第40話 5合目からが本番だったんだけど!

「思ったよりもあっさりとふもとまで来れちゃったね」

「まあ、あたしたち強いし?この世界の一般人が大したことないだけじゃん」

 星奈たち一行は、出発したその日のうちにボルカノ山の麓までたどり着いてしまった。富士山よりも高い山々からなる山脈を超えるだけでも大変なのに、強い魔物まで出てくるのだ。普通の人は片方だけでも精一杯だろう。ましてや数百kmもの距離を移動しながらというのは、常識では考えられないスピードだった。


「このペースならあと3日もあれば頂上にたどり着くわ。一刻も早く、三神さんと合流しましょう」

「みんなはちゃんと寝たほうがいいよ~。徹夜はダメ~」

 千晶は別に寝る必要なんかないのだが、さすがに星奈や灯里は睡魔には勝てない。徹夜して魔物に襲われるのは最悪だ。だからこの日はしっかりと休息をとって、次の日に備えることにした。




 ***




 次の日も非常に順調に進んだ。魔物はあいかわらずわんさか出てくるけれど、灯里の『ホーリーレイ』で倒せないような強い魔物は現れなかった。星奈たちは山登りでも大きなネズミ返しの形になっている部分を超えたり、ほとんど垂直に近いつるつるの岩肌を登ったりしたが、まったく苦戦はしなかった。本来ならば、そのミニチュア版でさえスポーツクライミングのプロを叩き落とすだろう地形で強力な魔物と戦うのは無謀というものだが、星奈たちの身体強化、道子の十分な装備、そして魔法による遠隔攻撃によって対処できたのだ。


「あ~、三合目だよ~!この調子なら明日にはゆいちゃんのところにつけるかも~」

「けど雪積もってるから、スリップ注意じゃん」

 星奈たちは、三合目と彫られた石碑を見つけた。このあたりで大体富士山くらいの海抜高度であり、そろそろ空気の薄さや雪が牙をむくころだ。ここまで約半日で登ってきたのがおかしいのである。


「でも、このあたりで昼食休憩にしたいな。まだまだ先は長いんだし」

「さすが伊藤さんですね。山登りではペース配分が大事ですもの。休みましょう」

 昨日一刻も早くとか言っていた道子がしれっと意見を変えているが、それには触れずに星奈が準備を始める。


「インベントリ!それじゃあ、千晶ちゃんよろしく!」

「腕によりをかけておいしいのを作っちゃうよ~!」

 背負う荷物を極限まで減らせる『インベントリ』も、星奈たちの驚くべき登山速度を支える一因であることは明白であった。




 ***




「この雪原を超えればいよいよ五合目かな」

「日が暮れる前にはここを超えたいし、さっさと進もう!」

「滑ったらおしまいです!皆さん、気を付けてください!」

 星奈たちはまだまだ順調で、四合目をあっさり通過して五合目にたどり着こうとしていた。

 さすがにここまでくると、魔物はかなり強くなってくる。狼やら鹿やら猿やらが群れで現れて、火を吐いたり氷柱を落としたりしてくるのだ。これらのただでさえ不安定な足場をかき乱す攻撃に加えて、高い身体能力と耐久力があるので、灯里や道子だけでは魔物だけでも突破は非常に困難だっただろう。


「そんな滑ったりしないよ~」

 そのうえ、三合目までよりさらに険しくなった地形と滑りやすい雪が加わり、星奈たちは山登りに集中せざるを得なかった。しかし、だからといってペースが大幅に落ちたかといえば、そうではない。


「うわ~、雪で見えなかったけど割れ目があったよ~!」

 調子に乗って先頭を鼻歌交じりで歩いていた千晶がクレバスに落下する。しかし次の瞬間には何事もなかったかのように灯里の近くに現れた灰色の鹿たちをミンチにしていた。壁を蹴って氷の穴から脱出し、あっという間に魔物を倒してしまった千晶に、星奈も灯里も苦笑するしかない。


「もう全部、千晶ちゃんだけでいいんじゃない?」

「本当に八面六臂の活躍だよね。僕たち、ただ山を登っていればいいんだもんね」

 そう、千晶が地形をものともせずに魔物を殲滅してくれたおかげで、星奈たちは苦労せずに進むことができたのだ。やっぱり魔女の眷属というのはとても強いと再認識させられた星奈と灯里であった。


