第6話 魔女、理不尽なんだけど!
「これ、なんだ?」
ジュエル・ドラゴンを倒した後に現れた水晶玉を右手に持って、勇は言った。
それを聞いたクラスメイト達が集まってくる。
「なんだろう、これまではこんなのなかったよね……」
直後、天井が崩れだした。岩が降ってきて、ゆいたちは先に進むしかない。やってきた入り口は、すでに世界魔法の余波でふさがってしまっていたのだ。
「くそっ、おい、みんな!無事か!」
何とか出口にたどり着いたゆいたちの前に、二つの人影が現れた。
「23,24.よし、全員いるな。よかった」
勇が欠員がいないか確認している間に、その人影は音もなくゆいたちに近づいてきた。
誰かが接近してきたことに気づいたクラスメイト達はあわててその人影のほうへと意識を向けるが、返ってきたのは平坦な、しかしかわいらしい、声であった。
「ご主人様が皆様を待っておられます。どうぞこちらへいらしてください」
やってきたのは二人のメイドだった。ホワイトブリムと胸元に二つの大きな宝石をつけた双子っぽい美少女である。今話してきたほうはサファイアをつけている、青髪蒼眼の少女であり、もう片方はルビーをつけ、ピンクの髪と赤い眼をしている。
しかし、従者の衣装にしては派手すぎないだろうか、特にその宝石が。
勇は、このメイドたちについていくべきか少し迷った。このままついていけば『宝石の魔女』のところまで一直線で行けそうだが、罠が仕掛けられているかもしれない。そして、彼は決断した。
「わかった。案内してもらおうか」
勇は、ゆいがおびえて声も出せなくなっていたことには気づかなかった。
***
まぶしくて見えなかった出口の先は、宝石と魔石で彩られた金色の宮殿であった。
廊下の一部だけでも、人間が作ろうと思えば国家予算規模のお金が必要になりそうな、成金趣味にあふれた建物であった。
クソデカシャンデリアだのよくわからない金の像だのがいたるところにあり、天井にも壁にも床にもなんかすごそうな絵が描かれている。全くもって落ち着かない。キラキラしたものをたくさん使えばいいとかいう、小学生みたいな感性が垣間見える。
光源として大量の光石やらの魔石が使われており、地下にあるというのに光り輝く仕上がりになっている。
そのうえ、この宮殿、めちゃくちゃ広い。町一つ分はあるんじゃないかってくらい広い。『宝石の魔女』は一人暮らしのはずなのに、広すぎるのは不便ではないだろうか。あまりに広すぎて、ゆいたちはメイドさんたちに連れられて30分も歩く羽目になったではないか。
「長い、疲れたよ~」とか「メイドさんかわいい」とか呑気な会話をしているうちに、大広間に到着した。
大広間は、ゆいたちが召喚されたあの王宮の広間によく似ていた。違うのは、あの部屋より倍は広いこと、100倍は豪華なこと、そして、壁際に人間が閉じ込められた水晶が並んでいることである。
水晶は無色透明で、中の人間の顔や服装がくっきりと見える。その多くは恐怖や絶望の表情のまま閉じ込められていた。冒険者らしき人や、キングダム王国の騎士らしき人もいた。
そしてゆいたちの正面に、魔石の玉座に座った17歳くらいに見える美少女がいた。少女は宝石を削り出したかのような白色の豪華なドレスを着て、その金髪を派手に飾り付けていた。そして周囲の魔石の光が、一斉に彼女に集まって、その姿を輝かせていた。派手過ぎて、せっかくの美貌がもったいない。
その少女はここまでゆいたちを連れてきた二人によく似た、宝石のメイドを10人ほど侍らせており、そしてサファイアとルビーの二人も、この部屋に入るや否や彼女に
勇たちが驚愕のあまりフリーズしている間に、その少女が口を開いた。
「オーッホッホッホ!わたくしは『宝石の魔女』ペリーヌ!あなたたちをわたくしの眷属にして差し上げますわ!感謝なさって!」
テンション、高すぎである。
「ふざけるな!誰がお前なんかに従うか!ここでお前を倒し、キングダム王国を救う!」
勇もこんな見え透いた煽りに乗せられて頭に血が上っちゃってる。クラスメイトの半分くらいも憤っている。
「あんな寄生虫共は駆除するに限りますわ!石ころのほうが腹が立たない分、価値がありますもの」
身振り手振りが加わって非常にウザい。
「フレイムビーム!」
「ライトニングショット!」
勇たちはペリーヌの演説を無視して、壁際のクリスタルの中の人を助けようとした。
しかし、一点集中の攻撃でさえ、クリスタルに傷一つつけられない。
「無駄ですわ!そのクリスタルはわたくしのドラゴンの鱗の何千倍も硬いですのよ!わたくしのコレクションには指一本触れられませんわ!」
「くっ」
説明、ご苦労様である。
クリスタルを壊すのが難しいと判断した勇は、ペリーヌを倒すべく前へと駆け出した。身体強化によるスピードで、一気に距離を詰めていく。
「あんなのにご主人様のお手を煩わせるなど……」
「ルビー、下がってなさい。わたくしが格の違いを思い知らせて差し上げますわ!」
メイドの一人が動こうとした瞬間、ペリーヌが静止した。でもメイドの名前がまんますぎる。
勇は舐められたと思いながらも、玉座に向かってとびかかり、そして彼の切り札を繰り出した。
「世界よ!我が剣に力を!敵を貫き、破滅の光を呼び覚ませ!
