4章 砂漠の魔女
第26話 穴に落ちたんだけど!
「わたしたち、助かったんですか?」
ゆいたち5人は、気が付いたら教会の礼拝室っぽい場所で倒れていた。何が起きたのかはさっぱりわからないが、どうやらあの七色の爆発から助かったらしい。
「そうみたいだね」
「きっと神様が助けてくれたのね。この世界にも神様はいるのだわ」
ゆいのほかのみんなも目を覚ましていたみたいだ。
そこで礼拝室の扉が開く。3人の男と2人の女の神官が入室してきたのだ。神官たちはゆいたちに気づくと、軽蔑した目つきでゆいたちに話しかけてきた。
「何者だ。ここは信者以外立ち入り禁止だぞ」
ゆいたちは、顔を見合わせてどう答えたものか悩んだ。事実を話しても、きっと信じてはもらえないだろう。そこに道子が軽率な言動をする。
「実は、私たち入信を希望していまして、どこに行けばいいのかわからなかったのです」
ゆいは、なんてことを言ってくれたんだと思った。勝手に宗教に入信させるとか、信教の自由の侵害ではないか。しかし、神官の答えは意外なものであった。
「そなたらに我が女神を信奉する資格はない。わかったら早く出ていきなさい」
なんと、入信拒否であった。
仕方がないのでゆいは、いろいろとオブラートに包みながらも正直に話すことにした。
「嘘ついてごめんなさい!実は、わたしたちこの辺りに詳しくなくて、それで教会に泊めてもらえればと思っちゃったんです!すみません!」
「されば、町の宿屋へと案内しよう……」
すると、突然神官たちの先頭に立っていた一番位が高そうな人が、狂ったように言い出した。
「いいえ!あなたたちはこの教会に滞在しなさい!これは神託です!女神さまのご慈悲に感謝を!」
「急にどうした!?なんかヤバいじゃん!」
星奈たちは驚いてあたふたするが、その狂人は続ける。
「この教会の設備は好きに使いなさい!……君たち、この者たちは女神さまの客人だ。その意味がわかるな?」
「承知しました。そなたら、私についてきなさい」
なんだかよくわからないうちに、ゆいたちは教会に泊めてもらえることになったのだった。
***
ゆいたちが案内された部屋は、どう考えても突然現れた不審者を泊める部屋ではなかった。白を基調とした、どことなく天国を思わせる装飾に満ちた部屋で、ベッドは大きいし布団はふかふか。お風呂も広いものが部屋に備え付けられていた。王侯貴族とか、そういう人たちのための部屋ではないだろうか。正直、ゆいたちには気が引けるレベルだ。
急に180度態度が変わった神官たちが教えてくれたことによると、ここはエンペラー帝国の端のほうにある町で、ここから北西に進むとエレーン砂漠があり、さらに進むとエレクション連邦共和国にたどり着くらしい。
「これからどうしますか?帝都に戻ろうにも、たぶん今は大惨事ですよね」
「とてもじゃないけど、入城できる気がしないね。星奈の件がなくても」
ゆいたちは、これからの方針を決めるべくまた会議を行っていた。
「やはり、王国に戻って勇くんたちを取り戻すべきです。ずっととらわれたままでは心配ですもの」
道子はやはり勇たちの救出を目指そうと言っているが、ゆいたちはやはり賛同しない。当然である。救出が成功するビジョンが全く見えないからである。
「それはムリっしょ。あたしはエレクション連邦共和国に行ってみたいじゃん」
「海産物がおいしいらしいよ~」
星奈たちは共和国のほうへ行く気らしい。ゆいもどちらかといえばあの貴族がウザかった王国より共和国に行ってみたいと思っている。もっとも、ゆいたちはまだ知らないが、もうあのウザい貴族たちは一人残らず殺されてしまったのだが。
「というわけで、多数決でエレクション連邦共和国に行くことに決定しました」
ゆいはさっさと結論を決めてしまう。道子は不満げな顔をするが、すぐに考えを切り替えたようだ。
「それなら、旅路の中でいい素材を見つけて、最高の装備を作ることにするわ。装備がそろえば、魔女にだってきっと勝てるもの!」
そう言って魔道具を作り始めてしまった。多分もう周りの声は聞こえないだろう。
「先生、今日も徹夜?体に悪いよ~」
「わたしたちは早く寝ましょう。ここにずっと泊めてもらうわけにもいかないですしね」
さっさと就寝する生徒たちの横で、道子先生は今日も魔道具の作成に没頭するのだった。
***
「皆さん、最高の装備ができました!早速着てみてちょうだい!」
