7章 絆の魔女

第45話 いよいよ反撃なんだけど!

 星奈の『テレポーテーション』の魔法でエレクション連邦共和国へと帰ってきたゆいたちは、いろいろ一段落したことを祝って盛大にバーベキューをしていた。


「いいお肉をたっぷり使っちゃうよ~!ゆいちゃん、食べて食べて~」

「千晶ちゃん、ありがとう!いただきます!」

 ゆいは遠慮もなくかなり高いお肉を平らげている。そんなにぱくぱく食べていたらすぐになくなってしまいそうだ。それに負けじと星奈たちもお肉を網の上へと乗せていく。


「とてもおいしい。でも、次は勇たちと一緒に食べたいね」

「そのためにも、勇たちを助けに行かなきゃじゃん」

 星奈も灯里も高価なお肉に舌鼓を打ちながら、『宝石の魔女』ペリーヌに囚われた仲間たちのことを想う。今こそ、彼らを助けるときではないかと、ゆいに提案する。


「確かに、おいしいものが食べられないのはかわいそうだよ~」

「三神さん、生徒たちがクリスタルに閉じ込められたままなのは看過できないわ!」

 千晶も道子もゆいを説得しようとする。みんなゆいが難色を示すと思っていたが、意外なことにゆいはあっさりと了解した。


「そうですね。ちょうどいいですし、囚われたみんなを救いましょう」

「マジ!?てっきり方法がないとか言うのかと思ってたじゃん」

「そんなの、正面から堂々と行けばいいじゃないですか」

 前までのゆいならば、魔女に直接戦いを挑むなんて無謀なことはしなかったはずなのに、これはどういう風の吹き回しか。


「まあ、とりあえずキングダム王国、だった場所に戻りましょう。今のわたしたちなら一日もあればたどり着きますよ」

 星奈の『テレポーテーション』は直近に登録した場所に戻ることができるだけなので、歩いて移動する必要があるのだ。ゆいは一番遅いはずなのに、そんな豪語して大丈夫なのか。


「そんなこと言って、ゆいちゃんが遅れても知らないし」

「大丈夫ですよ!わたしはちゃんとついていきますから!」

 必死そうに主張するゆいを、星奈たちは生暖かい眼で見ていた。そして、身体能力的にゆいが置いて行かれないように、ペースを落として進もうと目配せをしあった。




 ***




「はあ、ゆいちゃん、早すぎだし、もっとあたしのことも考えてほしいじゃん!」

 それがどうしてこうなった。一日しっかりと休息をとってから王国のあった場所へと向かい始めたゆいたちだったが、わずか数時間でもうレリジョン神国に入国していた。先日は数日かけて移動した距離なのに、明らかに早すぎる。


「まさかゆいが星奈より早く歩く日がくるなんてね」

「なんというか、わたしの体がしっくりくるというか、そんな感じなんです」

 なんと、律速は星奈だった。ゆいはなぜか苦も無くみんなについていくことができていて、星奈が走るのにみんなが合わせている状態であった。道子もやや大変そうだが、千晶と灯里はさすがに余裕がある。


「道子先生も遅いよ~!」

「化け物に言われたくはないわ!それに、このスピードで移動していて遅いというのは日本語がおかしいわ」

 今のゆいたちは、新幹線をも上回るようなスピードで進行しているのだが、シュクルの眷属である千晶にはかなりゆっくりに思えるらしい。さすがに感覚が違いすぎたせいで、道子が生徒を化け物呼ばわりしてしまっている。


