第29話 パズル、難しすぎるんだけど!

 ※作者注:この回で使った論理パズルは別で上げておきます。パズルを解きたい人はそちらを先に見てください。




 ***




 ゆいは、ピラミッドの中のような、いかにもな感じの場所で目を覚ました。ミイラの棺桶のような箱の中から起きたゆいは、自分がレンガのようなもので作られた小部屋にいることを理解した。小部屋には一つだけ出口があり、ゆいはそこに進んでいく。


 出口の扉には、こんな文言が彫られていた。

「砂時計の砂が落ちきる前に謎を解け。制限時間は一問当たり2時間。問題は全部で4問。健闘を祈る」

 ずいぶんと持ち時間が長い。ただ、ゆいは進むしかない。


 一つ目の部屋には、大きな囲碁の九路盤のようなものが置いてあった。天元(中央の交点)には棒状のお菓子が刺さっていて、白と黒の碁石も備え付けられていた。そして、碁盤のちょうど真ん中のところに仕切りが置いてあり、ゆいは向こう側には行けないようになっていた。具体的には仕切りの手前側にある交点の個数が、ちょうど40個(つまり、使える交点の半分)になるように分けられていた。

 隣の部屋に向かう扉の上には大きな砂時計が設置されていて、ゆいが部屋に入った瞬間にひっくり返り、砂が落ち始めた。


 隣の部屋への扉に、問題が書かれていた。

「次の部屋には、この部屋と同じような九路盤の各交点に、黒石や白石が置かれているっす。石が置かれていないマスもあるっすよ。ゆいちゃんが部屋に入ったら、ゆいちゃんのいない側の交点一つに置いてある石が変わったり、なくなったり、現れたりするっすよ。さて、ゆいちゃんにはどの交点が、何から何に変わったか当ててもらうっす。

 あたしもなにも情報がないところから正解を当てろとは言わないっす。この部屋には灯里がいるっすよ。灯里にゆいちゃんがいる側の交点一つの状態を変えてもらってから部屋に入ってもいいっす。でも、二つ以上の交点を変えたり、ゆいちゃんに碁盤の盤面の情報を教えたりはできないっすよ。

 灯里に作戦を伝えるにはそのインターフォンを使えばいいっす。ゆいちゃんの声はちゃんと届くっすよ。それじゃあ、ゆいちゃん、頑張ってっす!」


 長い。しかし要するに、40個のマス目について、2通りの変え方があるので、あてずっぽうだと成功率は1/80(=1.25%)ということになる。それを、灯里に最初に小細工をさせておけば、100%にできるかという問題である。小細工と言っても、実際に変化がある盤面の部分は触ることができないし、全部の交点を整えられるわけでもない。


 例えば、もしすべての交点を灯里に調整させることができるなら、碁盤の状態を対称的な状態にしておけば、どこがどう変わったのかは一目瞭然であろう。しかし、今回は1マスしか触れないのである。つまり、3^80(≒ 10^38 、100澗)通りすべての初期状態に対して、”向こう側の交点が変わったらわかる”状態に一回の操作だけでもっていき、実際に交点の変更を検知する必要があるのだ。




 ***




「うーん、でも方針はあってると思うんだよね……」

 現在、一時間が経過して、いまだに解法を見つけられていないゆい。用意されていた砂場にいろいろ数式を書いて考えているものの、あと一歩届かないようだ。

「mod 81で総和を取ればいいと思ったんだけど、それだと加法的にならないんだよね……どうしよう」

 高校生にしては専門的な言葉が混じっているが、そのゆいでさえ、非常に苦労しているようだ。しかし、ようやく光明が見えてきたらしい。


「あれ?別にZ/81Zじゃなくてもいい?じゃあ(Z/3Z) ^4を考えれば……いける!」

 ついに答えを見つけ出したゆい。興奮してインターフォンに語り掛けた。


「灯里さん!聞こえてますか!ゆいです。今からいうようにまず九路盤の交点に名前を付けてください!まず天元、真ん中の黒い点のところを(0,0,0,0)として……」

 ゆいは碁盤の目に名前を付ける方法を丁寧に説明する。そして、灯里にやってほしい計算を告げる。

「それで、名前の4つの数字のそれぞれについて、黒い石があるところをすべて足して、そこから白い石があるところをすべて引いた数字を計算して、最後に3で割った余りを求めてください!そうして結果が出たら、最後に同じ計算をしたときに結果が0になるように、一つの目の状態を変えてくださいね。例えば、最後のあまりがそれぞれ(1,0,2,1)だったら、(1,0,2,1)の目の状態を一個戻す、つまりそこに黒石が置いてあったら取り除いて、何もなかったら白石を置いて、白石が置いてあったら黒石にするんです。(0,2,1,2)とかみたいにこっち側にないやつだったら……」


