第17話 火種は燻る

リナはとても強い子だと思っていた。特別な人であると。

 昔はともかく、少なくとも今はそうだと思っていた。


 類稀な魔法の才能と強力な意志力、そして多くの人を惹きつける眩しさ。

 それらを持ち合わせているのだから、今回のことも時期に彼女は立ち直るだろうと私は予想していた。


 彼女には多くの助けがある。

 その一つは、やはり多くの友達だろう。


 私という存在が隣にいることを差し引いても、リナの魅力は霞むことを知らないようで、いつの間にか彼女は多くの同級生と友達になっていた。


 正直、いつの間にそんなことを、と思わないのでもないのだけれど、彼女の周りには人が来て、その多くの笑い合っていた。

 その笑顔を浮かべるときに、リナが無理をしているとわかっていても、リナが誰かに笑いかけることが少し辛いけれど。


 でも、それで彼女が立ち直るのなら。

 それで時期に彼女が心から笑えるのなら。

 多少の気移りに文句は言わないであげてもいい。


 けれど、誰もリナの苦しみを取り除くことはできなかった。

 数多くの人と仲良さそうに話していても、気づけば彼女はすぐに辛そうな顔をする。


 それに気づいているのは私だけなのだろう。

 私しかこれに気づいていない。


 その事実に少し優越感を感じて。

 そんなことで喜ぶ自分がまた嫌になる。

 またひとつ息が難しくなる。

 リナはそんな私を見て。


「大丈夫?」


 そんな風に言うものだから、私は余計苦しくなる。

 本当に辛いのは、今本当に苦しいのは彼女の方なはずなのに。どうして私は心配されているのだろう。


 こんなふうに頭を撫でられて。

 それが心地よいけれど。


 でも、リナが無理をしているとわかっているから。

 私は何かをしなくてはいけないと思うけれど。

 彼女の負担になるのではなくて、彼女を助けなくてはと思うのだけれど。


 でも私がいても何にもならない。

 助けられることは何もない。

 無力な私には何もできない。


 リナの負担にしかならない。

 これでいいのだろうか。

 よくない。

 よくないことはわかっているけれど。

 でも、息ができないから。

 これで仕方ないことだとわかっているから。


 なにもせず、4日間が経過する。


「リナ、魔法、教えてくれない?」


 午後の演習の時間に集団が現れた。

 確か同じ学級の人達だったと思う。


 多分、リナの友人達だろう。

 もうリナが魔法が得意であることは、この学年での周知の事実で、こういう人が時折くる。


 それに彼女はいつも通りに快く応じる。

 それを私は遠くで座って眺める。

 魔法理論なんて難しいし、感覚も理解できないから話すことなどできないし、それに私と話したい人はいない。


 私も魔法が使えれば、あの輪の中に入ることができただろうか。 

 いや、それはどうだろう。

 結局のところ私が私である限り、私の手は罪悪で血まみれだと思うけれど。


 遠くでリナが知らない誰かに笑いかける。

 その笑顔が無理をしている作り物だと知っていても、私の心にちくりとなにかが刺さる気がした。


 ……やめて欲しい。

 私以外の誰かに笑いかけるなんて。


 でも、そんなことをぶつけるわけにはいかない。

 私は彼女の負担でしかないのだから。

 彼女の恋人に選ばれただけで、私は満足しておくべきなのだ。

 それだって、私には分不相応な幸運なのだから。


「はぁ……」


 でも、小さなため息がでる。


「ため息なんてついて、何か嫌な事でもあったのかしら」


 唐突に隣から声が聞こえた。

 驚いて、隣を見る。


 そこには赤い髪の女が座っていた。

 それは4日前にリナの前に現れて、リナの心を苦しめた張本人。


 何かを言おうと思ったけれど。

 何を言いたいのかわからなくて。

 どう言えば良いのかもわからなくて。

 なにがあったのかもわからないから、どうするべきかもわからない。


「あたし、エレラ。あなたとお友達になりたいのだけれど」


 私が怯んでいるうちに、自らをエレラと名乗った赤い女は私にそう言った。


 おともだち?

 友達?


