第30話 シュクル、いじわるなんだけど!
「ゆいちゃん~、待ってたよ~!」
最後の部屋でも、星奈の部屋と同じようにすでに千晶が目を覚ましていた。
最後の部屋は、いつも通りの巨大な砂時計のほかに、雑多なものが置かれている部屋であった。壊れかけの天秤のようなもの、いくつかの大きさが異なるカップ、漏斗、ハンマー、袋なんかがあった。
「最後の問題っす!ゆいちゃんには、石英の砂をちょうど100ccだけ用意して、このオレンジ色の袋に詰めてほしいっす。部屋にあるものは自由に使っていいっすよ。ただ、それぞれのものに書いてある注意書きはよく読んでほしいっすね。それじゃ、頑張ってっす!」
最初に目についた看板の上に、オレンジ色の袋があった。これに砂を100cc入れればいいのだろう。しかし、肝心の砂が見つからない。困るゆい。とりあえず、近くにあったコップを調べてみた。
「このコップの容量はそれぞれ342cc、281ccである」
いやキリが悪すぎるだろう。注意書きを読んだゆいは、これは油分け算であると思った。数字が大きくて面倒くさいが、ユークリッドの互除法を使えば多項式時間で計算できるから、時間が足りないということはなさそうだ。もっとも、それほどたくさんの回数コップの中身を移し替えるのは大変そうだが。ちなみに最低でも281ccのほうに32回砂を注ぐ必要がある。
「これで容量を量るのは大丈夫だけど、どうやって砂を準備しよう……」
「砂魔法で作ればいいんじゃないの~?」
ゆいの独り言に、千晶が答えた。なるほど、名案だ。ちょうどあった大きなたらいに、砂魔法で砂をためればいいじゃないか。箱の外側を考えるとはこのことか。
「サンドシャワー!」
千晶がたらいの中へと砂の雨を降らせる。たらいの砂がだんだんと上がっていき、そしていっぱいになった。その瞬間、シュクルの陽気な笑い声が聞こえてきた。
「ゆいちゃん、ひっかかったっすね!時間切れっすよ!砂時計の砂が全部落ちたっすから」
シュクルに肩を叩かれるゆい。とっさに砂時計のほうを見ると、砂のほとんどがなくなっていた。上側に残っている砂はなく、下側にわずかに砂の小山があるだけだ。
ゆいは砂時計とたらいを交互に見て、たらいにある砂がもともとは砂時計の中の砂であったことを察した。そして、シュクルを睨みつけてゆいは言う。
「千晶ちゃんになにかしたんですか?」
シュクルは笑って答える。
「あたしは千晶にはなにもしてないっすよ?千晶ちゃんに砂魔法を使わせた、ゆいちゃんの判断がミスだったんすよ」
「嘘だ~!絶対わたしを操っていたんだよ~!」
千晶の雑な反論に、シュクルは嘲笑でもって答える。
「まさか本当に自分の力で魔法を使っていると思ってるんすか?冗談きついっすよ!魔力をまともに使えない人間にそんなことできるわけないっす」
「鈴木さん!魔女の言葉なんかに耳を傾けてはだめですよ!……ぐふっ!」
話をさえぎろうとした道子に砂の塊がぶつかり、吹き飛ばされて気絶する。それを気にも留めない様子でシュクル劇場は続く。
「魔法って言うのは魔女の力の一部を、人間に貸してあげてるもののことっすからね。人間の魔力にほんのちょっと混ざっている魔女の魔力を媒介に、心優しい魔女が魔法を実現してあげてるんすよ。だから、砂魔法の効果はあたしの気分次第っすよ。砂魔法はあたしの力っすからね」
『宝石の魔女』ペリーヌとの戦いで、千晶の魔法が思わぬことにクラスメイト達を閉じ込めることになった理由も、帝国で星奈が操られたときに魔法が発動しなかった理由もこれだ。ゆいは知らないが、魔物の森での千晶の魔法の暴発も同じ理由だった。ヒントはあった。ゆいが魔法の本質に気づくことができたとは思えないが、それでも警戒するべきだったことは変わりない。ゆいは珍しくはっきりと悔しがった。
「それじゃあ、ゆいちゃんが負けたことだし、千晶はもらっていくっすよ!」
「いやだ~!こないで~!」
わかりやすく悪人顔をつくるシュクルとおびえる千晶。しかし、千晶が魔女に勝てるわけがない。シュクルが指を一度鳴らしただけで千晶の体の自由は完全に奪われ、もう一度ぱちんと指が鳴らされると、千晶の肉体は、足のほうから徐々にケーキに変化していく。
体が徐々にケーキにされている千晶は苦悶の表情を浮かべるが、声帯が固まって悲鳴を上げることすらかなわない。そして、髪の毛の先まで完全にケーキに代わってしまったところで、何匹もの猫耳少女たちが現れ、千晶だったものをむさぼりつくしていく。ふわふわのスポンジ生地の食べかすがあたりに散らかる。ゆいたちは、目の前の光景をただ見ていることしかできなかった。
