第38話 わたし、倒れたんだけど!
ここはレリジョン神国、教皇の部屋。教皇が司祭らしき女性を侍らせて、なにやら神官にお布施を持ってこさせたようだ。
「そして、こちらが信者たちから集めた寄付金、10万シルバーでございます。して、こちらはどのようにお使いになるのでしょうか」
「もちろん、余の屋敷に絵画を飾るために決まっておるじゃろうが」
当然のように着服を宣言する教皇。いかにも悪そうな顔をしている。お腹が出ていることを考えると、きっとお布施でいいものを食べているのだろう。
「待ちなさい!」
そこに扉を開けて部屋へと侵入してくる人影が現れた。共和国の工作員たちである。スパイなんだから忍べよ。当然侵入に気が付いた教皇が、ぐえっへっへと笑いながらスパイたちに言い放った。
「ふん!余がこの天空教の教皇である限り、暗殺が成功することはあり得ないわい」
侵入者たちは、放った火魔法でお布施を持ってきた神官を攻撃して、そのまま教皇と司祭を取り囲んだ。かわいそうな神官はそのまま走ってこの部屋から逃げ出していく。そして宿屋でゆいたちと出会ったスパイの一人が、教皇の椅子にどさりと座った。たったそれだけなのに、なぜか教皇は驚愕した顔になる。
「これで私が教皇ね。それじゃあ命令するわ。あなたたちの財産をすべてよこしなさい」
「ばっ、馬鹿な!その椅子に座れるのは余のほかにはいないはず……なぜ!」
「天の使者は私を次の教皇に選んだのよ。あなたはもはやただの一般信徒でしかないわ」
今度はスパイのほうが悪役顔になって元教皇を見下ろす。教皇は歯ぎしりをした後、部屋にあった財宝を新しい教皇に献上してこの部屋を立ち去って行った。どうしてこうなるんだ。
「本当にこれでよろしかったのでございましょうか」
「プランBは大成功で、文句のつけようもないわ。これもすべてあなたのおかげね」
教皇の椅子に座っている元工作員の新教皇が、隣に立つ司祭に語り掛けられる。司祭のほうが教皇を見下ろしているように見えるのは目の錯覚だろうか。
「このままではあなたもあなたの部下も、教団のために動く歯車になってしまいます。共和国を欺くためのデコイとして。それはあなたの本意ではないのではございませんか?」
「わかっているわ。教皇の役割がただのスケープゴートだってことはね。でも、共和国を無知のままにすることが私の使命だもの。そうじゃないなら、何のために私は公安に勤めてきたのかわからないわ」
「本当に笑ってしまいますね。共和国に忠誠を誓っていた公安局の人間たちが、こうもあっさりと我々に寝返るのですから」
司祭は、工作員たちの隠し持っていたバッジを一人一人から回収していく。公安局の人間である証であるそのバッジを目の前で奪われているのに、なぜか彼らは誇らしげにしている。もはや、彼らは共和国の平和などには興味はなく、ただ天空教の繁栄とリュミへの奉仕のみが生きる目的になってしまっていた。
***
「ひどい有様ですね。ここまでする必要があったんですか?」
ドラゴンに乗って空から降りてきたゆいと灯里は、教皇の部屋へと降り立った。そこには目の焦点が合っていない共和国のスパイたちが転がっていた。表情が幸せそうに見えなくもないのがかなり気味悪い。
「新米の天使が力加減を誤ったのでございましょう。珍しいことではございません」
こんな惨状の部屋に控えていた司祭が、ゆいと灯里に説明する。今は彼女の背中に羽が、頭にわっかが付いていて、彼女が天使であることは一目瞭然だ。しかし、そんな彼女がゆいや灯里を敬うような態度をとる必要はないのではないだろうか。
「そうなんですね。ところで、星奈さんたちはどこですか?」
「案内いたします。どうぞこちらへ」
そしてゆいたちは、こんな状況を見ても大しておどろいたりはしなかった。ただ慣れてしまったのだ。伊達に何度も魔女に会っていない。ただ、ゆいの肝が据わりすぎだと灯里はちょっと感じたのだった。
***
「ゆいちゃんも灯里ちゃんもどこ行ったし」
「心配しなくてもすぐ帰ってくるよ~」
「もう半日も行方が分からないのですよ!一刻も早く見つけなければ!」
ゆいたちが空から帰ってくる少し前のこと。星奈、千晶、道子の3人は、ゆいと灯里を探してレリジョン神国を歩き回っていた。
塔が光ってゆいたちが消えたことで、星奈たちは当然塔へと強行突破を試みた。道子は自作のドリルで塔の外壁に穴を開けようとして、星奈は世界魔法で核爆発を起こし、千晶は砂の槍を降らせた。しかしいずれも塔どころか、塔のある広場にすら傷一つつけられなかったのだ。市民を巻き込んで多数の使者を出しかねなかったことを考えると、むしろこれでよかったような気がする。
