第34話 豪華客船の旅、寝過ごしたんだけど!

「ステラ、何をふざけておるのじゃ?」

「メアちゃん!わたし、ふざけてないし☆」

 青髪の幼女、メアの登場により、ふくれっ面をするステラ。幼女がじゃれている光景のはずだが、当然ながらゆいにはそんな印象はない。


「ならさっさと立ち去るのじゃ。この町を更地にされてはたまらんからの」

「もうちょっと遊びたかったんだけどな☆ じゃあね!ゆいちゃん、また今度♪」

 そしてステラはさっさと瞬間移動してどこかへと行ってしまった。あいかわらず自由すぎる人である。


「あの、どちら様ですか?」

 ゆいがおそるおそるメアに尋ねる。まあステラの知り合いというだけで大方の予想はつくが、それでも聞いておいたほうが無難だろう。


「わらわは『海の魔女』メアじゃ。おぬしらはこれから首都へ向かうのじゃろ?だったらついてくるがよい」

「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」

 ゆいに断る気なんて最初からない。そのままメアについていって夜の町を歩いて行った。




 ***




「どうじゃ?なかなかおしゃれじゃろう?」

 ゆいたちが案内されたのは、巨大な豪華客船であった。ゆいたちの世界からそのまま持ってきたかのようなフォルムは、とてもこの世界から浮いていた。帆船や手漕ぎ船の世界に、動力不明の巨大船があるのだ。不自然極まりない。


 メアが空中を歩いてその船に乗り込むと、歩いた場所から氷のタラップが形成されていく。透き通る氷でできたその構造物は、装飾的でとても一瞬で作られたものだとは思えない。ゆいたちはゆっくりとその階段を上っていく。


「ヤバッ、見つかっちゃったっぽいじゃん」

「でも、娘さんに何か言われているみたいだね」

 星奈と灯里が漁師の父娘だろうか、親子に発見されたことに気づいた。しかし、父親のほうの様子がおかしい。さっきまでこの船の異常さに恐れおののいていたはずなのに、今では何も見えていないかのようにふるまっている。


「メアさん、あの人に何をしたんですか?」

「なに、わらわの眷属がちょいと夢を見せただけじゃよ。行きつけの町に何人か住まわせておくと便利なんじゃ」


 そして船の内部に入ったゆいは、そのありえなさに驚愕せざるを得なかった。空中に浮いている水の道。魚たちが縦横無尽に泳ぎ回っており、空中の水族館のようだ。しかし、重力を無視して流れる水は、物理的に不自然だ。

 部屋には照明がないのに、泳いでいる光る魚のおかげで暗いとは感じない。家具の類も多くが魚の形をとっていて、空間中を泳いでいる。テーブルも、椅子も、ベッドも、一定の場所に設置されているわけではなく、文字通りの動物としてあった。すべてが絶妙な平衡のもとにあるこの構造は、とても人間に理解できるものではないとゆいは感じた。


 その部屋の中央で振り向いたメアは、その幼い見た目とは裏腹にとても落ち着いた声でゆいに語る。その口元には笑みが浮かべられていた。

「おぬしも元の世界に帰りたいと思っておるのか?」

「わたしだって帰りたいって気持ちはありますよ。両親は心配してるでしょうし。でも実現可能性が低いですし、なによりみんなを置いて自分だけ元の生活に戻るなんてできないです」

「帰るのは可能じゃぞ?わらわもいつか訪れてみたいものじゃの」

 いきなり意表を突かれて小停止するゆい。気が付けば、星奈たちは眠らされて空中の水流をすやすや流れていた。千晶も含めて、全員がこの場から排除されていた。まるでゆい以外には興味がないかのように。


「複数の魔女の魔力を使えば、生身の人間でも大きな衝撃に耐えられるようになるのじゃよ。そのために、テヴァやシュクルから魔力を譲り受けたのじゃろう?」

 メアがゆいのペンダントを指でつつきながら言う。銀色のペンダントに、緑、橙、青の三つの光が淡く光っている。


 世界を超える手段は、ステラが持っている。おそらくこのペンダントの効果で、世界を超えるときの衝撃から守ることができる。ゆいはそれが元の世界に帰る方法だと確信する。しかし、手段があるからといって、実行すべき理由にはならないのだ。

