第27話 このお菓子屋さん、注文多いんだけど!
「ぷはあっ……助かったあああ」
砂の山から顔を出すゆい。灯里の『ライト』によって辺りは明るくなっていた。
実は、千晶は『ウィンド』で風を起こして、灯里は『ファイアボール』で爆風を起こして、うまく落下の勢いを殺し、砂に埋もれることを回避していた。星奈は身体強化によって落下後にすぐに砂山から飛び出した。そのため、無様にも砂山に埋もれてしまったのはゆいくらいであった。
「先生のことも忘れないでほしいわ!」
訂正。ゆいと道子だけであった。
「あっちしか道はないみたいだね。天井は塞がってるみたい」
ゆいが出てくるまでに灯里たちが調べたことによると、どうやら道は一本しかないらしい。落ちてきた穴はすでになく、魔法で道をこじ開けることもできないそうだ。
「とりあえず、行ってみましょう」
ゆいたちは、一本道を進んでいく。砂のレンガでできた壁や柱にはよくわからない模様が彫られていて、なんだか謎のピラミッド探索のような気分だ。
しばらく進むと、少し開けた空間にたどり着いた。壁はガラス張りになっていて、その中にはたくさんのお菓子が陳列されていた。進む先はふたつに分かれていて、片方は燃え盛る炎で、もう片方は滝のような水で塞がれていた。
「いろんなお菓子が並んでいますね。こんなところにお客さんが来るはずもないのに。奇妙で気味が悪いです」
「見ているだけでもお腹が鳴っちゃいそうだよね」
壁を見ていたゆいと灯里は、ショーウィンドウに並べられたようなスイーツがお菓子屋さんのように思えた。それにしてはテーブルも何もなくて不自然だ。
「バリアがあっても進めそうにないよ~!」
千晶は『クリスタルバリアー』で炎と水の強行突破を試みたのだが、バリアがすぐに割れて使い物にならなかった。
「ん?なんか書いてあるじゃん」
二つの道の真ん中にある柱に、何やら文字が刻まれているのを星奈が発見する。
「らよみっくずてあで」
その下には〇×ゲームのような3×3のマス目が書かれていた。訝しむ星奈たち。
すると道子が何かをひらめいたように手を叩く。
「なるほど!わかったわ!これはこのマス目に9個の文字を並べて、そして縦読みするのね!そうすると……『みずでよくあらって』。つまり水の流れている道が正解よ!」
「おお~、先生すごい~」
「先生やるじゃん」
ドヤ顔で自らの推理を披露した道子に、千晶と星奈が感心している。
「じゃあ、水の道を進むってことでいいじゃん?」
「そうするしかないだろうね。ほかに道はなさそうだし」
そうして恐る恐る滝のように水が落ちてくる通路に入ったゆいたち。猛烈な水圧でゆいがミンチになってしまうかが心配だが、そうはならなかった。
鉄板すら容易に切り裂く勢いの水の流れは、しかしゆいたちの体を柔らかく包み込み、優しくその体の汚れを揉み落としていったのだ。
ゆいたちは数十秒の間水流に流され、毛穴の奥まで徹底的に洗われてまた別の広い空間にたどり着いた。
「ぷはっ!」
「今度は迷路だね」
ゆいたちは、金属製の壁でできた迷路の中にいた。床は市松模様の固められた砂でできていて、天井には炎がめらめらと燃えていた。どう考えても上を通ることは不可能だ。
「ぷるるるるる」
ゆいたちは濡れた体を犬のように体を揺らして乾かす。これも撥水性のある衣装だからこそできることだ。もし道子がいなかったら、ゆいたちはぐしょぐしょに濡れて風をひいてしまっただろう。
「とにかく進むしかありませんね」
ゆいたちは、とりあえずこの迷路を攻略することにした。
「迷路には右手の法則というものがあって、右手側の壁を伝っていけばどんな迷路でも必ず攻略できるわ」
道子が鼻高々に語るが、ゆいは心の中でこう思っていた。
(それって、入り口と出口がある迷路の場合だよね……)
そう、今回のように迷路の中からスタートする場合には、右手側の壁を伝っていくと元の位置に戻ってしまう場合があるのだ。
