2章 傲慢と回顧
第15話 火種が灯る
「ふわっぁ……」
思わず欠伸が漏れる。
この5年間で毎日のように聞いているつまらない授業。
内容自体は変化しているのだろうけれど、魔法の授業なんてされたって、魔法の使えない私が興味を持つのは難しい。
眠気を堪えながら見る授業は、本当に憂鬱になる。
これがあとどれぐらい続くのかと。このつまらない日々の果てに、命を捧げる死があるというのがが。
どうにも、やるせなくて。
今まで私を憂鬱にさせてきた。
でも今は隣にリナがいる。
彼女を見ていればつまらない授業も多少は悪くないように思う。
元々は別の学級であった彼女がどうしてここにいるのかといえば、それは単純に彼女は学級を移動してきたから。
『だって、一応護衛役なんだから、同じ学級じゃないとおかしいでしょ? 元々は同じ学級なはずだったんだけれど、何か不備があったみたいなんだよね。まぁ、それを治すのは来年でも良いと思っていたけれど、あんなこともあったし……無理言って移動させてもらったんだ』
そんなことを彼女は言っていた。
正直、聞いても理由はよくわからないけれど、彼女が隣にいてくれるのは嬉しい。
リナの側にいると、なんだかほわほわしてくる。
彼女の熱がそうさせるのだろうか。
「どうしたの、ミューリ。眠いの?」
「まぁ……うん」
「もうちょっとだから、ね?」
そんな風に頭を撫でられたら、さらにほわほわしてきて、余計に眠くなってくる気もする。なんだか安心するというのだろうか。
「ぅー」
とは言っても眠気と戦うのは、結構辛い。
それが少し贅沢だなと思う。
私が独りの時は、眠るなんて恐ろしいことできなかった。独りであれば、教室の中に味方がいないのだから、無防備な状態には、なれはしなかったのだけれど。
今はリナがいるから、眠たい。
昨日、夜遅くまで彼女と話していたというのもあるのだろうけれど。
いや、それも彼女がいなければすぐ寝ているのだし、リナがいるから眠たいというのは、完全に真なのかもしれない。
でも、そう思えばこの眠気もあまり悪いものでもない気がする。
それに耐えられなくて寝てしまっても、リナなら許してくれるだろう。
でもまぁ、一応起きておこう。
彼女の真剣に授業を聞いているのだし。
そんなふうにして再度、授業に耳を傾ける。
「魔力放出において大切なことは、術式に魔力を流すのではなくて、術式に魔力を乗せるものだと言われている。そこの魔力放出術式の例にもあるように、術式自体は簡素なものが多い。単純にそこにある魔力を外部へと出し、そこに指向性を与えるだけであれば、そこまで複雑な術式はいらないからだ。しかし、同時に単純だからこそ、術式強度や魔力量がそのまま威力に関わってくる」
……だめだ。
全然わからない。
わからないというか、興味が持てない。
大体こういうのは自らの中にある魔力を操作できて、術式を編めなければ、理解しにくいものだろう。
普通の人なら、魔力を操作するなんて簡単なのだろうけれど、私は違う。
私の魔力は蘇生魔法の術式の形のままで、それ以外の形を取ろうとはしない。それ以外の形を取ろうとすれば、私の魔力は私の操作を受け付けない。
大体、編まれる術式への理解すら薄いのに、こんな高難易度術式の理論なんて聞いても仕方がない。
……やっぱり寝ちゃおうか。
ほんのりと思う。
でも。
リナの前だし。
もう少しぐらいは。
そう。
授業もあと少し、なはずだし。
眠いけれど。
もう視界がぼやけてきたけれど……
もう少しぐらいは……
「ミューリ」
リナの声で、意識が浮上する。
ほんの少し意識を失っていた。
「……あ、おはよ……」
周りを見れば、もう授業は終わったようで、皆がせわしなく動き出していた。
