第41話 山登り、エクストリームなんだけど!

「はあっ、はあっ。さすがにつらいね。千晶、休憩してもいいかな」

「いいよ~。あともうちょっとで七合目だね~」

 星奈たちは、五合目を越えてから三日の時間を経て、ようやく七合目までたどり着こうとしていた。


 五合目以降は雪崩によって常に地形が変わるため、先に進むだけでも困難であった。ルートを探すのは難しく、一番ましな道でも滑りやすい氷の急斜面とかを登らなければならないのだ。地形だけで日本の山で遭難しているほうがはるかにましな状況だと言えば、そのひどさがわかるだろうか。そのうえに、魔物がひっきりなしに現れて、安全地帯なんてものはないのだ。今も、休憩しようとした星奈たちを襲う魔物の影が現れた。


「また雪像だよ~!これめちゃくちゃ硬いんだよ~!」

 魔物もとても強く、しかも再生力が高いので倒しても倒してもきりがない状態だった。例えば、いま星奈たちの近くに現れた、剣を模した雪像は千晶でも壊せないくらいに硬いのだ。そのくせひとりでに宙に浮いて苛烈な剣戟を仕掛けてくるので、星奈たちを守りながらなのもあって千晶が劣勢に陥ることもよくあった。



「ここはあたしに任せてほしいじゃん!ガンマレーザー!」

「防御はわたしの得意技だよ~!」

 星奈が指先から見えない光線で雪像を狙い撃つ。超高エネルギーを収束して放たれた弾道が、思い出したかのように閃光を放って爆発する。それは散乱した部分を次々に映し出し、銀世界を吹き飛ばしていく。千晶が透明な壁を貼って守ってくれなければ、跳弾だけで致命傷になっただろう。


 しかし、余波だけで大惨事を引き起こす威力の収束射撃は、剣の雪像の柄の部分を破壊したにすぎなかった。雪像はあっという間に壊れた部分を再生していく。

 そこに、道子の声が響いた。

「残念だったわね!スノーウォール、発動!」

 道子の手にあった雪の結晶の形をした魔道具が光る。次の瞬間、雪像と星奈たちとの間に雪の壁が現れ、星奈たちは即席のかまくらの中に守られたのだった。




 ***




「やっぱあたしたちの連携プレーは最強じゃん?」

 かまくらの中で灯里が休んでいると、星奈が冗談交じりに言ってきた。

「確かに千晶ひとりに頼っちゃうかと思ったけど、そうはならなかったね。道子先生も星奈もすごかったよ」

 魔女の眷属である千晶の能力は非常に高いが、その千晶がいてなおパーティーとしての連携はうまくいっていた。灯里はそのことを素直に喜ばしく思う一方で、自分が足手まといになっていそうで憂鬱な気分もあった。


「道子先生、あたしもまさかあそこまで活躍するとは思わなかったし」

「失礼ね!私は最強の道具魔法使いだから、これくらいできて当然よ!」

 実際、道子はめちゃくちゃ活躍していた。道子が作った登山用具は、絶対に滑らない靴とか勝手に固定されるロープとか、とんでもないものばっかりだった。星奈たちがいま休んでいるかまくらも、道子が作ったものだ。千晶でも難しい安全地帯の確保を難なく達成してしまっているのだ。道子の実力がうかがえるだろう。


「特製の豆カレーを召し上がれ~!」

 千晶が豆のカレーとナンをみんなにふるまう。今日も千晶の料理はおいしい。それを食べていた灯里がふと思い出す。

「そういえば、ゆいは料理が下手だったね。調理実習でも先生に微妙な顔をさせてたのを思い出したよ」

「けど勇と違って料理できるだけでも偉いってあたしは思うし」

「勇くんはカレーしか作れないって言ってたよね~。カレーでもこのカレーは作れないだろうけど~」

 千晶の得意げな顔をぺしっとはたきながら、星奈が懐かしむような表情で言った。

「昔のことを思い出してたら、また勇たちに会いたくなってきたじゃん」

「会いに行きましょう!そして邪悪な魔女から辰巳くんたちを取り返すのです!私たちの絆を見せつけるのですよ!」

 道子の主張はあいかわらずちょっとおかしいが、星奈たちも再び『宝石の魔女』ペリーヌのところへ向かうことに異議を唱えることはなかった。完膚なきまでに打ちのめされて目を背け続けた過去に向き合う時がやってきたのだ。


「まずはゆいちゃんだね。ゆいちゃんと一緒に、どうやったら勇たちを救出できるか考えよう」

「当たり前じゃん!ここまで来たんだし、あたしたちなら大丈夫!」

「それじゃあ、まずは七合目を突破するよ~!」

「おー!」

 千晶の掛け声で、星奈たちは過酷な登山に再び挑むのだった。




 ***





「いよいよ八合目じゃん!もうすぐっしょ!」

 星奈たちは七合目を突破してからたった一日あまりで八合目に到達した。これは五合目から七合目までの倍以上の驚くべきペースである。ただ、決して道のりが易しかったわけではない。


 七合目を過ぎるとこれまでの雪景色に、溶岩の川がいくつも流れていた。その溶岩には体がマグマでできたカバの魔物がいて、実体がないのか攻撃してもダメージを与えられないのだ。そしてカバはその図体の大きさに反してかなり素早く、灯里の目には残像が見えるだけであった。魔物に千晶が反応できず、星奈も灯里も何度も半身を焼かれたり、溶かされたりした。灯里の『リジェネレーション』で即座に再生できなければ命にかかわっていただろう。


