第42話 ドラゴンなのに強いんだけど!
「ほら、もうすぐ頂上だよ~!」
千晶の元気づける声のおかげで、灯里はなんとか意識を保っていた。この山でこれまで出会ってきたすべてと、もはや灯里には理解できないような脅威が、灯里たちを襲っていた。
目が見えていてもなにもわからないような状態の灯里は、ぼやけた視界の中で、大きな灰色の影が見えた気がした。次の瞬間、灯里を包んでいた千晶のしっぽがするりとほどけ、灯里たちは地面に叩きつけられた。
「まだボスがいるの~!」
「鈴木さん、私が防壁を作ります!だから鈴木さんはあのドラゴンを食い止めてください!」
千晶は、灰色のドラゴンに弾き飛ばされて、地面にめり込んでいた。攻撃を受けた千晶が、とっさに灯里たちを解放して衝撃から逃がしたのだ。そのドラゴンは、青白い光を全身にまとい、ぎろりとした眼光で千晶を睨んでいた。
「みなさん、こちらへ!スノーウォール、発動!」
なぜか普通に動くことができている道子が、雪の壁で灯里たちを魔物たちの危険から守る。この地獄の環境の中で無事である理由は謎だが、いま動ける仲間がいることはとても心強かった。
「げほっ、ごほっ……火山灰はまだどうにもならないの?」
「今超特急で作っているわ。だから、必ずこの窮地を脱出するわよ!」
雪の壁に守られて、灯里たちは氷とマグマの魔物たちに囲まれた四面楚歌の状況を数分は持ちこたえることができそうだった。しかし、山の下部よりはるかに激烈になった攻撃の雨に、それ以上は耐えられそうになかった。
「がほっ……千晶ちゃん、劣勢みたいじゃん」
「星奈はあの戦いが見えているの?」
「姿は見えないけど、千晶ちゃんのほうが攻撃の範囲が狭いし、防戦一方みたいっしょ」
灯里の目には、千晶が巻き起こしたであろう砂嵐の残骸と、灰黒色の煙、そして青白い閃光だけであった。しかし、星奈の言う通り、砂嵐の出現位置が小さい範囲にとどまっていることから、千晶はあまり動き回れない状況なのだと推察できた。
必死に回復魔法を使って体力の消耗を抑えながら、道子の魔道具の完成を願う灯里と星奈。しかし、猛烈なスピードでファンタジーの錬金術っぽく道具を作っていた道子が、突然大声で叫んだ。
「伏せて!」
灯里は、自らを守っていた雪の壁が、迫りくる溶岩の波によって蒸発していくのが見えた。もはや、人の身では煮えたぎる溶岩に溶かされて死ぬのは不可避だった。間に合うはずがない。灯里は、その一瞬でただ祈るように胸ポケットに手を伸ばした。白い水晶玉が強い光を放って、辺り一面を飲み込んでいった。
***
白い光の中に、灯里はぽつんと立っていた。天国のように温かいその光は、灯里の体を柔らかく包み込み、すべて受け入れてくれる。灯里はただその光と一つになりたかった。
火山灰ですり減って血まみれの皮膚も、すりガラスのようにこすれて使い物にならない眼球も、温かい光へと変わっていく。筋肉も、骨も、内臓も、灯里の精神でさえも、白く優しい光になって、自然な形へと作り替えられていく。背中に羽を伸ばし、頭の上に白い輪っかを浮かせ、そして髪の毛に白いメッシュを入れる。灯里にとって、もはや昔の肉体は本来の姿ではなかった。この光を注いでくれる存在が望むかぎり、灯里は天使であった。
灯里は、光の根源、『天空の魔女』リュミのことを想うと、どうしようもなくうれしい気持ちが湧き出てきた。ただ存在しているだけで、灯里はリュミに監視されていることを認識してとても幸せだった。リュミの意志を実現することこそが、灯里の存在する目的であった。
しかし、同時に灯里はその感情が新しく付け加えられたものであることも理解していた。人間の灯里にとっては、これは恐ろしいことなのだとわかっていた。それでも灯里は、人間をやめなければよかったとは思わない。むしろ、魔女の理不尽さを肯定できるようになるというのは、灯里にとってはとても魅力的だったのだ。
