第9話 閑話 王国の滅亡

「サファイア、やっぱり戦力過剰でしょ」

「王国は広いですから、手分けして掃除したほうが良い、とのお考えでしょう」

『宝石の魔女』ペリーヌのメイドであるルビーとサファイアは、現在、キングダム王国王都の貴族区域にいた。

 いくらメイドはたくさんいるとはいえ、ホワイトブリムと胸元に大きなルビー、サファイアをつけた姿はとても目立つはずだが、彼女たちを呼び止める人はいない。

「それならここにはドラゴンを置いて、わたしたちは辺境の掃除をしよっか」

「対して変わらないと思いますが……悪くはありません」

「でもなー、あの王様キライなんだよね」

「それなら国王を処理した後で移動しましょう」

 そんな恐ろしいことを言っている間に、彼女たちは王宮に入っていった。



 ***




「これを宰相に渡しなさい」

 王宮の国王の部屋を守る騎士に、サファイアが大きな青い宝玉を渡した。騎士たちは虚ろな目をして、自分の持ち場を離れていく。

「せっかく人の多いところを通ったのに誰も気づかないなんて、このルビーちゃんの魅力が台無しでしょ!」

「鍛錬できるような精神の持ち主なら、少しは『魅了』に抵抗できたでしょうから、それはたしかに残念です」

 ルビーたちは『魅了』という精神干渉能力を持っている。目を合わせた人間は、彼女たちの命令に喜んで従うようになるという恐ろしい能力だ。

 もっとも、彼女たちの移動速度が速すぎて誰も視認できなかったので、この護衛の騎士にしか使っていないのだが。


「おじゃましまーす!」

 ルビーが扉を腕力で破壊して部屋に侵入する。

「なんだ!この無礼者!」

 王様は驚いて近くにあった杖を取ったが、襲撃者が若いメイド二人だけとわかってすぐに持ち前の傲慢さを取り戻した。

「ふん!『宝石の魔女』が王国を滅ぼすというから、てっきりドラゴンを召喚するかと思えば、とんだ小娘ではないか!」

 王様、その小娘がここまで侵入してきて扉をぶち壊したことについては考えが回らないらしい。

「吾輩も舐められたものだな!だが、吾輩には無敵の守りがある。

 出でよ!クリスタルバリアー!」

 杖の先にある大きな勾玉が光り、王様の周りに半球状のバリアが出現する。

「ふはは!どうだ、これがキングダム王国の秘宝、『勾玉の杖』の力だ!貴様らがどんな手を使おうとも、この無敵の守りは破れない!

 そして、この杖の能力はこれだけではない!出でよ!ダイヤモンドランス!」

 再び杖の勾玉が光り、空中に100本のダイヤモンドのランスが現れ、ルビーたちに襲い掛かる。どうやらこの杖は、石属性の上位の魔法を使えるようにする魔道具のようだ。


 そして、大きな土煙が上がった。

「ふん、小娘にはすこしやりすぎたか」

 王様が慢心してバリアを消そうとする直前、ぱりんという音がして、王様が吹き飛ばされた。

「まさか、こんなのでご主人様をなんとかできると思ってたの?愚かすぎでしょ」

 そのまま壁にめり込んだ王様の前に、土煙からゆっくりと人影が現れる。

「そんな愚かなクソ王にも、この王宮を破壊するという素晴らしい仕事をプレゼントしてあげよう!」

 無傷のルビーの姿が、王様の目にはっきりと写った。いつのまにか四肢は赤い宝石によって閉じ込められていて動かせない。

「じゃあ、1日苦しんで、身も心もドラゴンになって、自分の国を破壊してね!」

 ルビーが紅い宝玉を王様の腹に突っ込んだ。

「あああああああああああああああ!!!!!」




 ***




「ルビー、やりすぎですよ。わざわざあの茶番に付き合う必要がありましたか?」

「だってあのクソ王の心をへし折ってやれるんだよ?溜めは大事だよ、溜めは」

「時間をかけすぎたせいでわたくしのドラゴンはすでに目覚めてしまいました」

「まだ攻撃させてないんでしょ?それなら平民の避難の時間が取れるからむしろ好都合でしょ」


 ルビーとサファイアが王宮を出た時、王都の空にはサファイアの鱗を持った青いドラゴンが飛んでいた。当然、民は大混乱である。

「付き合いきれません。わたくしは神国との国境に向かいますから、ルビーは帝国との国境を。ルビー、くれぐれも、貴族たちを逃がさないように。魔女様からのご命令ですよ」

「わかってるって。でもちょっとくらい遊んだっていいでしょ」

「後で怒られても知りませんよ。ではまた明日」

 そういうとサファイアはさっさと飛んで行ってしまった。彼女たちには飛行能力もあるのだ。それと同時に、空を飛んでいたドラゴンが青い光線を吐き出した。光線は貴族の邸宅をいくつも蒸発させていく。

