6章 火炎の魔女
第39話 わたし、失踪したんだけど!
ゆいは、ベッドの上で呻いていた。焼けるように熱いゆいの体を星奈たちはなんとか冷やそうとするが、一向に体温は下がらない。
「どうすればゆいは治るのかな……」
「ゆいちゃんが死んじゃうなんて嫌だよ~!」
灯里と千晶は、ゆいの症状への対処法を調べようと本の山と格闘していた。しかし、突然の頭痛やとんでもない高熱といった病気は見つけられなかった。この際だからこの緊急事態に、千晶がどこからこの本を持ってきたのかは言及しないでおこう。
「薬も飲めないみたいだし、湿布も貼ろうとしてもすぐはがれちゃったわ。使えればどんな病気でも治るはずなんだけど……」
道子が嘆く。しれっと万能薬を作ったりしているが、それでも服用できなければ意味がない。打つ手がなくて、灯里にはただ焦燥感だけが募っていく。
「まあ、きっとよくなるから、大丈夫なはずじゃん!」
「そうだね~、ゆいちゃんならきっと大丈夫だよ~」
星奈がポジティブにみんなを元気づけようとしているが、それに賛同したのは千晶だけであった。
***
「あれ、みんなはどこかへいっちゃったのかな」
ゆいの看病をしていて、うっかりうたた寝をしてしまった灯里。塗布薬の調合をすると言っていた道子はともかく、星奈と千晶はいったいどこに行ったのだろうか。しかし、そんなことを考える間もなく、灯里は目の前の状況にくぎ付けになってしまった。
「ゆい、どこいったの!?」
ベッドに眠っていたはずのゆいが、忽然と姿を消していたのだ。布団をめくってもどこにも隠れていない。灯里はあわてて近くの部屋にいた道子を呼んだ。
「三神さんがいなくなった、ですって!?」
「いきなりだよ~!」
いつの間にか部屋に戻ってきていた千晶とともに、道子もゆいの失踪に驚く。そしてすぐに『チームナビ』でゆいの居場所を探した。
「あの体調では遠くには行っていないはず……嘘よね!?ボルカノ山の中心部!?」
しかし、その結果は直線距離で数千km離れた地点を示した。重病人がそんな距離を一人で移動するということだけでもありえない。
「壊れたんじゃないの~?」
「ほかのみなさんの分は正確に動いているわ。つまりこれは誘拐されたのね!すぐに助けに行かないと!」
「仮にそうだとしたら、僕たちに敵う相手じゃないと思うな。人ひとりを連れて一瞬でこの距離を移動できるんだから」
「10分じゃわたしでも難しいよ~!」
どうやら千晶と星奈がゆいのいた部屋を離れていたのはほんの10分ほどらしい。つまり誘拐犯は(仮にいたとすれば)短時間で誰にも見つからず、人類未踏のボルカノ山までゆいを連れて行ったということになる。そんなことができる相手なら、戦いを挑んでも負けたことにさえ気づかなさそうだ。
そこに星奈が帰ってきた。灯里たちの説明を受けて、突然の状況の変化に驚き、そしてこんなことを言い出した。
「なら、あたしたちがゆいちゃんを迎えに行けばいいじゃん?」
「高橋さん、よく言いました!生徒に手を出されては、私も黙っていませんよ!」
「それなら、ボルカノ山にレッツゴーだよ~!」
「ちょっと待ってよ、みんな」
灯里以外の全員はゆい救出に向かう方向で合意してしまったようだ。しかし、そこに水を差す存在が現れた。
「必要ありませんよ。ゆいちゃんは目覚めたらおそらく帰ってくるでしょうから」
星奈たちの後ろに立っていたのは、黒髪の少女、ルルであった。ルルはなんだか既視感のある忠告を星奈たちに行った。
「必要ないだなんて、そんなことはないわ。三神さんが一人でいるならば、何があるのかわからないもの」
「危険回避を考えるなら、なおさらボルカノ山に行くのはやめたほうがいいですね。あの山のふもとにさえ辿り着いた人間はいないほど、非常に危険な場所ですから」
つまり二次被害を避けろということなのだが、道子にはそれは読み取れなかったようだ。先生を辞めたらどうだろうかと思うレベルだ。
「危険な場所なら、なおさら守りに行かなければ!」
「ゆいちゃんをあなたたちが気づかない間にボルカノ山に連れて行くことができたのに、その場所で危険な目にあわせるはずがないですよね」
