第23話 閑話 帝都観光
「ゆいちゃんいないけど、どっか遊びに行く?」
「いくよ~」
「ゆいには悪いけど、いろいろと見て回っておきたいしね」
星奈の発案で、灯里、千晶、星奈の3人は帝都を観光することになった。
「待ちなさい!生徒だけでの行動は認められません!ここは私もついていくわ」
道子先生も乗り気らしい。建前を取り繕っているがただ遊びたいだけなのがバレバレだ。その証拠に、ゆいには引率なんていなかったではないか。
「そんじゃあ、まずはスイーツを物色する?」
「いいね」
「さんせ~」
日本の女子高生らしく、甘いものには目がない星奈たちは、ケーキ屋さんなどが立ち並ぶ区画へ駆け出して行ったのだった。
***
「行列、長すぎっしょ」
意気揚々とスイーツ街へとやってきた星奈たちであったが、どの店にもめっちゃ長い行列ができていた。仕方なく、星奈たちは一番短い行列に並んでいた。そうはいっても、もう1時間以上は並んでいるのだ。いくら結構進みが早いとはいえ、さすがにイライラしてくる。
「きっとこの世界では砂糖が高級品なのね。わざわざ貴族がメイドに並ばせるくらいだもの」
道子先生がドヤ顔で推理を披露するが、微妙に間違っている。
まずこのエンペラー帝国には貴族はいない。ゆいがこの時間に調べていることだが、帝国の重要職はすべて皇帝が任命する上、家柄より実力を重視するため、代々国の役職を務める貴族は存在しないのだ。ここに並んでいるのは、どちらかといえば豪商や資本家と呼ばれる人たちの使用人である。
そして、確かに砂糖の市場価格は高価なのだが、そうはいっても1kg10シルバー(すなわち、日本円で千数百円)ほどであり、しかも木の樹液などのもっと安い甘味も存在する。そのためケーキの価格は庶民に手が届かないほどではない。実際、よく見てみると服がぼろい人も並んでいるではないか。
「やっと入れるよ~。長かった~」
ようやく店に入れた星奈たち4人。早速ショーウィンドウを眺めて何を注文するかを考えている。視線を見るに、まさか大きなホールケーキを頼む気ではないだろうか。このままでは星奈たちが太りそうだ。
悩んでいるうちにすぐ星奈たちの注文する番になってしまった。
「いらっしゃいっす!お客さん、なんにするっすか?」
カウンターにいたのはオレンジの髪のボーイッシュな感じの少女であった。星奈より少し小さいところを見るに、年は15歳くらいだろうか。笑顔が似合う、この店の看板娘のようだ。
「この大きいフルーツの載ったケーキは食べたいじゃん?あとそのカステラもほしい」
「お店で食べていくっすか?」
「そっちのほうがいいんじゃない?どう?」
なんと星奈たちはホールケーキだけでなく、カステラまで食べる気のようだ。きっと後悔するぞ。
そして代金を支払った星奈に、受付の少女が声をかける。
「じゃあ、お客さんは座って待っててくださいっす!すぐ持ってくっすから!」
少女はそのまま厨房のほうへ声をかけたあと、すぐ次の客をさばき始めた。
「立派ねえ。まだ若いのにあんなに頑張って。将来はきっといいお嫁さんになりそうね」
現代的にその発言はまずいのではなかろうか、道子先生。
その隣で、千晶がぼやいている。
「ケーキまだ~?」
「僕はこういうの慣れてないのもあるけど、ちょっと楽しみだね」
そんなことを言っていたらカウンターの少女がケーキを持ってやってきた。なにやらお盆や皿を曲芸みたいに持っている。
「お待たせっす!このシュークリームはサービスっすよ!」
なんと、おいしそうな大きいシュークリームを人数分サービスしてくれるらしい。
「ありがとうじゃん!」
少女はテーブルにケーキを置くとすぐに客をさばきに戻り、星奈たちはよだれをたらさんばかりの表情でケーキを切り分けていた。
そして大きなフルーツケーキを切り分けた星奈たちは、この店のスイーツを堪能し始めた。
「なにこれ、柔らかっ!こんなケーキ初めて食べたし!」
「クリームの濃厚な甘みとフルーツの酸味がアウフヘーベンだよ~!」
「口の中で溶けていくみたいにふわふわのケーキ、初めて食べたかも」
あまりのおいしさに驚愕する星奈たち3人。千晶は聞きかじった言葉で絶賛している。ヘーゲルに謝れ。
