第47話 決戦なんだけど!
「待ってくれ!俺は星奈と戦いたいわけじゃ……」
「そんなの関係ないじゃん!あたしたちの邪魔をするなら、どんな事情があろうとも戦うだけだし!」
星奈は、クリスタルの鱗をむき出しにした勇と対峙していた。
勇の宝石で飾られた金の剣と星奈の質素だが気品のある剣がかち合い、金属音が響く。星奈は素早く動き回り、手数を増やしているが、体力の消耗が激しい。
「くそっ!俺の体なのに、いうこと聞け!」
勇は、口では敵対したくないと言うものの、持ち前の剣戟で星奈を苦しめていた。剣の技術で劣り、パワーでも完全に負けていた星奈は、勇をくぎ付けにするだけで精一杯であった。今もまた、鍔迫り合いに持ち込まれて、星奈の体が弾き飛ばされる。
「くっ、強いじゃん……けど、あたしは負けないし!」
着実にダメージが蓄積されていく中で、星奈は決して状況を悲観してはいなかった。切り札は、まだあるのだ。だからいずれ状況は好転する。そう星奈は信じていたのだ。
***
「さて、そのまま通してくれるほど、甘くはないよね」
「魔女様の邪魔をするものは排除する、当然のことです」
灯里は、サファイアおよび二人の宝石メイドと向かい合っていた。青を基調とする宝石を身に着けたメイドたちは、一切感情を見せない冷酷な表情をしていた。その隣には、千晶がルビーをリーダーとする赤い宝石メイド三人組と対峙していた。
「人数差がずるいよ~!」
「敵地に飛び込んでいるんだから、当然でしょ」
いまだ拳銃の間合いにさえ入っていないが、ピリピリとした雰囲気が場の空気を支配する。視界に映る相手に先制攻撃を入れるべく、わずかな隙を狙ってにらみ合っているのだ。そして、その長い一瞬の緊張は、千晶がわずかに動き出したことで破られた。
「必殺、猫パンチだよ~!」
千晶は、ルビーのお腹を鋭い動きで殴りかかった。ルビーは、その攻撃をもろに食らってしまう。しかし、直後に千晶は自らの失策に気づく。
「え~、硬すぎるよ~!」
決して手加減していたわけではなかったのに、まるで猫が分厚い鋼鉄の壁を殴ったように千晶のこぶしのほうが傷んだのだ。今の千晶なら人工の建物の壁はぶち抜けてしまうことを考えると、ルビーの体に傷をつけるなんて不可能に思えてくる。
千晶が攻撃の反動でひるんだ隙に、ルビーがサマーソルトキックを千晶に叩きこみ、相手の体を宙に浮かせた。千晶は、不利な位置関係になっただけでなく、全身が激しく傷ついていた。もし痛覚が残っていたら、気絶してしまっていただろう。千晶も決してやわい肉体を持っているわけではないのだが、ルビーのパワーがそれを上回ったのだ。
「宝石なんだから、硬くて当然でしょ」
ルビーは、指先や髪の端から紅い雷撃を放つ。その雷で千晶の可動範囲を狭めると同時に、後ろの二人のメイドが飛び出していく。千晶は、なんとか砂の足場を作って動きの選択肢を増やそうとするが、紅い稲妻がそれを許さない。
千晶は、まるで光のような速さで近づいてきた二人のメイドに強烈な回し蹴りを食らった。地面に向かって落ちるよりも早く墜とされていき、そしてルビーの電撃の直撃を食らいながら地面に激突した。真っ黒こげになって、腕がありえないところで折れた千晶。人間相手ならどう考えてもオーバーキルだが、ルビーたちは油断なく追撃の手を緩めない。
「千晶、さすがにきつそうだね」
そこに、真っ白なレーザー光線が3人のメイドたちを襲う。その光線はすぐに反射されたが、その刹那に千晶の体が温かい光をまとい、ぼろぼろになった体の内外を癒していく。
「戦いの最中に味方を回復させる余裕などありません」
だが、サファイアは灯里の注意がそれた瞬間を見逃さなかった。すぐさま青色のレーザーを無数に放ち、複雑に空間中を反射させて灯里を狙い撃つ。それは灯里の張り巡らした不可視の防壁をかいくぐり、灯里の動きすらお見通しのように何本も灯里の肉体を貫通した。片目と片翼を失い、バランスを崩したところにさらにサファイアが追撃をかける。
「魔女の眷属同士の戦いにおいて、手を緩めるなど言語道断でしょう」
サファイアは、自らの身長よりも大きい宝石のハンマーを作り出すと、野球のバットを振るかのように灯里の頭を殴りつけてきた。灯里は避けきれずに吹き飛ばされたが、さらにお供のメイドたちの生み出した水と氷の刃が襲い掛かる。
「今だって余裕はあるよ。人間だったときと比べれば」
灯里は、自分が劣勢であることは認識しつつも、そこまで悲観はしていなかった。今も冷静に体を再生させ、攻撃を回避し、罠を張り、周囲の状況を確認することができていたのだ。少なくとも戦況に進展がある以上、灯里は逆転の可能性を信じることができたのであった。
