第46話 勇くんとの再会なんだけど!

 よくわからない魔道具やら薬やらが並ぶ、夜の魔道具店。暗く静まったその店の扉を、何者かがノックする音が響く。


「すみません、店長さんはいらっしゃいますか」

 扉から入ってきたのは、茶髪の女子高生、ゆいであった。ゆいは月明かりにぼんやりと照らされた店内を歩き回り、陳列された魔道具を物色する。


「こんな時間にくんなって」

 カウンターの奥から、銀髪の店長が実に不機嫌そうな顔で出てくる。草木も眠る丑三つ時に、客が訪れることはありえないのだ。


 ゆいは、店長のいるカウンターへと歩いていくと、ずっと首にかけていた銀色のペンダントを握って言った。

「すみません。このお守りのお礼が言いたかったんです。ひ弱な人間のわたしが生き残れたのは、あなたのおかげです。本当にありがとうございます」

「礼ならルルに言えよ。あたしはルルの頼みを聞いただけだ」

「そんなことないですよ。わたしたちが元の世界に帰れるように準備してくれていたんですよね?そうでなければ、このペンダントにこんな機能はつけませんよ」

 ゆいの手元のペンダントには、緑、オレンジ、青、白、赤に輝くクリスタルがそろっていた。あと、もう一つできれいな六芒星が完成する。その五色の光のそれぞれが、ものすごいパワーを秘めていた。


「そんなのただの非常手段でしかないから。ステラ対策なんて、いくらあっても足りないしな。世界移動の衝撃に耐えることはできても、世界を超える手段は準備した覚えはない」

 店長はぶっきらぼうに言うが、肯定するのが恥ずかしいだけだ。現にステラは世界跳躍を行いうるのだから、手段がないというのは嘘である。そんなことはお見通しのように、ゆいはくすくすと笑う。


「素直じゃないですね。本当は、とても優しくてわたしたちを心配していたんですよね。わたし以外のことは無視してもよかったのに、うっかり死なないようにコートを準備してくれたり。道子先生なんて、いまだに魔女を敵視しているじゃないですか」

「はは、テヴァにもよく言われたな。傍若無人に見えて、人がいいところが隠せてないって。ゆいちゃんにまでバレバレじゃあ、年の功もなんもあったもんじゃないな」

 店長は、来客用のテーブルを軽く拭き終わると、ゆいに席を勧めた。



 テーブルの上のランプがぽわっとゆいと店長を映し出す中、店長は陶器のカップにコーヒーを注ぐ。そしてゆっくりとブラックコーヒーを味わって、今度は店長から話題を切り出した。


「そういえば、あたしはシュクルと同じようにゆいちゃんから道子を奪っただろ?それは気にしてないのか?」

「別に道子先生も千晶ちゃんもわたしのものではないですし、そうあってほしいとも思いませんよ。ひどい扱いをしないのなら、わたしにとってはどうでもいいんです」

「あたしも預かっているだけのつもりだったんだけどな。それなら道子を貸し出すって形にするか」

「まあ、それでいいんじゃないですか?」

 店長はともかく、ゆいまで人間を物のように扱うのに同意するなんて、人権の概念はどこにいったのか。自由権の侵害ではないか。しかし、ゆいはすこしも後ろめたい感情を見せない。まるで、他人事のようだ。


「あとは勇か。ペリーヌは結構彼の魂を強く束縛しているみたいだけど、勝算はあるんだよな?」

「解放するだけなら簡単なんですよ。でも、肉体が変質しちゃってて人間に戻すのはきつそうなんですよね。まあ、逆ゾンビくらいにはできるから人間的には関係ないんですけど」

「魔女の眷属を人間に戻すなんて、可能性すら見えないのが普通だぞ」

「わかってますよ。でも、せっかくわたしたちの世界に帰れるのに、人間じゃなくなっちゃうのは嫌だと思うんです。だから可能な限り、元の形を保てるようにしたいんですよね」

 ゆいの言葉を聞いた店長は、立ち上がってカウンターの奥の棚から何かを取り出した。それはビニールの袋のようなものに入った、うごめく肉の塊であった。

「肉体がないならば、作り直せばいいだろ。それはやるから、それで勇の体を作ればいいさ。めったにない機会だし、あたしも興味があるからな」

 どうやら、これがあれば勇を助けることができるようだ。その肉塊を受け取ったゆいは、すこしあたふたしながら言った。


「なんだかもらってばっかりで申し訳ないです。なにかお返しをしないと……そうだ!いろいろ落ち着いたらわたしの世界を案内しますよ!おいしいものとか、いい景色とか、結構あるんですよ!」

