第25話 閑話 一方そのころ魔女たちは

 フォレスト教授は、ゆいが星奈救出に向かった後、自分の研究室に戻り、黒板に自らの考えを書きなぐっていた。


「新大陸仮説は正しかったとすれば?この神々は旧大陸のものだろう。その痕跡があった?それを筆者は研究していた?でもそれならなぜこれが漂着した?……この情報を伝えたかった何者かがいる。それは旧大陸の生き残りか?違う。それならそう書く。なら書かなかった?いや、書けなかったのか?」


 教授は天才だった。少なくとも、わずかな手がかりから真実にたどり着こうとするくらいには。そして、真実がどれほどおぞましいものであったとしても、知りたくなるのが研究者という生き物だ。


「無知を知るな。言い換えれば無知の中に答えがある。そうだ。だから何だ?何かを見落としている?箱の外か?前提が間違っている?常識、何がある……この分野だけじゃない。人類の常識。自由か??」


 思索にふけるフォレスト教授の研究室をノックする音が響く。

「どちらさまでしょうか」

 こんな遅い時間に誰だろうと思いながら扉を開けると、立っていたのは黒髪の少女であった。


「これ、落としましたよ」

 その少女、ルルの手にはあの『漂着文書』があった。教授は、自分は貸出手続きもなにもやっていないのにと思いつつも、少女を研究室に入れ、お茶を出した。


 教授は自分の思考を再開させる。その少女に語り掛けるような口調で。

「人間に自由はあると思いますか?」

「あなたには自由はあるのですか?」

 ルルは質問で返した。教授は少し考えて答える。

「私は現に、自由に自分の生き方を決めています。例えば、私の出したそのお茶も、私が選んだものです」

「それならば、多くの人間に自由があるのではないでしょうか」


 教授は考えに戻ろうとして、ふと気づいてしまった。?本を受け取るか、または受け取らずに彼女を帰すことは可能だったはずだ。部屋に入れたからと言って、客人として扱う必要は全くない。ましてや、哲学的対話を行うべき理由はなかったのだ。


 教授はルルに尋ねる。

「あなたは私を操っているのですか?」

「いいえ。フォレスト教授には私をもてなす方法を選ぶ自由がありましたよ。あなたがさっき発言したとおりに」


 教授は思う。その言い方では、まるで教授にはルルをもてなさない選択肢がなかったみたいではないか。客人として扱われるのが当然のようにお茶をすする少女のふるまいに、彼は得体のしれない恐怖を覚えた。


 そのとき、研究室の窓に七色の光が映った。そして数秒後に轟音が響いた。慌てて教授が窓の外を確認すると、帝都の街、マジックアカデミーの建物が虹色の爆発により次々と崩壊していくのが見えた。


「これが『星の魔女』の脅威か……」

「スーちゃん、また空回りしてしまいましたね。それでは台無しですよ」

 ルルが空に向かって呼びかけるようにつぶやく。その方向には、天井があるだけだ。


 この異様な言動の少女を観察するうちに、フォレスト教授の脳内で、これまでの推理が一気に一本の線となってつながった。あの『漂着文書』に欠けているピースは、この少女なのだと。

「あなたが、女神シャムスを殺した存在なのですか?」

「ええ。彼女は私を憎んでいましたから」

「その本を人間に届けたのもあなたですか?」

「そうですね。歴史の断絶によって失われてしまうのは、あまりにももったいないと思いましたから。今私がここに持ってきたのも、事故で失われるのを防ぐためです」


 そして質問を続けようとする教授に、ルルが続ける。

「あまり教えすぎても精神を病んでしまいますから、質問はあと一つだけにしましょう。私に関係しないことでも、なんでも構いませんよ」


 教授は、すでに気が狂いそうになっていた。それもそのはずだ。目の前の少女が何をしているのか全く理解できないのだ。認識できる範囲では、普通の少女から逸脱しているところは何もない。しかし、その口ぶりだけで、彼女が次元が異なるような存在であることは明らかであった。


