第17話 村の真実、衝撃なんだけど!

 サクリに案内された部屋は、6人が座れる長机とそこそこ広い調理用の空間がある部屋であった。あいかわらず、水道はなく、かまどやオーブンはあるけれど火は魔法で供給するようだ。薪くらい用意してもいいと思うのだが、『森の魔女』も気が利かない。


「ここは料理の天才千晶ちゃんの出番かな~?」

 そう言って『インベントリ』の食材をぶんどった千晶はさっさと料理を始めてしまった。水や火は魔法で作れるから大丈夫らしい。

 自分で天才とか言っちゃうのが調子に乗っているのだが、この中では一番上手なのだからゆいたちは何も言えない。


「千晶ちゃん、立ち直ったんですね」

「なんか久しぶりだね。千晶が笑っているのは」

「なんか森で吹っ切れたっぽい?なんにせよよかったじゃん」

 ゆい、灯里、星奈の3人はアクセル全開の千晶をひさしぶりに見て感慨を覚えているが、ファイスちゃんだけはそんなゆいたちのことが気に入らないようだ。


「なんでそんなに落ち着いてるの!?魔女さんにわたしは狙われてるのに!」

「だからちがうって、ファイス、まじょさまはファイスのことをしんぱいしてるの」

「サクリお姉ちゃん……さっきは正気にもどったと思ったのに!」


 そしてとうとう、ファイスとサクリがあまりにも平行線で聞いてられなくなったゆいが、二人の間に割って入った。

「あの、ファイスちゃん。ファイスちゃんはこれからどうするつもり?」

「どうするって?」

「もう、あの村には住めないよね?」

 そうなのだ。「生贄」であるファイス―厳密にはまだ儀式は行われていないが―が、これからもエニケイ村に住み続けることは不可能なのだ。


 ゆいに問われたファイスは、瞳に涙をためて言う。

「お姉さんもそう言うの!?わたしは生きてちゃダメなの!?わたしはただ、パパとサクリお姉ちゃんと一緒に暮らしたいだけなのに!わたしがおかしいの!?」

「行く当てはある?森の外に出るの?それとも、森のどこか別の場所にいく?」

「どこでもいい!魔女におびえないで暮らせるなら、どこでも!」


「そう、それなら……」

 ゆいが口を開こうとした瞬間、千晶が完成した料理を持ってやってきた。

「おまたせ~。朝ごはんはベーコン・ベーコン・ベーコンのサンドイッチとベーコンスープだよ~」

「ベーコンばっかりじゃん!」

 レタスとトマトはどこいった。様々な種類のベーコンが使われた料理が、長机に並べられた。


「いただきます!」

 そして朝食を食べ始めるゆいたち

「おいしいわね。塩も使わずにベーコンだけでここまでできるなんて」

「やっぱ千晶の料理は最高じゃん?」

「ほんと、いつ食べてもおいしいね」


 そして千晶が突っ込みをいれる。

「なんで魔女がここにいるの~!?わたしの渾身作、勝手に食べないでよ~」

「ここは私の住処だからここで作られた料理を私が食べるのは当然よね?」

「それは屁理屈ですよ、テヴァさん。素直に食べたいって言ったらどうですか?」

「そうね。とてもおいしかったわ。千晶、あなた私の眷属になる気はないかしら?」


 唐突にぶっこまれた爆弾発言に場の空気が固まった。

「お断り~!だいたい、料理を作り続ける人生なんてつまんないよ~!」

 世の中の料理人全員にけんかを売るような発言をしながら千晶が断る。しかし、森の魔女は諦めが悪かったらしい。

「料理を作ってもらうのは1年に1回、いや10年に1回でも構わないわ」

「そんなこと言って~、眷属になったら毎日料理させるんでしょ~」

「そのための『契約』よ。どんな条件なら承諾してくれるかしら?」

 なんと、テヴァは規則魔法の『契約』を使って雇用条件を決めて雇おうと思っているらしい。勤務日が10年に1回とか、どんなホワイト企業だ。


 そこでゆいが疑問を抱いて口をはさむ。

「テヴァさんも『契約』を破れないんですか?」

「基本は無理ね。契約が現状にそぐわないといった事情があれば契約自体を破棄することは不可能ではないけれど、めったにできることではないわ。

 例えば、私は『エニケイ村に直接干渉しない』という『契約』を交わしているのだけど、村が放っておくと滅びそうな現状でも、私は手助けをすることができないわ」


 爆弾、2個目。エニケイ村、崩壊寸前らしい。

「村が滅びるの!?どうして!?わたしが生贄にならなかったから!?」

 当然、ファイスが驚いて声を出す。それに対してテヴァがさらに爆弾を投下する。

「逆よ。女の子を生贄に捧げるなんて儀式を喜んで行うような人が増えているのが問題なのよ。私はそんなことを要求したことはないわ」

「うそ、だって『森の魔女』はかわいらしい少女が大好物で、生贄を捧げることで森に住むことを許されてるって聞いたの!」

「あの村の儀式で眷属を増やしていたのは事実だけど、なくても困ることはないわ。それに、そもそもこの森に人間が住むこと自体が難しいのよ。あの村はぎりぎりのバランスで成り立っていたのだけれど、それが崩れそうになっているだけだわ」