チェレンコフ・スラスト!」
世界魔法『チェレンコフ・スラスト』は、亜光速で剣を持って突進し、放たれるチェレンコフ光で一定範囲外のものすべてを焼き尽くす技だ。
ペリーヌは座ったまま何かをするそぶりもない。周りのメイドたちは動かない。
(もらった!)
勇の体が超加速し、ペリーヌの頭を剣が貫こうとする。もう魔法を唱える時間はないはずだ。回避する時間もないはずだ。しかし、
ペリーヌのわずか1cm前で、剣先がぴたりと止まった。
「ぐわっ!」
勇の後ろから―本来ならチェレンコフ・スラストの安全地帯である―クラスメイト達の悲鳴が聞こえてくる。
「ぐっ、お前、何をした!」
技の反動で倒れた勇に、ペリーヌは告げる。
「わたくしは『宝石の魔女』ですのよ!あなたの剣を水晶の壁で防ぎながら、光を少しだけ反射させておすそ分けをするくらい、訳ないですわ!オーッホッホッホ!」
格の違いを思い知らせるといって本当に圧倒するとか、話が違うではないか。
「コンパニオンリカバリー!」
灯里の全体回復でなんとか立ち上がったゆいたちだが、戦況は明らかによくない。
「世界よ!形あるすべてのものよ!」
(ダメ!星奈さん!)
星奈が一か八かの奥の手を放とうとしているのに気づき、ゆいはあわてて制止しようとする。しかし、星奈の詠唱は止まらない。
「反転せよ!対となってはじけ飛べ!」
「クリスタルバリアー!」
千晶がバリアを張って星奈の魔法に備える。
「アンチマ……ぐふっ!」
呪文が完成する直前に、星奈は地面に叩きつけられた。
「死にたいですの!?でしたらわたくしのコレクションに加えて差し上げますわ!
せいぜい絶望してわたくしを楽しませることですわ!」
ペリーヌが星奈を平手で叩きつけたのだ。
ぱりん、と千晶のバリアの割れて崩れる音が響いていた。
誰も知覚できない、一瞬のことであった。
(やばいやばいやばいやばい!)
ゆいは立つこともできないくらい、恐怖で震えていた。
この戦いの前から、いやひょっとしたら昨日の夜からだろうか、ゆいはいやな予感がしていたのだ。
(わたしのせいだ……)
ゆいは昔から、自分の考えをなかなか口に出せない子であった。特に今のクラスになってからは、勇や星奈というリーダーに意見することがはばかられていた。
もし、魔女討伐の命を断るように言っていたら。もし、わたしの不安を伝えていたら。結果は大きく違っていただろう。
けれども、後悔は先に立たないのだ。それならば。ゆいは勇気を出して叫ぶ。
「逃げましょう!皆さん!」
「星奈さん、今回復するよ。リジェネレーション!」
「気が利くじゃん。みんな、もっと寄って!」
星奈がみんなを集めるが、なにかがおかしい。そう、勇がいないのである。
(勇くんは!?)
ゆいが玉座のほうを見ると、そこにはいつの間にか戻っていたペリーヌが座っていて、そして勇の頭をなでていた。
「えっ」
「勇くん!?」
そう、勇の体は変わってしまっていた。ダイヤモンドの鱗が体中から生え、衣服と同化していた。頭からは金属の角が生え、髪は白色に代わり、光を放っていた。
「オーッホッホッホ!わたくしのドラゴンがあんなに儚いと思って?そんなわけがありませんわ!あのドラゴンは水晶の形が本体。触れたものの魂を取り込み、そしてその肉体をドラゴンの形に変える、素晴らしい眷属ですわ!
つまり、水晶を手に持った時点で、この男の魂はわたくしのものになる運命だったのですわ!オーッホッホッホ!」
誰も聞いていないのに、ペリーヌはぺらぺらと白状した。笑顔がむかつく。
しかしゆいたちにとって絶望的な状況には変わりはない。
「さあ、わたくしの眷属、あの人間どもに力を見せつけなさい!」
勇の口に光が集まってくる。あの強力な光線ブレスが放たれようとしているのだ。
「それはも~見切った!クリスタルバリアー!」
千晶がいつも通りバリアを張ろうとする。しかし、それはいつものようには発動しなかった。
バリアはみんなを包む半球状ではなく、千晶、灯里、星奈、ゆいとほかのクラスメイトを隔てる壁として現れた。そしてその壁はひとりでに変形し、クラスメイト達を閉じ込めていった。まるで、この部屋の壁のオブジェを増やしているかのように。
そんな千晶を、ペリーヌはあざ笑う。
「人間は魔法が何かもわかっていないのかしら?無様なこと」
そして、勇から放たれた光線が空間を何度も屈折し、この大広間を埋め尽くしていく。
「……テレポーテーション!」
光線が当たろうとした瞬間、星奈の世界魔法『テレポーテーション』によって、残ったゆいたち4人はこの魔境から脱出したのだった。
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