 ゆえに教授はただこの質問を問うた。

「あなたは何者ですか?」

「私はルル。『ルールの魔女』と呼ばれています」




 ***




 あきれるほど派手な宮殿の、宝石に彩られた金ぴかのティーテーブルに、二人の魔女が座っていた。彼女たちが使っているカップや皿、ポットやケーキスタンドなんかはすべて淡く色づいたクリスタルでできていて、ティースプーンやフォークなんかは純銀製であった。そしてそれらすべての食器に複雑な紋様が入り、宝石や魔石がちりばめられていた。


「少しくらい、あなたも侘び寂びというものを覚えてほしいわ」

「嫌ですわ。どうしてわざわざ生活のグレードを下げる必要があるのかしら」


 ひとりは、まぶしいほどキラキラした派手な白いドレスを身をまとった金髪の少女、『宝石の魔女』ペリーヌであり、もうひとりは、対照的に暗い色のワンピースに黒いコートを羽織った女性、『森の魔女』テヴァである。


「それで、今日は何の用かしら。話題の一つくらいあるのよね?」

「今日はわたくしのペットを紹介しますわ。これが辰巳勇、とんちんかんな鳴き声で鳴くわたくしのドラゴンですわ。この子をしつけて遊ぶのが最近のわたくしの趣味ですの。テヴァさんも勇くんと呼ぶといいですわ」


 ペリーヌの言葉に合わせてメイドたちに連れてこられた勇の体には相変わらずダイヤモンドのような結晶の鱗が無数に生えており、そして新しくその首には銀の鈴がつけられた首輪がはめられていた。勇の内心はひどい屈辱感に燃えていたが、その表情は爽やかな笑顔だ。


「あいかわらず悪趣味なことを思いつくのね、ペリーヌ」

「当然ですわ。これがいつわたくしの偉大さを思い知るのかが楽しみでなりませんもの。テヴァさんもかわいがってほしいですわ」


(この魔女どもめ……)

 勇はペリーヌに食って掛かりたくて口を開こうとするが、口が動かない。勇は今、指一本さえ自らの意思で動かすことができないのだ。どれだけ腹立たしくても、ペリーヌの思うがままの行動をとることしかできないのである。


「かわいそうだし、お茶会に混ぜてあげてほしいわ。何か話したそうだもの」

「テヴァさんがそういうなら仕方ありませんわ!勇、鳴くことを許しますわ。テヴァさんに感謝なさい」


 勇の表情が作られた笑顔から嫌悪へと変わる。

「俺を犬みたいに扱いやがって!それで笑顔でいられるなんて、やっぱり魔女は邪悪だ!おいペリーヌ、そしてテヴァとかいうやつ!覚えてろよ、今に星奈たちがお前たちを倒すからな!」


 勇の宣言を聞いたペリーヌは腹を抱えて笑い出した。そしてテヴァは、少しため息をつくと、勇に言い聞かせるように語り掛けた。

「ペリーヌはああ見えて善良よ。勇くんの自由を奪っていたのも、私を不快にさせないためだもの。彼女はあなたのことを守っているのよ」

「ペリーヌのことをかばうだなんて、お前もペリーヌの同類だな!自分勝手で人の気持ちも理解できないところもそっくりだ!」

「なら、すこし体験させてあげようかしら」




 ***




 テヴァの言葉に勇の視界がふっと揺らぐと、次の瞬間には森の風景が見えた。視点の人物はどうやら3人組の冒険者の一人で、ほかの仲間たちとの会話が聞こえてくる。


「へっ、人型の魔物の大量発生って聞いたけど、大した事ねえな。どこが大量だ」

「あの魔物一体だけだぜ、信じられるかよ?しかも、子供みたいに小さくてかなり弱っちかったしな」

 そう言いながら仲間の冒険者たちは森を歩く。辺りには魔物は全くいない。冒険者たちは食べかすとか、折れた矢とかをポイ捨てしている。マナーが悪すぎる。


「俺たち、かなりツイてんな」

「ツイてると言えば、この森には魔女が住んでるって噂だぜ?なんでもすごく美人だとか。もし会えたら超ラッキーだったんだがな」

「けど、魔女はスゲーつえーモンスターを連れてるって噂ですぜ。そいつらをけしかけられたら俺たちひとたまりもないですぜ」

「ふん、強いモンスターを従えていても所詮は女だ。男に組み伏せられたらなすすべもないさ」

 冒険者たちは魔女を侮っている。どう見ても死亡フラグである。殺してくださいと言っているようなものだ。


(これは今魔物の森にいる人たちよ。魔女が怒れば、普通はこれから起きるようなことになるわ)