「観光しているわけではないのですよ!もっと真剣に探さなければ!」
「だって、ゆいちゃんたちいないんだもん~」
「『チームナビ』では確かにここにいるって出ています!」
道子は渾身作『チームナビ』によってゆいと灯里の位置を突き止められると豪語するが、実際のゆいたちは空の上である。地図の上で位置が動いているといっても、そこに訪れて会えるわけがない。それに気づかない道子が星奈と千晶をいろんなところへと連れまわし、今に至るというわけである。
教会っぽい場所がこの街にはいくつもあり、彫刻やステンドグラスなんかがとてもきれいで千晶なんかは結構楽しんでいたのだが、それが道子には気に入らないらしい。
「あっ、ゆいちゃんと灯里ちゃんだ~、おかえり~」
千晶が空を見上げて言う。星奈と道子には、ゆいたちの姿は見えないが、そこにゆいがいるのだろう。
「確かに『チームナビ』には反応はありますが、見えないわね」
「千晶ちゃん、連れてってほしいじゃん」
「いいよ~」
星奈と道子は、それでも千晶の言葉を信じて、千晶について街を歩いていく。そんなこんなで、千晶たちはこの街でも一番立派な教会へと向かったのだった。
***
「あ!みんな、迎えに来てくれたんですね!」
「三神さん!それに伊藤さん!どこに行っていたんですか!」
再会早々に説教をはじめそうな道子は華麗にスルーして、ゆいは星奈と千晶に話しかける。
「ちょっと先走りすぎちゃいました。でもこれで用事は済んだし、帰りましょう!」
「ゆいちゃんは観光しなくていいの~?彫刻も天井画もすごかったんだよ~!」
「一番美しい場所には行けましたから!」
「えー、ゆいちゃん、うらやましいじゃん」
『天空の魔女』リュミの城を美しい場所とか表現するなんて、ゆいは恐怖心をどこかに置いてきたのか。そして話の流れで灯里も巻き込まれる。
「どんなところだったの~?」
「まるで天国みたいだったよ。魔女の住処には何度か行ったけど、神々しいって思ったのは初めてだったかも」
「え~、行きたかったな~。今度シュクルさまに頼んで連れて行ってもらおう~」
「千晶ちゃん、ずるいじゃん!」
こうしてみると、千晶は言わずもがな、星奈も魔女に対する印象は和らいでいるらしい。懐疑的にとらえるなら、魔女に順調に染まっていっているというべきか。
「まさか魔女のところに直行していただなんて!三神さん、勇気と蛮勇は違いますよ!」
「魔女の思惑に近づいたほうが安全だって判断した結果ですよ、先生」
「敵の待ち構えているところに飛び込んでいったんですか!?三神さんはもっと自分を大切にするということを学ぶべきです!大体……」
そしてあいかわらずずれた道子の説教をどういなすか、ゆいは苦労したのだった。
***
「……というわけで、公安の情報はすべて神国に流出したと考えて間違いないでしょう。全員、女神を崇拝するようになったみたいです」
「つまり、教皇一派に洗脳されたと、そう言いたいのか?それなら何とかして洗脳を解けば、むしろ神国の情報を手に入れるチャンスなのでは?」
「やめたほうがいいでしょう。むしろ新しく送り込んだ人員が奪われる危険性を危惧したほうがいいです」
エレクション連邦共和国に戻ってきたゆいたちは、公安の人にレリジョン神国で怒ったことを説明していた。もっとも、女神が魔女であるとか、そういうヤバい情報は秘匿して、なるべく公安局が神国に手を出さないように印象操作をしているのだが。
「つまり、神国内部の調査は難しいということですか」
ゆいの言いくるめが成功して、なんとか公安の人たちをレリジョン神国から遠ざけることができた。人間が魔女にかかわってもいいことはないのだ。関わらずに済むならそれに越したことはない。
「そうですね……あがっ!」
話が終わって立ち上がったゆいが、突然頭を押さえて
「ゆいちゃん、大丈夫!?」
星奈がゆいの体を支えようとすると、ゆいの体がただれるように熱いことに気が付く。人間の出していい体温じゃない。
「ゆいちゃん、大丈夫~!?」
「ゆい、何があったの!?」
みんなの心配する声を聞きながら、ゆいの意識はぷつりと切れた。
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