***
「おかしいわね……どうして出口につかないのかしら」
案の定、スタート地点に戻ってきてしまったゆいたち。
「仕方ないね。こうなったら地面に書いてあった文字を頼りに普通に攻略しよう」
灯里の言うように、この迷路の床にはいくつか文字が書かれている場所があった。それを手がかりにしようと提案する灯里であったが、そこに待ったがかかる。
「そんなことする必要なんかないじゃん?サテライトマッピング!」
星奈は、いつの間にやら障害物を透過した衛星写真を見られるようになっていた。ゆえに、なんとゆいたちの今いる迷路の上からの図を知ることができてしまったのだ。もしこれが森で迷う前にできていたらとゆいには思えてならない。
星奈が書いてくれた地図を頼りに進んでいくと、ゆいたちはなんともあっけなく迷路の出口まで着いてしまった。
「またなにか書いてあるよ~!」
出口には、やはり二つの道の分岐があり、今回は両方とも地面が白い粉でできた砂場になっている大きな部屋だった。
「どれどれ……『最短経路の文字読め』だってさ」
「なら、あたしが調べればいいっしょ」
星奈によって、この部屋の謎はすぐに解かれそうだ。
「ペロッ……これは、砂糖だね~!」
星奈を待つ間、千晶が舐めてみた結果、二つの道にある白い粉は砂糖と塩であることが判明した。毒の可能性を考えると危険極まりない行動である。ゆいの目にもとまらぬ早業であったので、ゆいには止めることができなかったのだ。
「『おいてないもじよめ』?迷路に置いていない文字を読めばいいのか?」
ちょうど星奈のほうも終わったらしい。どうやら迷路になかった文字を読めばいいらしい。しかし、星奈がいたからよいものの、上から迷路を見られなかったら解きようがないではないか。
しばらくして迷路内の文字をすべてリストアップした星奈たちは、答えを導き出す。
「う、さ、と。砂糖じゃん!」
「なら、砂糖のほうにいけばいいんだね」
答えは砂糖ということで、砂糖の砂場へと進むゆいたち。
「あわわっ!」
部屋の中央についたあたりで、突然地面の砂糖が小刻みに揺れだした。ゆいたちは立っていられなくなり、地面に飲み込まれていく。頭が沈み切ってから1mほどさらに沈んだところで、ゆいたちは小さな部屋へと落下した。
「うえ~、砂糖がこびりついちゃったよ~」
「水でとれないかな」
「ウォーター!……全然取れないよ~」
服や体中に砂糖がこびりついてしまったゆいたち。しかも、物理的に落とそうとしても、魔法で流そうとしても、全然取れる気配がない。一体どうなっているんだ。
「お風呂に入ればきっと落ちるっしょ。それより今はここを脱出したいじゃん?」
星奈の提案で、とりあえず先に進むことにしたゆいたち。しかし、二度あることは三度ある。こんども二択の道と、その間の柱に何か刻まれていた。
「『ささのうたが正解』?どういう意味かな」
悩む灯里たち。灯里たちがまず目につくのは二つの通路の入り口の上にある見事な砂糖菓子である。それぞれライオンと牛を象ったそれらは、実に見事な造形と鮮やかな色遣いで、名パティシエの傑作中の傑作として歴史に残りそうなほどの代物であった。
そこにゆいが控えめに手を挙げた。
「この問題の答えは『獅子の下』で、ライオンがあるほうが正解です。そうなんですけど……」
続けようとするゆいに、道子が割り込んだ。
「どうしてライオンのほうが正解なの?説明しなさい、三神さん」
星奈たちも知りたがってしょうがない様子だったので、ゆいは仕方なく説明する。
「あれは砂糖菓子なんですから、『さ』と『う』が『し』になるんです。つまり『さ』と『う』の文字を『し』に置き換えればいいんですよ」
「ゆいちゃん、すごい~」
「じゃあ、ライオンの道にさっさと行こう。あたし、早く脱出したいし」
星奈たちは、ゆいの解説に納得すると、そのままライオンのほうの通路へと進んでいく。慌ててついていったゆい。しかし、ゆいの抱いている懸念は、星奈たちと共有されることはなかった。合流したところで、通路の壁から白いクリームが発射されたのだ。
