第18話 眷属になっちゃったんだけど!
「どういうこと!?」
「文字通りの意味よ。村人たちが魔物になって、今は町でお金にするための木の実やキノコをむさぼっているわね」
『森の魔女』テヴァに食って掛かる星奈に、淡々と答えるテヴァ。
「とにかく助けに行くよ、みんな!だからテヴァさん、あたしたちを村まで連れて行ってくんない?」
急いでエニケイ村を助けに行こうとする星奈。しかし、ちょっと口が悪すぎではないだろうか。
テヴァはお茶を飲みながらゆったりした様子で答える。
「あの魔物たちを倒せたとしても、村人の魔物化の根本原因をなんとかしなければ意味がないわ。今この瞬間だけは何とかなっても、数年後にまた同じことが起こるだけね。それともあなたにはなにか解決策があるのかしら」
なんというか正論でヒーローを否定する人みたいなことを言うテヴァ。口ごもる星奈に、テヴァは続ける。
「ひとつ言っておくと、解決策がないわけじゃないのよ。森に住んでも、魔物になったり狂ったりしない方法はあるわ」
「なんだって!?」
「私の眷属になればいいのよ。人間であることを捨てて、すべてを私にゆだねてしまえばいい。それだけのことよ」
とんでもない解決策である。しかし皆の視線がサクリに集まる。サクリがはっちゃけすぎたせいで
そしてテヴァはその穏やかな顔の口角を少し上げてファイスを見た。それはぞっとする笑顔であった。
「ファイス、あなたに選択肢を与えるわ。
ひとつ、このまま村人たちを見捨てて、サクリとも別れて、森の外でひとり暮らしていくという選択肢。そうするなら私はあなたに何もしないし、あなたの父親も死んでしまうでしょうね。
もうひとつ、私の眷属になって、そしてサクリや助けた村人と一緒に暮らすという選択肢。もし森で生きていくつもりなら、助けた村人は私の眷属にしてあげるわ。
どちらを選ぶのもあなた次第だけど、あなたはどちらを選ぶかしら?」
究極の選択肢を突き付けられて悩むファイス。そこに、星奈が口をはさむ。
「選択肢を出してそれ以外の手段を考えさせないのは悪役の定番じゃん?あたしたちは第三の選択肢、『村人たちを助けてファイスをあんたに渡さない』を選べばいいっしょ!」
「ほかの選択肢を考えるのは自由だけど、もしそうするなら私は一切手助けをしないわ。この家から出るのも、森の深部を通って村に行くのも、あなたたちにはできないでしょう?」
こういう変形トロッコ問題では第三の選択肢が正解なのに、それを許さないテヴァ。実に悪い魔女らしさがある。
「ゆいちゃんならどうする~?」
「千晶、この状況でいうことかな」
「そういう千晶さんならどうするんですか?わたしにはなんとなくテヴァさんの思惑が読めるんですけど」
実に呑気な千晶の質問に、質問で返すゆい。
「わたしなら……村人を見捨てるかな~。だって眷属なんかになりたくないし~」
そしてきわめて自分本位な回答をする千晶。しかし本当にファイスの立場になったら悩むと思われる。千晶はそういう人間だ。
そうこうしているうちにファイスの決心がついたようだ。
「決めた。わたしは魔女さんのものになって、サクリお姉ちゃんとパパと一緒に暮らすの!だから魔女さんはパパに手を出さないで!」
「そう、それならこれに名前を書いて、『私のすべてを「森の魔女」テヴァに捧げます』と宣言しなさい」
そう言ったテヴァの手には何やら書かれた紙があり、そしてファイスはいつの間にか羽ペンを持っていた。
その紙にはファイスがテヴァの眷属になる旨のことと、テヴァがファイスの父に手を出さないという旨のことが書かれていた。
ファイスは書類に名前を書き、そして宣言する。
「わたしのすべてを『森の魔女』テヴァに捧げます!」
最後まで言い終えたところで、ファイスの背中が光り、そこから妖精の羽が生えてきた。その羽がぱたぱたとしてファイスの体がすこし宙に浮き、そしてまた着地した。
思ったよりもしょぼいエフェクトである。
(やっぱり、こうなったか)
ゆいは、この結末を予想していた。なぜなら、ファイスはもともと生贄として犠牲になることで村人たちを救おうとしていたからだ。テヴァは悪い人ではないので、こうすることがファイスにとっては最善なのだとゆいは思った。
