第44話 事実は物語より奇なんだけど!

「昔々、あるところにそれはそれは繫栄した王国がありました。その王国は世界を統一するほどの武力と、豊かな資源、そしてたくさんの民を持っていました」

『火炎の魔女』フィアがまず語りだしたのは、大昔の統一国家の物語であった。もしこの場にゆいがいたならば、エレクション連邦共和国の成立以前の、数千年以上前の話だと理解できただろう。


「何百年と栄えてきた王国には、たくさんの貴族たちがいました。貴族たちは強力な魔法が使えることを理由に、平民たちを虐げていました。重い税をかけ、きつい仕事をさせ、自身は富を独占する貴族たちへの不満は日に日に高まっていきました」

 フィアの言葉に呼応するように、チェス盤の駒がひとりでに動き出す。ビショップやルークのような駒が、ポーンのような駒を追い詰めていく。


「そんなとき、王国に一人の王女が産まれました。王女は女王の初めての子でしたが、残念なことに魔法が使えませんでした。そのため、王女はまるで平民のように蔑まれました」

 背の低いクイーンのような駒が炎ともに盤上に現れ、隅のマスへと追いやられていく。そして、たくさんの駒が大きなクイーンへと群がっていく。


「王女が気に入らなかった貴族たちは、王位を奪うべく暗躍を始めました。彼らは女王の暗殺や権力の独占を企み、王城は陰謀に包まれました。王女は危険を逃れるため、侍女に扮して生活することを強いられました」

 隅でひっそりとしていた小さなクイーンが、炎に包まれてポーンに似た姿へと変わる。星奈も灯里も、フィアの語り口に思わず集中していた。


「しばらくすると、女王に男の子が産まれました。その子は魔法が使えたので、王位を継ぐのはその子になるだろうと、多くの貴族は陰謀から手を引きました。しかし諦めきれない一部の貴族たちが、思わぬ暴挙に出たのです」

 一つのビショップの周りに、ポーンが集まっていく。それが意味することはつまり。


「彼らは平民たちを煽動して、革命を起こすように唆しました。もともと貴族や王族に不満を抱えていた平民たちは、彼らが貯めこんでいた財産を分け与えられたことで喜んで賛同しました」

 つまり、革命が成功しても権力者が変わるだけだったということだ。まあ、革命というのはだいたいそういうものである。


「そして、王城は多くの平民たちによって襲撃されました。扇動者たちの内部工作のせいで、近衛軍は出動することができず、女王も王子も、怒り狂った民衆によって討ち取られました。従者の寝室で眠っていた王女は殺されませんでしたが、豪華な王城はみるみるうちに焼け落ちていきました。」

 チェス盤の上のクイーンが、ポーンたちに囲まれてぼおっと燃え上がる。そしてその火の手が、ポーンに化けている小さなクイーンにも燃え広がる。


「その王女、フィアは、焼けた王城の瓦礫の中で目を覚ましました。フィアは、自分の母親を殺した人々を憎みました。自分を蔑んできた貴族たちを恨みました。そして

 こうなったすべての原因に怒りを覚えました」

 そして、盤上の王女を表しているポーンが、真っ赤なクイーンへと変化して、ほかのあらゆる駒から大きな炎が上がった。そのままその炎が盤の外まであっという間に広がっていく。


「その瞬間、人間たちに火が上がりました。貴族たちは灰になりました。王族に敵意を持っていた平民は焼けました。そして、炎を恐れた人もまた、燃えました。生き残ったのは、炎を見なかった船乗りたちだけでした」

 星奈たちは、その惨状を想像して絶句する。体が燃え上がった人々の絶叫が連鎖していく光景が、容易に思い浮かべられた。それは地獄のような状況だっただろう。これが、かの物語の真相。国家の滅亡どころか、人類をいともたやすく絶滅させかねない魔女の脅威は、人間には直視しづらかったのか。


 そしてフィアは、後日談を続ける。

「フィアは魔女になりました。彼女の思ったことは、簡単に現実になったのです。フィアにとって、民を生かすも殺すも気分次第でした」

 炎が形を変え、赤色のポーンがいくつも現れて倒れる。同時に星奈たちの周囲の空中にカラフルな炎が無数に現れ、それがふっと消える。


「民をどう導こうかと悩んでいると、もう一人の魔女がフィアのもとを訪れて、こう言いました。『人間は、自由であるべきです』と。フィアは、その魔女の頼みを聞いて、大海原に一つの大陸を作りました」