「それでも、今はまだこの世界にいます。勇くんたちを助けなきゃいけませんから」

 ゆいは、『宝石の魔女』ペリーヌを倒すことはすでに諦めているが、クリスタルに閉じ込められたクラスメイト達を助け出すことは可能かもしれないと思っていた。だから今すぐではないにしても、いつかは救出に向かうつもりだったのだ。


「そうか。おぬしが自分の世界に帰ったあとにでも、遊びに行くとするかの」

 メアの言葉に、ノーサンキューだと脳内でツッコミをいれていたゆいだが、突然片頭痛に襲われる。

「いたっ!」

 思わず頭に手を当てるゆい。しかし、次の瞬間、痛みはゆいの意識ごとぼんやりとしていく。

「ほれ、これでくるしゅうないじゃろ」

 頭の痛みが消えるのと同時に、ゆいは意識を手放した。




 ***




 ゆいは夢を見た。ゆいの小指には赤い糸が無数に結いつけられていて、それはゆいの知っている人たちに繋がっていた。星奈たち、両親、友人たちはもちろん、魔女たちや電車でいつも一緒なだけの人たちもいた。そして、糸の一本がゆいの体に伸びていて、それはひび割れた心臓に繋がっていた。




 ***




 ゆいが目を覚ましたのは、ごく普通の民家のベッドの上であった。意識を失う前に船に乗っていたのが嘘のような光景に、ゆいはひどく混乱した。とりあえず身だしなみを整えて部屋の外に出たゆいは、普通に朝ご飯を食べていた星奈たちに話しかけられた。

「ゆいちゃん、おはよう!今日は遅かったじゃん」

「わざわざ泊めてもらったのに、寝坊するなんてね」


 しかし、一緒に食事をしながら話してみると、違和感が表出した。

「おはようございます。まだ寝ぼけてて。どうして泊めてもらうことになったんでしたっけ」

「ほら、捕まえた海賊たちを運ぶの手伝ってくれた人じゃん?あたしたちが漂流してきたとこにたまたま出くわしてさ。ゆいちゃん、思い出した?」

 そういってこの家の主人らしい見知らぬ人を指すが、どうにも話が合わない。ゆいの知らない間に何かあったのだろうか。

「海賊?なんですかそれは」

「覚えてないの~?港町で海賊を発見して、それで市民たちを助けたよね~?」

 ゆいは大混乱だ。今夢を見ているのか、星奈たちがおかしいのか、はたまたゆい自身が狂っているのか、全く判断できない。


「ダメです。全然記憶にありません」

「ひょっとしたら、嵐に巻き込まれたときに頭を打って、そのせいで記憶が飛んじゃったのかもね。

 港町で夕食をとった後で、港のほうに不審な人影がいることに星奈が気づいて、それでその人影を追ったんだよ。そしたら大きな海賊船が泊まっていて、そこに乗り込んで制圧したんだ。でも突然嵐がやってきて、船が流されちゃったんだ。それで僕たちは海の上を漂っていた。そしてようやく漂着したこの町で、この人たちに出会ったんだ」

「港町っていうのは、砂漠を抜けて穀倉地帯を通ったところにあるやつ?」

「そうそう。ゆいもそのあたりの記憶はあるみたいだね。じゃあ、そこから何があったか思い出せるよね?」

 ゆいは1ミリも記憶にない。しかし、灯里たちの表情はいたって真剣で、ゆいは自分のほうがおかしいのではないかと認知的不協和を起こしそうになる。


「そういえば!」

 ふとひらめいたゆいが、ダッシュで窓を開き、空を見上げた。空には二つのとても明るい星が、日が昇っているのにも関わらず輝いていた。その輝きは、ゆいが初めてその星々を見た日とさほど変わらない。ゆいは、自分が気絶してから丸一日も経過していないことを確信する。


「何が目的ですか、メアさん?、何がしたいんですか?」

 ゆいは、この家の主人らしき人物に向かって、自らの結論を突き付ける。その家主は笑って答える。

「私はただ君たちをもてなすように言われただけさ。ただの眷属でしかない。ご主人様の思惑なんてご主人様のみぞ知るってところだ」

「びっくり~!?たまたま泊めてもらった家に魔女の眷属がいたなんて~!」

 千晶はようやく気付いたのか目を丸くしている。しかし、あいかわらず記憶はおかしいままのようだ。


「それより、国家公安隊が君たちに用事があるようだ」

 家主の言葉とともに、兵士っぽい人を連れた男が入ってきた。





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