「皆さん、こういった雪原ではクレバスという氷の割れ目に注意しましょう!落ちてしまったら一巻の終わりですよ!」

 そして道子先生は注意するのがすこし遅かった。




 ***




「今日こそ登り切ってゆいちゃんと合流しようじゃん!」

 五合目地点にあった山小屋で一晩を明かした星奈たちは、いよいよこのボルカノ山の後半へと突入していく。しかし、前日までのようにサクサクとはいかなかった。


「うわ~!雪崩だよ~!」

 まず星奈たちの行く手を阻んだのは、前方を覆いつくすような雪崩であった。千晶が叫んだ時にはすでに星奈たちは飲み込まれる寸前だった。ほとんど音もしなかったのにこんなに近くまで来ているなんて、あまりにも速すぎる。


「ファイアボール!」

 灯里はとっさに炎の弾を放って伏せることで、なんとか身の安全を確保する。星奈も『インベントリ』の中のものをバリケードにすることでどうにか難を逃れたようだ。しかし道子は瞬時に対応することができず、雪崩に巻き込まれてきた道を転げ落ちていく。


「先生!今助けにいくよ~!」

 唯一まともに動ける千晶が道子を助けるために飛び出した瞬間、星奈と灯里の体についていた雪がもぞもぞと動き出した。そして振り落とされたそれらは周囲の雪と融合し、狼や熊、ネズミなど生き物の形を無数に形作っていく。


「コンパニオンリカバリー!」

 灯里はその異様な光景にすぐさま全体回復の魔法を唱えた。それは英断だったといえよう。なぜなら灯里が魔法を唱え終わるころには、灯里も星奈も雪の魔物たちの突撃によって、全身があざみ傷にまみれていたからだ。灯里には一体の攻撃を回避するだけでもやっとなくらい、魔物たちは素早かったのだ。


 魔物たちから吹雪が巻き起こり、星奈たちを閉じ込めていく。そこで星奈は切り札を温存している場合じゃないと悟り、世界魔法を使う決断をした。

「メテオストライク!」

 視界をホワイトアウトさせる雪の嵐を切り払う赤熱した隕石の弾丸が彼女の周りに降り注ぐ。無数に降り注ぐそれらは、一つ落ちるたびに山を揺らし、雪の壁を消し去り、魔物たちを少しづつ溶かしていった。


「うわっ!地面が!」

 しかし、その衝撃で星奈と灯里の立つ地面が雪崩を起こし、二人はバランスを崩して滑落していく。灯里はせめて星奈に近づこうとするが、それも叶わない。気が付けば、崩れていく雪の塊の中から新たに魔物が次々と生まれていた。


 あまりにも絶望的な状況に走馬灯を幻視した灯里であったが、そのとき何者かに抱きかかえられる。灯里は、千晶に助けられたことを理解した。気づけば星奈と道子も一緒に抱えられている。

「おまたせ~!あいつら、結構強いよ~!」

 千晶は足で地面を蹴って砂嵐を発生させたかと思うと、雪の塊と魔物たちを巻き込み、粉々に破壊していく。再生させる隙も与えず、生きた雪崩とでもいうべきものを粉砕してしまったのだ。


「これじゃあ、さすがに頂上まで行くのは無理じゃないかな」

 灯里は、自分の実力では先に進むのは難しいと判断していた。引き際を弁えているのは、いかにも優等生らしい。しかし、その判断をするのは少し遅かったようだ。

「でも、雪崩のせいで来た道は戻れないよ~」

 千晶の指摘する通り、引き返そうと思っても引き返せないのだ。そのうえ灯里以外のみんなはこのまま進む気満々らしい。

「いざとなればあたしの『テレポーテーション』で帰ればいいし、なによりここまで来てゆいちゃんに会えないなんて嫌じゃん」

「そうですよ伊藤さん!ここは進軍あるのみです!」

「大丈夫、わたしがいれば安心だよ~!」


「しょうがないか。僕が足手まといになるとしても、みんなに甘えさせてもらうよ」

 いずれにせよ一人では帰れない灯里は、星奈たちについていくほかなかったのだった。灯里は、胸ポケットに入れた光る水晶にそっと指をなぞらせた。



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