第16話 魔女の家、常識はずれなんだけど!

 ゆいはこんな夢を見た。


 クラスの端っこで、ゆいは本を読んでいる。クラスメイト達がわいわいがやがややっている隣でひとり静かに過ごすのが、ゆいの日常だった。


「ゆいちゃん、おめめ悪くなるよ~」

 千晶が本とゆいの間に手を突っ込んでくる。ゆいは無言で千晶の手を払いのける。

 何度か攻防が続いた後、ゆいの払いのけた手が千晶の顔面を直撃した。

「あたっ!痛いよ~。ゆいちゃん、ひどい~」

 ゆいはそんな千晶を無視して本を読み続ける。本当に、なんの変哲もない日常のワンシーンだ。


 そこで唐突にクラスメイトが何人か話しかけてくる。

「ゆいちゃん、勉強おしえてよ。ここわかんないんだけど……」

「三神さん、今回こそ負けませんよ!」

 ゆいの前にはノートが広げられていて、そこにいろいろ書き込んでいく。

 何やら書いてクラスメイト達に渡すと、どうやら彼らは理解したようで去っていった。これもまた見飽きた光景だ。


「悪いな、ゆい。いつもつきあってもらって」

 また突然の場面転換で、勇が話しかけてきた。

「気にしないでください。暇ですし」

 文化祭の準備をする勇や星奈たちに交じって、ゆいもせっせと働いていた。これまたいつものことだ。勇が何かクラスのために仕事するときには、だいたいゆいも一緒についてきていた。


「それにわたし、ほとんど働いてないですし」

「一人多くいるだけでも違うんだ。十分助かってるさ」

 しかしながら、ゆいはたいていの場合ただのにぎやかし要員であった。仕事の能率が妙に低いのだ。昔からぽんこつなのである。


「俺だって、運んだ荷物はそんなにでもないぞ?」

「けど、勇くんはみんなを引っ張ってるじゃないですか。いなかったらこのクラスはうまく回りませんよ」

「もし俺がいなくても星奈がいる。ゆいがいる。だから大丈夫なんじゃないか?」

「じゃあ、もしクラスのみんながいなくなったら……」


 そこでゆいの目には涙がにじみ出してきた。気づいたら、ゆいの家であった。4畳半の自室のベッドに座っていた。

 本棚に詰まった本。ちょっと古い型のパソコン。勉強机に散らばる紙の束。見慣れているはずなのに、ひどく懐かしい。


 ゆいはいてもたってもいられなくなって部屋を飛び出して階段を降りていく。居間には、いつも通り父と母がいる。

「ゆい、どうしたんだ?」

「どうしたの、ゆい?なにかあった?」

 ゆいは両親の胸に飛び込んだ。




 ***




 ゆいは目を覚ました。なんだか布団が妙にふかふかで温かい。枕もちょうどいい硬さで、とても気持ちがいい。部屋はまだ暗く静かで、森林のようなさわやかな香りがこころを落ち着かせる。天国のようなあまりの心地よさに、ゆいは二度寝をした。


 ゆいはまた夢を見た。こんどのゆいは、ベッドの上で大きなたまごを抱えていた。そのたまごは、最初はゆいには見えないくらいほんの小さなひびが入っているだけだったが、次第にひびは増え、大きくなり、そしてついにはたまごは割れた。

 たまごのなかには、宇宙の白身と地球の黄身が入っていた。


 ***




 ゆいの意識が再び浮上する。体が温かい。室温はちょうどいいのに、体調もすっかり良くなっているのに、布団からでたくない。日本でさえ、こんな快適な睡眠体験はしたことがないのだ。いわんや異世界をや。

