第21話 博物館、楽しいんだけど!

「第一部 魔女の脅威にまつわる伝承、および記録」

ゆいたちは、この博物館の展示の概要部分が書かれた板を読んでいた。


「魔女は強大な魔物を従え、人々に災いをもたらす存在であるとされている。では、実際に魔女によって引き起こされたとされる災害とはどのようなものだったのだろうか。この展示では、魔女学の研究によって明らかになった過去の魔女の脅威を、一つ一つ見ていこう」


読み終わったゆいたちに、フォレスト教授が追加説明をする。

「魔女学の主流はこういった文献研究なのです。魔女に近寄ってはいけませんから、誰かが残した記録を通して魔女を理解しようとするわけですね。

ただ、私が興味があるのはどちらかというと記録に残らないような、日常的、穏やかな魔女の実態で、そういうのは調べるのが大変なので、どうしても傍流になっちゃうんですよね」

「穏やかとは?魔女は災厄をもたらす悪い存在なんでしょう?」

道子が尋ねると、教授は待ってましたと言わんばかりにこたえる。

「魔女が引き起こす災厄なんて、100年に一度起こるかどうかでしょう。ならば、魔女は何をしているのか?そういったことを知りたいわけです」


そういうことを話しながら、最初の展示のところに着いた。そこには「『火炎の魔女』の物語の原型を探る」と題された説明の板と、いくつかの本や石板が展示されていた。


「『火炎の魔女』の物語は有名である。しかし、その細部は地方によって、また時代によって大きく異なる。ここでは、時代ごと、地方ごとの物語の比較によって、その真相に迫ってみよう」


『火炎の魔女』について聞いたことがなかったゆいは、展示されていた書物に書かれていた物語を読んだ。


その物語はだいたい次のようなものであった:遠い昔、あるところに一つの王国があった。ある日、革命が勃発し、王城は焼き払われた。しかし、王城の焼け跡の灰から、赤い髪の魔女が現れた。そして魔女は王国の民をすべて燃やしてしまったのだった、という感じである。

この骨子に、王様の圧政だとか、王城の下働きの悲劇だとか、魔女のセリフだとか、逃げ惑う人々の叫びだとかが足されたりして、物語の形に整えられていた。ただ、それらの部分は書物によって大きく違っていて、その真実性は議論の的になっているようだ。


ゆいは書物を比較していて思ったことを口に出す。

「最近の写本になると、殺戮の場面がやけに陳腐になるんですね」

「陳腐、ですか?確かに学会では新しい時代のものほどその場面の描写が詳しくなることは議論されていますが、陳腐になったというのは新しい視点です」

「魔女が国民を全滅させるなら、ドラゴンを召喚して人々を襲わせるなんて手段をとるとは思えないんです。だから、この辺りはたぶん後世になって想像で補われたところなのかなって」


そう、魔女の理不尽なまでの力を知っているゆいにとって、この物語に描かれている魔女はあまりにも常識的過ぎたのだ。ドラゴンを一体だけ召喚して町を一つ一つブレスで燃やしていくなんて、人々を逃がすつもりでもなければそんな手段はとらないだろうとゆいには確信できたのだ。


「確かに、この話のドラゴンは弱そうだね。作り話と言われれば納得するよ」

灯里はゆいの意見に肯定的であったが、道子はそうではないらしい。

「硬い鱗に覆われて、灼熱のブレスによる攻撃を大空から放つドラゴンが弱いだなんて、先生にはとても思えません。伊藤さん、自分が強いからって見栄を張るのはよくないですよ」

「学会ではむしろこれは後世における誇張なのではないかという説も有力なんですが、ゆいさんはこれは過小評価だと?」

フォレスト教授もやや懐疑的らしい。まあ、物語の描写だけでも十分魔女の恐ろしさは伝わってくるのだ。これが弱いと評されるのは納得がいかないのだろう。


「実際のところはわからないですけど、もし国民が皆殺しにされたのなら、人々が見たものは燃え上がる町か、あるいはただの焼け野原だけだったのではないでしょうか」

「なるほど、興味深い意見です」




***




それからも、たびたび現れては七色の光とともに町を消滅させていく『星の魔女』の出現記録だとか、港町の人々が海にごみを捨てすぎた結果『海の魔女』を怒らせ、町が沈んでしまったという伝承だとかが展示されていて、ゆいは興味深く見ていたのだが、道子先生はひどく不満らしい。


「誇張だらけで参考になりませんね。なんですか『魔女は大嵐を巻き起こし、その港町は海に沈んだ』って!辰巳君たちの大魔法でも地形が変わったりしないのに、そんなでたらめ誰も信じないわ」