ぱちり、とまたシュクルの指が鳴らされた。ゆいたちのいる部屋が砂になって崩れ落ちていく。ケーキの食べかすも、砂になって消えていく。圧倒的な存在に仲間を奪われる理不尽。今度は、その顔を再び見ることも叶わないのか。
「千晶ちゃん……」
「嘘だよね、千晶。ねえ、誰か嘘だと言ってよ!」
「千晶、あんたはどこまでも調子にのって、でも一緒にいると楽しかった!なのにこんなにあっさりといなくなるなんて、聞いてないっしょ……」
ゆいたちは涙を流して悲嘆に暮れる。心の奥に閉じ込めていた、勇たちを失った痛みも遅れてゆいたちの心を傷つけていく。
魔女は理不尽だ。魔女であるというだけで、あらゆる理不尽がまかり通る。ゆいたちは、シュクルやペリーヌに怒りをぶつけたくても、悲しみを叩きつけたくても、なにもすることができない。その行き所のない苛烈な感情は、慟哭どうこくとなって流しだすしかなかった。
「ゆいちゃん、落ち込みすぎっすよ。そういうときは動物を愛でるといいっすよ」
人間の感情なんか理解できないような明るい声で、シュクルが言った。シュクルがまた指を鳴らすと、砂が集まって無数のケモ耳少女たちが生まれた。
猫に犬、狐など、かわいらしいケモ耳美少女たちによるハーレム。誰もがうらやむような天国。しかし、ゆいたちにとって、それは地獄であった。千晶の最後が脳裏によぎる。もふもふの体をこすりつけてくる犬耳少女が、マーキングをしている肉食獣にしか思えない。ゆいたちは、ただ食われないことを祈る草食動物であった。
「ゆいちゃん~、こっちだよ~」
突然、ゆいの耳に聞きなれた声が聞こえた。ゆいはあたりをきょろきょろと見渡すが、目に入るのは動物の耳ばかり。
「ちょっと放してください!」
ゆいがまとわりついていたケモ耳少女のハーレムを振りほどく。動物少女たちはゆいに道を譲ってくれる。星奈たちも、ゆいと同じように声の主を探している。
「そっちじゃないよ~、こっちだよ~」
ゆいの耳元で声が聞こえる。ゆいの胸中には、期待と不安が入り混じっていた。必死に声の主を追いかけていき、お菓子の城の中を駆け回っていくゆい。そして、ゆいたちは、小さな広間でついにその声の正体と対面した。
「じゃ~ん!ドッキリ大成功!千晶ちゃんは無事だよ~」
その広間に立っていたのは、鈴木千晶その人であった。その姿は、ゆいがよく見慣れたものと寸分の違いもない。無事だったことに安堵して、ゆいは千晶を抱きしめようと駆け出す。
しかし、ゆいの広げられた両手は、千晶を捉えることなく宙を切った。
「シュクルさま~、いいところだったのに~」
千晶が、今まで聞いたことがないような猫なで声を発していた。ゆいの目の前では、シュクルが椅子に座って千晶をなでていた。
しかし、千晶の見た目は完全に変わってしまっていた。頭にはねこみみが生え、お尻のあたりからは長いしっぽが飛び出している。あごのあたりをなでられてうれしそうに声を上げる姿は、猫そのものである。
「千晶はあたしのものだから、あたしの好きに生き返らせたり、猫に変えたりできるんすよ」
シュクルが楽しそうに千晶をなでる姿を見て、ゆいは無性に腹が立ってくる。
「わたしの涙は何だったんですか!一発殴らせてください!」
「千晶を振りほどけたらいいっすよ」
気が付けばゆいは千晶にがっしり抱きしめられていて、身動きができなくなっていた。よくよく見てみると猫耳がよく似合っていて結構かわいくなっている。
「千晶ちゃん、放してよ!」
「放さないよ~」
ゆいの顔はぷんすか怒った顔だが、そこにさっきまでのような深刻さはない。なんというか感情が乱高下していて、自分でもどうすればいいのかわからないのかもしれない。
「千晶ちゃん、無事で本当によかった!あたし騙されてめっちゃ泣いちゃったし」
「千晶が生きてて安心したよ。無事かどうかはともかく」
星奈と灯里も、千晶が生きていたことに安堵している。なんだかほっこりしているところで、ゆいが気づく。
「あれ、そういえば道子先生、いませんね」
「道子なら気絶したままっすよ?」
道子は、砂の塊に気絶させられてから、ずっと気を失ったままだったようで、ケモ耳少女たちが、道子を担いでやってきたのだった。いろいろと、気が抜けたゆいたちであった。
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