第11話 生贄って、怖いんだけど!

「ファイスちゃんが、今回の生贄ってことですか?」

 ゆいの問いに、ファイスがこくりとうなずく。

「今夜、わたしは祭壇の上に繋がれるの。そうして、明日にはわたしはいなくなるの」

 ゆいたちは絶句した。祭壇にひとり少女を置き去りにして、さらに次の日には「いなくなる」というのは、明らかにヤバいカルト系の儀式ではないか。どう考えても倫理に反する。

 一方で、ゆいたちの心には、まだ『宝石の魔女』ペリーヌに蹂躙されたときのことが深く刻まれている。それゆえ、もしこの儀式が本当に魔女に関係しているなら、安易に関わることは危険であることも理解できた。

 このため、ゆいたちは再び黙って部屋に向かうしかなかったのだった。




 ***




「これからどうしますか?」

「どう考えてもヤバいっしょ。このまま立ち去ったほうがいいんじゃない?」

「けど立ち去るって言っても、僕たちはまだ近くの町の場所を知らないよね。村の人に聞くの?」

「また野宿はいやだよ~」

 ゆいたちはこれからの方針を決めるために会議をしていた。


「そうなると、祭りには参加して、明日にはこの村を去るって感じですか?」

「仕方ないよね。後味はすさまじく悪いだろうけど……」

「ゆいちゃんが参加するなんて言ったのが悪いんだよ~」

 どうやら結論として、祭りには参加することにしたようだ。


「そうと決まったら、楽しむべきじゃん?祭りなんだし」

 星奈はこんな祭りでも楽しんでやるつもりでいるようだ。心が強いようで結構である。




 ***




「へえー、ここが例の祭壇?思ったよりこじんまりしてるじゃん」

 村長に呼ばれて、祭りの会場である祭壇の広場にやってきたゆいたち。


 この場所は、村から見てすこし森の中に入っていったところにある広場であった。広場といってもそれほど広いわけではなく、単に森の中で空が見える場所、といったところであった。

 広場の中央には大きな木が一本立っていた。その木はなぜか葉っぱをつけておらず、かわりに何本かの太いつるが幹に巻き付いていた。それらの蔓の先は木の前にある祭壇に垂れ下がっていた。

 祭壇は、端的に表現するならばただの岩であった。しかしながら、その岩には魔法陣のような幾何学模様が描かれており、そしてその岩の周りには4本の丸太の杭がたてられていた。その杭を渡すように蔓がかけられており、確かに祭壇っぽくは見えた。


「皆さんはこちらに。もうそろそろ始まりますよ」

 そう言って村長はゆいたちを木のテーブルのところまで案内した。草が生えているところにただ置きましたという感じで、おそらく祭りのために持ってきたものだろう。

 椅子はただの丸太であり、ゆいたちにはクラスのみんなと行ったキャンプのことが思い出された。


「ファイスちゃん、すごく似合ってるぜ!」

「サクリのときも思ったけど、女の子は衣装で見違えるほどきれいになるな」

 村のほうから、おめかししたファイスちゃんがやってきた。


 ファイスは結った黄緑の髪に花を何本か挿しており、その顔には薄化粧が施されていた。服は緑のワンピースに白と桃色の薄い布がひらひらとしており、とてもかわいらしい印象を与えさせる。もし彼女の背中に羽がついていたならば、妖精であるとしか思えなかっただろう。


「これより、生贄祭りを開催いたします」

「うおおおおお!」

 まだ日は沈んでいないのだが、祭りはもう始まるらしい。

「もう始めるんですか?」

「日が沈むまで生贄を盛大にもてなして、日が暮れたら生贄をあそこにつなぐのです。もっとも、実際はもてなすといっても自分たちが飲み食いするのに夢中になるのですけどね」


 ゆいたちとは別のテーブルでは、ファイスが村人たちとお話をしていた。

「ファイスちゃん、おめでとう!こんなきれいになって、お母さんもあの世で喜んでいるだろうさ!」

「あたしがもっと若けりゃ、ファイスちゃんじゃなくてあたしが生贄になれたのにねえ。ブスにはつらい世の中だよ」

「サクリお姉ちゃんだけじゃなくてファイスお姉ちゃんまで!ずるいずるい!」

 しかし、聞こえてくるのはなんかものすごく不穏な言葉の数々である。生贄になりたいだなんて、どんな神経をしていれば出てくるのだろうか。


 ゆいは気になったことを村長に尋ねる。

「そういえば、サクリさんっていうのは、10年前の生贄ですか?」

「そうですね。サクリはファイスの姉でした。10年前、サクリは村で一番かわいらしい少女だったので、生贄として選ばれました。ファイスに似て、とてもかわいい子だったんですよ」

 そう語った村長の顔はすこし悲しそうに見えた。




 ***




「そろそろスープがいけそうだぜ!」

「おおおおお!酒を出せ!」

 男たちの歓声とともに、ゆいたちの前にスープと蒸した芋が運ばれてきた。向こうのテーブルでは、ワイン樽が開けられているようだ。


「おいし~。こんなの初めてかも~」

 いきなり食べ始めた千晶が感嘆の声を上げる。

 このスープなのだが、葉っぱや根菜類の山菜が絶妙なバランスで入っており、さらに香辛料がきいていて、食べたことのない味なのにものすごくおいしいのだ。千晶の手が止まらない。

 そもそも、この世界に来てからゆいたちは香辛料を見つけることができていなかったのだ。芋や野菜、キノコ、肉、果物、塩、砂糖といったものは市場でも店でも簡単に手に入るのだが、香辛料だとか、みそやしょうゆなんかは手に入らなかったのだ。


「この芋はなにかな。食べたことないけど、おいしい」

「それは『大地の実』ですね。これで芋粥を作ると病気がたちどころに治るといわれています。この芋や、スープに入っている香辛料や山菜は、普段は町にもっていっているのですよ。なんでも、帝都のほうで高値で取引されているとか」

 村長が灯里に説明してくれている。しかし、ゆいは疑問に思ったようだ。

「あれ?森のものは、食べちゃいけないんですよね?売るのはいいのですか?」

「私にもわかりませんが、昔からそうしているようです。でも考えてみると矛盾していますね」

 なんと、村長さんもわからないらしい。そんなんでいいのか、この村。


「くーっ!やっぱり10年物のワインはうめえな!」

 周りからおいしいおいしいの声が聞こえてくる中、ゆいはスープをすくう。

「いただきます」

 山菜の深いうまみとまろやかな苦みに、ぴりっと香辛料のアクセントが利いているのがわかった。ゆいはそのまま芋を口に含み、その甘さとコクの深さに感動した。そして、ゆいはそれを

「おえっ、なんで、おいしいのに」

 ゆいはそのまま村長に介抱された。村のほうへと連れていかれる。

「ゆい、しっかりしろって」

「ゆいちゃん、大丈夫?」

「ゆい、体調が悪かったのかな?」

 村長の腕の中で、ゆいは意識を手放した。その胸に、銀色のペンダントが光っていた。

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