第14話 こっちは命がけなんだけど!

「塹壕作っててマジ助かったし」

「雪玉が銃弾みたいだよ~!」

 星奈たちが避難用の長くない塹壕を出ると、雪景色であった。


「そこか!やった、これはヒットしたっしょ」

 星奈は亜音速で飛んでくる雪玉をよけ、逆に雪玉を投げ返して攻撃していた。一人だけ塹壕を使った本格雪合戦を楽しんでいるようである。


「スノーウォール!」

 一方で千晶は水魔法『スノーウォール』によって雪の壁を作り、雪玉を防いでいた。周囲に雪がたくさんあったから簡単に発動できたけれど、普段はこんなに使える魔法ではない。


「灯里ちゃん~、手伝ってよ~……灯里ちゃん?」

 千晶が隣の灯里のほうを見る。その瞬間、灯里が不気味にわらう。

「っ!ファイスちゃん!?何で!?」

 その向こうでは星奈がファイスの腕によって拘束されていた。ファイスの腕は細いのに、まったく振りほどけないほどに力が強い。


 千晶が睨むと、灯里とファイスの姿がみるみるうちに変わり、2m以上ある大きな狼男になった。狼男たちは、千晶たちのほうを見て、舌なめずりをした。


 千晶は混乱していた。一体いつ灯里たちは入れ替わったのか。自分たちははぐれないように手をつないでいたはずだ。ありえない。何も信じられない。

「フラワーブリザード!」

 千晶は無心に狼男のほうへと花びらの吹雪を放った。しかし、それは星奈のほうに飛んでいき、星奈を花びらが切り刻んでいく。


だ……)

 千晶の心には、あの日のことがいまだに強く残っている。みんなを守りたかったのに、自分の手で水晶に閉じ込めてしまった。そのことがトラウマで、一番得意な石魔法を使えなくなっていたのだ。


 もともとは、千晶はクラスいちのお調子者だった。調子に乗って失敗することは何度もあった。掃除の時間に踊りだしてバケツをひっくり返したり、授業中に居眠りをして先生に怒られたり、いろいろである。しかし、それでも他人を傷つけたことはなかった。

 だから、『宝石の魔女』ペリーヌからみんなを守るどころか、逆にみんなを封印してしまったあの日、千晶は変わってしまった。

 自分のせいで、誰かをまた傷つけてしまうのが怖かった。たった4人になって、もう誰も失いたくはなかった。千晶のお調子者な部分はすっかり影を潜め、ただおびえるだけの少女になっていた。


 そして今、千晶は再び仲間を傷つけてしまった。自分の魔法で。千晶は完全に戦意を喪失していた。自分のすることがすべて裏目に出る気がした。何もしたくなかった。


「千晶!!じゃなきゃ死ぬよ!」

 星奈の叫ぶ声が響く。そのまま、星奈が詠唱を始める。

「世界よ!すべてを滅する地獄の業火をこの地に顕現させよ!」

 同時に、灯里に擬態していた狼男が千晶に襲い掛かる。


 千晶は、自分のミスを恥じて死ぬことができるほど責任感があるわけではなかった。トラウマに苛まれてなお、千晶は楽天家であった。この状況になっても、自分が死ぬ恐怖は、これっぽっちも感じてはいなかった。その根拠は、人類最強の防御の力。


「クリスタルバリアー!」

 半球状の厚いクリスタルの膜が、千晶の周りを覆う。その半透明のバリアは、敵を一切寄せ付けない。千晶から仲間を奪ったこの魔法を、ただ自分のために使う。

 千晶はどうしようもなく自分勝手だった。勝手に調子に乗って迷惑をかけ、勝手に問題を起こして、そして勝手になんとかするのだ。それが鈴木千晶という人間の本性だ。

 だから自らの危機に、千晶は吹っ切れることにした。失敗したからなんだというのか。味方を撃ったからなんだというのか。そんなことで悩んでいるなんて、バカじゃないかと。

さっきまでのナーバスな雰囲気はどうした、と言いたいくらい心変わりが速すぎる。しかし、その場のノリでいつも行動し、一貫性なんてまるでないのもまた千晶という人間だった。