「これであなたは私の眷属。これからよろしくね」
「早くパパを助けて!」
そして、ファイスは父親の村長の安否が心配で仕方ないようだ。しかし、テヴァはあまり取り合ってくれない。
「そうね、私がエニケイ村まで連れて行ってあげるわ。あとは好きにしなさい」
そう言って手を振ると、周囲の景色が歪み、ゆいたちは次の瞬間にはエニケイ村の入り口に立っていたのだった。
***
村はひどい有様だった。家は破壊され、荒らされ、何人もの村人たちが血を流して倒れていた。周囲の森の木々が何本も根元から引き抜かれ、そして転がっていた。あたり一面に果物の食べかすが転がっていた。
村の中央には、3体の魔物がいた。もとは村人であった面影があるその魔物たちには、しかし4本の腕が生えていた。体中に血管が浮き出ていて、目は血走っていた。その身長は3mはあり、元の2倍は超えていた。そしてその魔物たちは、腕につかんだ狼の魔物の死体を引きちぎり、むさぼっていた。
「エリアリカバリー!」
灯里の周囲一帯を回復させる魔法でゆいたちの近くの村人たちが回復し、家が修復される。それに気づいた魔物たちが、ゆいたちをギョロリと見た。
「グオォォォォォ!」
魔物の一体が転がっている木を無造作につかみ、そしてゆいたちに投げつけてくる。その木は空気を切り裂いて飛来し、そして、空中で腐ってちりになった。
「えっ、なんで!?」
驚いているファイスに、ほかの二体の魔物が丸太を振り回しながら襲い掛かる。村の家々を木っ端微塵にするその威力で、ファイスの両側を殴りつけた。ゆいなら液体ミンチになっていたに違いないその攻撃が命中した瞬間、丸太のほうが折れた。
「いた……くない!?」
そしてファイスは、とりあえず魔物たちを倒してパパを助けに行こうと思った。次の瞬間、三体の魔物たちの周囲に無数の風の刃が出現し、魔物たちを粉々に切り刻んでいく。あとには、何一つ残らなかった。魔物の死体さえも。
***
「うわっ、えっ、ファイス、なのか?」
ファイスのパパであるこの村の村長、メイヤーは、突然現れたファイスに驚いて腰を抜かした。
メイヤーが驚くのも無理はない。なぜならメイヤーが閉じこもっていた自室の扉は、今も閉まっているのだから。
ファイスはそんなメイヤーの様子に逆に驚いていた。
実は、ファイスにとっては、ただ歩いてパパのところに行っただけなのだ。それが、ゆいたちの目にもとまらぬスピードで、ドアをすり抜けてきてしまったというのだから、魔女の力というのは恐ろしいものである。
ちなみに、ファイスはメイヤーには自分が『森の魔女』の眷属になってしまったことを秘密にしておきたかったので、今はファイスの妖精の羽はしまわれている。
「そうだよ、パパ!」
ファイスが満面の笑みでメイヤーを抱きしめた。力を入れすぎてパパが肉片になったりはしない。このあたりは結構親切設計である。
「無事だったのか!パパは本当にうれしいよ、ファイスが無事で」
そう言われてしまって、ファイスはすこし後ろめたい気持ちになった。魔女の眷属になったことを一般人は「無事」とは言わないだろう。
そこでファイスはさっさと本題に入ることにした。
「あのね、パパ。一緒に森を出て町で暮らそう?だめ?」
メイヤーは苦々しい顔を取り繕いながら答える。
「ファイス、悪いけどパパは森から出られないんだ。森の魔女様がパパを見張っているんだよ」
しかしファイスはきょとんとした表情で言った。
「魔女さまはわたしの好きにしていいって言ってくれたの。だからパパも来ていいの。サクリお姉ちゃんも一緒」
「サクリが?だってサクリは10年前に……」
その言葉を言い終わる前に、メイヤーは後ろからも抱きしめられた。
振り向いたメイヤーは、目の前に10年前に失った自らの娘がいることを認識した。その記憶と寸分たがわぬ姿に、メイヤーは娘たちの背後にいる魔女を幻視した。
その娘、サクリが口を開く。
「パパ、あいたかった!あのね、まじょさまがいっしょにくらしてもいいって!だからパパもいっしょにきて!」