「それはえっと、どういう意味……」


 わからない。

 彼女は敵なのかと思っていた。

 リナに襲い来る危機で敵なのだと思っていたけれど。


 こうして私に話しかけてくるエレラに敵意は見えない。

 不思議な雰囲気だけれど、穏やかな雰囲気ではある。

 ……でも、どこか変な気がする。


「仲良くしましょうってことよ。あたし、転校してきたばかりで仲良くしてくれる方が少ないの。だから、お友達が欲しいのだけれど。おかしいかしら」


 おかしい。

 話の筋自体は通って、いる?

 いや、どうなのだろう。

 おかしい。

 おかしいのは。


「……なんで、私なの?」

「そうね……その、こういうと失礼なのだけれど、あなたは友達が少なそうに見えたから。同じ友達が少ない者同士、仲良くできればなと思ったのだけれど」


 エレナは穏やかな笑顔のまま、私に言う。

 

 友達が少ない……そう見えるのだろうか。

 いや、実際そうなのだけれど。

 数少ない友達だったアオイは死んでしまって。私の目の前で死んでしまって。きっと私が殺してしまって。


 もうリナしかいない。

 いや……リナは友達じゃないか。

 リナは恋人、なのだし。多分。


 そう思えば、私には友達がいないのかもしれない。

 リナが持ってくれる夢が、現実を忘れされてくれているだけで。

 私は結局のところ、真に孤独なのだから。


「それに、あの子もいるでしょう?」


 エレナが短めな赤い髪を揺らして、視線を移す。

 その先にいるのは。


「リナの、こと?」

「えぇ」


 その肯定に、私は少し落胆する。

 わかりきっていたことだけれど、結局エレラもリナ目当てでしかない。


 落胆したことに少し驚く。

 私は何を期待していたのだろう。


 また、アオイのような友達を。

 なんて。

 思ってはいけないことを想っていたのだろうか。


「リナは古い友人なのだけれど、どうにも嫌われているようで。また昔のように仲良くしたいのだけれど……どうにかならないかしらと思って、動いてみたのだけれど」

「その一歩が、私?」


 私の言葉にエレラは頷く。


 つまり、私は繋ぎ役。

 エレラとリナを近づける。

 そんなことをしていいのだろうか。


 もしもエレラがリナの苦しみを生み出すというのなら、それは避けたい。

 私がリナを助けることはできなくとも、苦しめることはしたくない。


 でも。


「誤解、だと思うのよ。昔、色々あって。だから、少し気まずくなっているだけなはずだから。話せばまた友達に戻れると思うのだけれど」


 友達に戻れる。

 それは今は友達ではないということ。


 もしも本当に、誤解によって仲違いしているのなら。

 もしもそれによって、リナが苦しんでいるのなら。


 その助けをするのは、やぶさかではない。

 というよりも、助けたい。


 今はまだ話すか話さないかという選択がとれるけれど、明日になれば、その選択肢は1つになっているかもしれない。

 人は急に死んでしまうのだから。

 アオイのように、唐突にいなくなってしまうのだから。


 でも、私に何ができるのだろう。

 とりあえず話ぐらいは聞いてみるべきかと思って、口を開こうとするけれど。


「向こうは終わったようね」


 エレラのほうが先に口を開き、立ち上がる。

 その視線の先では、リナがこちらを見ていた。

 もう友人たちに魔法を教えるのは終わったらしい。


 けれど、その目線は震えていた。

 私ではなく、エレラのほうを見て。


 それに少し。

 むっとする。


 私に興味はないのだろうか。

 あれだけ私以外の人に笑いかけた挙句、さらに私以外の人に視線を向けるなんて。


 ……違う。

 そうじゃない。

 そんなことを思っていたらいけない。


 リナは単純に恐れている。

 エレラを。

 何故かはわからないけれど……


 それを見れば、やっぱり隣にいるエレラは恐ろしい人のように感じる。

 やっぱり彼女の助けなどするべきではなくて、リナを守れるように注力するべきなのではないかと。


「みゅ、ぅり……」


 小さくリナの声が聞こえる。

 その中には怯えが見える。


「嫌われたものね」


 隣でそう呟くエレラの声は、悲しいように聞こえた。

 それに加えて……なんの感情だろうか。悲しみ以外にも何か。

 それが何かわかるよりも先に。


「また来るわ」


 私が悩んでいるうちにそれだけ言って、エレラはどこかへと歩き去る。

 赤い彼女の二度目の襲来はこうして終わった。

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