第35話 使い走りにされたんだけど!
「我が国の懸案であった大海賊を一網打尽にしてくれた君たちに、頼みがある」
いや、いきなり家に入ってきてそんなことを言われても困る。困惑するゆいを横に、兵士を連れた男は勝手に話し出した。
「何、それほど難しいことを頼むつもりはない。報酬付きの観光だと思ってくれればいい。詳しい話は機密事項だから本部で話す」
そうしてよくわからないまま家の前に停められていた馬車に乗せられたゆいたち。海賊討伐なんてやってないと説明しても無駄だろう。
そのまま馬車で揺られること1時間ほどだろうか。なにやら厳重そうな警備の建物に入ったゆいたち。重厚な扉で隔てられた窓のない部屋に案内される。扉が閉まったあとで、男が話し出した。
「ここは防音になっているから情報が外に漏れる心配がないが、これから話すことは外では一切口にしないようにしてほしい」
それってめっちゃ機密情報ではないか。ゆいたちのような見ず知らずの旅人に話してもいいことなのだろうか。
「我々はエレクション連邦共和国の公安局だ。主に諜報活動を行っている」
「えー、本物のスパイ!?まじですごいじゃん」
星奈が呑気な反応をしているが、男は続ける。
「実は、レリジョン神国に潜入していた工作員が、先日突然音信不通になった。予備人員も含めて全員だ。一体どこから情報が漏れたのか、我々にも皆目見当がつかない」
「自然災害が起きたとか、そういうのじゃないのかな」
「いや、神国との交易は通常通り続けられていて、何も問題は発生していない。我々の工作員だけが狙い撃ちにされている」
つまり、スパイがバレた可能性が高いってことか。
「それで、あたしたちにどんなスパイ活動をしてほしいのさ」
「商人に扮して情報収集を行おうとしたが、すべてあっという間に露見した。君たちに頼みたいのは、工作員たちの安否の確認と、あわよくばどうやって神国のやつらが我々を特定しているのかを調べてもらうことだ。もちろん神国での活動費はすべて我々が持つし、共和国での滞在場所も用意しよう」
なるほど。公安の人間じゃなければ、ばれないかもってことなのか。確かに筋は通っている。報酬もちゃんと用意しているようで、キングダム王国の貴族たちとはえらい違いである。
「どうするか決めてほしいじゃん、ゆいちゃん」
星奈がゆいに尋ねる。役立たずのゆいに役割を振るためにも、こういう意思決定はゆいに任せられることが多い。単純に一番賢いからという理由もあるのだが。
「そうですね。この話、受けてもいいんじゃないですか。神国を観光して、そのついでに何人かの人の安否を確認するだけなんですから」
ゆいは、戦闘を求められるならともかく、調査だけならば危険は少ないと判断した。仮に工作員たちが失踪していたとしても、それを報告すればよいだけなのだ。それにレリジョン神国には少しだけ個人的な興味があったのだ。
「これが我々の工作員の名前、似顔絵、表の職業や住居だ。そしてこれは活動費に使ってほしい」
必要な情報やお金を手に入れたゆいたちは、レリジョン神国に向けて出発したのだった。
***
「大きな城壁だね。まるで共和国のことを警戒しているみたい」
ゆいたちは、数日ほど歩いていき、共和国と神国の国境にたどり着いた。
レリジョン神国は、200年前ほどにできた比較的新しい国家で、一つの大きな都市と広大な農地からなるのだそうだ。出入国は結構厳しく、検問を通らなければならないようになっている。何もなかったエレーン砂漠とは大きな違いだ。
「本当に観光目的で入国できるのか、不安になりますね」
「大丈夫っしょ。もし違ったらデマを言ったやつをボコせばいいし」
そんなことを言い合いながら立派な城壁に着いたゆいたちだったが、驚くほどあっさりと入国できてしまった。なんと目的を聞かれて「観光です」と答えたら、そのまま通してくれたのだ。拍子抜けである。
「あの塔、城壁の外からは見えなかったよね」
城壁を超えると、すぐ大きな街が見えてきた。しかし、もっとも目を引くのは、天まで届こうかというほどの高さにそびえたつ、一本の塔であった。あいにく雲がかかっていて結構隠れているが、それでも無限に高いかのように錯覚するほど、その塔は見上げてもきりがなかった。
「三神さん、どうしたのですか?」