やたらとハイテンションな道子の声で目を覚ましたゆいたちは、目の前に5着の衣装が並んでいるのを視認した。『森の魔女』テヴァにもらったワンピースやスカートなどにさらにリボンが足されて、とてもじゃないが砂漠の旅で着る服じゃない。
「こんなに魔力を含んだ素材で織られた布なんて、師匠のところでも見たことがなかったわ!素材そのものの魔法効果だけで、普通の付与の限界以上の性能だなんて!これはぜひ私が最高の魔法効果を付与しないと、と思ってできたのがこれよ!これは……」
興奮冷めやらぬ道子の説明によると、これらの服にはもともと自動で清潔さを保つ効果や、着た人の体の周りを快適な環境に保つ効果、異常なまでの耐久性に自己再生の機能まであったらしい。そこに道子の魔法付与によって、着用者の防御力を(自動で展開されるバリアにより)上げ、状態異常耐性をつけるようにしたらしい。ゾウが踏んでも雷が落ちてきても大丈夫なんだとか。
靴は砂の上でも、なんと水の上でもアスファルトと同じような感覚で歩ける効果が付与され、しかも足に疲労がほとんどたまらないそうだ。ほかにもいろいろと説明してくれたが、正直やりすぎだとゆいは思った。ゆいが着てもよく知られるようなモンスターを無傷で倒せるようになるほどなのだ。
「すごいね、先生。修行の甲斐があったってところかな?」
「かわいい服を着て旅ができるよ~!」
ただ、どう見ても魔物と戦える服装に見えなくていちゃもんつけられないかな、という疑問をゆいは胸にしまうのだった。
***
「快適だよ~!先生、大好き~」
千晶が道子に告白しちゃうくらい、道子の装備はすごかった。
普通ならば砂に足を取られ、高低差に疲労し、昼は灼熱、夜は極寒の環境に体力を消耗する砂漠の旅路が、エアコン完備の室内で舗装されたランニングトラックを歩いているような感覚なのだ。ゆいも森でさまよっていたころと比べて、倍の距離は歩けるようになっていた。
「サテライトマッピング!」
そのうえ、星奈がいつの間にか魔法名のみの詠唱省略世界魔法を使えるようになっており、しかもサテライトマッピングで観察可能なスケールが10倍以上に増えているのだ。つまり、数十km四方のリアルタイムの地図が簡単に手に入るわけである。万全を期して地図を買ったものの、ほとんど使っていないくらいだ。
本来ならば辺り一面砂と少しの岩くらいしかない砂漠を延々と進むため、慣れている人でも迷うことのある場所なのだが、ゆいたちは町から町まで直線で突っ切っていくことができた。
「もう国境の町についちゃったね。ラクダに乗るより早いんじゃないかな」
灯里の言う通り、ゆいたちは普通はラクダで進む道のりを徒歩で進んでいた。ゆいが律速なのでさすがにラクダより早いということはないのだが、それでも高速ラクダ便並の進行ペースだ。道具魔法による身体強化がとても強力なのである。
「どうします?早いけど、予定だとここで泊まるつもりだったんですけど」
「今日中に国境を越えちゃってもいいじゃん?」
「早く砂漠を抜けたいよ~」
予定よりも日が高かったので、町に立ち寄ることもしないで進むことにしたゆいたち。ゆいたちに補給の概念はないのだ。『インベントリ』、チートすぎである。
そもそも、このエレーン砂漠の町は物価がめちゃくちゃ高いのだ。水一杯100シルバーとかはざらである。水を含めて、ほとんどの物資は帝国のほうから持ってきているのだから当然だ。そのため、ゆいたちは砂漠に入る前に食料や水などの必需品は買い溜めておいたのだ。
そしてしばらく進み、そろそろ日が暮れそうになるところでゆいたちはテントの設営を始めた。このテントも道子が道具魔法で作ったものであり、周囲の環境影響を遮断し、魔物を防ぐ結界を作り、町よりも快適な睡眠がとれるようになる優れものだ。なんと簡単なキッチンやシャワーまでついていて、魔力を注げばゆいでも使えるようになっている。
「サンドウォール!」
千晶は、念のため魔物を防ぐための砂の壁を作ることになっていた。テントの結界があるので必要がない気もするのだが、ほかの人に見つかるのを防ぐ意味合いもあったので、必要だと道子が主張したのだ。
「えっ!」
しかし、今日は様子が違った。砂の壁が完成した瞬間、足元の砂が崩れ、ゆいたちは真っ逆さまに落ちていったのだ。
「ぎゃああああああ!」
砂漠のど真ん中に空いた大穴は、ゆいの悲鳴とともに一行を飲み込んでいった。
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