「きゃっ!」
「何なの!?」
ゆいたちは、そのままクリームの圧力で通路から押し出されてしまった。
「これホイップクリームだよ~。あま~い」
千晶は呑気に顔についたクリームをなめているが、そんな場合ではない。
ゆいたちは全身にホイップクリームを浴びてしまい、目を開けることも難しい状態になっていた。手で払おうにも、全然クリームが離れてくれないのだ。今いる場所がどんなところか、甘いにおいがすることくらいしかわからない。
「いたっ!」
足が滑ってこけてしまうゆい。次の瞬間、ゆいたちは床に敷いてあった巨大な布のようなものでぐるぐる巻きにされてしまった。
「何が起きているのですか!?皆さん、大丈夫ですか!?」
ゆいたちは、まとめて大きなお菓子の生地に包まれて身動きが取れなくなった。見た目では人間の花束のようだが、ゆいたちにされた味付けを考えるに、人間クレープと呼ぶべきだろう。
「完成ニャ!うまくできたニャ」
「ミーにも食べさせるミャ!」
ゆいの耳に、あまりにも不自然な少女二人の声が聞こえてくる。ようやく目を開けて見えたものは、二人の猫耳少女であった。エプロンドレスに着飾り、猫の耳としっぽが生えているその姿はとてもかわいらしいのに、言っていることは全くかわいらしくない。
「ホーリーレイ!」
「ダイヤモンドランス!」
灯里と千晶がその少女たちに本気の一撃を食らわせる。しかし、その猫耳たちは回避することもない。
「おお!とっても活きがいいニャ!」
直撃を受けたというのに、攻撃されたとさえ思っていないような様子で、ゆいたちに向かってくる歩みを遅らせもしない。
「でもちょっとうるさいミャ」
ゆいたちの体にまとわりついていたホイップクリームが、ゆいたちを締め付けていく。ゆいの首が絞まる。息が苦しい。猫耳少女たちの愛らしい笑顔は、エサを見つけた化け猫の笑みとしか思えなかった。彼女たちはもうそこまで来ている。その長い爪のついた手でゆいたちの入った巨大なクレープをつかんだ。
その瞬間、ゆいたちを縛っていたものが、すべて消えてなくなった。クレープの生地も、締め付けるホイップクリームも、こびりついた砂糖の粒も、すべて砂になってゆいたちの体から滑り落ちていったのだ。
「何してるんすか?」
そしてゆいたちの後ろから声が聞こえた。振り返ると、オレンジの髪のボーイッシュな少女が歩いてきていた。少女はコック帽とエプロンを身にまとって、パティシエールであるように見えた。
「ケーキ屋さんの子!?ダメよ!そいつらは人間じゃないわ!かわいい顔して人間を食べようとする魔物よ!逃げて!」
道子が少女に向かって叫ぶ。そう、このパティシエール少女は帝都のスイーツ店で星奈たちが出会ったあの看板娘だったのだ。
その看板娘のほうへと猫娘たちが駆け寄っているのを見て、道子がそう思うのも仕方がないのかもしれない。この猫耳少女たちは灯里と千晶の全力の魔法でも傷一つつけられなかったのだから、ひ弱そうなパティシエール少女は簡単に食い殺されてしまうのではないかと。
しかし、ゆいは直感していた。あのオレンジ髪の少女は、この猫娘たちの飼い主であると。目が合うだけで震えが止まらない。
「ご主人様、申し訳ございませんニャ!悪気はなかったのニャ!」
「そうミャ!ちょっと遊んであげてただけミャ!ミーは悪くないミャ!」
パティシエール少女に芸術的な土下座を決める猫耳少女たち。
「言い訳はいいっすよ」
しかし少女は土下座をするペット達には見向きもしない。その視線の先にいるのは、ゆいただ一人。
「初めましてっす!あたしはシュクル。この城の主で、『砂漠の魔女』って呼ばれてるっす。これからよろしくっすよ!」
爽やかな笑顔で言われているのに、ゆいは猛烈な悪寒を覚えた。
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