 一生この布団からでたくないと思ったゆいだったが、おなかがきゅるきゅる鳴ったので、苦渋の思いでこの天国から抜け出す決心を固めた。


「あさですよー!」

 突然、部屋の中に妖精が何人か現れる。その中のひとりはサクリであった。

「きのうはごめんなさい。にんげんはよわいって、まじょさまにおこられたの」

「あっ、いいですよ!気にしてませんから、全然!」

 やばそうな妖精たちが現れたことで、ゆいの目が一気に覚めた。ゆいは本当に天国に行きたいわけではないのだ。


 妖精たちが窓を開け、ぽかぽかの朝日が差し込んでくる。風はすこしひんやりしていて心地よく、鳥や虫たちの声が聞こえてくる。


 ゆいは大きく伸びをした。

「んーっと」

 大きく新鮮な空気を吸い込む。胸元の銀色のペンダントが揺れる。

 いまだに淡く光っているそれは、これまでと違って、描かれた六芒星の水晶の一つが緑色の光を放っていて、それがなんだか温かく感じた。

 ついでに言うと、ゆいは見慣れない薄緑のパジャマを着ていた。シンプルなデザインながらかわいらしい印象がある。それに妙に着心地がいい。たぶん寝かされるときにでも着替えさせられたのだろう。


 ゆいは、顔を洗うために洗面台の前に立った。

「なにこれ!」

 洗面台には大きな鏡が置いてあるだけであった。蛇口とか、流し台とか、水を入れておくかめとか、そういうものが見当たらなかったのだ。

 ゆいは途方に暮れた。

「おねえさんのかお、あらってあげる!」

 そこでいきなりサクリが言い出したかと思うと、ゆいの顔が水でおおわれた。

 水はひとりでに動き、ゆいの顔面をマッサージしてくれる。しかし、開いていたゆいの口の中にまで水が入ってきて、室内でゆいはおぼれかけた。


「げふっ、ごほっ」

 数秒で水は消え、たしかに顔はさっぱりしていた。それにはりつやたっぷりだ。しかし、魔法で水を用意しなければならない部屋とか、人が住めないではないか。

「顔を洗いたいとは思いましたけど、いきなりはやめてください!水がのどの奥に入って息苦しかったんですよ!」

「ごめんなさい。つぎからはきをつけるね」

 サクリはあんまり反省していないな、とゆいは思った。


 ひとまず顔を洗えた(ことにした)ゆいは、着替えを探すためにクローゼットを開けた。そしてその中身にゆいが思わずツッコむ。

「多いよ!」


 クローゼットの中には、30着くらいの衣服が入っていた。

 まるで花畑のように色とりどりのそれらの衣装は、半分くらいはシンプルなワンピースであり、もう半分はブラウスとスカートであった。あまり派手ではないけれども、フリルやレースなんかの装飾がついていて、それがかわいらしさを引き立てていた。

 どれもめっちゃ高級そうな落ち着いた光沢があり、素材だけでもとんでもない価値があることがゆいにはわかった。

 引き出しを開けると、数えきれないくらいの下着や靴下、リボンやベルトなんかが入っており、そして端のほうにもともと着ていた黒いコートがあった。

 ゆいが着ていたほかの服は、布に包まれてまとめられていた。包んでいる布のほうが高級そうだったので、ゆいは気まずくなった。


 ゆいは仕方なく学校の夏制服に似た白いブラウスと青いプリーツスカートを着て、リボンタイをつけ、茶色い革のローファー(もちろん靴も10足くらいあった)を履いて、その上に魔道具のコートを羽織った。なぜかサイズはぴったりでとても快適だ。

 そうしてゆいはこの部屋を出ていき、廊下を歩いて行ったのだった。




 ***




「おはよう。よく眠れたかしら?」

 廊下の扉をなんとなく開けてみたら、リビングらしき部屋に入ったゆい。そこでは『森の魔女』テヴァがソファに座ってくつろいでいた。

「おかげさまで。今はすっかり元気です」

「そう。部屋にあるものは好きに使って構わないからね。なんなら、気に入ったものがあれば持って帰ってもいいわ」

「それは……ありがとうございます。でもあんなものもらえませんよ」

 テヴァはあの部屋にあった服とか布団とかを譲ってもいいと言っているけれど、ゆいはとてもじゃないがあんなものを持って帰る気になれなかった。多分これは値段がつけられないくらいの代物なのだ。今着ている服だけでも城が建つレベルじゃないかとゆいは思っている。


