第28話 ゲームをやらされたんだけど!

「すごいっすよね!この辺り一帯の砂漠、全部砂糖でできてるんすよ!」

『砂漠の魔女』シュクルに彼女の城の中を案内されているゆいと仲間たち。


 シュクルの城は、お菓子の城と呼ぶにふさわしいものであった。クッキーのテーブル、スポンジケーキでできたソファ、あんこの詰まった饅頭のクッション。クリームとフルーツのカーペット、飴細工の凝った装飾がなされた窓に、扉はいろんな色のチョコレートだったりパイだったりする。あらゆるものがお菓子でできていて、甘い香りがいたるところから漂ってくる。

 正直、ゆいはここを歩くのも気が引けるのだが、シュクル曰く、この城は魔力で作ったので汚れたり腐ったりしないし、食べても再生するそうだ。なんだそれ。

 そのうえ、この馬鹿げたメルヘン城が建っているあたりの砂漠の砂は全部砂糖でできているらしい。意味が分からない。


「そろそろ星奈さんたちとも話してくださいよ、シュクルさん」

「悪いっす、疲れたっすよね。ちょっとこっち来てほしいっす」

 あいかわらず、ゆい以外は眼中にないような態度をとるシュクル。おかげでゆいはへとへとだ。もう深夜なのである。星奈たちはシュクルの態度に怒っていたりはしないのだが、道子先生はそうではないらしい。

「なんですかあの態度は!きっと人間を舐め腐っているのね。今に見てなさい、私の秘密兵器が火を噴くわよ!」


 そんな道子のことを気にする様子もなく、シュクルはゆいたちを連れて比較的小さな部屋にやってきた。その部屋にはテーブルと椅子が六脚用意されていて、一番豪華な席にシュクルがさっさと座った。そしてシュクルが指を鳴らすと、ジュースが6人分現れ、テーブルの真ん中には大皿に入った大量のカップケーキが出現した。もちろん食器もお菓子でできている。


「どうぞ座ってほしいっす」

 ゆいは流れでシュクルの対面の席に座ることになってしまった。同級生みたいな見た目だが、明らかに上位の存在だ。非常に緊張する。そんながったがたのゆいに、シュクルはフランクに話しかけてきた。


「どう思ったっすか、あたしの城。気に入ってくれたっすか?」

 隣では星奈たちが「このケーキ、いくらでもいけるっしょ」とか「これが食べられるなら死んでもいいよ~」とか言っているが、ゆいの耳には入らない。ただ、この質問の返答を間違ったらどうなるかという恐怖でいっぱいだった。


「ほんと、おとぎ話の世界にいるみたいでした」

 ゆいは必死に無難な回答を返そうとした。本当はテヴァの家のほうが落ち着いていてよかったと思っているが、それをおくびにもださない。


「嘘つかないでほしいっすよ、ゆいちゃん。正直に答えればいいっすよ」

 その内心をいとも簡単に見破られて、ゆいは固まった。口をはくはくさせて息が整わないゆいに、シュクルは続ける。

「魔女を欺くなんて、人間にできるわけないじゃないっすか」


 ゆいは、目の前の魔女を出し抜くなんてことは不可能だと認めざるを得なかった。魔女はなにもかもが超越的なのだと、ゆいは再認識することになったのである。シュクルにとって、人間も猫もたいして変わりはないほどなのだ。

 ゆいはひとつ深呼吸をして、正直に話す。

「テーマパークならともかく、住居とは思えませんでした。テヴァさんのところのほうがよっぽど居心地がよかったですよ。あっ、でもペリーヌさんよりセンスはいいと思います」

「あたしは魔女っすからね。居城に快適さとか考えなかったんすよ。でもゆいちゃんにまあまあな評価をもらえてうれしいっす」


 シュクルから目をそらしたくて周りを見回すと、星奈たちがとろけるような顔でカップケーキをつまんでいた。ゆいが声をかけようとした瞬間、大皿のカップケーキが


「このお守り、ほんとよくできてるっすね」

 ゆいは。シュクルが自分のペンダントを手に取って、興味深く観察していたことを。シュクルの言葉も、仕草も、歩く姿さえ、これほど正確に思い出せるのに、それが現実にあったという実感がない。ペンダントの6つの水晶の一つが新たにオレンジ色に染まっていることで、かろうじて実際にあった出来事だと確認できるだけだ。まるでゆいだけ時を止められたような奇妙な感覚。


 またカップケーキが減った。ゆいの頬には、細くも丈夫な指の感覚が残っている。

「あたしに見とれて固まっているゆいちゃん、かわいくてかわいくて。ついいじりたくなっちゃうんすよね」

 いたずらっぽくゆいを見るシュクル。ゆいは何をされたのか、何を考えていたのかを思い出そうとして、また時が飛んだ。大皿はもうほとんど空っぽだ。


「魔女ってみんな美人さんなんすよ。人間のちっぽけな精神なんて飲み込んでしまえるくらいきれいな顔してるっす。だからゆいちゃんもあんまり思い出さないようにしたほうがいいっすよ」

 ゆいは、シュクルの顔をまっすぐ見ているのに、その細部がよく認識できないことに気が付いた。これまで出会ってきた魔女たちの顔も、おぼろげにしか覚えてはいなかった。

 ゆいは、魔女たちが自分たちの顔を人間に見せないようにしているのだとわかった。その力の一端を新たに垣間見て、ゆいはさらに魔女への畏怖の感情を強めることになった。親切にされるのが、とても気味が悪い。


「ゆいちゃん、カップケーキもうなくなっちゃうっすけど、いいんすか?」

 シュクルの声に、ゆいはあわてて顔を上げる。そして、すでに手遅れになってしまったことに気づいた。

 星奈たちは、一心不乱にカップケーキを食べていた。まるで餌を前にした動物のごとく、ひたすらに手で口の中にケーキを詰め込んでいく。クリームや食べかすが散らかるのも気にする様子がない。そこに人間らしい理性は欠片も残っていなかった。


「みなさん!どうしちゃったんですか!食べるのをやめてください!」

 ゆいが必死に呼びかけるが、返事はない。体をゆすっても反応するそぶりもない。

「魔女のものを食べちゃいけないって、聞いたはずなんすけどね」

 シュクルがつぶやいて指をぱちんと鳴らす。刹那、星奈たちの動きがぴたりと止まる。まるで時が止まったかのように、4人の動きが固まったのだ。


「ゆいちゃん、この子たちを賭けてゲームしないっすか?」

 シュクルがゆいに提案する。

「ちょっとした脱出ゲームっす。迷宮に閉じ込められたこの4人を助けて、無事帰ってこられればクリアって感じでどうっすか?もちろん、失敗してもゆいちゃんに何もしないっすよ」

 つまり星奈たちには何かすると。しかし、脅されようが脅されまいが、ゆいに拒否権なんてものはなかった。


「わたしがクリアすれば、星奈さんたちを解放してくれるんですね?動けるようにはなるけど正気の状態じゃないとか、そういうのはやめてくださいよ」

「それは心配しないでいいっす。このカップケーキの味も、狂っていた時の記憶も消しておくっすから」

 それはそれでどうなんだ。しかしシュクルは続ける。

「じゃあ、ちょっと準備するんで、ゆいちゃんは寝ててほしいっす」

 シュクルが指を鳴らすと、ゆいの意識は沈んでいった。


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