第13話 森、恐ろしいんだけど!
「これもダメだね」
「時空が歪んでるっぽい?マジで魔女の仕業じゃん」
現在、星奈たち4人は千晶、灯里、星奈、ファイスの順で手をつないで森を歩いている。なぜこの順番なのかというと、比較的戦闘能力が低い二人に片手を空けさせるためである。
「いろいろ試したけど、ほとんどだめだったね」
「うまくいかない方法を見つけたって考えればいいじゃん」
「うまくいく方法なんて一つもなかったのに~」
星奈たちはいろいろな手段を試した。
『ウィンドヴェーン』は風向も方位もでたらめな方向を示した。
木々に片っ端から印をつけてみたら木々が動いたり、印が消えたり、そもそも印がつけられなかったりした。地面につけても同様である。
木々を燃やそうとしてもほとんど燃えなかったし、切り倒そうとしたら葉っぱを飛ばして攻撃してきた。
なんだか異常実体の実験報告書を書いている気分になってきたが、これらの調査の結果、伊藤灯里
しかしながら、この手法には一つ重大な欠点があるのだ。
「ホーリーレイ!……やっぱり強いね。簡単には倒れてくれない」
動き回る戦術とただ静止しているだけの戦術を比較すると、魔物に遭遇する確率が有意に上昇するのだ(有意水準5%)。そのうえ、灯里の強力な全体攻撃光魔法『ホーリーレイ』では倒しきれない敵の数も村の周囲での平均と比べて9.0倍(標準偏差1.5)に増加していた。
灯里たちは実際はこんなデータキャラみたいに数字で戦ったりはしていないのだが、それでも苦戦しているという実感はあった。
「フラワーブリザード!」
「ウィンドカッター!」
千晶が自然魔法『フラワーブリザード』、花びらの吹雪を巻き起こす魔法で灯里が倒しきれなかった魔物3体を追撃する。ファイスもまた、風の刃を放つ自然魔法『ウィンドカッター』で攻撃した。
「ファイスちゃん、なかなか強いじゃん」
「威力的には千晶と同等ってところかな」
ファイスの魔法の実力は、星奈たちと比べてもそれなりに高かった。さすがに灯里の光魔法ほどの威力はないが、それでもゆいと違って足手まといにならないくらいの戦力にはなっていた。
「お姉さんたち、すごいの!これならサクリお姉ちゃんを見つけて一緒に帰れそうなの!」
そして、それにもかかわらずサクリに執着しているファイス。ちょっと幼すぎる気がするのは、現状を直視できなくて退行しているからだろう、きっとそうだ。
そして、魔物たちを倒してこのまま立ち去ろうとしたそのとき、魔物の死体から突然黒い花が無数に生え、紫の茎が魔物たちの死体にまとわりついた。
そして、花から紫色の煙が立ち昇ったかとおもうと、その煙がまるく集まってわたほうしをいくつも形成した。
「ファイアボール!」
灯里がそのわたほうしひとつひとつに向かっていくつもの火の玉を放つ。火の玉はわたほうしたちにぶつかって爆発した。そして、爆炎の向こうに、綿毛が無数に飛んでいるのが見えた。
「あれマジヤバそうじゃん?これは逃げるが勝ちっしょ!」
「なにが起こったの!?わたしにも教えてほしいの!」
「あっちも見てよ~。死体が動いてるよ~!」
灯里たちが倒したはずの魔物の死体が、襲ってきたときみたいに元気になっていた。そのうえ、体中に生やした黒い花からは紫の煙が昇り続けており、わたほうしが次々と生み出されていた。
さらに、綿毛が着いた木々や地面からは紫色の茎や黒い花が次々に現れていた。完全に
「ホーリーレイ!」
星奈たちが走ってこの場を離れようとする。走りながら、灯里は復活したゾンビ魔物に高威力の光魔法を放つ。しかし、ゾンビ魔物たちは少しひるんだだけで、動きを止めない。暴れるように動いて、周囲のわたほうしから綿毛を飛ばしてくる。
「あれ当たったらゾンビになっちゃうよ~!」
「手を離すな!はぐれたらマジで死ぬよ!」
「ぜえぜえ、お姉さんたち早い!」
「ファイスちゃん!あたしたちはあんたを絶対に助ける。だからあきらめんな!」
紫の綿毛が縦横無尽に舞う中、星奈たちは必死に逃げる。
「ウィンド!」
「こっち!少しでも風上のほうがましっしょ!」