灯里は、自らのすべてを主人に捧げ終わって、現世へと戻っていく。友人たちを守るために。灯里が瞳を閉じれば、その意識は戦場へと舞い戻るのだった。
***
灯里が目を開くと、溶岩の大波が星奈や道子を今にも飲み込もうとしているところだった。周囲には、雪のバリケードが破壊されて突入してきた魔物たちが数百体はいるのが聞こえた。しかし、灯里にとってそれは些細なことであった。もっと重要なものが見えたからだ。
溶岩を生み出していたのは、体がマグマでできた真っ赤なドラゴンであった。そのドラゴンからはずっと溶岩が流れ出ており、それが津波を作ると同時にそこからたくさんの魔物が湧き出ていた。さらにたちの悪いことに、ドラゴンの体は周囲の溶岩を吸収してどんどん膨れ上がっており、それに比例するように溶岩の流れ出す速度も上がっているようだ。
そして千晶はもうぼろぼろの状態で、対する灰色のドラゴンには傷一つ入っていなかった。千晶は完全に追い詰められていて、とどめが刺されるのは時間の問題だった。
灯里は、これほどの情報を一瞬で知覚して、自分のするべきことを瞬時に判断できた。それどころか、灯里には自分の変化に驚く余裕さえあった。灯里には、人間だった時の感覚が、まるで盲目だったかのように思えたのだ。
天から無数の白い光の筋が、マグマのドラゴンと周囲の溶岩、そして魔物たちに降り注ぐ。星奈を襲っていた溶岩は吹き飛び、ドラゴンの体には多くの穴が開き、そして光を浴びた魔物たちは蒸発した。それと同時に星奈と千晶の体が白い光に包まれ、その傷が癒えていく。
「あれ、マジえげつないし。って灯里ちゃんその姿は!」
いまだ降り続けている光を見て、星奈はようやく灯里の変化に気づく。背中に純白の羽を生やし、頭の上に光る輪を浮かせていた灯里が魔女の眷属に生まれ変わったことは、リュミと面識のない星奈にも容易にわかった。そしてある程度回復して動けるようになった千晶が走ってきた。
灯里は、二人とともに即席の作戦会議を始める。
「星奈、千晶。今はひとまずあのドラゴンたちを倒すことを考えようか。なにかいい作戦はないかな」
「そうだね~。とりあえず、灰色のドラゴンの火山灰は厄介だよ~。電撃で遠距離を、摩擦で近距離を攻撃するだけじゃなくて、防御にも使ってるみたい~。わたし、全然攻撃できなかったよ~」
千晶の話によると、どうやら灰色のドラゴンが青白い光をまとっているのは火山灰のせいらしい。セントエルモの火か。高い防御力と削り能力、そして牽制と、非常に厄介な相手のようである。
「空気中にある火山灰のほうも問題だね。そのせいで回復が難しいわけだから」
灯里は本来であれば死んでいても一瞬で再生させられるくらいに強力な能力を持っているが、それが火山灰のダメージと大きく相殺して大した効果が得られなかったのだ。なにか対策が欲しいところである。
「それなら、道子先生の秘密兵器が完成すれば何も問題ないじゃん。あたしと灯里がマグマのドラゴンをぶっ倒して、千晶と先生で灰色のほうを倒せば何の問題もないっしょ」
悩む眷属二人に対して、星奈がかなり楽観的な作戦を提案してきた。しかし、何も考えていないゆえの無鉄砲な作戦は、案外悪くないものに思えた。勝率を高めるために悩むより、とりあえず動いたほうが効率的だ。
「じゃあそうしよう。星奈はあの溶岩の補給を断ってほしいな。回復を減らせるだけでもずいぶん楽になるからね」
「いや、あたしがとっておきの必殺技をぶつける。だから灯里と千晶には防御を頼みたいし」
「いいよ~。それじゃあ、頑張ろ~!」
星奈と灯里は、雪の壁の残骸を越えて赤いドラゴンのほうへと向かった。
***
「じゃあ、あたしの最強の必殺技をお見舞いしてやろうじゃん」
ゆっくりと、光の柱が落ち続けている方向を見つめる星奈。軽く息を吸って、久しく行っていなかった世界魔法の詠唱を始める。
「世界よ!形あるすべてのものよ!反転せよ!対となってはじけ飛べ!