***
「みなさん!先生が今助けますからね!」
道子は、自らの生徒たちが閉じ込められているクリスタルが並ぶ場所へと駆け出していた。星奈たちが敵を引き付けてくれているおかげで、ペリーヌのメイドたちのバリケードには隙間ができていたのだ。
周囲では、赤と灰色の二体のドラゴンが暴れまわり、道子に宝石メイドたちが近づくのを阻止している。しかし、ドラゴンの巨体でしっぽをぶつけても、メイドの細い腕で押し返されるというのが恐ろしいところで、町を消し飛ばすような威力の攻撃を撃ち合って、なんとか互角に戦っているといったところだ。炎や光線が飛び交っている光景は、一見すると派手な必殺技の応酬である。実際は繊細なダメージレースが行われているのだが。
「これでクリスタルを溶かせるはずよ!」
道子がたどり着いたクリスタルの中には、一人の生徒が、驚愕と恐怖が入り混じった表情のまま固まっていた。その水晶を青い炎が覆い、その輪郭を消失させていく。道子は単にものを溶かす力が強いだけだと勘違いしているが、とんでもない。触れるものを虚無へと変えるおぞましい炎が、道子の青い指輪から発せられていたのだ。『火炎の魔女』フィアの力の片鱗が、今は確実に道子を助けていた。
だんだんとクリスタルが小さくなり、ついには中の生徒を助けられそうなところで、道子の右側から鉄球のようなものに叩きつけられたような衝撃が襲った。そのまま吹き飛んで地面をゴロゴロと転がっていく道子。そこに、無数の黄色い光弾が襲い掛かってくる。
「ひとつ、ふたつ、みっつ!うふふ、あなた、避けるのは上手じゃないのね!」
何発か攻撃を食らってしまった道子の前で、黄褐色の髪を三つ編みにしたトパーズ少女が笑っていた。彼女の周りには大小さまざまな光弾が浮かんでおり、今も道子に対して弾幕を形成していた。
「あなたのような子供に私が止められると思ったら、大間違いだわ!」
道子は、自作の簡易版『インベントリ』から、傘のようなものを取り出した。その傘を開いて光弾を弾きつつ、道子はトパーズに向かって突進していく。しかし、トパーズは指をくいっと曲げると、光弾の軌道が変わり、傘の裏側から道子は集中砲火を食らってしまう。関節という関節を狙い撃ちにされて、道子は左腕を外されてしまう。
「ペリーヌ様のコレクションに手を出すなんて、あなたのほうがよっぽど子供じゃない」
トパーズは、片手を救出されかけている生徒にかざし、その生徒を再びクリスタルの奥深くに閉じ込めてしまう。その間にどうにかして自家製の薬を飲もうとする道子だったが、あっという間に距離を詰めてきたトパーズにジャンプキックを食らってしまう。
「あなた、アダート様の眷属なのに、戦い方を知らないの?」
満身創痍になりながらもキリリとトパーズを睨みつける道子は、しかし、トパーズのその言葉に動揺して思考が止まる。そこに畳みかけるように、トパーズは言葉を続ける。
「せっかく魔女に愛されたのに、ここまで力の使い方がわかっていないとは思わなかったわ。興ざめね」
「で、でたらめなことを言わないでほしいわ」
道子はなんとか強がろうとしたが、なぜだか、トパーズの言うとおり自分には魔女の力の使い方がわからないのだと思えてしまって、弱気になるのを抑えられなかった。いつもならば敵だと思った相手の言うことには聞く耳を持たず、重要な情報も逃してしまう道子なのに、現状のおかしさにすら気づかない。
「せめて、最期はきれいな顔で保存してあげる」
道子の足は、いつの間にか黄色いクリスタルに飲み込まれて動かなくなっていた。その結晶面がゆっくりと成長して、道子の体全体を覆いつくそうとしていく。
トパーズは、道子の精神的な負荷を与えて、物理的な攻撃への対処を遅らせようとしていただけだ。眷属同士では相手を操るようなことはほとんど不可能だが、それでも心に隙ができれば、それを突くのはたやすいことだ。道子の心は、自分がもはや人間ではないことをかたくなに認めなかったので、現実を突き付けられただけであっさりと崩壊したのだ。道子がバラバラの精神で自我を保てているのは、彼女が人外だからでしかなかった。
ミイラ取りがミイラになるように、クリスタルがもう一つ増えようとしたそのとき、この大広間の空間全体が、身をよじらせて大きく揺れた。
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