千晶とファイスの自然魔法で風を起こし、綿毛を近づけないようにしながら、星奈たちはこの禍々しい綿毛飛ばしから逃げていた。
***
「はあっ、はあっ、これでしばらくは大丈夫……だといいな」
星奈たちとはぐれたゆいは、ひとり大木の上に潜んでいた。
ひとりぼっちになってからというもの、ゆいは何度も死を覚悟した。
超音速で走るシカのような魔物の群れに轢かれそうになった。そのときは偶然衝撃波の弱い部分に跳ね飛ばされたおかげで、両腕の打撲で済んだ。
飛んできた巨大なトンボ一匹が近くで羽ばたいた。それだけで風の刃が無数に発生し、ゆいの全身に切り傷ができた。
一匹のリスがゆいの右肩に乗った。無意識にそのリスをなでると、左の中指がなくなっていた。そしてゆいの心を「このリスを舐めたい」という衝動が襲った。必死にその衝動にあらがいながら、近くにあった木の実を遠くに投げると、リスはゆいから離れていった。
小さな白いアリの群れに右足を食われていた時はかなりヤバかった。足が痛いなと思って下を見ると、靴がなくなっていたのだ。そして黒い靴下でおおわれた足に、白いアリがびっしりとこびりついていた。そのときはゆいの見えない遠くから長い舌が伸びてきて、足の肉ごとアリたちを食べていったので、右足が包帯巻きになるだけで済んだ。
生き延びるために、ゆいは自分が使える数少ない魔法である属性なしの魔法を全力で使っていた。身体強化を常に使って少しでも速く移動し、視力強化で少しでも情報を集め、そして回復力強化でけがをなるべく早く治す。
使えるものは何でも使った。傷口を縛るための布は、着ていた服を切り裂いて作った。木の枝を拾って、それを杖にして無理やり歩いた。ナイフの代わりに歯を使った。けれどそんなことで生き残れるほど、この森は甘くない。
「このペンダントとコートがなかったら百回くらい死んじゃってるよ、これ。あの魔道具店の店長さんには感謝しないと」
ゆいが最初に作ってもらったあのコートを着ていたおかげで、ダメージを最小限に抑えることができた。この森の生物は、ミジンコですらゆいより強いのだ。
そして、あの銀色のペンダントはいまも光っている。お守りが起動している証拠だ。
「星奈さんたち、無事かな。あの綿毛に当たってなきゃいいけど」
ゆいの近くにあの紫の綿毛が着弾して茎と花が生えてきたとき、ゆいはとっさに近くの木の上に登った。そしてたまたまその木の葉っぱがとても大きかったので、その葉っぱで綿毛を
ゆいがそのまま木の上で体を休めていると、ぽつりと水の滴る音がした。
空を見上げると、まんまるお月様を黒い雲が覆い隠していた。
「うわあ、ただでさえ暗いのに……」
ゆいの視界は、ペンダントの光が照らすわずかな範囲だけになった。文字通り一寸先は闇である。
その闇の中に、小さな青い光が見えた。なにかな、と思ってみていると、その光のいるあたりに大きな火が上がった。
そして、どこからかあの妖精の声が響いた。
「あめよけゲーム!あめにあたったらまけ!あははは!」
雨はいつのまにかざーざーと滝のように降り注いでいた。そして、青い光がいくつも現れ、森の木々が燃えていく。
「この木が燃えたらゲームオーバー。だから移動しなきゃダメ……絶望しかないよ。星奈さん、灯里さん、千晶ちゃん!どこですか!はやく見つけてください!」
ゆいは木の葉っぱで即興の傘を作り、木を降りて駆け出して行った。
***
「みんな、無事!?」
星奈たちは雨があがってようやく休憩の時間を取っていた。
「お姉さんたち、どうしてあんなにあわててたの?」
「あの雨、絶対にやばいやつだよ~!当たったら絶対死んじゃってたよ~!」
ファイスにはいまいち危険性が認識できなかったようだが、星奈はいち早くあの雨に当たった魔物が動きを止めるところを見ていたのだ。そこで『サテライトマッピング』を使って木々があまり燃えていない場所を探してそちらへ避難していたのだ。
「無事なら動くよ!探し物をするなら木が燃えた今がチャンスだし」
星奈が提案する。ゆいや出口を探すならここしかないと思ったのだ。
