2章 森の魔女
第10話 この村、変なんだけど!
「はあ、今日で何日目ですか?」
「10日目だね。星奈、食料はもちそう?」
「まだ一か月分は残ってるし、さすがにもうそろそろなんかありそうじゃん?」
「同じような景色ばっかりで疲れたよ~」
国境の町エンキンで騎士たちに囲まれたゆいたちは、そのまま魔物の森に逃げ込んだ。しかし、帝国に入ってから街道に戻ろうとするときに、盛大に迷ってしまったのだ。
「とにかく東に進んで入れば帝都に着くことはわかっているんだから、多分大丈夫だし?」
「いつまで進めばいいのかが問題なんですよ!星奈さん、『サテライトマッピング』の反応はどうですか?」
ゆいたちが迷っている主な原因は、『サテライトマッピング』の効果範囲数kmの範囲に森しか見えないことである。帝国の地図はもっていないし、上から見ても周囲に道らしきものもないので、ただ東に進む以外になかったのだ。
ここで聡明な読者なら、「北に進めば街道とどこかで交わるはずでは?」と思うかもしれないが、一度その方針で移動して、崖にぶち当たって(しかも、その崖のうえに街道があるわけでもない)あきらめたのだ。
「一面の森!みたいな?」
「まだダメですか……千晶さんのほうは?」
「ウィンドヴェーン!……開けた場所はないし、魔物が多いよ~」
前に見た簡単な世界地図によると、この森はキングダム王国からエンペラー帝国までずっとつながっているらしい。その面積は国の広さをも凌駕し、奥に入ったものは二度と帰ることはないといわれる魔境なのである。
そして、ここは魔女が住むといわれる魔物の森なのだ。前に戦ったことがあるウッドオークや頭にキノコを乗せた熊シュルーム・ベア、ほかにも粘着性のある蔓を吐き出す巨大蜘蛛ヴァイン・スパイダーや、高温の炎を吐き出すハエのフレイム・フライなんかが、それはそれはきりがないくらい出現するのだ。
「魔物が多くて一番苦労するのは僕なんだけど。ただでさえ、だんだん魔物が強くなっている気がするのに」
「だって~、虫の魔物が多いんだもん」
千晶は昔から虫が苦手である。小さい頃は常に虫よけスプレーを携帯していたくらいには筋金入りである。多少は我慢できるとはいえ、巨大なサイズの虫の魔物を見ると鳥肌が立ってしまうのだった。
***
「ファイアボール!」
灯里が行く先の魔物を一掃していると、星奈がふと何かに気づいたように顔を上げた。
「あれ、村なんじゃない?」
どれだよ。『サテライトマッピング』で見えた光景なので、数kmは離れているのだが、どうやら手がかりを見つけたらしい。
「じゃあ、そっちのほうに行ってみましょう」
「はあ~。やっと森から出られる~」
***
それからしばらくして、ゆいたちは小さな村に到着した。
村は見たところ30世帯もなく、家は村長のものらしき一つを除いて扉すらない簡素な木組みの小屋であった。今は出歩いている村人もいなく、閑散としている。
「すみません。誰かいらっしゃいますか?」
とりあえず村長の家に向かったゆいたち。
「だれ?」
出てきたのは、14歳くらいの、まだあどけなさが残る少女であった。淡い黄緑の髪を長く伸ばし、緑の服と葉っぱのスカートを身に着けたその姿は、妖精かのようだった。
「遠くからやってきたんですけど、この村に泊めていただけませんか?せめて、近くの町を紹介していただけると助かるのですが」
10日ぶりによその人と出会ったものだから、めっちゃ丁寧な言葉遣いになっているゆい。
「パパに聞いてみる。パパー!」
少女が家の中に振り返って大声で呼びかけると、家の中から40歳くらいの男性が現れた。
「私がこのエニケイ村の村長のメイヤーです。お客人とは珍しい。どちらからいらっしゃったのですか?」
「西の、キングダム王国からです」
「それはそれは遠いところから。どうぞ泊っていってください。歓迎します。
この家に2つほど空き部屋があるので、そちらを使っていただければ」
宿泊交渉は大成功。なんと村長の家に泊めてもらえるらしい。
「ありがとうございます。あの、ほかの人はどうしているんですか?」
「村の者たちは今は魔物を狩ったり、木の実や花を集めたりして、祭りの準備をしているんです」
「祭り?」
「そうです。今日と明日は10年に一度のお祭りなんです。よかったら、皆さんも参加していったらどうでしょうか」
なんと、今日は珍しいお祭りの日らしい。すごい偶然もあったものだ。
「へえ、それは楽しみですね。ぜひ参加させてください」
そのとき、後ろから野太い声が聞こえてきた。
「メイヤー、ファイスちゃん、休憩だ!昼飯にしようぜ!」
声の主は30代の男性であった。筋骨隆々のその男性は、ゆいたちに気づくと声をかけてきた。
「なんだ?誰かの新しい嫁か?」
「違いますよ。西の王国のほうから来たそうです」
「そうか、そうか!王国から!……西ってどっちだ?」
「アーデンさん、昔から町くらいにしか言ったことないですもんね」
「違いねえ」
その男性に連れられて、ゆいたちは村の中央の広場に移動した。
***
「せっかく人のいる村に来たのに~」
「こんなごはんなら、自分たちで作ったほうがましじゃん」
千晶と星奈が愚痴を言うのも仕方がない。なぜなら昼食として出されたのは、硬いパンと塩漬け肉のスープという、保存食の完成形みたいなものだったからである。これなら、『インベントリ』の食べ物を食べていた10日間のほうが豪華な食生活であった。
「木の実とか、草とか、獣の肉とか、食べられないものなのかな」
灯里の疑問に、村長が答える。
「森の恵みは食べちゃいけないんですよ。それは魔女のものなのです」
たしかにこの森には魔女が住んでいるという噂だが、それにしたって妙な話だ。狩猟採集生活ができないなら、どうやって食料を確保しているのだろう。ゆいはそう思った。
「それなら、このパンはどこで手に入れたんですか?」
「普段は近くの町に行ったときに食料を買ってくるんです。けれど皆さんは運がいい。祭りの日には、特別に森のものを食べてもよいことになっているのです」
それも変な話だ。完全に禁止ならともかく、特別な日はOKとか、どういうことだろう。
「それは楽しみですね。ところで、どんなお祭りなんですか?」
ゆいはこれ以上聞いてもあまり意味はなさそうだと判断して、祭りのことに話題を変えた。
「生贄祭り、というお祭りです」
***
とても物騒な名前が聞こえた。ゆいたちはとても気まずくなって、無言で昼食を胃に流し込んでいた。なんだか味が感じられないのは、パンが硬いからだろうか。
結局それから一言も会話が進むことはなく、ゆいたちは村長の家に戻ってきた。そこに村長の娘、ファイスが沈黙を破る。
「あの、今回は、わたしの番なの」
「どういう意味かな」
「わたしが、魔女にささげられるの」
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