第49話 魔女の戦い、難しいんだけど!
「星奈は人間なのになかなかよくやっていますわね。それに比べて道子は、どうしてあんなに不甲斐ないのかしら!」
星奈たちと自分のメイドたちが戦っている中、『宝石の魔女』ペリーヌは、優雅に紅茶をすすっていた。メイドたちに助力するでもなく、逃げるでもなく、まるでお茶会のようにのんびりとした態度でいる姿は、とても異様に映る。
「星奈さんはステラさんに気に入られちゃってますからね。日本に帰ったあともちょっかいを出してくるんじゃないかって心配ですよ」
その対面に座るゆいも、クリスタルのカップに注がれた紅茶を飲みながら和やかに談笑していた。まるで、コロシアムの観客席にいるように、星奈たちの心配をするでもなく、敵意を見せるでもなく、ペリーヌと同じように悠然としている。
「ステラさんは本当に自由ですものね。わたくしも、せっかく作った眷属を壊されたときは腹が立ちましたわ。ゆい、あなたも大事なものは頑丈に作っておいたほうがいいですわよ」
「でも、そんな理由でみんなに人間をやめさせるのも嫌なんですよね」
「あなたもわがままなのですわね」
戦場のすぐ隣であるというのに、飛び交う攻撃の余波を無視するようにゆいとペリーヌはお茶会を続ける。まるで、下々のことには関心がないかのように。あの魔物の森の奥よりもはるかに危険な場所であるというのに、ゆいも全くおびえる様子がない。
「それで、わたくしとの決闘では何を望むのかしら?」
「わたしはみんなと一緒に元の世界に帰りたいんです。だからペリーヌさんには、そのことに協力してもらいます」
「ずいぶんと欲がないのですわね。わたくし、勇も閉じ込めた子たちも、あなたに渡すつもりだったのですわよ」
「わかってますよ。でも闘って決着をつけたほうがすっきりするじゃないですか」
ゆいはいつからこんなに好戦的になったのだろうか。つい最近までのゆいからは、明らかにかけ離れている。まるで、異世界小説の主人公みたいだ。
「でしたらわたくしが勝ったときには、あなたの友人たちをいくつかいただきますわ。よろしいですわね?」
「ペリーヌさん、意外と常識的ですよね。魔女なんだからもうちょっと望んでもいいのに、全員とは言わないんですから」
そして当然のようにゆいは決闘のチップにクラスメイトを差し出す。とても、現代法治国家の生まれとは思えない。
そうこう談笑しているうちに、戦いが終わり、ペリーヌは立ち上がる。そして星奈たちに聞かせるように、声を張り上げて述べた。
「余興は終わりですわ!ゆい、準備はよろしくて?」
ゆいは、ゆっくりとカップを置いて席を立ち、そしてはっきりと言った。
「もちろんです。それじゃあ、始めましょう」
そして、ゆいは部屋の中央へと、瞬間移動したのだった。
***
ゆいは、決して魔女であるペリーヌと戦うことが無謀だとは思っていなかった。当然である。あれだけ的確に状況判断ができるのに、ゆいが自ら勝ち目の薄い戦いを挑むわけがない。もうすでに、ゆいはクラス内最弱ではなかった。むしろ、ペリーヌと互角以上の力を持っていたのだ。
「まずは小手調べですわ!あなたの実力を見させてもらいますわ!」
ペリーヌが手を振ると、巨大なクリスタルが空中に無数に現れ、ゆいに向かって降り注いでいく。超高速で落ちるそれらは、地面に大きな亀裂を入れる。灯里たちが全力で戦ってもひび一つ入らなかった、この宮殿の床をも破壊する威力。あんなものを一本でも食らえば、灯里さえ即死するだろう破壊力。それが何本もゆいにぶつかり、そして、バラバラに砕けた。
「あれ、わたし思ったより防御力もあるみたいですね」
ゆいは、まるで何事もなかったかのように、元いた場所に立っていた。ゆいが驚いているのは、ペリーヌの攻撃に耐えられたことではなく、ダメージを受けなかったことである。今のゆいにとって、あの程度の攻撃はそよ風も同然であったのだ。
ゆいは、自分も攻撃を仕掛けるべく、指先から見えない糸を出す。その糸を伸ばして、あっという間に蜘蛛の巣のように、近づくものを切り刻むトラップを作り出した。ゆいにとっては糸の形にする必然性はないのだが、なんとなくそっちのほうがしっくりくるのだ。物理的な形状というのは、もはやゆいにとっては大して意味をなすものではなかった。
「いやらしい罠を張るのですわね!それならばこれはどうかしら!」