 その上にここまで星奈たちを苦しめてきた雪崩や雪像は健在であり、1000度以上の急すぎる温度差や狭い、不安定、滑るの三拍子そろった足場、そして標高8000mを超えたことによる薄すぎる空気はいずれも人間の生存可能な範疇ではなかった。


「わたしだけだとここまで早く進めなかったよ~。やっぱり友情こそ最強だね~」

 それでも星奈たちが進むことができたのは、チームワークのたまものだといっていいだろう。星奈の世界魔法で地形を変えながら魔物を吹き飛ばし、道子の道具で環境の影響を完全にシャットアウトし、千晶は魔物たちの攻撃を防ぎ、いざとなれば灯里の光魔法で回復する。このサイクルが順調にいったからこそ、星奈たちは八合目までたどり着くことができたのだ。


「でも、道子先生があそこまで耐久力があるなんてね」

「溶岩に飲み込まれたときはどうしようかと思ったよ~」

 千晶が道子を守る必要がなかったのも大きい。流れが急に変わった溶岩に道子が飲み込まれたとき、道子はほとんどやけどを負わなかったのだ。言われてみれば雪崩に巻き込まれたときも道子は負傷していなかった。理由こそ星奈たちにはわからなかったが、このあたりの強力な魔物に囲まれてもすこしなら大丈夫ということで、千晶は星奈と灯里を守ることに集中できたのだ。


「私は大人だから、皆さんよりも強かったということだわ」

 道子の推測は正しいとは思えないが、八合目にあった山小屋で一休みした星奈たちはいよいよ九合目に向かって歩き出したのだった。




 ***




「魔物が強いよ~!」

 八合目を過ぎると、もはや灯里には魔物の姿を捉えることすら難しくなった。目に見えないほど急激な雪崩に押し流されたり、溶岩のカバの突進でいきなり足をもがれたり、苛烈きわまる攻撃に星奈たちは防戦一方になっていた。『スペースクエイク』のような全体攻撃ではもはや有効打にならず、『ガンマレーザー』の収束射撃でようやくひるませることができる有様だったのだ。

 中でも新しく出現した、体が炎でできた鳥はヤバかった。こちらの攻撃はほとんど効かず、分裂して指数関数的に増えていく上に、


 その中で千晶はどんどんダメージを受けていき、それがまた星奈たちの隙を作るという悪循環に陥っていた。千晶の傷を回復しようにも、灯里の魔法ではほとんど効果がなく、自己再生を上回る勢いで千晶の受けたダメージはどんどん蓄積していった。


「なんだか煙臭くない?」

 灯里が口にした次の瞬間、灯里たちは空中にいた。どうやら、自分は千晶の猫のしっぽにくるまれて一緒に飛び上がったのだと気がついた時には、すでに4回目のジャンプの最中だった。


「あれ、めちゃくちゃヤバいよ~!」

 声のしたほうを灯里が向くと、千晶が猫娘の姿になっていた。しかし、その左足は何かに食われたようになくなっており、全身にやすりのようなものでこすられたような跡がついていた。魔女の眷属がここまで傷ついた姿になるなんて、一体何が起こったのか。


 一瞬すぎて灯里の脳の処理がまったく追いつかないうちに、どんどん事態は進んでいく。灯里は、ようやく灰色の煙のようなものがせりあがってきていることを認識した。まるで逆再生のように登ってくるその暴流が、千晶の足を奪ったのだ。しかし、そのころにはすでに灯里の視界はすりガラスのように曇り、口からは血を吐いていたのだ。




 ***




「灯里ちゃん、回復しないと死んじゃうよ~!」

 千晶は、現状が想定以上に厳しくて慌てていた。シュクルの眷属になってから、千晶はこれまで危機感というものを覚えたことがなかった。いざとなれば本気を出せばなんとかなるだろうという全能感があったのだ。実際、千晶はこのボルカノ山でも八合目までは半日もあればたどり着けるという確信があった。しかし、あの逆流する火砕流に左足を飲み込まれて、その慢心は打ち砕かれたのだ。


 千晶は、ただ危険なものから逃げることしかできなかった。魔物や溶岩などの影響が少ない場所へと動いているだけだ。星奈たちを守るということを抜きにしても、このまま攻撃を受け続けるとまずいと千晶は理解していたのだ。


「リジェネレーション!」

 灯里が頑張って回復しようとしているが、現状維持すら難しいようだ。その原因をなんとかできないことに千晶は悔しい思いを募らせる。


 このボルカノ山上部での伏兵は、異常なほどに鋭利な火山灰であった。ほとんど視認できないガラスのナイフが空気中に散らばり、千晶の再生すら上回るほど星奈たちの体を研磨していたのだ。呼吸を必要としない千晶でさえこれだけダメージを受けているのに、星奈と灯里はこれを吸い込んでしまっている。回復魔法のおかげでなんとか即死はまぬかれたという状態で、体の内外からどんどん肉がそぎ落とされる激痛に二人は苛まれていた。


 千晶は下に降りることも考えたが、攻撃の嵐をくぐり抜ける自信がなかったし、なによりここまで来て撤退するのは嫌だった。それよりは、道子がこの火山灰や火砕流への対策の道具を作るまで耐えのびるほうが得策だと思ったのだ。幸い、道子はこの死の環境の中でも道具を作ることができていた。

「皆さん、気を確かに!火山灰は私がなんとかするわ!だからそれまで頑張って!」

 道子が頼りにされていることで自分に酔っているようだが、千晶にはそれにツッコむ余裕はなかった。


 千晶は追い立てられるようにボルカノ山を登っていく。九合目を過ぎたことは、もはや誰も気づかなかった。



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