 説明がめっちゃ長い。これで本当に灯里は理解できるのだろうか。何度か同じ説明をして、残り5分になったところで隣の部屋に入ったゆい。

 部屋の中は、前の部屋とそっくりだったが、九路盤の上に石がいくつも置かれていたこと、そして灯里が眠っていたことが相違点であった。


 ゆいは、碁盤を見て、必死に計算をする。そして、答えを導き出した。

「わかりました!2の八が黒石から白石になったんですね!」

 ゆいが言い当てた瞬間、灯里が目を覚まし、次の部屋への扉が出現した。


「ゆい、助けてくれてありがとう。全然体が僕の思うように動かなくて、もしゆいちゃんが失敗したらと思うと恐ろしかったよ」

 灯里がぼやく。それも無理はない。いきなりシュクルに「あんたたちにはゲームの景品になってもらうっす!」とか言われて、目が覚めてから2時間以上、自分の体が自由に動かせない状態が続いたのだ。


「シュクルさん!難易度高すぎますよ!」

 ゆいも不満たらたらである。正直、めっちゃ疲れたのだ。普通に論理パズルがとんでもなく難しかったせいだけではない。


「正直、暗算を間違えたらどうしようってすごく怖かったね」

 灯里がつぶやく。そう、灯里は80個の数字を足したり引いたりというのを、すでに計算した数字を覚えながら4回もやらなければならなかったのだ。人間にはちょっとどころではないくらい大変だった。シュクル、魔女の基準で計算量を決めてないだろうか。




 ***




 ゆいと灯里は、少し休憩を取った後、次の部屋の扉を開けた。部屋に入った瞬間、中央にある大きな砂時計が回転し、砂が落ち始めた。


 この部屋には、道子先生が椅子に座らされて縛られていた。しかし、奇妙なことに、道子はいた。見た目は全く同じで、みんな虚ろな表情をしているので、どれが本物なのかわからない。


 そして、一つの看板が立っていた。

「この部屋では、『はい』か『いいえ』で答えられる質問を2回だけ行って、どれが本物の道子なのかをあててほしいっす。本物は何を聞かれても理解できない状態っすから、ランダムに『はい』か『いいえ』で答えるだけっす。でも偽物は必ず本当のことを言うか嘘をつくかのどっちかっすよ。複数の人に同時に質問したり、自己言及的な質問をするのはNGっすよ」


 今回はまだわかりやすい。要するに、これは嘘つきと正直者のパズルである。ただ、ランダムに答える人がいるのがすこし厄介なだけだ。


 ゆいは、いきなり真ん中の道子に質問をする。

「ZFCは無矛盾ですか?」

 おい、それは決定不能命題だぞ。これで答えられないようなら偽物で、返事があるなら本物と判断しようとしたらしい。すると、少し時間が経って、頭上からこう返ってきた。

「追加ルール:決定不能命題の入った質問も禁止っす。でも面白かったっすよ!」


「ちぇっ、シュクルさんを出し抜けたと思ったんですが」

「ゆい、さっきのは何かな?」

 きょとんとする灯里とちょっと悪態をつくゆい。しかし、ゆいがこの問題を解くのはかなり早かった。


「じゃあ一番左の道子先生に質問します。『真ん中の道子先生が本物であるかという質問と、あなたは正直者ですかという質問の答えは一致しますか』?」

「はい」

「つまり右端の道子先生は偽物ですね。じゃあ右の道子先生にも同じ質問をします」

「いいえ」

「つまり、一番左の道子先生が本物。そうですね?」


 そして道子が意識を取り戻し、彼女を縛っていた縄や偽物の道子たちが砂になって消えていく。あまりの早業に、灯里も道子もついていけない。


「三神さん、伊藤さん、ここはどこですか?昨日までの記憶が一気になくなっているなんて、おかしいわ!」

 いや、道子は現状が理解できていないだけか。ゆいはとりあえず、道子にパズルを突破して星奈と千晶を助けるところだと説明する。


「ああなるほど、あの聞き方で、偽物だったら必ず質問の正しい答えを返してくれるんだ」

 灯里がやっと納得したように、ゆいはただ「正直者でも嘘つきでも本当の答えを返す聞き方」をしただけである。この手のパズルに慣れていればどうということもない。

 ゆいたちは、出現した扉を開けてそのまま次の部屋へと向かっていった。




 ***




「ゆいちゃん!それに先生と灯里!マジ心細かったし、みんなの顔を見れて安心したじゃん!」

 部屋に入った途端、いつもと同じように砂時計が動き出し、そしていきなり星奈が飛び起きてゆいに抱き着いてきた。どうやら、何時間もこの部屋でじっとしていたらしい。意識だけあったというわけではなく、単に閉じ込められていただけのようだ。


