第43話 火山の中、宮殿みたいなんだけど!

「灯里ちゃん、道子先生、ありがとう~!おかげで助かったよ~」

「千晶ちゃん、あたしも活躍したっしょ」

「そうだね~。星奈もすごかった~」


 二体のドラゴンを撃破して、ようやく一息ついた星奈たち。周囲は星奈の魔法の影響でぼろぼろに崩れていて、魔物たちもすぐには近づけない。


「伊藤さん、その姿は!?」

「先生、僕も人間をやめたんだ。僕は後悔していないけど、先生は嫌だったかな」

「そんなわけないわ!ああ、やっぱりこの世界にも神様はいたのね。神様が伊藤さんのピンチに、力を貸してくださったのだわ。これはきっと、魔女から人類を守れということね!」

「確かに、大筋ではそうなるのかもね」

 ようやく灯里の変化に気付いた道子は、なにやら勝手な想像をして納得している。灯里は訂正するのも面倒なので、適当に相槌を打つだけだった。


 そんなとき、灯里と千晶のもとに、空から何か小さいものが落ちてきた。手のひらで受け止めると、それはシンプルな指輪だった。灯里のものには、赤い石が付いているだけで、普段使いにも使えそうなくらいおしゃれな感じだった。


「なんだろうね、これ」

「見てみて~、似合う~?」

 千晶の指には、灰色の石がついた指輪がすでにはめられていた。軽率にもほどがある。勇の件からなにも学んでいない。


「鈴木さん、そういうものは呪いのアイテムかもしれないのですよ!もっと注意深くしなければ!」

「あれ~、指輪が抜けないよ~」

 案の定、千晶の指輪が取れなくなってしまったようだ。そして指輪の石が光りだす。見るからにやってしまった感がある。


「僕のほうの指輪も光りだしたよ」

 灯里の手にあった指輪も、石が赤く光りだした。そして指輪が突然消えて、同時に指に勝手にはまっていた。どうやら、警戒したところで結果は同じだったらしい。もしくは、手に取った時点でアウトだったか。


 灯里は、指輪から膨大な魔力の流れてくるのを感じた。天使たる自分の魔力量に匹敵するほどの力は尋常ではない。灯里はその流れに抗おうとするが、しかし、その魔力は灯里を傷つけようとはしなかった。


「おお~!力があふれてくるよ~!」

 千晶と同じように、灯里もまた指輪の魔力が自分のものになっていっていることが直感的にわかった。荒れ狂うマグマの竜が、自分の体内へと収められていく。灯里は、その指輪の力を本能的に理解していく。


「おいで、僕の使い魔さん」

「わたしのペットちゃん、出ておいで~」

 灯里と千晶はその指輪から光を放ち、それが変形していってドラゴンの形をとる。先ほどまで戦っていたのとそっくり同じだが、まったく傷ついていないその姿を見て、道子が驚愕の声を上げた。


「ドラゴンが復活した!?そんな、まさか!」

 どうやら道子は再びドラゴンたちと戦わなければならないのだと思ったらしい。それがあまりにもおかしくて、千晶が笑い出してしまった。

「そんなに驚かなくてもいいよ~」


 そういった直後、千晶の周囲の雪がもぞもぞと動き出す。それはさんざん苦しめられてきた雪の魔物たちの姿をとり、星奈と道子の周りを取り囲んでいく。


「鈴木さん、私たちを裏切ったの!?どうしてそんなことを!」

 道子があまりにもうろたえるので、千晶はゲラゲラと笑っている。それを灯里は冷めた目で見ていた。

「脅かすのもそれくらいにしよう、千晶。趣味が悪いよ」

 灯里は手を振り、赤いドラゴンを指輪へと戻していく。しかし千晶は諦めが悪かった。明らかにふざけているだけなのだが、やりすぎはよくないぞ。


「くくく~、この指輪の力はそんなものじゃないよ~!」

 星奈たちを取り囲んでいた魔物たちが、高速で流れてきた灰色の煙に飲み込まれる。先ほど千晶の足を奪った火砕流が、今度は千晶の手足として魔物を葬っている。


「そんな、鈴木さん、指輪の力に飲まれたとでもいうの!?」

「千晶ちゃん、さすがに調子に乗りすぎっしょ」

 星奈もやれやれという表情だが、道子はまだ自分の反応のせいで千晶が増長していることに気づいていないようだ。


「あちち~!熱いよ~!なにこの炎は~!」

 そのとき、星奈たちの見える範囲一帯に大きな炎が上がる。星奈たちは火からすこし離れていて特に危険というわけではなかったが、唯一千晶は一緒に燃えていた。自業自得だ。


 その炎に燃やされた地面は、ゆっくりと形を変え、戦いで破壊される前の姿へと戻っていく。それと同時に、山の頂上のほうに、小さな洞窟がぽっかりと穴をあけた。星奈たち4人の全力の余波を軽々と修復していくその絶対的な存在は、どう考えてもこの山のあるじというべきだろう。ついでに千晶はずっと燃やされていたが、命に別状はないようだ。


「ここまで来て、あたしたちに引き返すなんて選択肢はないし」

「あの奥に、ゆいがきっと待っているはずだよ」

「でもいきなり燃やされるなんてひどいよ~!」

 星奈たちは、迷うことなく新たに出現した洞窟へと入っていった。




 ***




 洞窟の中は、特に魔物が出現するということもなく、ただ松明たいまつのぼんやりとした火が、うっすらと星奈たちを招くように灯っていた。等間隔で規則的に設置されたその炎は、まっすぐな通路のどこまでも続いていた。