空を見上げてぼーっとしていたゆいに、道子が声をかける。はっとしたゆいは、何事もなかったかのように取り繕っていう。
「あの街が首都シエルですね。さっさと用事を済ませて、思いっきり観光しましょう!」
「お~!」
しかし、このときすでにゆいは不思議な感覚にとらわれていた。なんというか、もう真相がわかったかのように感じていたのだ。具体的な証拠は何一つないのに、パッと思いついた仮説が正しいものだと何故だか思えた。とはいえ、さすがにそれを口にするほどゆいは愚かではないので、星奈たちほかのパーティーメンバーはそれに気づかないままだった。
***
首都シエルの街はとてもきれいに整備されていて、近代的な印象があった。きれいな音楽が聞こえ、彫刻がいくつも並ぶ空間は、芸術の街というにふさわしいものだろう。
ゆいたちは、スパイの一人の住む建物を訪れた。彼女の表向きの職業は宿屋であり、宿泊場所を探しているふりをして、彼女の安否を確認するのがゆいたちの目的だ。
「ようこそ」
ゆいたちを出迎えたのは、似顔絵で見た通りの人物だった。なんと、いきなり生存者を発見してしまった。
「あの、『共和国でジョンさんが亡くなったそうです』」
ゆいが、もし生きている工作員がいたら伝えるように言われていた言葉を話した。これは共和国の公安に帰還せよという命令を意味する暗号だ。ゆいたちが一般人でないことを、共和国のスパイだけが理解できるように教えられたのだ。
「こっちへ来て頂戴。外で話すべきことじゃないわ」
そして宿屋の中の隠し部屋に案内されたゆいたち。やっぱり防音の部屋があるらしい。
「ここならやつらに聞かれないわ。大方、民間人なら気づかれないと踏んで送られてきたのでしょう?」
「そうです。皆さんの安否を確認してきてほしいといわれています。あの、どうして本国のほうに連絡できないんですか?」
「教皇一派にこれからの計画を漏らさないためよ。前はそのせいで失敗したから」
教皇、悪者なのだろうか。ゆいたちは彼女の言葉に耳を傾ける。
「この国は、一見普通に見えるけど、奇妙な国家なのよ。まず何といっても政府がないのよ。税金もないし、兵士もいない。だけどなぜか犯罪は起きないし、飢える人もいない。ほかにも国民のほとんどが天空教信者だというのもあるわ。天空教に入信しようとしても断られるのに、奇妙でしょう?果てには、この国の建国についての情報が全然共和国に残っていないのよ」
天空教とは、ゆいたちが前に一度お世話になった教会の宗教である。たしかにあの時も道子が入信を断られていた。それにたった200年前の国なのに、建国時の記録がないというのも変だ。
「我々はこの国のシステムを調査したわ。そして何十年という長い時間をかけて、ついに宗教的な指導者である教皇こそが、実はこの国のリーダーだということを発見したの。教皇の命令が複雑な経路をたどって、末端まで従わせるようになっていたわ。
例えば、お布施という形で徴税と同等のことが行われていたり、修行という形で労役が課されていたりね。
国家になるほどの統率力、資金力、情報をもつ組織は脅威よ。それで天空教が危険だと判断した公安は、教皇の暗殺を試みたの」
「けど、それが失敗したんですね。事前に露見したから」
「ええ。我々は細心の注意を払っていたはずなのに、教皇たちは我々のアジトをすべて知っていたわ。暗殺を決行しようとしたその瞬間に、我々のほうが襲撃されたの。だから今は教皇の指導力を落とすプランBを実行している最中よ」
つまり、レリジョン神国というのは国家になるほどの宗教ということになる。中身がよくわからないカルトっぽい宗教でそれは確かに超怖い。
「じゃあ、仲間はどれくらいやられたんですか?」
「幸運にも、全員生き残ったわ。だから本部のほうには作戦のために連絡は取れないけれど、全員無事だと報告してほしい」
なんと、襲撃されたのに全員無事らしい。灯里は強烈な違和感を覚えたが、ゆいは一つ質問をしただけだった。
「女神様の意思には沿えそうですか?」
「ええ、順調に進んでいるわ」
「それじゃあ、わたしはこれから行くところがあるので。星奈さんたちにも来てほしいです」
ゆいは、そのまま宿屋を出ていく。その視線の先は、雲のかかった空を見つめていた。
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