 千晶の頭のねじが吹き飛んだのと同時に、星奈の世界魔法が発動する。

「ニュークリア・エクスプロージョン!」

 それは核爆発であった。材料がいらない点と術者が守られる点を除けば、魔法ですらない。しかし、都市一つを壊滅させて余りあるそのエネルギーは、それだけで暴力的であった。

 そのメガトン級(TNT換算)の熱と爆風は、それだけで周囲の魔物を吹き飛ばし、雪を溶かし、木々を焼失させるのに十分であった。もちろん、あの狼男2体も例外ではない。


 キノコ雲の下から少女が二人現れる。

「星奈~、やりすぎ~」

「千晶が攻撃しないから仕方ないじゃん?」

「でもわたしまで巻き込むなんて~。ひどい~」

「この千晶ちゃんの感じ、懐かしいじゃん。どうしたよ?」

「てへ、なんか吹っ切れた~」

 星奈と千晶の二人は、草が芽生えつつある焼け野原を歩いていった。

 空はだんだんと白くなっている。夜明けは近い。




 ***




「すみません。おぶってもらっちゃって」

「いいよ、別に。ゆいが倒れるほうがもっと心配だから」

 ぎりぎりのところで灯里に助けられたゆいは、現在、灯里の背中に背負われていた。人間というのはスーツケースいっぱいの荷物より重いのである。ゆいには灯里の負担が心配でならない。


 あれから灯里はゆいを背負いながら、飛び交う雪玉の弾幕をときにはよけ、ときには防ぎつつ、雪道を歩いていた。ゆいはひとまず動けるくらいには回復しているが、熱が出ているのであまり歩かせないほうが良いと思ったのだ。


「ライトシールド!」

 灯里が長方形の光の盾を作り出し、雪玉を防ぐ。

「ファイアボール!」

 そして火の玉で石の陰に隠れていた狼三匹を倒す。あまりにも無駄がない。この森での功績は8割くらい灯里のもののような気がする。


 こうして危なげなく魔物を狩りながら進んでいると、突然、遠くに閃光が走り、そしてキノコ雲が現れた。その数十秒後、どおんと轟音が聞こえる。

「あれ、星奈さんの魔法じゃないですか?」

「たぶんそうだね。行ってみよう」

 そして灯里はキノコ雲が見えるほうへと走っていった。お荷物のゆいを背負って。


 しばらく灯里が走っていると、ゆいにまたあの妖精の声が聞こえてきた。

「おにごっこ!みんながつかまったらわたしのかち!わたしがつかまったらみんなのかち!あははははは!」

 なんだかルールが変則的だ。


「今度は鬼ごっこですか……」

「ゆい?どうしたの?」

 どうやら灯里にはこの声が聞こえていないらしい。

「灯里さん、気を付けてください。何か来ると思います」

「何かって言われてもわからないけど」

 そして灯里が足を速めた時、木が倒れて、大きな影が見えた。


 その影は黒い鬼であった。大きさは3m以上あり、一本の角と単眼が特徴的であった。その鬼はゆいたちを見つけると、木々をなぎ倒しながらこちらへ走ってきた。


「ホーリーレイ!」

 灯里が鬼に攻撃を放つが、鬼は少しも止まる気配がない。

「効いてません!逃げましょう!」

「うん、それが得策だね」

 灯里は鬼が金棒を振り下ろすのを真横にかわし、核爆発のあったほうを目指して進みだした。空の白さが、次第に増していった。




 ***




 灯里はジグザグに進んで鬼をかわしつつ、道を進んでいく。鬼は直線移動は速いし、障害物はなぎ倒して進めるけれど、方向転換は苦手なようで、灯里がぎりぎりかわせるくらいの余裕はあった。