「ちえっ、ちょっといたぶってただけなのに……あっ、そこのメイドさん!ここにいたら危ないですよ!」

「ひいっ!」

 ルビーは道を歩いていたメイドを何人かお米袋抱っこして貴族区域を出て行った。はたから見ると明らかに誘拐である。


「みなさん早めに王都から脱出してくださいね。巻き添えで死んじゃうなんて寝覚めが悪くなるもん」

 平民街でメイドたちを解放したルビー。しかし平民街はもちろんパニックになっていて、大通りは人や馬車が渋滞して身動きがとれない状態だった。

「あれはまずいでしょ……そうだ!」

 ルビーは大通りの周りの建物を指さすと、指から紅いレーザーを放った。レーザーは建物を貫き、蒸発させていった。

「うん、これで安心だね!」

 そのままスキップで王都を去っていったルビーは、人々がさらなるパニックに陥ったことには気づかなかった。




 ***




「王都に青いドラゴンが現れて暴れてるって本当か?」

「さっき来たそっちの奴らのあの慌てっぷりをみるに本当じゃないか?」

「俺、いまだに信じられないんだけどさ。貴族区域が更地になったとか、攻撃してもひるみもしないとか、いくらなんでも盛りすぎだろ?」


 ここはキングダム王国とエンペラー帝国の国境の町エンキン。

 北側(山側)を険しい崖に、南側(海側)を魔物の森に囲まれたこの地域には、国境を挟んで二つの町が隣接している。国境の部分には崖がせり出しており、二つの町をつなぐのは、一本の長い洞窟だけである。

 人や物の出入りを管理しやすく、警備も非常に容易なこの場所に両国の国境線が引かれたのは、歴史的必然といっても過言ではない。


「なんでも魔女を怒らせたんだろ?それならそんなに不思議でもないじゃないか」

「そうなのか?魔女といってもただの少女だぞ?そんなのが従えるドラゴンの力なんてたかが知れてるだろ?」

「バカ、そういうこというんじゃねえ。死にたいのか?」


 国境の長いトンネルのちょうど真ん中に、両国から文官が一人づつ派遣されている。出入国する人がいればこの二人がいろいろと質問をするのだが、暇なときはこうして駄弁っていることが多かった。


