第48話 わたしたち、強くなったんだけど!
「はあ、なかなかやるじゃん、勇」
「強がるなよ、ボロボロのくせに。だから早く降参するんだ。これ以上は星奈の体がもたないだろ!」
「何言ってんの?実際あたしは勇より強いし!」
「一撃も俺に剣を入れられてないじゃないか!」
星奈は、ドラゴン体の勇に完全に押されていた。パワーでも剣筋でも全然敵わない星奈の体には、剣による切り傷や打撲痕が着実に増えていた。
勇は、いよいよ星奈にとどめを刺そうと高く飛び上がり、口から鋭い光線を放った。それと同時に、勇の背中に生えたダイヤモンドの翼が、鋭利なクリスタルの羽根をばらまいて、星奈の逃げ道をふさぐ。その破壊的な砲撃は、回避も防御もできない。絶体絶命の状況に見えるが、そのとき、星奈は不敵に笑った。
(このときを待っていた!)
星奈は、攻撃が命中するまでのわずかな瞬間で、渾身の世界魔法を放った。
「スペースクエイク!」
まるで巨人に場所ごと振り回されたように、この戦場すべてを巻き込む大空震が起こる。敵も味方も関係ない。灯里も、ルビーも、道子も世界の振動からは逃れられない。星奈を狙う光線も、クリスタルの羽根も、あさっての方向へ飛び去っていく。最初にジュエル・ドラゴンに使ったのと同じ技は、あのときよりも何千倍も威力を増して、ドラゴンと化した勇を地面に叩き落とした。
星奈は、そのまま墜落した勇の体を、自らの剣で深々と突き刺した。そこに油断も躊躇も一切ない。ダイヤモンドの鱗などまるで存在しないかのように、その剣はドラゴンの強靭な肉体を貫いたのだ。
「だから言ったっしょ?あたしのほうが強いって」
「……完敗だ。お前たちなら、もしかしたらペリーヌのやつを倒せるかもな。けど、星奈がもっと早く魔法を使っていれば、そんなにボロボロにならなかっただろ」
「使いどころを見極めなきゃ、簡単に耐えられちゃうし」
星奈がぎりぎりまで必殺技を使わなかったのは、警戒されて対応されたらむしろピンチになってしまうからである。対人戦ならば全範囲即死とかいうチート技だが、勇ドラゴンの耐久力ならちゃんと防御すればむしろ後隙を狙うことすら可能だ。
星奈は、周りで戦っている灯里たちのほうを見る。星奈の目に映るのは、無数の光線と大量の稲妻、そして大きな砂の竜巻だけであった。
***
「強いね、お姉さん」
「経験ではわたくしのほうが優っていますから」
灯里とサファイアは、荒れ狂うような空間の大揺れすら無視して、平然と激しい戦いを続けていた。お互いにレーザー攻撃で削りあい、そして大きな一撃を狙う。灯里は羽の矢による狙撃を、サファイアはハンマーによる打撃を当てるべく、二人はこの戦場を三次元的に飛び回っていた。互いの無数の罠も相まって、わずかな隙が命取りになるような難しい戦いが続いていたのだ。
お互いの実力はほぼ互角。機動力と回復力の高い灯里と、技術と防御に秀でたサファイア。どちらも、人類を滅ぼせるような威力の攻撃の雨の中で、さらに高度な殺し合いを遂行していた。ほか二人のメイドたちは流れ弾を食らい続けて、もはやサンドバッグだ。
「っ!」
そんなとき、灯里は飛んできた水の弾に当たり、ほんのわずかに飛行経路がずれてしまう。サファイアは、指先から青い稲妻を放ちながら、巨大なハンマーを強く振り下ろしてきた。
「まだ隠し玉が!」
灯里は、初めて見る青い稲妻の攻撃を避けきれなかった。その稲妻は灯里の体を硬直させ、見事にハンマーの攻撃を回避できない。透明な壁を作り出しても、ここにはこれを貫ける攻撃しか存在しなかった。
「切り札は、いくつも用意しておくものです」
地面に勢いよく叩きつけられた灯里を、サファイアは青いレーザーや稲妻で追撃しつつ一気に距離を詰めていく。あのハンマーの追撃を耐えられるほど、灯里は頑丈ではない。
一見絶望的に見える状況。ダメージを回復するのは間に合わず、迫りくる弾幕を受け止めるのは不可能だ。誰がどう見たって、詰みに陥ったと判断しそうだ。しかし、灯里はゆっくりと立ち上がって手を構えた。
「残念だけど、僕たちの勝ちだよ」
その手の指には、真っ赤に光る指輪があった。そこから溶岩が湧き出し、重力に逆らって上へと流れ落ちていく。さっきまで避け回っていた青いレーザービームも、灯里は受け流すことさえしないで正面から受けている。
「なるほど、たしかに戦況はあなたたちのほうに傾いているようです」
サファイアは、灯里と千晶が召喚したドラゴンたちが勝利し、その力が灯里たちに戻ってきていることを看破した。これまで互角だった戦いで一方の戦力が増せば、それは勝負を決めるだろう。しかし、そんな状況でもサファイアは感情一つ揺らす様子がない。淡々と戦いを続けるその姿は、まるでロボットのようだ。
「そうだよ。だからさっさと決着をつけさせてもらおうかな」
灯里は、これまでの白い光のレーザーの弾幕に加えて、大量の炎弾を発射してサファイアを追い詰めようとする。これまでよりもさらに威力の上がった弾丸が、さらに密度を上げてサファイアに殺到する。完全に、形勢が逆転した。