ルルの主張は結構理にかなっている。ゆいをさらうことができて、守ることができない道理はない。道子は論破されてしまって歯噛みする。
そこに星奈がルルへと言い放つ。
「危険がどうとか、関係ないじゃん?あたしたちがゆいちゃんと離れたくないから会いに行く、それだけのことだし」
「愚かですね。それではゆいちゃんの助けにはなれませんよ?」
「別にゆいちゃんのことを助けられるとは思ってないし?ただ目が覚めたときにあたしたちがそばにいればゆいちゃんが安心する、みたいなそんなことでいいじゃん」
「それだけ割り切っているならいいですか。意味のないことをするのも人生ですからね」
ルルは星奈の言い分に納得したように笑みを浮かべる。それを同意ととったのか、星奈はこぶしを上に突き上げて叫ぶ。
「そんじゃ、ゆいちゃんに会いに行こう!」
「おお~!」
こうして星奈たちは、ボルカノ山へとむけて出発していったのだった。
***
空の上にある雲の城で天国のごときハーモニーに合わせて、たくさんの天使と妖精が舞っている。正確無比な技術で非常に難しいステップを踏む天使たちと、まるで遊んでいるかのように流れるような踊りを見せる妖精たち。雲の上で、羽を舞わせて三次元的に踊る彼女たちの一人一人が、見る人に時間が過ぎるのを忘れさせるほどの優美さを持っていた。
「わざわざあなたに挨拶に来るなんて、ゆいちゃんも律儀なのね」
「わたしが呼んだだけだって。今じゃなくてもよかったんだけどさ」
しかし、彼女たちの主人たる緑の髪の女性と白い髪の少女がそこで踊っているだけで、その天使も妖精もただの脇役に成り下がった。魔女たる彼女たちは、ただ会話の手慰みにダンスを踊っているだけだ。それがそうでないものたちの目を奪い、戻ってこられなくするほど艶美なものだったとしても。
そこに虹色の髪の幼女が乱入した。一人だけ静止したその姿は、この整然とした空間の中で異物に思えた。
「やっほー☆ リュミちゃん、テヴァちゃん、元気にしてる?」
「ステラさんはあいかわらず元気そうですね。うらやましい」
ステラが混ざってきても、まるで予定調和のようにダンスを続けるテヴァとリュミ。気づけばただ立っているだけのステラも、ダンスの振り付けの一部に入っていた。
「ゆいちゃんは今フィアのところで眠っているのよね。お土産は何がいいかしら」
「テヴァちゃんは服を贈ったでしょ!わたしもプレゼント何にしようかなー♪」
「ステラさんも自重してよね!わたしの時に隕石の雨を降らせたの、忘れてないから!」
リュミの愚痴にたいして、ステラが口をゆがめる。
「だってあの時はあの辺の人たちが邪魔そうだったし♪」
「それにしたってやり方ってものがあるよね!国境線を引くだけならわたしにもできたよ!」
ステラの落とした隕石が国境線になっているらしい。とんでもない話だ。
音楽が激しさを増していく。雲の上で、目で追うのがやっとなくらいに素早いステップを踏みながらテヴァが口を開いた。
「リュミは灯里をプレゼントするつもりなのかしら?人からもらったものをそのまま渡すなんて、悪い子ね」
「でもわたしがもらうのも悪い気がするしさ。絵画の一つでも付け加えれば少しはましになるかな?」
「絵よりはランプなんかを贈ったほうが喜ばれると思うわね」
「そうかもね」
そして、いよいよフィナーレとなろうかというところで、突然虹色の光の奔流が雲の城の全体にあふれ出していく。天使たち、妖精たちのダンスが、虹色の光に押し流されて乱れてしまう。そして、雲の見事な造形にたくさんの大穴が空いてしまった。
「ごめん☆ ダンスって難しいね♪」
「何やってるの、ステラさん!」
この事態を引き起こしておきながらあんまり申し訳なさそうにはしていないステラに、リュミがやれやれという顔で首を振る。そして次の瞬間、あたりの雲が白く光りだして、一瞬でもとの姿へと復元されていく。
「今度はステラと踊ろうかしら。私がエスコートするわね」
「事故を起こさないように頑張るからねー☆」
魔女のダンスに昼も夜もなく、3人は気が済むまで踊り続けたのだった。
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