「まあ、残ったのをゆいちゃんのお土産にすればいいじゃん?」
適当に返事をする星奈の隣で、道子がシュークリームにかぶりついている。クリームがほっぺにつくのもお構いなしだ。
「おいしいわ!たっぷりクリームが入ってて、ほんのりブルーベリーの味がするわね。シューのさくふわ感がクリームのくどさを打ち消していて、いくらでも食べられるわね」
そして灯里がカステラをひとつ食べた。
「おいしいカステラって、こんなにおいしいんだね。特にこのザラメの部分が絶妙だね」
普段はカステラをあんまりおいしいとは思っていなかった灯里が絶賛する。その食レポを聞いた星奈たちが次々にカステラをほおばる。4人ともとても幸せそうだ。
***
砂糖でコーティングされた幸せの時間が続き、ついに目の前のケーキがなくなってしまった。
「え~、もう終わり~?」
「糖分の採りすぎはよくないですよ、鈴木さん」
道子が千晶に説教をするが、説得力がまるでない。
そして、星奈が禁断の事実に気が付いてしまう。
「やばっ、ゆいちゃんの分残ってないじゃん」
「困ったね。ゆい、きっと怒るよ」
そう、ゆいにケーキを取っておくとはなんだったのか。こうなるから先に取り分ける必要があるのだ。
「黙ってればバレないよ~」
千晶が悪魔の提案をする。それに賛同する人が一人。
「三神さんは自分の用事のために来れなかったのです。だからケーキを食べられなくても仕方なかった。そういうことにしましょう」
お前は本当に教師なのか。道子が建前をでっちあげてゆいをのけ者にしようとする。
しかし、灯里と星奈は誠実であった。
「さすがにそれはだめだよ。ゆいにはちゃんと謝って、今度なにかおごろう」
「ちゃんと謝ればきっとゆいちゃんも許してくれるっしょ」
こうして、ゆいにケーキを勝手に食べに行ってお土産も残さなかったことを謝罪することにした星奈たち。しかし、この日に起きた出来事のせいで、謝る機会は失われてしまうことになるのだった。
***
「昼ごはんはどこで食べるつもりなのかな、星奈」
「さっきケーキをたくさん食べたし、昼は抜いてもいいっしょ」
「お腹パンパンだよ~!」
灯里の質問に、0点の回答をする星奈と千晶。そこに道子が説教をする。
「朝、昼、晩、3食しっかりと食べないと大きくなれませんよ!」
「せんせ~、子供じゃないんだから~」
しかし、千晶にはノーダメージのようだ。
「それなら、今からあそこいけばいいじゃん?ポップコーンとかあるし」
星奈が指さしたのは劇場であった。ポップコーンやホットドッグが売店に売られているので、それを昼食ということにするという魂胆だ。都合のいいことに、ちょうどもうすぐ劇が開演されるようだ。
「悪くないね。結構長めの演目みたいだけど、面白そうだしね」
「長いといっても限度があるよ~!」
ただ、千晶の言うように、休憩込みで合計5時間近くある大演目なのだ。これを見てしまえば今日の散策は終わりである。
「でもまあ、ほかに行くとこもないし?」
星奈のこの一言で、4人はこの演劇『業火の恋』を鑑賞することになったのだった。
***
「ああロム!どうしてあなたはロムなの!?」
主人公のロムが、恋人のジュリアと引き離されるシーンである。魔法による光がジュリアを照らし、光と影でロムとジュリアの間の断絶がはっきりと示されている。
星奈たちは結構見入ってしまってポップコーンを食べる手も進んでいないのだが、この演劇の前半のあらすじはこんな感じである。
とある王国の騎士であるロムは、王妃に仕える侍女であるジュリアに恋をした。ロムが王宮にいる間にしか会えない二人であったが、厳しい騎士の訓練の合間を縫って逢瀬を重ねていく。
そして二人が結ばれるかというその時、ロムとジュリアは国王の命令によって引き離されてしまう。なんとジュリアは元王女様で、政治的な理由から王族として政略結婚をすることになってしまったのだ。悲嘆にくれるロムのシーンで前半が終わり、休憩に入った。
「見事な劇だったね」
「てっきり映画に見劣りすると思ったら、意外とそうでもないじゃん」
「魔法の演出がすごかったよ~!」