何もなかったところから空間中に無数の宝石が出現し、そこからレーザー光線がゆいに向かって放たれる。しかし、ゆいがひょいと手をかざすと、その光線は空中で突然途切れ、別の場所に現れる。まるで、空間が不連続につながっているかのように。
攻撃を難なくいなしたゆいは、感心した声で言う。
「これ、見破られるんですね。じゃあどうすれば決定打になるんでしょう」
ゆいは、ペリーヌが糸の罠を看破したことを意外に思っていた。なぜなら、あの糸は通常の方法では知覚できないようにしたからだ。ゆいは、感覚と実在の間の”糸を切って”、認識不可能なオブジェクトを作ったのだ。
そしてゆいは、ペリーヌの後ろに瞬間移動して頭を叩こうとするが、ペリーヌも一瞬で反応して片腕で受け止め、作り出した宝石のナイフでゆいに反撃する。それをまたゆいがワープで避ける。星奈たちの認識の隙間に入るような時間で、二人はお互いの攻撃をつぶしあう。
一見(とはいってもほかの人には戦いの痕跡さえわからないのだが)、ゆいとペリーヌは互角のように見えるが、ゆいは自分が優勢であることをはっきりと自覚していた。なぜなら、ゆいは時間が経つにつれて、より広く、より深く、この世界のことがわかるようになったからだ。世界を構成する関係性のタペストリーが、手に取るように感じられたのだ。表面上の戦いなど、パフォーマンスにすぎない。真に重要なのは、勝ち筋を見つけることなのだ。
「これならどうしますか、ペリーヌさん」
ゆいは、自らの10本の指に実在性という名前の”糸”を括り付けて、左手の小指につけたそれをぷつっと切った。たったそれだけで、ペリーヌの腕が一つ消滅する。その”糸”が繋いでいたものは、ペリーヌの左腕とこの現実の空間だったのだ。
「こんなの、対処できるわけがないですわ!やっぱり魔女はでたらめですわね!」
「いや、あなたも魔女ですよね!」
ゆいは、笑うしかない状態のペリーヌにツッコミを入れながら残りの糸も切った。その瞬間、ペリーヌの肉体は、跡形もなく消え去った。こうしてこの決闘は、ゆいの勝利に終わったのだった。
***
「ゆいちゃん、何がなんだかさっぱりじゃん!説明してほしいし!」
「この千晶ちゃんの眼をもってしても全く見えなかったよ~!」
「一応ペリーヌ様を倒した、ってことでいいんだよね?」
戦いを終えて、星奈たちの前に現れたゆいは、みんなに質問攻めにされていた。まあ、びっくりさせようといろいろ黙っていたのはゆいのほうなので、自業自得である。
「えっと、一応ドッキリ大成功、でいいんだよね?実はわたし、高熱出して倒れてから目覚めたら、魔女になっちゃってたんです。そのスーパーパワーでペリーヌさんをやっつけたって感じですね」
ゆいがはにかみながらネタバラシをする。そう、ゆいはボルカノ山で、魔女としての覚醒を果たしたのだ。それまでのゆいの変な感覚は、すべてゆいの力の片鱗が姿を見せていたからだった。魔女なんだから、魔女に勝てても別に不思議ではないのだ。
「マジ!?ゆいちゃん、すごいじゃん!」
「なんだか畏敬の念と親しさがごちゃ混ぜになって、不思議な気分だね」
「灯里さんもみんなも今まで通り接してください!わたし、お姫様扱いとかされたくないですから!」
「ゆいさま~、わたしはあなたのためなら何でもするよ~……いたっ!」
からかってきた千晶をデコピンで黙らせたゆいは、壁際に並ぶクラスメイト達を見つめる。クリスタルの中の姿は、あのとき別れてからすこしも変わっていない。
「みんなも解放してあげなきゃですね」
ゆいは招くように手を引き、それにつられるようにクリスタルの中のクラスメイト達(と、ついでに道子)がぬるりと引き出されていく。今のゆいにとって、クリスタルの中のものを取り出すのに、外身を破壊する必要性すらなかった。
ゆいが指を鳴らし、クラスメイト達に意識を戻そうとする。しかし、そのとき世界から色が消えた。ただゆいだけが色を残して、それいがいはモノクロの状態で時が止まっていた。そして、静止した世界の中で、ゆいの後ろから黒い髪の少女が歩いてきた。
「私の手助けは必要ないみたいですね」
「なんの用ですか、ルルさん」
ゆいは、再度ルルとの邂逅を果たしたのだった。
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