第8話 出国審査、落ちたんだけど!
「ルルちゃん!どうしてここに?」
馬車で再会を果たしたゆいは、ルルに尋ねた。
「エンペラー帝国のほうに用事がありまして。それはそうと、早く座ってください。馬車が出られませんので」
ルルに勧められたゆいたちは、彼女の隣に座った。
「チッ、同乗者はヒョロヒョロカップルと若い女が5人かよ。役に立たねえな」
冒険者らしき3人組のリーダーっぽい人がガンを飛ばしてきた。
「どういうこと?」
「この馬車、魔物が現れた時は、乗客が倒すのを手伝うんです」
ゆいの疑問にルルが答える。
「なんだ、知ってんのかよ!なら強いやつと代われ!」
「立つと危ないですよ」
立ち上がった冒険者らしき男は、馬車が動き出したせいでバランスを崩した。
「クソッ、出発しちまったもんはしょうがねえ。おい!そこのモヤシ男!魔物が出たらお前も戦え!」
「ひいっ」
カップルの片割れの男は、戦闘の技術はまったくないのか、冒険者らしき男の剣幕におびえるだけであった。
***
めちゃくちゃ揺れる馬車の中で、ギスギスした時間が続いていた。冒険者のリーダーが睨み、カップルがおびえ、ゆいたちはただ黙っていた。
そこに冒険者組の斥候らしき人が均衡を破った。
「ねえ、そこの君たち、気まずそうな顔してどうしたんだい?話聞こうか?」
ナンパである。もちろん、空気はさらにまずくなる。
「そこの端っこの君、今夜お兄さんと一緒に遊ばない?」
しかもこの中で一番若く見えるルルに迫ってきた。日本ならお巡りさん案件である。
「お断りします。欲深さゆえに冒険者になるのは結構ですが、己の欲だけでは、他者に嫌われますよ」
「生意気だねえ!でも大人の俺が世の中の道理をわからせてやるからな!」
このチャラ男はナイフを取り出してルルに襲い掛かろうとした。子供でももっと自制心があるのだが。表情一つ変えずに座っているルルに、チャラ男がゆっくり近づいていく。
そのとき、馬車がガタンと大きく揺れて止まった。
突然の衝撃にチャラ男は馬車の天井に頭をぶつけて気絶した。ゆいたちもなにがあったのかと身構える。
「魔物の襲撃だ!ウッドオーガが3体、ファイアサラマンダーが4体だ!
多すぎる!撤退するぞ!荷物を持って馬車の外に出ろ!」
御者の大声が聞こえた。灯里と千晶はすぐさま馬車の外に飛び出す。冒険者組の二人も同様だ。星奈は馬車の中で警戒し、カップルはあわあわしていた。馬車の外に出た4人は、進行方向に現れた7体の魔物と相対した。
「ファイアスラッシュ!」
「ファイアアロー!」
冒険者の男二人が火魔法を使ってウッドオーガを攻撃する。リーダーは剣を、そしてチャラ男じゃないほうは弓を使って、火をまとった攻撃を仕掛ける。
「ウォーターバブル!」
「ライトソード!」
千晶は水魔法『ウォーターバブル』でファイアサラマンダー4体に水の泡を放ち、身にまとっていた火を消した。そして灯里は自らの手に光の剣を生成し、ファイアサラマンダー4体を一瞬で切り捨てた。
「クソッ」
一方で、冒険者の男たちは、ウッドオーガたちに苦戦していた。いくら火属性が弱点だと言っても、ウッドオーガは打たれ強く、なかなか倒せない。一方で筋力は高く、振り回すその棍棒は衝撃波だけでも男たちを吹き飛ばすのに十分だった。
「ファイアボール!」
そして、灯里の放った火の玉がウッドオーガ3体をいっぺんに貫き、爆発した。その一撃でウッドオーガたちは炭になったのだった。
***
「このペンダント、ゆいちゃんのですよね」
灯里たちが魔物と戦っていたとき、ルルはゆいのペンダントを拾って、手に持っていた。
このペンダントは魔道具店の店長からもらったものだ。肌身離さずつけていろと言われていたのに、さっきの衝撃で外れてしまっていたようだ。
「つけてあげましょう」
そう言ってルルがゆいの横に座り、ペンダントをそっとつける。
ゆいの心臓はばくばくしていた。ルルの顔がそっと近づく。その唇も、鼻筋も、瞳も、睫毛も、美しかった。それがゆいの感覚のすべてであった。首に細い指が触れるたびに、わずかに自我を得て、そのまま完璧な美しさに支配されることを許された。
「このペンダントは、三神ゆいの道標となることでしょう」
声が聞こえた。黒い髪がゆいの思考になった。ゆいは幸せだった。
「すみません。すこしやりすぎました」
ゆいは自分の心臓がひどく耳障りであることを思い出した。ゆいは、己の肉体の醜さ、不完全さを理解した。ゆいの理性は、ゆいが消えてなくなることを選んだ。
「さっきのことは忘れてください」
ゆいは目を覚ました。息を吸った。そしてゆいは自分が狂っていたことを理解した。
ゆいは瞬きをして、手を握って開いて、腕を上げて下げた。ゆいは光に、音に、匂いに意識を傾けて、自分がものを見て、聞いて、匂うことができることを思い出した。
「ルルさんは、何者なんですか」
ゆいは聞かざるを得なかった。ずっとルルが普通の人間ではないとは感づいていたけれども、今になって初めて、ゆいはルルへの恐怖を自覚したのだ。
ルルはいつも通り微笑んで答えた。
「黙秘します。ゆいさん自身で明らかにしてみてください」
***
立ちふさがっていた魔物が倒された馬車は、再び国境の町エンキンへと進みだした。目的地に近づくにつれて、雨雲がかかってきた。
「どうやってファイアサラマンダーをあんな一瞬で倒したんだ?
ファイアサラマンダーはとてもすばしっこいし、自らのまとう火を使って再生するはずだ。吐き出す炎のブレスも強力だ。お前たちみたいなガキに倒せる相手じゃないはずだ」
「単に火を消して、切っただけだよ」
冒険者の2人は灯里の強さを理解できないらしく、彼女を質問攻めにしている。
「ファイアボールでウッドオーガを倒せるとか聞いたことないぞ」
「火属性が弱点なんだから、なにもおかしくないよ」
カップルの妻のほうはルルに講釈を垂れている。
「いい?ああいう男は正論を言うとキレるんだから、なるべく怒らせないように対処しなきゃだめなのよ。今回だって、たまたまあの男が気絶したからよかったものの、もしあのまま押し倒されていたら、ケガしてたかもしれないのよ」
「確かにあのまま押し倒されていたならば、私はケガしていましたね」
「そうでしょう!それなら……」
妻はルルが自分の言葉に反省していると思っているが、仮定が偽である「ならば」はつねに真であることを指摘しておこう。
そんな感じの馬車で、星奈は気まずそうにしていて、ゆいはいろいろと思索にふけっていた。ちなみにチャラ男は縛られて転がされていた。
***
「それでは、また会いましょう」
大雨の国境の町エンキンに到着した馬車から、最初にルルが降りた。
続いて冒険者組、カップルと降りていく。
そしてゆいたちが降りた瞬間、周囲を囲んでいた騎士たちが一斉に姿を現した。
「国外逃亡する気だな、反逆者たち!お前たちは逃がさない!」
どうやら、このまま素直には国外脱出させてくれないらしかった。
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