「わかった、わかった。わかったから、少しだけいい子にしてくれるかな」
メイヤーは、娘たちの願いは『森の魔女』の意思であることを理解した。魔女が娘たちを人智を超えた存在に変えてしまったのだということも。そしてメイヤーの心の奥には、魔女に対する強い畏怖の感情があった。それゆえに、メイヤーに取りうる選択肢は一つしかなかった。
メイヤーはすぐに身の回りの品と、そして妻の遺品を袋に詰め、そして数行の短い手紙を残して家を去った。
村の出口で、メイヤーは初めて人に出会う。一昨日この村を訪れた異邦人の少女たち、すなわち、ゆいたちである。
「村長さん、よかったらわたしたちと一緒に行きませんか?」
ゆいの提案に、メイヤーは答える。
「もう村長ではありません。私は構いませんが、皆さんは村の者たちとお別れをしたほうが良いのでは?」
「村の人たちとはあまりお話することもなかったですから……」
「そうですか。それなら私が町まで案内しましょう」
「ありがとうございます!」
そしてゆいたちは、メイヤーとともに暗い森の中へと歩いていく。ゆいの目にはときどき、妖精の羽が映っていた。
***
「なになに……」
エニケイ村の村長の家で一人の男が手紙を見つけた。
『すみません。魔女様のご意思により、私はこの村を出ます。
次の村長はアーデンさんに任せます。
あの客人の少女たちは、町まで連れていってあげてください。 メイヤー』
「なんだこりゃ」
その男、アーデンはつぶやいた。
「メイヤーって誰だ?この村の村長は、ずっと前から俺じゃねえか」
アーデンには、この手紙に書いてあることが理解できない。この村に外から人が訪れたことは、この数十年はないはずだから。
そしてアーデンは、気味悪がってその手紙を燃やしてしまった。
家を出たアーデンに、村人がひとり近づいてくる。
「あっ、アーデンさん、焼き肉パーティー、始まっちゃいますよ!」
「おう!今行くぜ!」
そうしてアーデンが向かった先では、狼の肉が鉄板の上で焼かれていた。
***
「あの、おねえさんたち!これ、わすれもの!」
町に到着したゆいたちに、白い布で包まれた荷物をいくつか手渡してくるサクリ。一体どこに持っていたんだ。
「サンキュー、サクリちゃん!」
そして星奈が『インベントリ』に次々と放り込んでいく。なにやらゆいたちの知らないものまで入っている気がするが、気のせいだろうか。
「あのね、パパにはまじょさまのこと、ひみつにしてほしいの」
「わかった。メイヤーさんには話しません」
ゆいはそう答えたが、本当のところはメイヤーにはバレバレなんじゃないかと思っている。ただ、この妖精姉妹が秘密にしたい様子なので、それに乗っているだけだ。
「メイヤーさん、道案内ありがとうございました。あの村に受け入れてくれたこと、とても感謝しています。これからもお元気で」
「いやいや、こっちこそいろいろ助かりました。そちらこそお元気で」
別れの挨拶をして、ゆいたちとメイヤーたちが分かれていく。
「今日は宿に泊まりたいね」
「賛成じゃん!お風呂にも入りたいし!」
「野宿はもうこりごりだよ~!」
「それじゃあ、いい宿を探しましょう!」
ゆいたちは町を歩く。久しぶりに歩く石畳に、ゆいたちはひどく安心していた。
***
「サクリお姉ちゃん、わたし、今すっごく幸せなの!」
すっかり日が暮れた真夜中の町を、二人の少女が歩いていた。大人もほとんど眠っているような真っ暗闇を、その二人は音もなく歩いていた。
「また三人で一緒に暮らせるし、なにより魔女さまが喜んでるの!」
「わたしもしあわせ!ファイス、なにしてあそぶ?」
結果だけ見れば、ファイスは自分の望みをかなえたといえるだろう。それが本当に幸せかどうかは、見る人によるだろうが。
「なにしようか」
「じゃあおつきさまにみつかったらまけ!よーいはじめ!」
「えっちょっと待ってよ!サクリお姉ちゃん!」
そしてその少女たちの姿は消え、ただ笑い声だけが漏れ聞こえていた。
少し欠けた月が、いびつな形の雲に覆われていた。
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