第20話 アカデミーにやってきたんだけど!

「とりあえず、帝都で生活するための家を借りましょう」

 ゆいの提案により、ひとまず居住区画の不動産屋にやってきたゆいたち。


「この物件でよろしいでしょうか?」

「はい、問題ありません」

「では、こちらに代表者の方のサインをお願いします」

 そして道子が契約書にサインをする。この契約書は規則魔法『契約』を発動するための特殊な書式によって書かれていて、家賃の不払いなんかがあった時には罰則が自動的に執行されるようになっているのだ。


「それにしても、いい物件があってよかったね」

 ゆいたちが借りることにしたのは、6人が住めるようになっているシェアハウスであった。家賃は大きさの割に安めで、部屋は広めの好条件だったので、ゆいたちはすぐに決めることができたのだった。



 ***




「それでは、辰巳くんたちを助ける方法を考える会議を始めます」

 早速借りた家のリビングで、道子先生がゆいたちを集めて会議を開いた。強制参加である。


「わたしは嫌だよ~。昔のことなんか忘れて、千晶ちゃんは今を生きるんだよ~」

「ぶっちゃけあたしらはこのまんま帝都で暮らせばいいかなって思ってるし?」

「同感だね。僕たちにはお金もあるし、勇たちを助けるにしても、そもそも『宝石の魔女』のところに行けるかもわからないしね」

 昔の無鉄砲さは何だったのかと言いたくなるように消極的な星奈たち3人。そこでゆいがひとつ提案をする。

「わたし、アカデミーに行ってみたいです。いろいろと調べたいこともありますし、もしかしたらなにか役に立つ情報が得られるかもしれません」

 もちろん、ゆいは情報を集めたからと言って魔女に勝てるとは1mmも思っていない。しかし、道子にとってはそうではなかったようだ。

「それはいい提案ね、三神さん。ではみなさん、ひとまず帝都で情報収集に励み、『宝石の魔女』の攻略法を探しましょう!」

「え~」

 妙にやる気な道子に振り回されることになって、うんざりした星奈たち3人であった。




 ***




 ゆいたちは、帝都の魔法学問の中心、マジックアカデミーに来ていた。

 マジックアカデミーはこの帝国の建国当初から存在する由緒正しき魔法教育・研究機関であり、その学生数は1万人を超えるといわれている。

「魔法の知識をすべての国民に」というのが理念であり、試験に合格さえすればだれでも安い授業料で入学でき、魔法に関連するあらゆる分野の専門的な知識を学ぶことができる。あらゆるというのは、魔法はどのようなものかを研究する魔法科学、魔法をどのように扱うかを研究する魔法工学だけではない。哲学、幾何学、博物学、歴史学といったゆいたちの世界にもある学問まで、このマジックアカデミーでは研究されている。


 今回、ゆいたちが訪れた研究室は、魔女学という一風変わった名前の学問を研究している研究室で、特に『森の魔女』を専門にしている教授らしい。店長がよこした地図に挟まっていた紙に書いてあった。


「それにしても、古くて趣のある建物ですね」

 アカデミーの広大な敷地の端のほうにあるレンガ造りの立派な建物が、魔女学の教室であった。何度か大規模な立て直しが行われたそうで、120年前に現在の姿になったのだとか。

 ゆいは結構こういう歴史的建造物を見るのも好きなのだが、星奈と千晶はそうでもないらしい。


「大学、つまんないよ~」

「こういうの、ただ古いだけでよくすごさがわかんないし」

「高橋さん。古いってことは、それだけ歴史があるってことですよ」

 道子先生がなんだか言っているが、トートロジーである。情報が増えていない。


 そして目的のフォレスト教授の研究室へと入った。

「君たちが例の子たちかな?どうぞ座りなさい」


 フォレスト教授は40代くらいの男性で、日本の世間でいう「教授」のイメージよりは若い感じであった。研究室にはたくさんの本が本棚に詰まっており、そして黒板には議論の跡と思われる殴り書きがいっぱい書かれていた。


「魔物の森でいくつか植物を採取したのですけれど、これってどれくらいの価値がありますか?」

 そういってゆいは星奈に目配せをすると、星奈が『インベントリ』から草花を取り出した。ゆいが王国からエニケイ村までの道のりで集めたやつである。さすがに、森の深部で手に入れたものは出せない。


 フォレスト教授は驚いて目を見開いた。そしてはっとしたように草花を手に取ってひとつひとつ確かめていった。

「これをどこで!?」

「すみません。正確な場所はわかんないです。国境から帝国側のあたりの森としか言えません」

「これも、これも、半分以上が新種だ……ぜひ博物館に寄贈してください。大発見ですよ、これは!いくら採取場所が不明だからと言って、これだけあれば論文がどれだけ書けるか……いや本当に!お礼はたっぷりしますから、ぜひ!君、名前は?」

 フォレスト教授が研究者特有の早口でまくしたててしゃべる。


「ゆいです。わたし、教授に研究のことを聞こうかなと思ってたんですが」

「もちろんです、ゆいさん!どんなことでも聞いてください!」

「わたしは独学で魔女について調べているんですけど、まず教授は魔女のどんなところを知りたいと思っているんですか?」

「それは……」

「ストップ!これ以上続けられるときりがなさそうだし、さっさと博物館に寄贈したいじゃん?」

 フォレスト教授とゆいの議論が白熱しそうになるのを、星奈が止める。

「はっ、それもそうでした。では今すぐ向かいましょう!」

 ゆいたちは、興奮したフォレスト教授についていって博物館に向かっていくのだった。




 ***




 博物館は石造りの建物で、ゆいは意外と小さな印象を覚えた。というのもほかの建物と違って1階分しか外からは見えなかったからである。

 しかし中に入ってみると、その理由が明らかになった。なんとこの博物館、主に地下の部分に展示物があるのだ。地上部分には通路やリフトがあるくらいで、博物館らしいものはなにもないのだ。


「地下に博物館があるなんて珍しいね」

「かなり昔からこういう形だったようですが、詳しい理由はわかっていません。これについても論文を書いたことがあります」

「へえ、面白いね」

 灯里の率直な感想に、フォレスト教授が説明しながら階段を下っていく。


「ここが標本保管室です。すみません、植物の寄贈をしたいそうなんですが」

「はい、寄贈ですね。ありがとうございます」

 出てきた係員の女性がいろいろ説明を始める。どうやら、標本作成やらなんやらで、結構時間がかかるようだ。


「というわけで、代表者の方以外は、よかったら博物館を観覧していかれますか?」

「それなら、あたしが残るか。別に興味もないし」

「わたしも星奈といっしょ~。つまんないし~」

 そんなこんなで、星奈と千晶が残り、ゆい、灯里、道子の3人が博物館を見て回ることになった。解説のフォレスト教授も一緒である。


「いいですか、三神さん、伊藤さん。博物館では騒いだり走ったりしてはいけませんよ。周りの人の迷惑になります」

「わかってますよ、先生。子供じゃないんですから」

「それに今は人がいないみたいだしね」

「人がいなければいいってものではありません!」

「先生、うるさいです」

 そんなトークを繰り広げながら、ゆいたちは展示室への階段を下って行った。



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