「わたくしも簡単には勝たせませんよ」
しかし、サファイアは攻撃を避けるわけではなく、むしろ灯里のほうへと接近していく。集中砲火を浴びてサファイアの体に初めて傷がつくが、それすら気にせずにハンマーを振りかぶる。
灯里は、白い光でできた大きな弓を構えた。つがえるのは、一本の炎の矢。恐ろしく魔力を集中させたその矢で、サファイアを迎え撃つ。二人の渾身の一撃がぶつかりあい、すさまじい衝撃波がこの広間を伝播していく。爆炎と白い閃光が走り、部屋中のものを無差別に弾き飛ばす。そんな破壊的な火力の爆心地に、ただ灯里だけがたたずんでいて、サファイアはその肉体をすべて失い、小さな宝石だけしか残らなかったのだった。
***
「灯里、危ないじゃん!」
星奈は、灯里とサファイアの攻撃の余波を前に、いよいよヤバいと思っていた。世界魔法には防御の魔法がなく、そうでなくとも威力が高すぎてどうしようもない。星奈にできたことは、ただしゃがんで対ショック姿勢をとることだけであった。
「ごめんごめん。周りでみんなが戦っていること、忘れちゃってたよ」
そんな星奈は、爆風を追い越してやってきた灯里の透明な壁で、あっさりと無傷に守られた。ついでに倒れている勇も爆風から守っていた灯里は、さっと天井を見上げる。星奈には靄もやがかかっているようにしか見えない場所を見て、灯里はつぶやいた。
「そろそろ、千晶のほうも終わりそうだね」
千晶とルビーは、爆発の衝撃の中でも一切緩むことなく攻撃を続けていた。相手の上空を取ろうとしたのか、二人とも天井の近くで戦っている。しかし、はじめはややルビー優位で進んでいたこの戦いも、灰色の指輪の力を得た今では千晶が押していた。
「これでとどめだよ~!猫ちゃんクロー!」
千晶は、吹き飛ばしたルビーの体に、何度も何度も刃物より鋭利な爪を突き刺す。灰色の電撃をまとった千晶の爪は、ありえないくらい硬いルビーの体を少しずつ穿つ。目にもとまらぬ速さの連続攻撃で、ルビーの耐久力を削っていく。
そのまま押し切られるかと思われたルビーだったが、突然、その体が光りだす。そこに膨大な魔力の流れを感じた千晶はすぐにその場を離れようとするが、ルビーが千晶の体をがっしりとつかんで離さない。
「そんな、まさか~!」
「やっぱり、自爆はロマンでしょ!」
ルビーの体は、巨大な紅い光の爆発を起こした。ルビー本体は小さな石を残して消えたが、同時に千晶に痛烈なダメージを与える。もはや体を動かすこともできない千晶は、このままでは地面に激突するだろう。大ピンチに見えるが、千晶には心強い仲間がいるのだ。
「ここからでも防御するのが大変だなんて、厄介な技を持っていたんだね」
「助かったよ~、灯里~!」
灯里は、千晶を優しく(当社比)受け止めて、そしてあたたかな白い光で戦いの傷を癒していく。あっという間に、戦闘前の状態に回復した灯里と千晶は、壁際に立ち並ぶクリスタルを見た。
「道子先生、やられちゃったみたいだね」
一つ増えたクリスタルの中には、バラバラ死体の状態で閉じ込められた道子がいた。しかし、彼女を倒したはずの宝石メイドの姿が見当たらない。トパーズどころか、すべてのメイドたちがこの戦場から消えていた。誰が倒したのだろうか。あの化け物メイドたちが、流れ弾で死ぬとは考えづらい。
やっと走ってきて合流した星奈も、この状況に違和感を覚えてはいたようだ。
「あたしたち、勝ったはず、じゃん?」
「そのはずだよ。あとは、閉じ込められたみんなを助けるだけ、だよね。負けちゃった道子先生も助けないと」
「この爪で切り裂けないものなんて、ほとんどないよ~!」
しかし、星奈たちは、クラスメイトを助けることに気を取られて、肝心のことに気づくことはなかった。すなわち、魔女にとって、眷属をわざわざ使う必要性など全くないということに。
そのとき、前方の玉座に座っていたペリーヌがゆっくりと立ち上がって、高らかに述べた。
「余興は終わりですわ!ゆい、準備はよろしくて?」
その言葉と同時に、星奈たちは透明な壁に押し出されるように、クリスタルの並ぶ壁際まで流されていった。灯里と千晶の全力攻撃でも、何の効果もなく、ただ立方体の形の空間に、星奈たちはあっけなく閉じ込められていた。
「ゆいちゃん!まずいじゃん、このままじゃゆいちゃんが!」
「魔女さまに勝てるわけがないよ~!」
星奈たちでさえ手も足も出ない相手に、どうしてゆいが敵おうか。その一心で星奈たちはなんとか与えられたキューブ状の空間から脱出しようとするが、全く有効打にはなっていない。
しかし、当のゆい本人は、泰然自若とした態度で、ゆったりと椅子から立ち上がり、そしてはっきりと答えたのだった。
「もちろんです。それじゃあ、始めましょう」
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