「少女4人が騎士ともめて逃げ出した騒動があったのがおとといだぞ?それで昨日は魔女の怒りと。なんでこんな問題が次々に起こるんだよ……」

「どっちもそっちの国のやつらが悪いんじゃないか?……おい、仕事だぞ。シャキッとしろ」

 帝国側の文官に指摘されて、王国側の文官は姿勢を正した。勤務態度が悪いと、この仕事をクビになるかもしれないのだ。


 やってきたのは王国の貴族4人だった。これから帝国に亡命させてもらおうというのに、すっごくえらそうな態度である。

「そこをどきたまえ。吾輩を帝国に入れよ」

「入国理由をお聞かせ願えますかな」

「うるさい!吾輩がこの地の領主と知っての狼藉か!」

 帝国側の文官に食って掛かる貴族。


 そこに一人のメイド服を着た少女がゆっくりと歩いてくる。二つの紅い宝石が目を引くその少女は、なぜか両手に串焼きを持っていた。

「道草食っていたらだいぶ経っちゃったし、早く片付けなきゃ」

 そう呟きながら、その少女ルビーは貴族たちが集まっているところに割り込んできた。

「おい小娘、我々の邪魔をするなど不敬だぞ!」

 貴族の一人が言った。次の瞬間、その貴族の姿が

「これおいしい!やっぱり素材がいいのかな」

 貴族たちも文官たちも何が起きたか理解できない中、呑気に食レポを始めるルビー。

 ルビーが串に刺さった肉をもう一つ食べると、もう一人貴族が消えた。

「んー、あふれる肉汁がたまんないね」

「おい、あれを見ろ!」

 帝国の文官は洞窟の壁を指さした。そこには、ができていた。

「まさか……」

「貴様か!貴様のせいか!」

 貴族たちが戦慄する中で、ルビーは

「これ塩だけじゃないでしょ。なんだろう?」

 とうとう残っているのは領主と文官だけになった。

「うおおおおお!」

 領主は錯乱して護身用のナイフでルビーに切りかかる。しかし、そのナイフは串焼きの二つの肉の間に挟まって止められてしまった。

 そのまま串を動かし、ルビーが肉を食べた。

「あっ、わかった!これにんにくがちょっぴりはいってるんでしょ」

 王国の文官は、一瞬で貴族が皆殺しにされたことにおののき、そろりそろりと抜き足差し足忍び足でこの場を離れようとした。

「そういえば、ここの文官も貴族か」

 ルビーはそう呟いて串の最後の肉を食べた。


 この惨劇の一部始終を見ていた帝国の文官は、目を見開いて口を開けて固まっていた。

「あー、おいしかった」

 ルビーは食べ終わった串を魔術師の杖のように構えると、その串から紅い雷撃が放たれ、壁の染みと串がきれいさっぱり消え去った。

「これあげるね。王国の貴族の人がもし来たら、殺しておいてね」

 口に残ったほうの串焼きを突っ込まれた文官は、口の中が火傷していることにも気づかず、なにもない空間を見つめていた。




 ***




「ご主人様、ご命令のキングダム王国の国王並びに貴族全員の抹殺、並びに王宮、貴族邸宅の抹消が完了いたしました」

 あきれるほど豪華な宮殿で、ルビーとサファイアは彼女たちの主、『宝石の魔女』ペリーヌの前に跪いていた。

「わたくし、嘘の報告をする人は嫌いでしてよ」

 ペリーヌが珍しく不機嫌そうな顔をする。

「お待ちください。それはどういう意味でしょう」

「エンキンの貴族3人を逃がしたことを言っているのですわ!まさか『影武者に気づきませんでした』などと言い訳をする気ですの!?」

「ですが、わたくしが着いた時にはもうご主人様が処理されていましたでしょう?」

「わたくしの手を煩わせるなと言っているのですわ!だいたい、ルビーがふらふらしていたのが悪いんですの。わたくしは逃がすなと言ったはずですわ!」

「ルビー、わたくしは注意したはずですよ」

 ペリーヌだけでなく、サファイアにまで怒られてしまったルビー。

「ルビー、あなたは今日から2週間ごはん抜きですわ!せいぜいわたくしたちがおいしそうに食事をするのを歯ぎしりして見ているがいいですわ!オーホッホッホ!」

 判決は2週間ごはん抜き。勝手に食い歩きをしていたのだから残念でもないし当然である。


「何千人、何万人もの罪のない人々を虐殺しておいて気味の悪い笑い声をだしやがって!お前らは化け物だ!いつか俺がお前を絶対に倒してやる!」

 部屋の端に立たされていた勇が叫ぶ。クラスメイト達が閉じ込められたクリスタルが並ぶ部屋でわざわざ侍らせるとか、ペリーヌも趣味が悪い。

「わたくしを怒らせたことが罪ですわ!人間とわたくしなら、わたくしのほうが常に正義ですのよ!あなたも自分の立場が理解できていないのですの!」

「理解したくもないな。お前たちのような狂った化け物になるのはごめんだ!」

 ドラゴンの鱗を生やした状態で言われても説得力がない。

「それに、こうして俺が意識を保ててるってことは、このドラゴンの力にも何か制限があるってことだろ?お前は俺を警戒してる。だから星奈たちを捕まえることができない、違うか?」

「全然違いますわ!ひとつも合っていませんわ!

 あまりにも愚かなので一つだけ説明させて差し上げますと、あの4人が逃げられたのは単にわたくしが許したからにほかなりませんわ!そのくらい、星奈もゆいも察していてよ!」

 あんまりにも勇がとんちんかんだからペリーヌがあきれて解説しているではないか。

「なっ、だがこれだけ時間がたてば探すのは難しいだろ!?」

「あまりわたくしを見くびるのではないのですわ。わたくしはあの4人が帝国の国境のあたりの森にいることも、彼女たちが迷っていることも、その正確な居場所も、わかっているのですわ」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る