第2話 やっぱり弱いんだけど!

 少女は微笑みながら言った。

「私はルルといいます。この世界のことについて、いろいろ説明しますね」

 男子たちがでれ~っとするようなかわいらしい笑顔なのに、女子でさえその美貌に見とれているのに、ゆいはなぜか震えていた。なぜかは自分でもわからない。


 そんなゆいを無視するようにルルは説明を始めた。

「まずは魔法について説明しましょう。この世界には全部で21の属性の魔法があります。そのうち20種類に属する魔法はその属性を十分な強さで持っていないと使うことができません。

 先ほど調べた時のブレスレットの色との対応はこんな感じです」

 そういって属性と色との対応を一つ一つ黒板に書いていった。それを聞いた生徒たちは自分の属性を知って一喜一憂している。特に、大きく光っていた属性を持つ人はなおさらだ。

「僕、光属性がとても強いみたいです」

「私、石魔法が強いのね」

「先生は……道具魔法?」

「あたしの『世界魔法』ってなんだ?」

 しかしゆいは悲しいことに期待することもできない。悲しすぎて謎の震えも止まってしまった。自分だけ魔法が使えないとか、あんまりである。


「最後にちょっと特殊な属性魔法、誰でも使える規則魔法と、それから魔力があれば使える属性なしの魔法があります」

「ほんと!?わたしでも使えるの?」

 自分にも魔法が使えるかもしれないとわかるや否や、ゆいはものすごい勢いでルルに詰め寄った。肩をつかんで揺らされているのに、ルルはまったく調子を変えない。

「ええ。せっかくだから、ゆいちゃんにやってもらいましょうか。

『規則魔法、0条、書庫』と言ってみてください」

「規則魔法、0条、書庫!」

 食い気味に叫んだ瞬間、空中に半透明のウィンドウが現れた。そこには規則魔法の種類と使い方、および属性なしの魔法の使い方がいくつか並んでいた。

「すごい、すごい!『契約』、『宣誓』、……わたしも使えるんだ!魔法使い!」

「皆さんも『書庫』の魔法を使ってみてください。基礎的なことだけですけど、ほかの属性の魔法についても書いてありますから」

 その言葉を聞くや否や、クラスのみんなが一斉に「規則魔法、0条、書庫!」と叫びだした。みんな、魔法が使いたいのである。

「うぉ、すげえ!こんな魔法が使えるのか!」

「光魔法って回復も攻撃もできるんだ……」

「世界魔法ヤバっ!チートじゃん」

「道具魔法については書いていないのですか……」

 周りから聞こえてくる言葉を聞くと、ゆいの自己肯定感は90゜直角下向きに下がっていった。



 ***





「『書庫』を読みながらでもいいんですけど、大事なことなので聞いてくださいね」

 すこし落ち着いたころを見計らってルルがゆっくりと話を始めた。もっとも、まじめに聞いているのはゆいくらいのものである。

「皆さんは『宝石の魔女』の討伐を命じられたわけですけれど、この世界の魔女ってどんな存在か知っていますか?」

 ゆいは首を振る。

「魔女は非常に強大な存在で、多くは人間が寄り付かないような魔境に住んでいるんです。

 例えば、深い森の奥底とか、大海原の底とか、果てには空の上とか、ですね。

 そこは自然環境がとても厳しいだけでなく、魔物もたくさん生息しているんですよ」

 そんなところに住んでいるなら、そこにたどり着くだけでも常人には困難だろう。

「この世界にはこんな言い伝えがあるんです。

『魔女に近寄ってはならない。魂を奪われるから。

 魔女と対立してはならない。命を奪われるから。

 魔女を怒らせてはならない。国を奪われるから』って。

 そんな相手と戦わされるくらいなら、元の世界に帰りたいって思いませんか?」

 魔女ってそんなにヤバいのか、そう思ったのはゆいだけだった。

「思わねえな、まったく」

 辰巳勇が生返事で答えた。

「普通の人ならそう思うんだろうが、俺たちは強いんだろ?だったら国が滅亡するのを見捨てるなんてできねえよ。敵が強い?上等だ」

「先生は反対です。生徒を危険な目に合わせるなんてできません」

「道子先生、俺たちなら大丈夫だ。そうだろ、みんな」

 なんだかほぼ全員が討伐に乗り気のようだ。自分が強いとはミジンコほども思えないゆいも、教師である道子も、同調圧力にはかなわない。最後には折れてしまった。


 ルルはすこし目を伏せた後、ゆいのほうを向いて言った。

「そう……それがあなたたちの選択なら、私は止めません。ただすこしだけおせっかいを焼かせてください」

 そういうとどこからか紙を2枚取り出し、片方に地図を、もう片方に手紙を書いていった。10秒で描いたくせに地図が精密すぎる。

「ここは私の知人の魔道具店です。ここで装備を整えてくださいね」

「は、はい!いろいろとありがとうございます!」

 ゆいは妙に緊張して答えた。

「では、また会いましょう」

 ルルはそのまま歩いてこの部屋を立ち去っていった。




 ***




 魔法を使いたくてたまらない勇たちは、騎士たちの屋外訓練場にやってきた。

 そこはだだっ広い芝生にかかしが何本も立っているような場所であった。

「ファイアボール!」

 勇がそう唱えると直径50cmほどの火球がかかしに飛んでいき、そして爆発した。

 かかしが黒焦げになっただけでなく、地面が溶けているではないか。

 この世界の魔法はほとんど詠唱時間がないから、こんなのがノータイムで飛んでくるわけである。ヤバい。

「ホーリーレイ!」

 光属性がとても強い少女、伊藤灯里いとうあかりの前に光の柱が立ったかと思うと、次の瞬間には半径10mほどの大穴ができていた。

「ジェムストーム!」

 石属性の得意な女の子、鈴木千晶すずきちあきがきらきら光る石の嵐を巻き起こし、20体のかかしがぼろぼろになる。

「インベントリ!」

 容量(実質)無限、時間(ほぼ)停止のアイテムボックスを作り出す世界魔法『インベントリ』を使っているのは、女子のリーダー格、高橋星奈たかはしせいなだ。ただでさえ国に2,3人しかいない世界魔法の使い手のなかでも、特に属性が強くないと使えない激やば魔法だ。

「身体強化!えい!」

 そしてゆいはというと、200mを20秒で走り、そして木の棒でかかしを殴ってかすり傷を付けた。ゆいのもともとの身体能力は平均よりやや下くらいだから、これでも元の世界基準ではすごいのだが、この世界では大したことがない。

「ゆいちゃん弱すぎっしょ、ウケる」

『インベントリ』の練習が一段落した星奈に絡まれてしまった。そして彼女は身体強化で目にもとまらぬ速さでかかしに近づき、素手でそれを叩き割った。

「みんなが強すぎるんだよ……」

 そんなこと言っている間にも訓練場にはどんどん穴が開いていき、かかしの数は減っていった。


「おい、どうしてくれる。訓練場がめちゃくちゃじゃないか」

 1時間も立たないうちに、騎士団長の苦言のせいで練習が終わってしまった。

「悪い、つい張り切りすぎたぜ」

 勇がそう答えた直後、伊藤灯里が言った。

「大丈夫、すぐに直すから……エリアリカバリー!」

 灯里から訓練場全体を覆う光が放たれ、芝生やかかしがもとの姿に戻っていく。

「何、だと……」

 騎士団長もゆいも、口をぽかんと開けるしかなかった。





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