「いいのか?なら、楽しみにしておくとするか」

 ゆいは、元の世界に店長を連れていくという約束をしてしまったのだった。


 そして、さっさとコーヒーを飲み干してしまったゆいが席を立つ。そのまま店を出ていこうとするが、それを店長が引き留める。

「ゆいちゃん、あんた、人間のが上手いな」

「あなたほどじゃないですよ、アダートさん」

 アダートと呼ばれた店長は、一本取られたという顔をして、笑ってゆいに言う。


「『街の魔女』なんて言われるくらいだ、あたしは昔から人間が好きなんだよ。だから人間らしい生活をしているだけさ。そういうゆいちゃんはどうなのさ」

 アダートは、大昔に『森の魔女』テヴァとともに女神として崇められていたと『漂着文書』に書かれていた名前だ。人間社会に紛れ、時に自らの力をもって作られた魔道具を人間たちに与える、道具の女神。すべての魔道具の祖。そんな存在である彼女が人類をひそかに助け、そして動かしてきたことを、ゆいは


「わたしは、もうしばらくは人間として生きていたいと思っているだけですよ」

 もはや人間ではなくなったことを否定しない答えを返して、ゆいは店を立ち去った。




 ***




「あたらしい朝が来たよ~!」

「一晩寝て元気マシマシじゃん!」

 その朝、疲労もなくやる気満々の星奈たちは、『宝石の魔女』ペリーヌのいる魔鉱山へと突撃していった。あっという間に鉱山へとたどり着き、その中へと入っていく。


「懐かしいね。たしかあのあたりで一泊したんだっけ」

「そうだね~。ゆいちゃんがおいしくないスープを作ってた~」

「それは思い出さなくていいです!」

 かつて勇たちとともにこの洞窟を進んだときの記憶が、ありありと思い浮かぶ。あのときと比べて、ゆいたちはずいぶんと早く奥へと進んでいく。


 そして気が付けば、かのジュエル・ドラゴンと戦った広間へと到着していた。星奈の魔法で崩れた天井や壁はきれいに元通りになっており、そこに待ち構える敵はいなかった。

「今思うと、あのドラゴンってとても弱かったんだね。僕たちが勝って喜んでいたのが滑稽に思えるよ」

「それだけあたしたちも強くなったってことじゃん。だから、きっとみんなを助けられるっしょ」

「ええ、なんとしても辰巳くんたちを助け出しましょう!」

 ゆいたちはその広間を通り抜け、ペリーヌの宮殿へと入っていく。


 そこは、あいかわらず派手な宮殿であった。いたるところに宝石の飾りや金の装飾があってギラギラと光っている。そこに侘び寂びというものは少しもなく、ただ豪華さに押しつぶされそうな場所であった。

 ゆいたちは以前の記憶をたどり、クラスメイト達が閉じ込められたクリスタルのある部屋を目指し進んでいく。しかしながら、その道のりは不自然なくらい誰もおらず、しーんと静まっていた。


「ここが、ペリーヌさんと戦ったあの大部屋だね」

 灯里の言葉にゆいたちがうなずくと、その巨大で豪勢な扉が、ゆっくりと開かれた。




 ***




 その部屋は、ゆいたちの記憶の通りの派手な場所で、壁際には琥珀のように人間を閉じ込めたクリスタルがいくつも並んでいるのも、以前と同じだ。ゆいたちの正面にはクラスメイト入りのクリスタルが整然と並べられており、その前に10人以上の宝石メイドたちが並んでいた。

 そして、そのさらに奥に、『宝石の魔女』ペリーヌが豪華な魔石の玉座に座っていた。その前のテーブルにはティーセットが置かれていて、彼女は優雅にティータイムを楽しんでいた。


 ゆいは、その部屋に入った直後、ペリーヌに向かって言い放つ。

「『宝石の魔女』ペリーヌ、わたしはあなたに決闘を申し込みます!」


 メイドたちの隅っこで地べたに座らされていた勇は、ゆいのその宣言に感銘を受けた。このときを、勇は待ち望んでいたのだ。

「ゆい!それに先生や星奈も!……おい、ペリーヌ、見ていろ!お前の野望は今に打ち砕かれるぞ!」

 勇はゆいたちに向かって駆け出してくる。しかし、直後に勇の体は固まったようにぴたっと止まる。


「オーッホッホッホ!今のあなたたちに、わたくしに相手される権利などありませんわ!わたくしの眷属たち、やっておしまいなさい!せいぜいわたくしを楽しませることですわね!」

 ペリーヌのその言葉と同時に、メイドたちと勇が一斉に動き出し、部屋の扉が閉ざされる。は、即座に戦いの準備を始める。


「おいで、僕のドラゴン」

「ドラゴンちゃん、出ておいで~!」

 灯里と千晶は、自らの指輪からドラゴンを召喚し、そして人間の皮を脱ぎ捨てる。白い羽の天使と長い尻尾の猫娘となった二人は、やってきたメイドたちを迎え撃とうとしていた。


「あたしが勇の相手をする。先生は、クリスタルに近づいてみんなを助けて」

「わかったわ。この指輪の炎を使えば、きっとクリスタルも溶かせるはずよ」

 星奈は『炎の魔女』フィアからもらった剣を抜き、道子は指輪に魔力を込める。勇は、自分の意志に反して、体が勝手に星奈と戦おうとしていた。


「決闘を受けますわ」

 そしてゆいは、ペリーヌの座るテーブルの反対側に座っていた。


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