「遠慮しなくていいのよ?特に服はあなたに合わせてあるから、どのみち処分することになるもの」

「それでもあんなにたくさんはいりませんよ!……あ、そうだ。朝食ってどうしたらいいですか?」

 魔女のあまりの非常識さに露骨に話題をそらすゆい。テヴァはすこしため息をついた後で答えた。

「星奈と千晶を起こして自分たちで作りなさい。私が作るとあなたが吐いてしまうわ」

「星奈たちはどこにいるんですか?」

「妖精たちに聞けばいいわ。あなたの部屋に5人くらいいたわよね?」

 それを聞いたゆいは、逃げ出すようにこの部屋から出ていった。



 ***




「星奈さんたちの部屋ってどこなんですか?」

 そう呟きながらゆいが自分の元いた部屋の扉を開けたら、なぜかベッドが二つあって、そこにそれぞれ星奈と千晶が寝ていた。どうやら、この廊下の扉は開くたびに別の場所に繋がるらしい。

 すこしだけ面食らったゆいだったが、とりあえず寝ている二人を起こすことにした。


「星奈さん、千晶さん、起きてください!」

 ゆいが二人の肩をつかんで揺らすが、星奈も千晶も爆睡していて起きる気配がない。

「どうしよう……」

 ゆいが悩んでいると、いつの間にかゆいの隣にサクリが現れていた。

「わたしがおこしてあげる!」

 サクリは爆睡している二人のおでこにキスをした。

「ちょっと!」

 あわてて制止しようとするゆいをよそに、二人のまぶたがゆっくりと開いた。


「ここはどこ、どうしてあたしはここに……」

「あと10分、いや1日だけ~……」

 うとうとしていた星奈と千晶であったが、すぐに目を閉じて二度寝を始めようとする。それを見たゆいが、布団を奪って二度寝を阻止する。

「起きてください!もう朝ですよ!」

 自分は二度寝をしていたくせになんと図々しい。布団がなくなって大声に起こされ、二人はしかたなくまぶたをこすった。


「ゆい、もうちょい寝かせてくれてもいいじゃん……」

「いいところだったのに~」

 不満たらたらの星奈たちの顔面に、水が突然現れた。サクリが魔法で顔を洗ったのである。本当に短絡的な妖精である。


「ぷはっ!……なんでサクリちゃんがここに!?」

「ゆいちゃん、サクリちゃんを篭絡したの~?こわい~」

 星奈たちは、妖精のサクリがゆいのそばにいることにやっと気が付いて驚いたようだ。サクリはそんな二人の視線を気にもとめない様子で、ゆいの手を握って言う。

「わあい、おきた、おきた!

 ねえ、ゆいおねえさん、ファイスたちもおこしてきていい?」

「じゃあ、お願いします。あんまり驚かせないように、ゆっくり起こしてくださいね。あと、ファイスちゃんとけんかしないように」

「わかった!」

 そう答えたサクリは、そのまますっと消えていく。

「星奈さんたちも、はやく着替えてください!お腹すいてるんですから」

 ゆいにせかされた星奈と千晶は、急いでパジャマを着替えた。




 ***




「ゆい、何がどうなってるかあたしらに説明して?なんでサクリちゃんがゆいに懐いてるわけ?」

「それはわたしも知りませんよ。どうせテヴァさんに仲良くねとか言われたんでしょう」

「クローゼットの中身がいっぱいだったよ~!」


 星奈と千晶も、ゆいと同じように学校の制服に似た服に着替えていた。もっとも、千晶は「これかわいい~」とか調子に乗ってふりふりのセーラー服を選んだので、ゆいたちの学校の制服とはだいぶ違ったのだが。


 そんな感じで星奈たちが着替え終わったところで、入り口の扉が開いた。どうやらサクリが灯里とファイスを連れてやってきたようだ。ドアを使うなんて、サクリにしては珍しい。


「ありがとう、サクリちゃん。灯里さん、ファイスちゃん、元気ですか?」

「よく寝たから元気だよ」

「お姉さん、まだ眠いの……」

 よく見ると、どうやら灯里とファイスも顔を洗われて起こされたようだ。それに勝手に着替えさせられたのか、灯里は白のワンピース、ファイスはサクリとおそろいの妖精っぽい服を身にまとっていた。


「それじゃあ、キッチンに案内してもらえませんか?」

 ゆいがそういうと、サクリが廊下の向こう側の扉を開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る