 その語り口があっさりしているからわかりにくいが、それはまさに神の所業である。大地を創造するなど、あまりにも常軌を逸している。


「炎から生き延びた船乗りたちは、新しい大陸にたどりつき、やがて三つの国を作りました。フィアはその大陸の中央にある火山で、人間たちを見守りながら暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

 どこがめでたいのか全く分からないが、フィアがこの世界の成り立ちにかかわっているのは間違いないらしい。



 ***



「わたくしの昔話、楽しんでくれたかしら」

 失われた神話の一部を聞かされたような星奈たちは、ただ呆然としていた。特に灯里と千晶にとっては、自分がフィアの前にいることさえ畏れ多く感じた。許可なく言葉を発するだけでも申し訳ないのに、道子の反抗的な態度なんて、とても冒涜的に思えるほどだった。


 ゆったりと物語を語り終えたフィアは、道子のほうへと向くと、どこからともなく青い指輪を取り出した。

「さて、道子は生徒たちを助けたいのでしょう?それなら、これを受け取りなさい」

 千晶に体を押さえられながらも必死に受け取るまいとする道子だったが、フィアの手にあった指輪が青く燃え出すと同時に、道子の指に青い炎が上がり、次の瞬間には指輪がはまっていた。


「あちち~!なんで燃えるの~!」

 そして、千晶の猫のしっぽが燃えて、道子はそこから解放される。道子は、自分の思いに呼応するように上がる青い炎を見て、それがこの指輪の力だと直感的にわかった。そして、この力を授けてくれたフィアへの畏怖の念が、道子の心へと焼き付けられていく。


「先ほどまでは申し訳ございませんでした!私はどうしてあのような粗相を!」

 道子は、フィアに自らの行いを謝罪するのを止められなかった。つい先ほどまで怒りを向けていたはずなのに、それすら畏れ多いという感情が刻み込まれた。

「許しましょう。その力が、あなたの望みをかなえることでしょう」

「フィア様の慈悲深さに感謝します!」

『火炎の魔女』たるフィアにとっては、人の心を捻じ曲げるなんて、あまりにも簡単だ。魔女にとって、逆らう者は屈服させればいいだけなのだ。最初から道子は道化としてフィアに敵意を持つことを許されていただけだった。


 最後に、フィアは一本の大剣を取り出した。剣は一目でわかるほど研ぎ澄まされており、この空間とミスマッチに思えるような派手めの装飾が付いている。その剣を星奈が手に取ると、見た目より軽く感じた。

人の身でありながらここまでたどり着いた褒美に、その剣を与えます」

「ありがとー。マジうれしいし。これ、めっちゃ強そうじゃん」

 こんなものをポンと与えてしまってもいいのだろうかと思うくらいに、たくさんのプレゼントを星奈たちに与えたフィア。そんなフィアには、星奈はそこまで悪い印象を抱かず、普通に軽くお礼をしたのだった。




 ***




 渡すもの全部渡したフィアは、おもむろに席を立ち、部屋の外へと歩き出した。

「そろそろゆいさんが目覚めます。彼女に会いにきたのでしょう?」

 星奈たちは、フィアと紅い火球の後ろをついていき、一つの部屋に入った。


 そこは、中央に棺桶が一つだけある小さな部屋であった。しかし、天井や壁に彫られた模様も、石の棺に描かれた絵画も、常軌を逸するほど精密で、大胆で、芸術的であった。


 そして、綿が詰まった棺桶の中に、ゆいが死んだように眠っていた。高熱と痛みに苦しんでいたとは思えないほど、とても穏やかな表情だった。その茶色の髪がきれいに思えて、灯里はついゆいのほほに触れてしまう。


「灯里ちゃん?」

 そのとき、ゆいが言葉を発した。ゆっくりとその目が開かれていき、体が起き上がっていく。ゆいにじっと見つめられて、灯里は思わず息をのむ。ゆいは、こんなにかわいらしい人だっただろうか。


「フィアさん、お世話になりました」

「ゆいさん、あなたの人生に幸あらんことを」

 ゆいは、そのまま羽を生やした灯里をスルーすると、フィアをまっすぐに見て挨拶を交わす。そこに驚きや恐怖の感情はない。何かが決定的に違うような、ゆいという存在の根本から作り替えられたような、そんな仕草だ。


「それじゃあ、帰りましょう!」

「ゆいちゃん、心配したし!」

「今日は豪華にバーベキューだよ~!」

 しかし、星奈たちはそれに気づくことなく、この宮殿を去るのだった。



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