第31話 千晶ちゃん、ウザいんだけど!
結局、いろいろとあって非常に疲れたゆいたちは、寝室に案内された。寝室はカラフルなお菓子がいたるところに飾られたファンシーな部屋で、布団はふわふわの綿菓子でできていた。どうでもいいが、豪華な客室がこんなにたくさんあっても使う人がいないのではないだろうか。
「ゆいちゃん、おはよ~!」
ねこみみバージョンの千晶が、爆睡していたゆいを起こしにきた。窓の外には、地平線まで広がる砂糖の海が白く輝いている。薄い砂糖細工のレースカーテンから光が漏れて揺らめいて、きらきらとゆいの顔を照らしていた。
「おはようございます、千晶ちゃん」
「シュクルさまが食堂で待ってるよ~」
ゆいは、洗面台で顔を洗って、いつもの服に着替える。ここにはちゃんと水道が完備されていたので、とても気持ちの良い目覚めだ。うーんと伸びをして、ゆいは軽い足取りで食堂へと向かっていった。
食堂に入ると、チョコレートでできた長机の端っこの席で、シュクルが犬耳の女の子を愛でていた。シュクル、結構動物好きなのか。
「おはようっす、ゆいちゃん!はやくそこ座ってほしいっすよ」
千晶に案内されて、シュクルのすぐ近くの席に座らされたゆい。ゆいはふくれっ面でシュクルを軽く睨む。
「ここに泊めてもらったことは感謝します。でも無理やりゲームに付き合わされて罠にかけてきたのは忘れませんからね。めちゃくちゃ疲れましたよ」
「悪かったっすよ。人間には休息とか睡眠とか、そういうのが必要だってことをつい忘れちゃうんすよね」
シュクルとゆいの会話の合間に、灯里、星奈、道子の3人が食堂へと入ってきた。全員そろったところで、人間モードの千晶がお皿を持って現れた。
「今日の朝ご飯はパンケーキだよ~!みんなどうぞ召し上がれ~」
そして千晶がパンケーキをみんなの前に並べてくれた。珍しくお菓子ではなく陶器でできたシンプルな皿の上でジャムと蜂蜜で飾られたパンケーキは、とてもおいしそうだ。
「おっ、千晶の料理はなかなかうまそうっすね!いただきます!」
意外ときれいにフォークとナイフを使ってパンケーキを食べていくシュクル。お世辞にも育ちがいいようには見えないのだが、所作は整っている。
ゆいも勧められたのでパンケーキを一口食べてみる。甘すぎないパンケーキに、ジャムの酸味や蜂蜜のコクが絶妙に調和していておいしい。千晶の料理は毎日のように食べてきたが、今日は一段とおいしくなっている。しかし、千晶はシュクルの眷属になってしまったので、この料理はシュクルのためのものなのだ。そう思うと、ゆいは憂鬱でならなかった。
「まあまあおいしかったっすよ!ゆいちゃん、千晶の料理を毎日食べられて幸せっすね!」
「それは嫌味ですか?」
「違うっすよ!あたしはそこまでいじわるじゃないっすよ。千晶にはこれまで通りゆいちゃんを守ってもらうっす」
「えっ!どういう企みですか!?」
あまりにもゆいにとって都合がよすぎる話なので、ゆいはつい疑ってしまう。それでは、千晶が眷属になったデメリットがなさすぎるではないか。
「ペットはもうたくさんいるっすからね。それよりもゆいちゃんを見守るほうが大事っすよ。それに友達と引き離されるのはつらいっすからね」
「シュクルさま、ゆいちゃんと一緒にいていいよって言ってくれたんだよ~」
つまり、千晶は監視要員という名目で普通にパーティーの一員として残るらしい。なんというか拍子抜けである。よくよく思い返してみると、シュクルはゆいに対しては手助けしかしていない気がする。
「鈴木さんの人生は鈴木さんのものなのに、あなたが鈴木さんの行動を決めるなんておかしいわ!どうしてあなたなんかの許可が必要なのかしら?」
気絶していたのであんまり状況が分かっていない道子が口をはさんでくる。ゆいは、正直邪魔だと思った。シュクルがなんかしでかしたら大変だ。
「許可してくれたんだからいいじゃないですか!ささっ、はやく共和国に向かいますよ!」
パンケーキを口に詰め込んでゆいがみんなを急かす。急いで朝食を終えた星奈たちも、道子先生を急かす。そして、シュクルはゆいに別れの挨拶をしてきた。
「帰り道は千晶が案内するっすから、ここでお別れっすね。ゆいちゃんと遊べて楽しかったっすよ!また今度!」
「いろいろとお世話になりました。シュクルさん、さようなら」
またシュクルに会いたいとは思わないゆいは、すこし苦々しい顔を浮かべながら答える。それが分かっているからか、シュクルもそれ以上続けない。ゆいたちは、お菓子の城を出て、白い砂糖でできた砂漠を歩いていくのだった。
***
「三神さん、どうして魔女の側の意見を持つのですか?魔女の自分勝手な言葉に耳を傾ける必要なんかありません」
