第22話 この古い資料、謎なんだけど!
「……そういうわけで、魔女は驚くほど強大な力を持ってたんです。その眷属も同様でした」
今日はゆいが一人でフォレスト教授に会いに来ている。朝はめっちゃ早起きして、全速力でマジックアカデミーまで走ってきたのだ。どれだけ楽しみにしていたんだ。
「まさかそれほどとは……もしそうなら学会の主流派は魔女の能力をずいぶんと見くびっていることに……」
「そうだと思います。『宝石の魔女』の力は人間に理解できるようなものじゃありませんでした。わたしが見たのも、きっとその片鱗にすぎないと思います」
ゆいは『宝石の魔女』ペリーヌの話だけをフォレスト教授に伝えている。『森の魔女』テヴァの話はしない。つい最近、魔道具店の店長に「ネタバレはよくない」という意味のことを言われたばっかりなのだ。
「なら、やはり魔物は魔女が生み出していると考えるのが妥当か。それは魔物の森や魔鉱山の魔物の強さの分布とも整合性がある」
「わたしは、魔物というのは魔女の魔力かなにかを取り込んだ生物のことなんじゃないかって疑ってます。そうだとするといろいろとつじつまが合うんです」
ゆいは、エニケイ村の一件から魔物というのは力を生み出す”何か”を体内に取り込んだ生物のことだと推測していた。そして、教授とまったく同じように、魔女が魔物を操るならそれは魔女が魔物を生み出すからだと結論付けていた。そう、魔境を選んで魔女が住処を決めるわけではない。その逆で、魔女の住む場所が魔境になるのである。
「ボルカノ山の頂上にも、魔女がいるのか?」
「けど魔女の住居って結構人間っぽいんですよね……」
そんなこんなで議論を続けていくゆいとフォレスト教授。
気づいたら、お昼の鐘が鳴っていた。二人ははっと我に返り、外へ行く準備をする。
「昼からは図書館に行こう。私もゆいさんの調べたいことに興味がある」
「ぜひそうしましょう!お昼ご飯を食べたらすぐ行きましょう!」
そしてゆいと教授は黒板も消さずに、研究室を出ていったのだった。黒板は真っ白で、たくさんの殴り書きがあった。
***
アカデミーの学食で昼食をさっさと済ませたゆいと教授は、アカデミーの第一図書館へと向かった。
マジックアカデミーには、多くの日本の大学と同様に数多くの図書館がある。その中でも第一図書館はマジックアカデミー最古の図書館であり、アカデミー創立当初の文献が数多く収蔵されている。つまり、このエンペラー帝国が建国された大昔の記録が残されているのだ。本来ならば研究者以外は立ち入り禁止なのだが、今回ゆいは特別に入れてもらった。
ゆいがここに来た目的は、もちろんルルや店長の目的および正体を探るためである。あの二人が見た目通りの年齢であるとは考えられないゆいは、歴史の中になにかヒントがないかと思ったのだ。
まずゆいはこの世界の歴史を調べた。どうやら歴史書は基本的には国ごとに作られるらしく、ここにあるのは基本的には帝国の歴史を記したものであった。
このエンペラー帝国は1000年以上の歴史があり、代々一人の皇帝による独裁制がずっと続いているらしい。それだけ独裁が続いていると革命とかそういうことが起きていそうなのだが、どうも歴史上そういうことはなかったようである。小さな事件はあったものの、帝国は概ね平和な国家だったようだ。
しかし、残念なことに建国以前の情報はほとんど残っていないらしい。建国神話とか、そういうものがあればまだましだったのだが、残念ながらそういうものもないようだ。
ちなみに、キングダム王国のある地域では革命が頻繁に起こっていたらしく、何度も王朝が変わっていたらしい。また、エレクション連邦共和国では内紛が何度か起こったものの、国家としては帝国の建国当初から存続しているらしい。面白いのはレリジョン神国で、なんと200年ほどしか歴史がないのだそうだ。これらはすべて歴史概論とかいう名前の歴史学の分厚い本に書いてあった。
「うーん、これはあんまり関係なさそうだな……」
「魔女に関係ありそうな出来事はめったにないですよ。だからこそ、魔女学は文献研究を主に行うんですから」
気を取り直してゆいは次に魔道具について調べることにした。手に入った情報は、魔道具がどこで、いつ発明されたかといったものばかりで、作り方や正確な構造は全然書かれていなかった。魔道具の作り方は企業秘密なんだとか。
コンロや冷蔵庫、洗濯機などのゆいにもなじみ深い魔道具や、浄水を生成する魔道具、レンガを作るための魔道具、果てには雨が降ると水面に映像を映し出す魔道具なんかの発明、改良、大衆化。そういったものの歴史が詳述された本が多くあって、ゆいはつい目的も忘れて読みふけってしまう。
