5章 天空の魔女

第33話 ステラとまた会ったんだけど!

「ふはは~、これが力か~!」

 千晶がめちゃくちゃ調子に乗っている。ほとんどワンマン体制でもゆいたちのパーティーを支えられるようになってしまったのだからこうなっても仕方ないのだが、このまま増長するとシュクルにシメられそうだ。


 ゆいたちは、砂糖砂漠を抜けた後も最短距離でエレーン砂漠を抜けることができた。普通は町がなく、魔物も多い非常に困難な道のりだが、補給がいらず、めっちゃ快適なテントがあるゆいたちにとっては大したことはない。何より、千晶がいつの間にか倒しているので、ゆいはここ最近生きている魔物を見ることもないのだ。もっぱら、千晶が勝手に食べているのを見るだけである。今も、千晶はゆいたちの分の料理をさっさと作り終わった後、自分は魔物肉を貪り食っている。


「魔物のお肉なんて食べても大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ~。とってもおいしいんだよ~」

 魔物の肉を人間が食べると結構ヤバいらしいが、どうやら千晶はその影響も受けないらしい。シュクルの眷属になってからというもの、千晶は魔物肉しか食べていないのだ。それがゆいたちの食料を減らさないためなのか、それとも単においしいからなのかはわからないが。


「千晶、眷属になってから変わったよね」

「わたしはわたしだよ~?それだけのこと~」

「ねえ、千晶は人間に戻りたいとか思わないのかな?」

「まったく~。今が一番楽しいもん~」

 灯里は、千晶が楽しそうにしているのが理解できなかった。傍から見ていると、千晶が人間性を喪失していることは明らかだった。食事も睡眠も必要とせず、人の姿にも、自分の命にさえ頓着しない。灯里は、そんな存在に自分が変えられてしまったらと思うとぞっとする。


「よかった、鈴木さんはまともな感性を残しているのね!やっぱり、そう簡単に化け物になってもいいだなんて考えられないわよね」

「化け物になっても、幸せならそれでいいじゃん?」

「先生、千晶ちゃんを化け物扱いするのはよくないと思います」

 道子先生が灯里の考えに賛同しようとしたところ、星奈とゆいに反論された。旗色が悪いと判断した道子は、作った魔道具の話題を出して露骨に話題をそらす。


「そんなことより、ついに完成したのよ!高橋さんの『サテライトマッピング』を組み込んだ魔道具、『チームナビ』が!」

「先生、話題そらした~」

「何日も徹夜して作っていたあれですか」

「なんと、この『チームナビ』があれば!これまで通ってきた場所の正確な地図を確認することができるのだ!さらに!このバッジをつけている人のいる場所がわかる!これで魔女による分断作戦も怖くない!」

 道子の必死のプレゼンを、生暖かい拍手で歓迎するゆいたち。その視線の冷ややかさに気づかない道子が続ける。

「例えば!3日後にはこの砂漠を抜けられそうだということも、この『チームナビ』があればわかっちゃうのよ!」

「そうだね。じゃあおやすみ」

「明日は早起きしないとですね」

「ちょっと待ってほしいわ!」

 すでに食事を終えたゆいたちは、さっさと就寝の準備を始める。道子のプレゼンは長いだけで内容が薄いため、ゆいたちは無視して寝るのが砂漠での日常だった。




 ***




 エレーン砂漠を抜けたゆいたちは、しばらく穀倉地帯を進み、そして港町へとたどり着いた。このあたりはリアス海岸になっていて、漁業が盛んなようだ。卸売市場の周りでは新鮮な魚介類がたくさん売られていて、ゆいたちはつい買いすぎてしまった。風に乗ってくる潮の感覚は、砂漠の乾いた空気にさらされ続けたゆいたちにとってとても懐かしく思えた。


「久しぶりに食べる魚、うますぎだし。ごはんが欲しくなるじゃん」

「醤油と大根おろしも欲しいね。さんまの塩焼きみたいでとてもおいしいよ」

 ふらっと入った料理店で、絶品海鮮料理を食べているゆいたち一行。

「クラムチャウダーと白ワインの相性が抜群ね!」

「相性よすぎて飲む手が止まらないよ~!」

 道子はともかく、千晶がしれっとワインを頼んでいるのはどうなのか。この世界では大丈夫っぽいけど、一応日本では未成年だぞ。


「この貝のバター炒め、もう一つお願いします!」

「もう一皿お願いね☆」

 そんな感じでこの店の料理に大変満足しているゆいたち


「ってステラさん!?どうしてここにいるんですか!?」

 そう、しれっと紛れ込んでいたのは『星の魔女』ステラであった。あまりにも特徴的な虹色の髪と目に見えるほどの強烈なオーラがびっくりするほど目立っている。

「こないだはごめんねっ☆ 今日はお魚を食べにきただけだよ♪」

「かってに座らないでよ~……あっ、ごめんなさい~!ご無礼でございました~!」

 千晶が電波でも受けたかのように態度を変えたことからも、ステラのやばさが察せられようというものだ。多分シュクルに強制的に止められたんだろう。


「お、お待たせしましたー!」

 ウェイトレスさんの手に持っている皿ががたがた音を立てて震えている。かわいそうに。ほかのお客さんはもうお店を出て行ってしまったみたいだ。ステラに恐れをなすのは老若男女誰でもそうだった。営業妨害もいいところである。