 勇の頭にテヴァの声が響く。


 それと同時に、冒険者たちの目の前に一人の幼女が現れる。幼女は妖精の羽をつけていて、年齢は3歳くらいに見える。見えるだけで実際はわからないのだが、冒険者たちは見たままを信じたらしい。

「うひょー!ロリ妖精だぜ!俺たちツイてる!」


 妖精は、その見た目とは裏腹に、平坦な声で言った。

「ここはまじょさまのもり。よごしてはいけない」

「へっ、そんな女のことなんて聞く義理はねーよ!」

 冒険者たちは、一斉に妖精にとびかかった。


「それならばきえてもらう」

「俺たちにガキが勝てるかよ!」

 いつの間にか冒険者の一人が消えている。そして冒険者のもう一人が妖精を組み伏せる。しかし、視点主の体は、麻痺したように動かない。

 まだ3歳ほどの幼女を組み伏せた冒険者。どう見ても犯罪者だが、次の瞬間、彼の腕があらぬ方向に折れ曲がった。

 圧倒的に不利な体格差で、しかも非常に不利な体勢から、幼女はただ物理的な力だけで脱出してのけたのだ。そのまま、妖精は冒険者の四肢を片手でどんどん折っていき、そして胴体を、力技でちぎっていく。冒険者は、絶叫を上げながら息絶えていった。妖精は亡骸を無詠唱の魔法で燃やすと、そのまま半透明になって消えていった。


「俺は魔女様のすばらしさを知りませんでしたぜ!魔女様万歳!」

 最後に残った視点主は、狂ったように両手を挙げて万歳をすると、そのままこれまで捨ててきたごみを拾いながら帰っていった。




 ***




「どう思ったか、聞かせてもらえるかしら」

 テヴァの声とともに、勇の視界がペリーヌの宮殿に戻ってきた。


 勇は、魔女の絶大な力を目の前にして、純粋に恐怖していた。一人はまるで元からいなかったかのごとく一瞬で消された。一人は人外の力でいともたやすく蹂躙された。そして最後の一人は、魔女にとって都合のいいようにあっけなく洗脳された。

 真に恐ろしいのは、これがただのお茶会の余興でしかないということなのだが、勇は気づかない。わざわざ勇にもわかるように、理解可能な範囲に収めたということも。

 勇は、残念なことに勇者気分がまだ抜けていないのだった。

「俺を脅すつもりだったのか?無駄だ。どれだけ強大な力を持っていたとしても、人類はお前らみたいな邪悪な魔女に屈したりはしない!」


 テヴァはすこし意外そうな顔をしていう。

「興味深い意見だわ。ただもし私が本当に勇くんを脅すことが目的なら、灯里か千晶を操って自殺するように仕向けるわね」


 勇は、ここにきてようやく理解した。魔女たちにとって、勇や星奈たちは脅威でもなんでもないのだと。ミジンコのように、相手にもされないのだと。そして勇は、魔女が自分たちをもてあそぼうとしているのだと思い、絶望した。実際はどっちかというと世話を焼いているほうが近い気がするのだが。


 ちょうどその時突然ペリーヌとテヴァが何かに気づいたように顔を上げた。

「ステラも困ったものね。アダートが真っ先にステラ対策を考えるのもわかるわ」

「アダートさん、先見の明がありすぎですわ!わたくしの出る幕がないですわ」

 魔女二人はなんだか理解している様子だが、当然勇にはさっぱりだ。


「どういうことだ?」

「勇くんには説明したほうがいいわね。実は、帝都で『星の魔女』ステラがすこしミスをして、帝都の半分くらいが吹き飛んだのよ」

「なっ!」

「幸いにも被害は少なかったのだけど、それにゆいちゃんたちが巻き込まれてしまったわ」

 帝都の半分で「被害は少ない」って普段はどんだけなんだよ、ステラ。しかし勇はそれどころじゃなかった。

「ゆいは、星奈たちは無事なのか!?」

「無事よ。いろいろと準備していたおかげでね。今は帝国の端のほうにある国の教会にいるわ」

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