「あっ、あれ!ファイスちゃんじゃないですか!?」

 背中のゆいが木陰に隠れて倒れている人影を発見した。あの黄緑の髪はファイスちゃんのものだ。


「コンパニオンリカバリー!」

 とりあえず、灯里が全体回復魔法を放ち、ファイス(と、背中のゆい)を回復させた。星奈と千晶が近くにいれば回復できたが、残念ながらまだ距離があるようだ。

 そのままゆいがファイスに叫ぶ。

「ファイスちゃん、このままわたしたちについてきてください!」


 立ち上がったファイスは、そのまま走り出してゆいたちと合流した。

「お姉さんたちは本物なの?狼じゃない?」

「本物だよ。その様子じゃ、ファイスちゃんもあの狼にやられたんだね」

「そうなの。いきなりつめで飛ばされたの。とても痛かったけど、あの光のおかげでいまは大丈夫」

「走れる?」

「うん!」

 そのまま灯里はファイスの腕を引っ張り、その直後に鬼が通り過ぎる。

「なら、走ろう。あれにつかまらないように」


 ファイスを激励した灯里であったが、返ってきたのは予想外の返答だった。

「それなら、ウィンドソアリング!」

 ファイスは上昇気流を発生させて空に飛び上がってしまう。

「待って、ファイスちゃん!」

 ゆいが制止するが、時すでに遅し。ファイスは空高くに浮かび上がっていた。


 空に浮かんでしまえば鬼は手も足も出ない……なんてことはもちろんなかった。

 鬼は少し立ち止まると、空のファイス目指して大ジャンプを繰り出したのだ。

「ええええ、なんでなの!?」

「ファイアボール!」

 灯里はとっさに『ファイアボール』をファイスめがけて打ち出した。ファイスの体は、鬼にぶつかるほんの直前に吹き飛ばされ、間一髪で突撃をかわした。


 しかし、吹き飛んだファイスは、このままでは地面に激突してしまう。

「ああああ!ウィンド!」

 風を下方向に打ち出して勢いを殺そうとするファイスだったが、人間は重いのだ。焼け石に水である。


 このまま墜落するかと思われたファイスだったが、そこにさっそうと飛び出して抱き留める人影が現れた。

「間一髪じゃん!あたし、マジヒーロー!」

 星奈である。女性ならヒロインのほうが正しいとか言っちゃいけない。

「星奈さん、どうしてここに!?」

「ファイスの飛んでる姿が見えてさ、亜光速でとんできちゃった」

 星奈は、ファイスの姿を見るやいなや、あの勇の必殺技『チェレンコフ・スラスト』を移動のためだけに使い、亜光速で飛んできたのだ。こんなバカなことをするのは星奈くらいである。よく見たら、星奈の体はぼろぼろではないか。


「コンパニオンリカバリー!……無茶しすぎだよ、星奈」

 灯里の魔法で星奈とファイスを回復する。

「ありがとう、灯里」

「お姉さん、すごい!ありがとう!」

 なんだか全部解決した気分になっているが、実際は何一つ問題は解決していないのだ。単にファイスのミスを取り繕っただけである。


 そして案の定、ジャンプした黒い鬼がゆいたちに追いついて、金棒を横なぎに払ってきた。

「ひいっ!」

 灯里は金棒の上を跳んで、星奈とファイスは外に走ってかわす。灯里の背中のゆいが悲鳴をあげるのは無視だ。

 そのまま鬼の横側の向きに走って逃げようとするが、そこにもう一体の鬼が現れた。


「これはまずいね」

「2体ならまだなんとかなるっしょ?」

「なりませんよ!わたし、死んじゃうって!」

 2体目の鬼の出現にゆいたちが覚悟を決めるかというとき、また別の声が聞こえてきた。

「待ってよ~!星奈、早すぎるよ~」

 千晶がもう一体の鬼に追いかけられて現れたのだ。迷惑極まりない。


 3体の鬼に追い詰められて、ゆいには本日10回目くらいの走馬灯が流れていた。朝日が草葉の露を照らし、きらきら光っている。その光景は、ここがまるで極楽浄土のように見えるほどで、ゆいはそれに見入ってしまっていた。


 鬼たちが、金棒を振り下ろしてくる。ゆいたちに逃げ場はない。

 死を迎えるまでのわずかな、しかし永遠に感じられる時間の中で、ゆいはふと気づく。何もないところで朝日が反射して光っているのだ。ゆいはそこに手を伸ばし、そしてそこにいたものをつかんだ。

「やっと捕まえましたよ、邪悪な妖精さん」

「あはは!つかまっちゃった!おねえさんのかち!あははは!」

 その瞬間、ゆいたちの周りが白い光で包まれ、ゆいは目を閉じた。





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