「それで、今回の問題はなんでしょう」

 どうやら、この部屋は灯里の時と同様に、隣に問題を解くための部屋があるらしい。その扉に書かれていたのはこうだ。

「この中は田の字型に4分割されてるっす。中に入ったら、一人一人別々の部屋に分けられて、フルーツの帽子をかぶせられるっすよ。帽子はいちご、キウイ、メロン、ももの4種類で、それぞれ別の帽子がかぶせられるっす。一斉に自分の帽子の種類を答えられたらクリアっすよ!

 けど、自分のかぶせられた帽子を確認しちゃダメっす。そのかわり、隣の部屋にいる二人分の帽子は確認できるっすよ。つまり、対角線上の相手の帽子だけがわからない訳っすね。それに、中に入ったらお互いの声は聞こえないし、身振り手振りで情報を伝えることもできないっす。

 これは余談っすけど、この中の部屋には天窓がついていて、上からゆいちゃんたちの姿がよく見えるっす。それに、回答のタイミングを合わせるためのランプは緑と赤の2種類あるから、どっちを使ってもいいっす。でも光ったらすぐに答えなきゃダメっすよ」


 要約すると、帽子当てパズルである。ただし、それぞれの人が2択を迫られるので、単純に考えると1/16の確率で突破できる。回答の時に1ビットの情報を共有できるので、それを利用することで100%にできるということだろうか。ただ、どう考えても50%を超える成功率にはならないように思える。


「うーん」

 悩むゆい。三人寄れば文殊の知恵とは言うものの、実際にこういうパズルを考えるのが得意なのはゆいだけで、かろうじて灯里が役立つかというところで、道子と星奈は全然違うことを考えている。


「こういう時には壁を破壊して突破するのが王道よ!……ダメね。全然壊れない」

「先生、世界魔法ならぶっ壊せるかもじゃん?」

「さすがにリスクが大きすぎるよ。最悪、自分たちだけがダメージを受けることになりかねないよね」


 ゆいはひとりで考えながらぶつぶつとつぶやく。

「天窓ってなんの役にたつの?絶対関係あるんだけど、使い方がわかんないんだよね……」

「天井が筒抜けなら、『サテライトマッピング』で上から帽子を見れるかもじゃん?」

「それだ!自分の帽子だけ見えないようにして、ほかの人の帽子を確認すれば!それで情報が得られて、ひとりは100%になるんだ!」

 星奈の何気ない返答で、問題の突破口を見つけられたゆい。全然関係ないことをやっているように見えても、解決に貢献することもある。だから文殊の知恵なのかもしれない。


「なんで自分の帽子を見えないようにしなきゃいけないんだ、ゆいちゃん?」

「自分の帽子を確認しちゃダメだって書いてあったからですよ。最悪、即失敗扱いにされちゃいます」

「なるほど、やっぱゆいちゃん賢いじゃん」

 なんだかんだで、ここで一番役に立っているのはゆいだった。ゆいは、とうとう役立たずから脱却するのだろうか。


 そしてそれからすぐにゆいが解法を見つけ出した。

「置換の符号!これなら全員が共有できる!」

「ゆい、わかったなら説明してよ」


 ゆいはみんなに作戦を説明する。まず、部屋に入る前に仮の帽子の組み合わせを共有しておく。そして、部屋に入ったら星奈が『サテライトマッピング』でみんなの帽子を確認する。仮の帽子の組み合わせから実際の組み合わせに並び替えるのに、二つの帽子を入れ替えるのを奇数回やるか、偶数回やるかを星奈がランプでみんなに伝える。そうすれば、星奈以外の3人も正解のほうの帽子の種類を選べる!


 説明に結構時間がかかってしまったが、作戦を共有できたゆいたち。ゆいたちは、満を持して隣の部屋への扉に入った。

 一瞬、視界がくらっとしたかと思うと、ゆいは狭い部屋の中にいた。二つの窓からは星奈と灯里が見え、それぞれいちごとメロンの帽子をかぶっていた。

 少し経つと、部屋に緑の光が灯る。

(緑ってことは、偶置換!)

 そしてゆいは叫ぶ。

「もも!」


 ゆいたち全員が叫ぶと、部屋の壁が砂になって崩れ去り、次の部屋への扉が出現した。

「次で最後ですね。千晶ちゃんを助けて、みんな無事に脱出しましょう!」

 ゆいたちは、扉を開けて最後の部屋へと向かっていった。





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