アンチマターブラスター!」
反物質砲。しかし、この技は単に反物質を弾丸として放出するわけではない。周囲の物質を連鎖的に反物質へと変換し、そして対消滅を起こすのだ。その暴威が、ボルカノ山の岩石を、氷を、そして溶岩を次々とエネルギーの塊に変換していく。これこそ、星奈の奥の手であり、本来ならば自爆攻撃である。
灯里は、対消滅によって現れた光(人間には見えない)をレンズのように集め、そしてマグマのドラゴンに向かって収束させていく。周囲の地形を消し飛ばすのに散逸していくはずの威力を、一点に向かって集中させていく。
そして、その暴力がドラゴンへ殺到し、その体を構成するマグマをばらばらに爆散させていく。その反動はすさまじく、衝撃波が全方位へと発生し、周囲の魔物たちはなすすべもなく吹き飛ばされていく。この大陸の端まで届きそうなその衝撃を、灯里と千晶の二人は透明な防壁を展開して、正面から受け止めた。二人がかりとはいえ、惑星すら揺らすような反動を受け止められるのは、魔女の力を証明しているだろう。
「まだ生きているなんて、しぶといね」
灯里は、空中に大量の光の矢を出現させると、その腕を振ると同時に四方八方へと矢が飛散していく。人の目にはでたらめに見えるその白い矢は、しかし一本も外れることなく飛び散った溶岩を蒸発させていく。赤いドラゴンの残骸は、わずかに残った身体の一部から再生することも叶わず、ただ滅びるしかなかったのだった。
***
星奈の攻撃の余波を防いだ千晶は、待ち望んでいた道子の声を聞いた。
「鈴木さん、受け取りなさい!火山灰を
極限でも取るのかというような名前だが、これが求めるものであったことは間違いない。
千晶は、その長いしっぽで道子の魔道具を受け取ると、残った灰色のドラゴンへと飛び掛かっていった。迫りくる青白い雷をすれすれで回避して、一気にドラゴンの懐へと入っていく。
ドラゴンの身にまとっている火山灰の鎧が魔道具によって除去され、一瞬、ドラゴンが丸裸になる。その隙を逃す千晶ではない。千晶は、自らの鋭利な爪をドラゴンの鱗へと突き立て、その肉を切り裂いていく。硬いガラスのような鱗のせいで深い傷を負わせることこそかなわなかったが、手数の多さでドラゴンのダメージが蓄積していく。
「それは見切った~!」
ドラゴンが電撃により反撃しようとしたので、千晶はキックでドラゴンを蹴っ飛ばす。そして無数のクリーム色の弾丸が敵に襲い掛かった。灰色の巨体をねじらせて回避しようとしても、その速度と数を前に何発もの弾が傷口へと命中し、はじける。そして体内へとまき散らされた砂が、針のように姿を変え、ドラゴンの肉体に深い傷を負わせていく。
「これでとどめだよ~!」
千晶は飛び上がると、その軽々しい見た目からは想像もつかないくらい重たい蹴りを落とした。その渾身の一撃は、ドラゴンの首をへし折り、その意識を刈り取った。もはや抵抗できなくなったドラゴンへ、千晶はゆっくりととどめを刺していったのだった。
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