「電球の魔道具が作られたのってつい100年前とかなんだ……はっ!いけないいけない、こんなことしている場合じゃない!」
もう外は暗くなり始めていた。慌てて本を本棚に戻すゆい。
「こっちもはずれ。なかなか思うようにはいかないな」
そのまま歩いて図書館を出ようとしたゆいだが、一冊の本が目に入った。
「これは?」
ゆいが手に取ったのは、革の装丁の本であった。そのぼろぼろの革の表紙に、まるで新品のような状態を保っている羊皮紙の中身がひどく不釣り合いに見えたのだ。
「『漂着文書』と呼ばれている奇書ですよ。大昔に帝国に漂着してきたもので、中身は汚損を防ぐ魔法がかかった紙が使われているそうです。もっとも、内容はでたらめで、実際は拾ったとされる人が詐欺のために作ったとする説が主流なんですが」
フォレスト教授の説明によると、この本は手の込んだいたずらだと考えられているらしい。
ゆいはその本を開く。
「うわっ!」
ゆいが見たのは、黒く乱雑に塗りつぶされた紙であった。
ある場所はペンでぐりぐりにつぶされて、ある場所はインクが滴り落ちたような染みによって、またある場所は火であぶられてできた
ゆいがページをめくっていくが、どのページにも文字一つない。ただページが進むにつれて、黒塗りのされ方が丁寧になっていっているように思われた。ページからはみ出すような染みの数が減っていき、インクで丁寧に塗りつぶされるようになったのだ。
そして白紙でない最後のページに、短い文章とひとつの落書きが書かれていた。
「神は死んだ。だが、我々が神を殺したのではない。肥えた豚であれ。無知を知るな。太陽のない暗闇で恐怖に怯えながら暮らせ。シャムス、アダート、テヴァ。三柱の女神。古き良き女神の加護深き時代を我々は捨てた。我々は道具を捨て、自然は我々に牙を剥いた。人間を愛していたシャムスは間違っていた。人間は自由である」
そして欄外に、「私は狂ってしまった」と落書きが書いてあった。
ゆいは本を落とした。手が震えて、本が滑り落ちてしまったのだ。これは理解してはいけないものだとゆいの本能がサイレンを鳴らしている。しかしゆいの頭は勝手に回転している。好奇心がゆいを殺そうとしている。
「おい、どうした、しっかりしなさい!」
フォレスト教授がゆいの体を揺らす。しかしゆいはうわのそらであった。
「シャムスが死んで、テヴァさんが『森の魔女』になったんなら、アダートというのは……」
「テヴァが『森の魔女』?」
教授もゆいの口から漏れた言葉に引っかかって考え込んでしまう。
「テヴァさんが自然?ならば道具か。なくなったのが太陽だからシャムスが太陽だ。間違いない。だから大体あってるんだ」
ゆいが考えを紡いでいく。その結論やいかに。
そこにゆいの思考を強制的に止める者が現れた。
「ゆいちゃん、大変だよ~!星奈が、星奈ちゃんがさらわれちゃったよ~!」
何かと思ってゆいが顔を上げると、焦った顔の千晶、灯里、そして道子がいた。
「さらわれたんですか!?一体何が起きたんですか!?」
「帝国の兵士が突然現れて、星奈をさらっていったんだ。人前だったから、とてもじゃないけど手が出せなかった」
なんと、星奈が帝国に捕まってしまったらしい。
「一体どうして……」
「何を言っているのですか、三神さん。早く助けに行きますよ!」
「ちょっと待ってください!危険です!わたしたち帝国にいられなくなりますよ!」
気が
「そもそも、なんでわたしを呼びに来たんですか!わたしは足手まといですよ!」
自分が役立たずなことを指摘して、勝手に行ってこいと言うゆい。
「そんなの、ゆいが心配だからに決まってるよ。無事だって保証はどこにもなかったんだから」
しかし、灯里に完全論破される。ゆいは黙るしかない。
「とにかく、僕たちは星奈を助けに行く。だからできればゆいにはついてきてほしい」
「ゆいちゃんと先生が近くにいてくれたほうが助かるよ~。わたしも灯里ちゃんも強いんだから~」
こうお願いされては、ゆいに断ることはできない。
「仕方ないですね。行きましょう。そして星奈さんを助けてこの国を脱出しましょう!」
「そうだね。今度は連邦共和国のほうに行こうか。5人で」
そうしてゆいたちは、夜の帝都を進んでいく。建物の照明が、星のようにあふれていた。
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