 しばらく進んでいくと、星奈たちは花崗岩で作られた門にたどり着いた。装飾は少ないながら風情があり、落ち着いた雰囲気の建造物であった。そして、その重厚な門戸は開かれており、その先には灰黒色の宮殿が少し広がった空間に建てられていた。


 そのレンガ造りの灰黒色の建物は、周囲に灯っている炎に暗く照らされて、ややおどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。明るい色の門と比べると、なおさら闇の中にあるように感じられた。


「まるで魔王の城って感じね。三神さんを連れ去った犯人はきっとこの中にいるはずよ。気を引き締めていきましょう」

 道子は戦いに赴くような表情でいたが、星奈たちは逆にそれで緊張がほぐれたのだった。





 ***




 宮殿の中では、人魂のような色とりどりの炎がふらふらとあちこちをさまよっていた。シャンデリアに灯るろうそくの炎が、入り口の広間をぼやっと照らしていた。その光はステンドグラスを通り、地面に印象派絵画のような模様を映し出していた。


「ついてこい、ってことかな」

 星奈たちは、周りの炎と比べて大きな紅い火の玉に出迎えられた。その仕草が、星奈には案内しようとしているように思えたのだ。星奈たちは、その紅い炎の後をゆっくりとついていく。


 そしてたどり着いたのは、ひときわ大きなガラスのシャンデリアが目を引く、迎賓室のような場所であった。モノクロの中に赤が炎を躍動的に表現しているようなカーペット、絵画のような模様が入った大理石のテーブル、そして黒いガラスで作られた椅子が丁寧に準備され、来客たち、つまり星奈たちを出迎えていた。そして、一つだけ装飾の凝った椅子に、灰色のドレスを身にまとった少女が座っていた。色のほとんどないこの場所で、彼女の真っ赤な長い髪が、目を引くほどきれいだった。


「ここまで来るのは大変だったでしょう。ゆいさんが目を覚ますまではもう少しかかりますから、どうぞ座りなさい」

 優しげな、しかし有無を言わさぬ彼女の言葉に、星奈たちは言われたとおりに着席するほかなかった。




 ***




 テーブルの上には、丁寧に磨かれたチェスの駒のようなものが冷たい石の盤上に並べられていた。駒の種類とかは微妙に異なるが、精巧に石を削って作られた白黒の駒は、馬や王冠といったモチーフを表しているのは同じだった。


「せっかくいらしたのに何もないのも寂しいですから、わたくしの私物をいくつか下賜しましょう。その指輪は気に入ってくれたかしら?」

 その赤髪の少女の視線は、星奈たちを同等の存在とは見なしていない。まるで奴隷を見る主人の目だ。それに憤怒した道子が、席を立って彼女に殴りかかろうとした。テーブルに足を上げるとか行儀が悪い。

「あなたが三神さんをさらった犯人ね!私の生徒に手を出すなんて、許さないわ!」


 懐から特製のナックルを取り出してぶん殴ろうとする道子。しかし、そのこぶしが命中する寸前に、道子の体は強制的に引き戻された。

「あんまりにも無礼だよ~!わたし、先生でもそれは許せない~」

 道子を止めたのは千晶だった。猫のしっぽで道子の体をつかみ、がっちりと固定している。

「鈴木さん、放しなさい!あいつを殴れないわ!」

「あいつだなんて、あまりにも失礼な言い方だよね。せめて魔女様とお呼びしないと」

 灯里も、道子の態度が恐ろしく気に入らなかった。なぜなら、目の前にいる赤髪の魔女がいるのに、敵意をむき出しにするなんて罰当たりだからだ。もしこの魔女が許してくれるならば、道子に罰を与えたいほど、灯里の心の中は義憤に駆られていた。以前であればそうは思っていないはずだが、灯里はもはや魔女の眷属なのだ。


「『火炎の魔女』であられるフィア様にそのような狼藉を働くなど、死を以ても償うことのできぬ重罪。いかがなさいますか、フィア様」

 そのとき、星奈たちを連れてきた紅い炎が突然魔女のそばで話し出した。お前、喋れたのか。そしてフィアと呼ばれた赤い髪の少女は、何事もなかったかのように落ち着いた顔で話す。


「主人が教育していないのであれば高貴な者への態度を知らないのも無理はありません。謝罪するならば、わたくしは許してあげましょう」

「ほら、フィア様が許してくれるって~。先生、ちゃんと謝ろう~?」

 道子は、あまりにも傲慢なフィアの言葉に怒りを覚えつつも、千晶に無理やり頭を下げさせられたのだった。


 道子が口をふさがれている中、灯里が話を切り出した。

「魔女様、『火炎の魔女』といえば、かつて国を一つ滅ぼしたとお聞きしました。確か灰の中からお生まれになったとか」

 そう、『火炎の魔女』はこの世界の人間ならだれでも知っている国の滅亡譚の主役ともいえる存在だ。それをベースにした創作も無数に存在している。灯里は、とりあえず話題づくりとしてこの物語のことを聞こうとした。


「ええ。けれども人間の間で語りつがれる物語と真実は往々にして異なるものです。時間もあることですし、わたくしの昔話をしてあげましょうか」

 赤髪の魔女、フィアは、チェス盤の駒を手も触れずに並べ替えると、ゆっくりと語りだしたのだった。





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