 どうでもいいが、かわいい少女が好きなこと自体は否定しない。どうやらゆいたちの衣装はテヴァの趣味らしい。


 自分やサクリが生贄にされた根本的な理由が覆されて、ファイスは怒る。

「じゃあ、どうしてサクリお姉ちゃんを奪ったの!?どうしてわたしを手に入れようとするの!?」

「サクリは放っておいたら死ぬ状態だったから私の眷属にしたのよ。あなたの場合は、私の眷属になったほうが幸せだと思っているだけだわ。強制するつもりはないし、嫌なら森の外で静かに暮らせばいいわ」

「なら、サクリお姉ちゃんを返して!」

「それは無理ね。サクリのすべてはもう私の所有物だもの。サクリを私から解放したらなにも残らないわ。肉体も、精神も、記憶もね」


 テヴァの連続爆撃によってこの朝食の席を沈黙が支配していた。いろいろと衝撃的な情報が多すぎる。エニケイ村のことも、眷属のこともである。

 そこに一石を投じる勇者がいた。千晶である。

「それでもわたしは眷属なんかにならないよ~!どんなにお金を積まれても、どんなことを言われようとも、この千晶ちゃんは悪い魔女の誘惑なんかに負けないよ~!」

「たとえ永遠の若さが手に入るとしても、ほとんど働かずに暮らせるとしても、かしら?」

「くっ、悪魔のささやきめ~、そんなことでは屈しないよ~!」

 意外とノリがいい魔女と千晶のおかげで、空気が多少ましになったようだ。お調子者もたまには役に立つ。


 和らいだ空気の中で、ゆいが手を挙げた。

「あの、そもそもなんで森の中に村を作ると滅んじゃうんですか?」

「どう答えようかしら?あなたたちは前提知識があまりにも少ないから説明するのに苦労するわ。

 まず、魔物の肉を食べてはいけないというのは人間の常識なのだけど、それがなぜなのかわかるかしら?」


 テヴァの問いに、必死で答えを考える星奈、灯里、千晶。

「毒があるから、みたいな?」

「一度食べると魔物の肉しか食べられなくなるとかかな。たしかファイスちゃんの料理に出されていた気がするし」

「むずかし~よ~。わかんない~」


 そしてファイスが正解を言う。

「たしか、魔物の肉を食べると、魔物になっちゃうって聞いたの」

「そうね。ファイスの言う通り、魔物の肉を食べた人間は魔物になるわ。食べる量や頻度、食べる魔物の種類によるけどね」

 テヴァの説明に、ゆいが納得したようにつぶやく。

「なるほど。森のものを食べちゃいけないのも同じ理由で、それが祭りの日に豪華な食事としてふるまわれるようになったのが問題なんですね?」

「まあ、概ね正解ね。村の人たちは森の外における基準と比べて大丈夫だと思ったみたいだけど、森の中で暮らすうえではそれが致命的だったのよ。

 数百年という時間をかけて、村人たちの精神は少しずつむしばまれていったわ。少女を祭壇に置き去りにすることを何とも思わなくなるくらいにはね」


 ゆいは尋ねる。このままエニケイ村を見捨てるなんて、お人よしのゆいにはできないのだ。

「じゃあ、村人たちを正気に戻す方法はあるんですか?」

「森の外で生活すれば影響は徐々に薄れるわ。今の状況だと、だいたい10年くらいってところかしらね。もっとも、監視をつけたり拘束したりしないと、村人たちは勝手に森に戻ってしまうと思うわ」

 村人たち、思ったより精神をやられちゃっているらしい。まるで薬物中毒である。


「じゃあ、このままだとどのくらいで村人たちは魔物になっちゃうんですか?生贄祭りをやめれば、どれくらいの猶予が得られるんですか?」

 すぐに対処できる方法がないなら、せめて期限だけでもと思ったゆい。

 しかし、テヴァの返事はまたしてもゆいたちに爆弾を落とした。

「あと10年ほどで村の半分くらいがそうなるかしら。今もほら、村の男3人が腕を増やして魔物になったわ。よっぽどフォレストオークの肉がおいしそうだったのね」

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