そう、この劇、魔法による演出がいたるところで行われているのだ。光魔法による光源操作はもちろん、音の大きさに強弱をつけたり、舞台に雨を降らせたり、果てには空気の流れの調整まで魔法で行われている。星奈たちにとって、この劇は日本でのデジタル技術を駆使した4Dシネマに匹敵する、いやそれ以上の体験なのだった。
「いいですか皆さん、雨は暗雲、つまり先行きが暗いことを象徴しているんです。だから最後に雨が降っていたのはこれから先のロムとジュリアの苦難を象徴しているわけです。わかりましたか?」
道子先生は、小説の読解の感覚で星奈たちに説明するが、灯里は反論した。
「いや、単にロムの涙を大げさに表現しているだけじゃないかな、先生」
道子は、これに反論するのは分が悪いと思い、口をつぐんだ。教師のくせに、生徒のほうがよく理解していたのだ。
そうこうしているうちに休憩時間が終わり、劇の後半が始まった。ちなみに星奈たちのポップコーンは休憩時間中にすべてなくなった。劇の最中には全く減らなかったのに、何もないときにはすぐになくなるものである。
***
「人間とはどこまで愚かなものか。愚者は滅びるべきだ。死ぬがよい」
魔女のセリフとともに、舞台に、そして観客席に炎が上がる。魔法による盛大な演出に、星奈たちも思わず息をのむ。
後半のあらすじはこうだ。ジュリアとの再会を果たすため、騎士団の友人たちの協力を取り付けたロム。しかし、ロムが王宮に侵入し、ジュリアに出会うのと同時に炎が上がる。ロムは、騎士団の反乱分子に利用されたのだ。
燃え盛る炎から逃げ、崩れ落ちる王宮から脱出するロムとジュリア。そこにさらなる悪夢が訪れる。なんと
命からがら逃げたロムとジュリアだったが、王都はすでに火の海。二人は王国を脱出し、そこで二人で暮らす決意を決める。そこに立ちはだかるのは混乱した人々。強盗や誘拐が頻発する末期状態。それに加えて、旗頭としてジュリアを担ぎ上げようとする騎士団の残党も二人の行く手を阻む。しかし最後にはロムとジュリアは王国の外で、幸せに暮らしたのだった。こんな感じである。
「うう~、よかった~!ロムとジュリアが結ばれて~!」
「本当に、二人の愛を貫く姿は感動的だったわ!」
涙を流しながら感激している千晶と道子。一方で、星奈と灯里は冷静だ。
「話自体はありきたりじゃん?演出のヤバさこそがこの演劇の醍醐味っしょ」
「臨場感、すごかったよね」
なんだかんだいってとても満足した星奈たち4人。しかし、劇場から出た星奈たちの周りを取り囲む人影が現れる。
「高橋星奈だな。我が帝国のため、来てもらうぞ」
その人々は軍服を着ていて、たぶん帝国の兵士だろうと星奈たちには容易に想像できた。
「なんであたしがあんたらのために協力しなきゃなんないのさ?帝国の問題じゃん」
星奈が拒否しようとするが、兵士たちの中でも一番偉そうな人が答えた。
「王国が『宝石の魔女』に滅ぼされたという情報がつい先日入ったのだ。お前は高位の世界魔法を使用できるのだろう?帝国の、そして人類の存亡のためにも、お前の力が必要なのだ」
そしてその偉そうな兵士の後ろから、豪華な衣服を身にまとった、もっと偉そうな人がやってきた。その偉い人は片手ではとても持てないくらいの大きな銅鏡を抱えていた。
「高橋星奈、このエンペラー帝国皇帝カイザー34世が命じる。『宮廷まで来い』」
その偉い人、カイザー34世の言葉を聞いた星奈の目から、光が消える。そして星奈は虚ろな目で皇帝のほうへと歩いていく。
「高橋さんに一体何をしたのですか!?答えなさい!」
叫ぶ道子。それに答えたのは、皇帝の近衛兵っぽい人だった。
「この鏡は我がエンペラー帝国の皇帝に代々伝わる秘宝。この鏡に映された人間は、皇帝陛下のご命令に逆らうことができなくなるのです!」
「なっ、なんだって~!」
千晶のわざとらしい声を背景に、皇帝たちが星奈を連れて立ち去っていく。
「待ちなさい!」
「まずゆいと合流しよう。人質に取られたら厄介だしね」
怒りのままに飛び出そうとした道子を、灯里が止める。
「ゆいちゃん、心配だね~」
方針を決めた灯里たちは、ゆいのいるアカデミーへと駆け出していった。
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