砂糖の砂漠を歩くゆいに、道子が説教をかまそうとする。しかしゆいは反論する。
「道子先生、これはわたしの仮説ですけど、魔女ってみんないい人たちだと思うんです。シュクルさんも、テヴァさんも、ペリーヌさんも、わたしたちのことを傷つけようとはしませんでした。むしろ、わたしたちを守ろうとしていました」
「辰巳くんたちを奪った『宝石の魔女』がいい人?そんなわけないわ。よく考えて。三神さんは魔女たちに思考を操作されているのですよ」
「テヴァさんには多少の精神干渉を受けたと思いますけど、それもわたしのことを思ってのことです。ペリーヌさんだって、誰も殺してないじゃないですか」
「クリスタルの中に閉じ込めるのはいいのですか?それは明らかにおかしいわ。そうよね、皆さん」
道子が星奈たちの同意を求めようとする。しかし、返答は微妙だ。
「よくわかんないけど、手加減はされてたはずじゃん?じゃなきゃ『テレポーテーション』を発動することもできなかったし」
「いわれてみれば、少なくとも魔女たちは敵対的じゃなかったね。僕たちに友好的だったかといえば怪しいけど」
星奈と灯里は、魔女たちに自分たちを殺す気がなかったことはわかっているらしい。
そして千晶はといえば、
「魔女さまが悪い人なわけがないよ~!あんまり魔女さまのことを悪く言うと、わたし我慢できなくなっちゃうかも~」
明らかにシュクルの眷属になった影響があった。道子はこのポイントを突いてゆいを論破しようとする。大人げない。
「三神さん、鈴木さんをよく見なさい。今のあなたはあれと同じような状態なのよ。魔女にとって都合のいい思想を植え付けられているんだわ」
「うーん、でもそんなことして魔女に利益があるとは思えないんですよね。わたしにやらせたいことがあるなら、強制する方法はいくらでもあるのに、わざわざ普通に友好関係を築く必要性がありません。千晶ちゃんのあれは副作用でしょう」
「どうやら、説得による洗脳解除は無理みたいね。けど大丈夫よ。必ず先生が三神さんと鈴木さんを正気に戻して見せるわ」
結局、話は平行線に終わった。
***
砂糖砂漠には非常に強い魔物がわんさか現れた。灯里が1対1でなんとか倒せるかどうかというレベルの魔物が、数十体いっぺんに現れるのだ。さすがに星奈や道子が身体強化で戦っても焼け石に水である。しかし、ゆいたちは全く苦戦しなかった。
「見て~!魔物がゴミのようだよ~!」
千晶がチョコの体のゴーレムの核を握力で粉々に砕きながら言う。このゴーレムの体を構成するチョコレートは灯里の『ホーリーレイ』を収束させても貫通しないくらい硬いのだが、千晶は熱した普通のチョコレートかのごとく素手で核を取り出し、体より何倍も硬い核を粉々にしたのだ。
そして、ゆいたちの周りにはビスケットでできたネズミたちの死体が無数に転がっていた。このネズミは数体ならば星奈や道子にも対処できないことはないのだが、一撃で倒さないと分裂するのだ。そしてすばしっこくて攻撃が当てづらく、しかも耐久も普通に高い。しかし千晶は、ゴーレムを倒す片手間にネズミたちを片付けてしまったようだ。ゆいたちには何をしたのかよくわからないが、砂糖の砂嵐を一瞬発生させてすべて巻き込んだのである。
「やっぱり、この千晶ちゃんが最強だよね~!わたしを褒めたたえよ~!」
「すごいのはシュクルさんじゃないですか」
千晶が調子に乗るのも無理はない。敵を倒すのはもちろん、索敵やナビでも星奈の『サテライトマッピング』より正確かつ素早く、さらに空気を固めるバリアを使えるようになったらしく、護衛も完璧であった。千晶以外の全員がゆいと同じくらい役立たずに見える現状を見て、魔女はやっぱりヤバいとゆいは思うのだった。
そんなこんなで一日中砂糖砂漠を進んでいき、やっと普通の砂が地面に混ざってきたところで、ゆいたちはテントを張った。そして千晶の作った晩ご飯を食べて、テントで眠りにつこうとする。そこで千晶が突然言い出す。
「あっ、シュクルさまが呼んでる~。行ってくるよ~」
「鈴木さん、睡眠は大事ですよ。今から出ていくなんて許しません!」
道子の制止に、千晶は構わずテントを出る。
「わたしはすごいから眠らなくても平気だよ~。じゃあね~」
そして砂の壁を作り出してそのまま行ってしまった。あっという間にゆいたちには千晶の姿が見えなくなる。
「千晶はあれはあれで幸せなのかもね」
なんとなくつぶやかれた灯里の言葉に、ひそかに同意する星奈とゆいであった。
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