第12話 また迷ったんだけど!

「ここは……」

ゆいはベッドの上で目を覚ました。視界には、着飾ったファイスが映っている。

「ファイスちゃん?なんでここにいるんですか?」

「わたし、気味が悪いの。いけにえになったことをみんな『うらやましい』とか、『よかったね』とかいうの。わたし、おかしくなっちゃいそうで。それで逃げてきたの」

「そう、ですか……」


ゆいは、村人たちのあの状態はあの食事にも原因があるのではないかと、ふと思った。なぜなら、ゆいはそれを食べて気絶したのだから。しかし、あのご飯はとてもおいしかったので、それを食べるなというのは酷だともゆいは考えた。特にファイスにとっては、あれは最後の晩餐なのだ。


「それじゃあ、わたしは戻りますね」

祭りの会場に戻ろうとするゆい。しかし、ファイスはゆいの袖をつかんだ。

「待って、いかないで。わたし、戻りたくない!」

立ち止まったゆいに、ファイスは続ける。

「わたし、まだ死にたくない!サクリお姉ちゃんもわたしもこんなことしたくなかったのに。どうしていけにえなんかが要るの!?わたしじゃなきゃだめなの!?なんで、なんで、なんで!?」

ファイスは大粒の涙をぽろぽろこぼして泣き出してしまった。


ゆいは悩んでいた。ファイスの言うことはもっともである。できることなら助けてあげたい。ゆいもまた、勇と同じようにお人よしなのだ。しかし、もし魔女がそれを望むならば、人間にできることはないと、ゆいは身をもって知っている。

せめて、この村についてもっと知っていればできることがあったのかもしれないが、今の段階では、何をしてもそれがプラスになるかすらわからない。

それゆえ、ゆいはもっとも誠実と思われる―しかし助けにならない―答えを返した。

「ごめんね。わたしはよその人だから、助けになれない」




***




結局、ゆいはファイスを連れて、祭りの会場に戻ってきた。

夕日が木々の陰に隠れ、満月が頭を出している。


「大丈夫ですか、その、体のほうは」

「ありがとうございます。もう気分は悪くありません」

村長に尋ねられたゆいは、笑顔でもって答える。


「こうやって山の幸で酒を造っておけば、10年後にまた美味い酒が楽しめるってもんよ!」

「アーデンさん、10年後に死んでなきゃいいですけど」

「違いねえ!」

「それにしても、フォレストオークの肉、もったいないですね」

「けどよ、あれはファイスちゃん用じゃねえか。俺は食わねえぞ」

周りでは、テーブルやいすが片付けられており、いよいよ儀式を始める準備が進められているようだ。


しかし、そこで事件は起こった。

「あれ、ファイスちゃんどこ?」

そう、ファイスが失踪したのである。




***




「ファイスちゃん、どこ~」

現在、ゆいたちは森の中で行方不明のファイスを探している。

「本当にこっちにいるのかな」

「儀式から逃げるんなら、町のほうじゃないかなって思ったんですけど……」

「村人全員で探してるんだし、すぐ見つかんじゃない?」


星奈の言う通り、エニケイ村の村人総出で探しているのだが、手がかり一つ見つからない。

「女の子の足で、この短い時間だからね。そう遠くには行っていないと思うけど」

「こういうときは発想を変えましょう!森の深いところを調べましょう」

ゆいが提案する。このまま調べていてもらちが明かないと考えて、いっそ逆側を調べてみようと思ったのだ。


すでに太陽は見えなかった。空は紺色の闇が夕日の橙を飲み込み、長い長い夜が始まっていた。

祭壇のある広場は、真っ黒い闇に沈んでいて、中央の木と4本の柱だけが黒く浮かび上がっていた。


「ライト!」

灯里の光魔法『ライト』が大きなランタンのように森を照らす。

ゆいたちは切り株を越え、つたを潜り抜けて先へと進む。


「あっ、あそこ!」

ゆいの指さした先には、淡い黄緑の髪が見えた。

星奈たちが急いで駆け寄ると、そこにいた少女ファイスは驚いた顔で叫んだ。

「サクリお姉ちゃん!……違うの!?」

「ファイスちゃん!よかった~無事で」

「お姉さんたちが迎えに来てくれたの?」

「えっ?」

星奈、灯里、千晶の3人が後ろを振り返ると、そこには




***




「みんな、まってってば!」

星奈たちに先行されたゆいは、頑張って走って追いつこうとする。しかしいくら日本基準ではそこそこのスピードまで身体強化できるとはいえ、超スピードで移動できるほかの3人とは比べ物にならない。

「おっと」

こつっとなにかに躓きかける。

「気を付けないと」

ゆいはそのまま走って『ライト』の光を追い、黄緑の髪の少女のところまでたどり着く。

その少女はゆいに振り向いて言った。

「おねえさん、あそぼ!」


その少女は、緑のワンピースにひらひらした薄い布をつけているという点ではファイスと同じだが、歳は10歳くらいに見えた。なにより決定的に違うのが、その少女には背中に半透明の妖精の羽が生えているということであった。


「えっ、違う!?」

「あはは!あそぼ、あそぼ!あはははは!」

妖精は光の粒と笑い声だけを残して消えてしまった。そして、『ライト』の光が消えて、真っ暗になった。人影はどこにもない。

「星奈さん?灯里さん?千晶ちゃん!?どこいったの!いやだ、怖い!怖い!誰か、助けて!」

ゆいはペンダントを握りしめて、その場にうずくまった。




***




「あれ、あたしたちも迷っちゃったっぽい?」

「星奈、どうする?」

「また迷子なんて嫌だよ~」

「あの、お姉さんたち、どうしたの?」


星奈たちはひとまず来た道を戻ろうとしたのだが、結果はこのざまである。ミイラ取りがミイラになった。二重遭難ってやつである。いや、ゆいとはぐれているので、それ以上かもしれない。


「まあ、大丈夫じゃない?世界よ!我が座す地を映し出せ!サテライトマッピング!」

星奈が『サテライトマッピング』を発動するが、映ったのは一面の森だけであった。

「あれ?これマジでヤバいっぽい?」

そう、星奈たちは村から1kmも離れていないはずだが、のである。本来なら、確実に村や祭壇のある広場が見えるはずである。


「怖いよ~。帰りたいよ~」

千晶が泣き出した。ゆいの状況よりはましに見えるが、まあヤバそうなのは事実である。

「サクリお姉ちゃんは!?サクリお姉ちゃんは無事なの!?」

ファイスは錯乱している。この状況ならまず自分の身の安全を確保すべきだろう。さもなくば星奈たちの二番煎じである。


「星奈、『テレポーテーション』はどう?」

「まあ、やるだけやってみよっか。世界よ!……」

「千晶さん、ファイスさん、集まって手を握ってください」

「なんで~?」

「また誰かはぐれたら大変だよね?」

「またひとりはいや!」

灯里の発案で千晶、灯里、ファイス、星奈は手をつないだ。そして星奈の世界魔法の詠唱が終わる。

「テレポーテーション!……ダメかー」

しかし、星奈の転移の魔法は発動しなかった。


「まあ、『サテライトマッピング』がダメだった時点で予想はできたね」

「じゃあとりあえずゆいちゃん探しながら出口探せばよさそうじゃん?」

「なんで二人ともそんなに落ち着いてるの~?このままじゃ死んじゃうよ~」

星奈たちはそんな軽口をたたきながら、この森からの脱出を目指す。

月はまだ上り始めたばかりだ。



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