 そんなこんなで目撃者には魔物の群れかと思うほどの超特急で進んでいたゆいたちだったが、ゆいがふらっと道すがらにあったレストランのドアを叩いた。

「星奈さんも疲れたでしょうし、ここはおいしいものを食べてリフレッシュしましょう!」

「賛成じゃん。さすがにめっちゃ疲れたし」

「どんな料理か楽しみだよ~!」

 しかしながら、ゆいは全く疲れた様子がなかったのだった。


 そのレストランは、絵画やガラス細工なんかが飾られた、結構おしゃれで高級そうなお店だった。昼からこんなところで食べてもいいのだろうか。

「ようこそいらっしゃいました。本日はどのような料理をご所望でしょうか」

 現れたのは、一挙手一投足が完璧な仕草のウェイトレスであった。高級感がありすぎて、ゆいたちのような平民では気おくれしそうだ。


「このトリュフのクリームパスタをメインで、コースをお願いします」

 だが、ゆいは平然と注文を終えてしまう。道子なんかまだメニューを読み終わることもできていないのに、まるで居酒屋のような気軽さである。


「じゃああたしもそれで」

「私もそれがいいわ」

 星奈と道子は、必殺”右に同じ”でよくわからない注文を切り抜ける。

「お肉がないなんてひどいよ~!しょうがないからアボカドのチーズリゾットをメイン料理にする~」

 千晶は、この店がヴィーガン料理しか出さないことに腹を立てているようだ。


 そして灯里は、少々戸惑ったような表情をして、そして灯里と同じものを頼んだ。

「僕も千晶と同じのを頼もうかな」

「かしこまりました。それではごゆっくり」

 一礼して退室するウェイトレスを、灯里はじっと見つめていた。


「ぐぬぬ~、お肉使ってないのにわたしよりおいしいよ~」

 前菜のシーザーサラダとオニオンスープに対して、対抗心を燃やす千晶。それもそのはず、どちらも食材のおいしい要素だけを集めたような、引っかかるところがなく無限に食べられそうな感じだったのだ。サラダにクルトンが食感にバリエーションを加え、スープに香辛料が味にアクセントを加えるので、飽きることなく手が止まらない。


「このパンもおいしいですね。ここにしてよかったです」

 ゆいはバスケットの中のパンをぱくぱくと次々に食べている。このパンも、塩と小麦と水くらいしか入っていないのだが、素材のよさと絶妙なバランスが信じられないほど美味にしている。


「やっぱり、この店はおかしいよ。食材の質が普通じゃないし、技術も並外れているし、それにウェイトレスさんも……ゆい、ここは魔女の料理店じゃないかな」

 灯里は、人間よりはるかに鋭くなった味覚で、料理を食べるだけで食材の種類や分量、質、そして調理の技術までわかるようになっていた。それゆえ、これらの料理が人外の所業であることがわかったのだ。


「そんなことはわかってますよ。でもおいしいんだからいいじゃないですか」

「魔女の料理店ですって!?そんなもの、人間をおびき寄せて食らおうとしているに決まっているわ!みなさん、今すぐこの店を出ましょう!」

 ゆいの返答と同時に、道子が勝手な解釈で無銭飲食をしようとする。ゆいは大きなため息をついて、ジト目で道子を睨みながら言う。

「ごはんがおいしく食べられないじゃないですか。このことについてはもう気にしないでください」

 ゆいのその言葉に、道子と灯里はぴくりと動いたかと思うと、何事もなかったかのように食事を再開した。


「こちらがメインディッシュでございます」

「ありがとうじゃん!いただきます!」

 パスタやリゾットをウェイトレスさんが持ってきたことに、星奈たちは一切疑問を覚えることはなかった。




 ***




 絶品料理の昼食を楽しんだゆいたちは、再び超特急で王国に向けて出発した。道ならぬ道を爆走し、一直線に進んでいく星奈、マラソンのペースメーカーのようにその横を走る道子、そして進行方向の魔物を除けたり、道草をくったりしてのんびり歩く灯里と千晶。

 その状態で、ゆいは振り返るといつも同じくらいの距離のところにいた。走っている様子もなければ、疲れていることもない。灯里と千晶でさえ、どうやってついてきているのかがさっぱりわからなかった。


「ゆい、ひょっとして魔女の眷属になったのかな」

「そうだったらうれしいけどね~」

 余裕のある二人がそんな雑談をしていると、あっという間に元キングダム王国の旧王都にたどり着いた。日がまだ高いうちに、あっさり到着してしまったのだ。


「それにしても、貴族らしき人が一人もいないのは変だね」

「みんな死んだんじゃないの~?」

 灯里と千晶は、星奈たちからすこし離れて貴族の邸宅らしき場所に立ち寄ったりもしたのだが、どこも無人だったのだ。建物自体は傷ついていないのに、奇妙である。


「貴族の暮らす場所とこの平民街は分離されているのよ。だからここに貴族がいなくても不思議ではないわ」

 灯里と千晶の会話に、あんまり疲れた様子のない道子がずれた答えを返したが、曲がり角の先に見えたものに、道子は言葉を止めるしかなかった。


 王都の貴族区域は、完全に更地になっていた。もはや建物の残骸を見つけるほうが難しいほどで、石畳の跡らしきものが、かろうじてそこに建物があったことを証明していた。地面には大小さまざまな穴が空いており、それらを修復するために大工さんらしき人々が働いていた。


「ペリーヌさん、よっぽどキレてたんでしょうね」

「なるほど~!ペリーヌさまが貴族たちを殺したんだね~」

 ゆいのつぶやきに、灯里と千晶は賛同するが、道子には『宝石の魔女』ペリーヌに対する怒りがふつふつとこみあげてくる。

「国王や貴族たちを皆殺しにするなんて、なんと極悪非道なのかしら!」


 そこに、星奈が息を切らしに切らしてゆいたちに嘆いた。

「ぜえ、はあ、あたし、早く、休みたいし……」

 どうやら、丸一日走っていたせいで体力の限界らしい。

「それじゃあ、今日は宿を探して早く休みましょう」

「いい宿を見つけておいたよ」

 女子高生らしく気ままにしゃべるゆいたちの横で、道子は魔女、そしてそれにかかわるものに対する憎しみを募らせていったのだった。

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