どうやら道子先生は魔女の攻略法を探すつもりでこの展示を見ていたようだ。ゆいと灯里には、道子先生が勇やクラスメイト達のような末路をたどりそうで心配でならなかった。


そのまま階段を降りていったゆいたち。そのフロアは、これまでとは違った雰囲気であった。書物や石板ではなく、魔石や植物標本が主に展示されていたのだ。


「第二部 魔女の住処

 魔女は人の寄り付かない魔境に住んでいるといわれている。例えば、『海の魔女』は大陸の外の海の底に住んでいるとされ、また『砂漠の魔女』はエンペラー帝国とエレクション連邦共和国との間の砂漠のどこかに住んでいるといわれている。

ここでは、残る二つ、『森の魔女』の住む魔物の森と『宝石の魔女』の住むといわれる魔鉱山についての研究を紹介しよう」


ゆいたちはまず、魔鉱山に関する展示を観覧する。


「よく知られるように、魔鉱山の周辺に生息する魔物は魔石と呼ばれる、魔力含有量が多く魔法効果のある鉱石を体内あるいは体表に保有している。また魔鉱山では魔石そのものが採掘できる。

魔石はこの地域特有のものであり、それゆえ『宝石の魔女』がこの地に居住するのは魔石を利用するためだと考えられている。実際、魔鉱山の奥に行くほど魔石の魔法効果は強力になることが分かっており、それらを独占することによって『宝石の魔女』は強大な魔法を行使できるのだと推測される」


展示コーナーにはいくつかの魔石が展示されており、ガラスのケースに入れられていた。多分結構お高いのだろう。そしてそのそばにはあのジュエル・ドラゴンのスケッチが置かれ、その下には説明文が書かれていた。


「これは『宝石の魔女』が使役しているドラゴンであるジュエル・ドラゴンである。このドラゴンは魔鉱山の最奥部に生息し、魔女の住まう場所に人間を侵入させない門番の役割を負っていると考えられている。

非常に硬い鉱石の鱗による防御により、なんと世界魔法でさえほとんどダメージを負わせることができない。また、このドラゴンの放つ光線のブレスは、触れたものを消滅させる威力があり、いまだに防ぐ手段は見つかっていない。

ジュエル・ドラゴンは、人類がその住処を知る唯一のドラゴンであることから、ドラゴンや魔女の能力の基準として文献研究に利用されることが多い」


これらの文章を読んだゆいと灯里は、非常に歯がゆい心情になっていた。というのも推測の部分がことごとく的外れであることが分かったからである。特に、強さの評価の部分が。しかし、ここで「ドラゴンより侍らせているメイドのほうが強い」なんて言っても信じてもらえるわけがない。そもそも魔女に眷属がいることさえ知られてないっぽいのだ。


そこに道子が無神経な発言をする。

「このジュエル・ドラゴンに三神さんたちは敗北したのよね?」

「違うよ、先生。僕たちは魔女に負けたんだ。ドラゴンには一応勝ったよ」

灯里が反射で訂正するが、それを聞いたフォレスト教授はあごが外れるくらい驚いている。

「ドラゴンを倒した!?一体どうやったんだ!それに君たちは『宝石の魔女』に会ったのか!?」

「星奈さんも灯里さんも千晶ちゃんも強いですし、そのときはほかの仲間もいたので、何とかドラゴンは倒せました。でも魔女に20人閉じ込められて、さらに一人魂を取られちゃったんです。そういうことがあったので、魔女について調べてるんですよ」

できれば言いたくなかったが、しょうがなくなったので説明するゆい。

「なるほど……それならぜひその時の話を聞かせてはもらえないだろうか!君の知りえたものを私に教えてはくれないか!」


フォレスト教授にそうお願いされて、少し悩むゆい。話をしてもゆいに直接の損はないだろうが、貴重な情報ではあるし、なにより魔女に恨まれでもしたら大変である。

そこでゆいは条件を付けることにした。

「このマジックアカデミーの文献を好きに読ませてもらえて、そして論文とかにわたしたちからの情報だってことを書かないならいいですよ」

「どうして匿名を希望するんだい?」

「ほかの教授とかに捕まりたくないんです」

「なるほど。では図書館利用の推薦状を書いておくから、ぜひ明日にでもじっくり話を聞かせてもらおうか」


そして、『森の魔女』の展示のところに行くところで、星奈たちがやってきた。どうやら寄贈の手続きが終わったようだ。

「結構ガッポガッポだったし、ゆいちゃん意外とやるじゃん」

「草一本100シルバーなんて信じられないよ~!」

どうやら結構なお金になったらしい。


博物館の入り口に戻ったゆいたちは、そこで教授と別れる。

「それでは、また明日」

「何?ゆいちゃんなんか約束した?」

星奈たちに説明していなかったゆいが、慌てて釈明する。

「わたしの個人的な用事なので、明日はわたし一人でここに来ます」

「え~、ならわたしたちは一日バカンスしちゃうよ~?」

千晶は不満げだが、ゆいの決断に変わりはない。

「それではまた明日」

ゆいは、教授に手を振って、浮足立ってアカデミーを去るのだった。

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