「はむっ☆……みんなそんなに怖がらなくてもいいのにー」

 いや、ステラを見て幼女がただごはんを食べているだけだと思える人はいないだろう。なんというか、強者オーラというか、そういうものが放たれている。物理的に。

「あなた、ステラといったわね。何を企んでいるのかしら?まさか料理を楽しみに来ただけだとは言わないわよね?」

 そんなステラにこんなに強気に問いかける道子は勇者と言っていい。もっとも、それが本当に勇気なのか、それとも単に危機感がないだけなのかはわからないが。

「ゆいちゃんと遊びにきたっていうのもあるかな☆ ゆいちゃん、何かわたしに頼みがあったり聞きたいことがあったら遠慮しないで言ってね♪」


 ゆいは、心の中ではできるだけステラと関わり合いになりたくないと思っていたが、さすがにそれを口に出せるほど図太くはなかった。ここは無難に、お料理の話題はどうだろうか。

「ステラさんは海鮮料理だとなにが好きですか?やっぱりバター炒めですか?」

「どれも好きだよ♪ でもしいて言うならフライにするのが好きかな☆」

「フライもいいですね。わたしは生で食べるのが好きです。ここでは衛生的にどうかとは思いますけど……」

「刺身もいいよね!わたし、実はお寿司食べたことがないんだ☆ この世界にはないもんね☆ いつか食べたいなって思ってる♪」

 しれっと聞き捨てならないことが入っている。これだから魔女との会話は気が抜けないのだ。ゆいはそう強く思う。


「あの、魔女のみなさんってどれくらい知っているんですか?その、異世界のこととか……」

「ゆいちゃんたちが異世界からやってきたことはみんな知ってるよ☆ その世界がどんなところかまではさすがにわからない子も多いけどね♪」

「でもステラさんは知ってますよね?」

「まあね☆ あとはルーちゃんもかな♪ 日本は面白いものがたくさんあっていい国だよね☆」

「そうですね」

 ゆいは、ステラがどうして日本のことを知っているのかを聞く気にはなれなかった。




 ***




 そんなこんなでなんとか当たり障りのない話題でステラとの会食を切り抜け、会計も済ませたゆいたち。しかし、そこでステラが不穏なことを言い出した。

「そうだ!暗くなってきたし、いいもの見せてあげる!ゆいちゃん、ちょっと外でよっ♪」

 突然店の出口にワープしたステラに、ゆいはとても嫌な予感がしつつも外に出た。夜も更けて、人通りは少なくなっていた。新月も近く、月明かりさえない暗くなった町は、何かが出てきそうで不気味であった。


 そして、いきなりあたりが明るくなった。まるで満月の夜のような光に、ゆいが思わず空を見上げると、二つのとても明るい星が輝いていた。

「ゆいちゃん、見たことないでしょ♪ 1000光年くらい先から、二つくらいどかーんとサプライズ☆ どう、気に入ってくれた?」

 ステラが自慢げに話しかけてくるが、ゆいは腰を抜かして座り込んでしまった。サプライズってレベルじゃない。


「あれ、あんまり喜んでくれないや。ゆいちゃんの世界のかに星雲のやつだってこんなに明るくなかったんだけどなー」

「いろいろツッコみどころが多いですよ!一つだけツッコませてください!なんでただの余興で過去改変を行うんですか!?」

 涙目でまくしたてるゆいに、ステラは特に悪びれることもなく答えた。

「だって、千年も待たせるのは酷かなって思ったんだもん♪」


 そして遅れてやってきた星奈たちにもステラが説明をする。

「あれは超新星っていって、そっちの世界ではこの明るさのは1000年に一度も見られないくらい珍しいものなんだ♪ 恒星が長い一生を終えるときにどっかーんと爆発した光、きれいでしょ☆」

 灯里は感動した様子で空を見上げるが、星奈と千晶はあんまり興味がないようだ。そして道子は一周回ってステラがペテン師だと思ったようだ。


「わかったわ!あれは魔法で空に光を灯しているだけね!自分を強く見せようとしてるようだけど、三神さんたちは騙せても私は騙されないわよ!どうせ、帝都の時だって何かのトリックを使ったに違いないわ」

「ほんと!?わたし、弱く見える?じゃあ道子ちゃん、友達になろう♪」

 強く見せようとしているといわれて感動しているステラが弱いわけがないだろう。気づけよ道子先生。こんなことを言えるなんて、ある意味勇者だ。

 しかし、道子は魔女と親しくすることに嫌悪感を覚えただけだった。

「お断りよ。親し気な態度をとっていても、魔女に心の隙を見せるなんてありえないわ」

「そっかー残念。わたし、ゆいちゃんの世界にも何度か行ったことがあるし、話も合わせられるんだけどなー」

「嘘ね。私たちを召喚した魔道具は王国の技術を駆使したもので、二度と作れないって師匠が言っていたわ!そんな魔道具に匹敵する技術が私たちの世界にあるわけがないもの」


 道子が長広舌をふるっている間に、星奈たちは考えた。もしステラの言っていることが本当なら、元の世界に帰る希望が持てるのではないかと。

「ステラちゃん、あたしたちを元居た世界に帰すことってできたりしない?」

「飛ばすことはできるけど、体が粉々になっちゃうね♪ 千晶ちゃんと道子ちゃんだけなら何とかなるかもしれないけど☆」

 まあ、予想はできた。ゆいもこう思っていたから聞かなかったのだ。


「そういうなら、やってみなさいよ!まあ、どうせできないんでしょうけどね!」

 道子がステラを煽る。酒を飲んだからか、妙に語気が荒い。

「道子ちゃんなら大丈夫だろうし、それじゃあゆいちゃんの世界へレッツゴー♪」

 当然、ステラがビビるわけがなく、隣町に行くより気軽に世界を超えようとする。

 しかし、そこに待ったをかける声があった。

「ステラ、何をふざけておるのじゃ?」

 ゆいの隣には、ステラよりすこし大きいくらいの青髪の幼女が立っていた。








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