しかし、事態はそううまくは動かない。突然、夜闇に紛れてカラスが数匹、ものすごいスピードで飛んできたのだ。そして、そのまま星奈たちはそのカラスが引き起こした風に吹き飛ばされ、ぐるぐると大きく回転していく。
「いやだ~!誰か助けて~!」
「ウィンドトルネード!」
そして、ファイスが自然魔法『ウィンドトルネード』によって巻き起こされた小さな竜巻によって、星奈たちの巻き込まれた大きな竜巻を相殺した。星奈たちはなんとか受け身を取り、窮地を脱した。
「竜巻、いっぱいだよ~」
千晶がぼやくのも無理はない。見えるだけでも10以上の竜巻が、木々や魔物たちを巻き込んでいた。夜空に同化して見えないが、空にはあのカラスのようなやつが100匹以上いるのだろう。
そんな中で、ファイスが何かに気づいたように空を見上げた。
「あっ!サクリお姉ちゃん!待って!ウィンドソアリング!」
ファイスが強い上昇気流に乗って空に飛び上がろうとしたのを、星奈が引っ張り止める。
「バカ!こんなところで空に上がったらただのカモじゃん!千晶、砂魔法で地面に穴を掘って!」
「わかったよ~!また竜巻スピンはごめんだよ~」
「なんで止めるの!?サクリお姉ちゃんが、サクリお姉ちゃんがあそこにいたの!」
そうしてファイスが指さした先は、何もない空だった。
「そんなところにいるわけないじゃん!第一、もしそうなら竜巻に巻き込まれたってことじゃん!?どうやって助けるつもり!?」
「ううっ、でもほんとにいたの!」
星奈の説得は多少は効いたようだが、それでもファイスは姉を見たという一点は譲らない。
「サンドキャニオン!」
千晶が砂魔法で森に深さ2,3mの谷を作る。
「中に入るよ!竜巻には地下室が定番じゃん!?」
そして星奈たちはその即席の塹壕の中で竜巻が止むのを待っていた。
***
「なんで助かったんだろう、わたし……」
ゆいは現在、見つけた泉で体についた溶解液を洗い流していた。
あの後、結局雨に当たってしまったゆいは、その瞬間、ものすごいうつ状態になった。歩くのも、立っているのも面倒になって、そしてずっと雨を浴び続けて気絶した。そして目が覚めたら巨大なウツボカズラの壺の中で溶解液に漬かっていた。
普段のゆいであったら溶解液の甘いにおいの誘惑に耐えられず、それを飲んで内側から溶かされていただろうが、そのときのゆいは自殺するのも億劫なほどのうつ状態であった。そのため、溶解液を飲むほど元気でなく、またコートとペンダントのおかげで体外の溶解液はなんとか回復とダメージが釣り合っていたので、しばらくウツボカズラの中で過ごすことができたのだった。
そのあとは、そのウツボカズラが竜巻に巻き込まれて倒されたことでゆいは解放され、その直後に雨の魔法が切れたのか、うつ状態から回復して今に至る。
「へくしょん!……風邪ひいたかも……」
ゆいはすこし頭がくらくらしていた。
少なくとも1時間以上は雨でずぶぬれになっていたのだ。風邪をひかないほうがおかしいくらいなのである。
そして、すこしめまいがしたかと思うと、ゆいの視界は銀色の雪景色であった。月の光を反射して、雪が白く幻想的に光っていた。
さっき水を汲んだはずの湖は凍っており、木々は雪をまとって白く雪化粧をしていた。足元はすねのあたりまで雪が積もっており、ゆいは今にも凍え死にそうであった。
立ち尽くしていたゆいのすぐそばで、突然風切り音が聞こえたかと思うと、後ろの大木が倒れていた。そしてまたあの妖精の声が遠くから響く。
「ゆきがっせん!あたったらまけ!えい!あはは!」
そしてゆいの四方八方から飛び交う雪の弾幕が襲い掛かった。初撃をとっさに伏せて回避したゆいだったが、体の調子が悪くて立ち上がれない。
そして雪の弾丸がいくつもゆいの体を貫いた。雪が血で真っ赤に染まり、ゆいの命はここで終わ……らなかった。
「リジェネレーション!」
ゆいの体を光が包み、ゆいの傷が癒えていく。
「よく耐えたね、ゆい」
伊藤灯里がひとり、ゆいの前に立っていた。
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