えているのですが、この場合はゆいちゃんに任せたほうがいいでしょう」


 なんか、いつの間にやら世界が手に入っていた。ゆいは、次の瞬間、自分の生まれた世界と、ついでに人の住まない日本ほどの広さの土地が、自らの手のひらの上にのったことが直感的にわかった。さすがにここまで意のままになってしまうと、ちょっと背徳感のほうが大きくなってくる。


「なんだか、人の命を弄んでしまっている感じで、落ち着かないです」

「いずれ慣れますよ。魔女であるというのは、そういうことですから」

 そうは言われても、ゆいはなかなか人間の感覚が抜けない。それを見透かしたようにルルは諭すように言う。


「魔女は、何をしてもいいですから。自分の支配する世界を気の向くままに滅ぼしても、盆栽のように手入れをしてみても、あるいは何もしないのも、ゆいちゃんの自由ですよ」

「なんでもって、わたし、本当になんでもできちゃいそうなんですけど」

「それでいいんですよ。どの世界も、魔女の思い通りになるべきですから」

 ゆいは、ルルの論理を理解しつつも、やっぱり納得がいかない。


「でも、さすがに道徳観念は必要じゃないですか?」

「魔女同士でいざこざがあったら私が仲裁します。それ以外には何も制限はありません。力を持っていても使えないのは、もったいないですから」

「ルルさんと対立したらどうなるんですか?」


 ゆいは、ペリーヌに放った必殺技、相手と現実の糸の切断を試みて、そしてそれがことに気が付いた。なぜ不可能なのかはわからないが、とにかくルルに攻撃することは不可能だった。それが、この世界のルールであるように。


「魔女が私に敵対することはありませんから」

 ルルは、まるでゆいの心を見透かしたかのように言った。何かをしている様子はない。ただ、リンゴが木から落ちるように、人がいずれ死ぬように、ルルの言うことも、やはり普遍的法則であった。ルルの思い通りにならない世界は、フィクションの産物でしかなかった。


 ゆいは、今になってようやく、ルルのその底知れない力の一端を理解できたような気がした。いや、正確には、ゆいはルルは何もわからなかった。まるで、無力だったころの魔女たちと同じくらい、今のゆいにはルルが絶対的に思えた。


「ルルさん、やっぱりあなたは全能の神様ですよね?」

「私は全知ではありませんし、ましてや全能でもありませんよ。だから、女神ではなく魔女と名乗っているのですから」

 ルルは否定するが、ゆいには事実上は全知全能だとしか思えなかった。ルルには、ゆいが知っていることはすべて知っているし、ゆいにできることはすべてできるだろうと確信していた。こんな超越的な存在が統治しているなら、魔女たちに交じって生きて(?)いくのも悪くないと、ゆいは思った。


「わかりましたよ。わたしは人間らしく道徳的に生きることにします。お天道様は見ているらしいですしね」

「私が魔女を罰することはありませんけれどね」

 ゆいが魔女として生きていく方針が決まったところで、ルルはこの広間をゆっくり歩いて立ち去っていく。彼女の姿が見えなくなると同時に、あたりの景色が色を取り戻していき、ゆっくりと時間が動き出していった。




 ***




「ゆいちゃん、どうしたの~?」

 ねこみみ千晶がゆいの顔を覗き込みながらたずねてくる。実にあざとい仕草だ。


「なんでもありません!ささ、みんな起きてください!」

 ゆいは手を叩きながら、クラスのみんなの意識を戻した。ついでに道子のバラバラになった体も元通りくっつけた。


「あれ!?俺、生きてる!?そうだ、ゆいちゃん、『宝石の魔女』は!?」

「確か勇くんがドラゴンになっちゃって……そうだ、千晶!あなたのせいで私たちは!どうしてくれるの!」

「助かったー!よかっだよおー!」


 目を覚ましたクラスメイトたちは、混乱状態でゆいたちを質問攻めにしたり、命が助かったことに安堵して泣き出したりしていた。ゆいは苦笑しながら、戦いで倒れた勇のほうへと向かう。勇は、仰向けに倒れていて、一歩も動けないほど満身創痍ながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「ゆい、よくペリーヌを倒したな。俺にはどうやったのかわからないけど、これでこの世界の人たちが救われた。けど、見ての通り、俺はドラゴンのままだ。人間じゃない俺を受け入れてくれるところはないだろう。だから、俺のことは放っておいて、みんなでこの世界で幸せに暮らしてくれ。それが、俺の最期の望みだ」

 なんだか死ぬ間際のようなやたらと長いセリフを言ったが、ゆいは最後まで聞いてから、勇の諦めムードを吹っ飛ばした。途中で遮ってもよかったが、なんとなくおかしくて止めなかったのだ。


「何言ってるんですか?わたしは勇くんを人間に戻しますし、元の世界にも帰るつもりですよ。勇くん、いつからそんなに悲観的になったんですか?」

「どういう意味だ、ゆい?」

 聞き返す勇を無視して、ゆいは勇の胸に手を当てる。すると勇の体についていたダイヤモンドの鱗が、一枚一枚はがれていく。肉体の全要素を少しずつ置換していくという、とんでもない外科手術を、ゆいは魔力的な制約をクリアしながらなんなくこなしているのだ。


 鱗が完全になくなり、勇が元の姿に戻ったところで、勇はゆいに問いかける。

「ゆい、何をしたんだ」

「勇くんの眷属化は不完全だったので、肉体を再構成して人間と区別できない状態に戻すことができたんです。感謝するなら、わたしじゃなくてペリーヌさんにしてくださいよ」

「そうですわ!わたくしがうまく微妙な状態を保ったからですわ!けれども、ゆいの力がなければ人間に戻すことは難しかったのではなくて?」

 突然、勇とゆいの会話に割り込んできたペリーヌ。その瞬間、広間にいる全員の視線がペリーヌに集中する。その金髪の姿は見間違いようもない。正真正銘本物の『宝石の魔女』ペリーヌだ。


「お前、どうやって!まさか生き残っていたなんて!」

「魔女があれくらいで死ぬと思ってもらっては困りますわ!肉体が消滅したところで、また作ればいいだけなのですわ!」

 ペリーヌがノリノリで説明してくれる。ついでにいつの間にやらメイドたちも復活して、ずらっと侍っている。その状態に、今目覚めたばかりのクラスメイト達はけっこう絶望していた。

「嘘だろ……そんな……」

「神様、どうか私たちを助けてー!」


 ゆいは、この状況に半ばあきれた顔をしながら、ペリーヌに気さくに話しかける。それに対してギャラリーからまたどよめきが起きる。


「感謝とかどうでもいいので、元の世界に帰る手伝いをしてもらっていいですか」

「当然ですわ!わたくしも連れて行ってほしいですわね」

「ペリーヌさんには百年早いですよ」

 ”百年後になったら考える”という意味の魔女ジョークを飛ばしながら、ゆいは銀色のペンダントを取り出す。それをペリーヌと二人で握ると、床に巨大な六芒星が出現した。その頂点には、六色の異なる色の光が輝き、そしてその中央には茶色の光が一段と大きく光っていた。


「これは……!?」

 動揺するクラスメイト達に、ゆいはよく響く声で宣言する。

「みなさん、帰りますよ!わたしたちの学校へ!」

 そしてこの広間全体が一段と強く光を放ち、次の瞬間にはペリーヌとそのメイドが残っているだけであった。

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