そういえば、これで昼休みだったか。
「おはよう。それじゃ、いこうか」
「あ、うん」
私はまだ少し眠いままの身体を無理やり起こして、教室を出る。
隣をゆったりと歩くリナを軽く見上げると、ちょうど目が合う。
彼女は眩しい笑顔と共に私を見つめていた。
なんだか照れくさくて。
ぱっと視線を外してしまうけれど。
でも。
なんだか。
いつも私ばかり照れている気がする。
ふと、そんなことを思いつく。
だから、私は手を握ってみた。
ふらふらと宙を舞っているリナの手を握ってみた。
これで少しは驚くかと思ったけれど。
リナは余計嬉しそうに笑うだけで、照れている様子はない。
これじゃ、私が馬鹿みたいじゃないか。馬鹿なのだけれど。
それどころか、なんだか人通りの多い廊下で手を繋いで歩いていると、なんだか変な気がする。
いやまぁ、私は笑われたりしたところで今更だけれど……でも、こういうのは特別だから良いのものだと思うし……それに慣れてないこと、だから。うん。
そんな風に思考の中で軽く言い訳して、手を離そうかと思ったけれど。
「離しちゃうの?」
リナは少し悲しそうな声色でそんな風にいうものだから。
なんだか。
いや。
うん。
私も、きっとリナと手を繋ぎたいし。
「ううん」
私はまた手を握る。
今度は指を絡ませて。
これなら、そう簡単には離れない。
うん。
こうしていたら、何も気にならない。
安心する。
そんなこんなで部屋まで帰ってきて、軽く昼飯を食べる。
相も変わらず美味しくも不味くもないものだけれど、リナと仲直りしてからは、不思議と甘く感じる。
きっとこれは好きな人といるおかげなのだろう。
何を食べるかじゃなくて、誰と食べるのか。みたいな……?
「午後は、どうしよっか。寝ておいてもいいけれど」
寝るか、いつものようにリナの練習についていくか。
少し悩む。
……私が寝ておこうといえば、彼女は一緒にいてくれるのだろう。でもきっと、彼女は魔法の練習をしていたいはずだから。
贔屓目なしでも、リナの魔法技術は試験に怯える必要がないほどに高いけれど、彼女は何かに追われるように魔法の訓練をしている。それが少し心配だけれど。
私のくだらない我儘に彼女を付き合わせるのはあまりしたくない。そうでなくても、いつも彼女に迷惑をかけているのだから
それに。
「ついてくよ。その、迷惑じゃなければ」
「うん。ありがと」
それに一緒に行くといえば、リナはとても嬉しそうに笑うから。
それを見られるなら、多少の眠気なんて吹き飛んでしまう。
演習場は、相も変わらず多くの人がいた。
その中には黒髪の人もいて、否応にも死んでしまった彼女のことを思い出す。
もう話すことはできないアオイのことを。
多分、海の向こうの国からの来訪者であった彼女のことを私は何も知らない。けれど、もっと知りたかった。折角、友達に成れたと思ったのに。
でも、彼女が死んでしまったのはきっと、私のせいでも。
「ミューリ?」
「あ、うん。いや、な、なに?」
嫌な思考に囚われてしまいそうになる私を、リナが掬い上げる。
彼女が声をかけてくれなければ、私の思考はまた変なところへと堕ちていっただろう。それがわかっているから、やっぱりリナがいなくてはだめだなと思う。
「大丈夫? やっぱり、戻ろうか?」
「ううん。大丈夫。その、ちょっと、思い出しちゃっただけだから……」
「そう? 辛くなったら、すぐ言ってね」
そんなことを話しながら、演習場の隅から、さらに奥にいった本当に誰も使っていないような場所に私達は陣取る。
ここなら、誰も来ない。少し行き帰りの距離は遠くなるけれど。
そのまま集中するように目を閉じて、魔力を高めだすリナを眺める。
それでも時折、私と視線が交わる。
それはきっと彼女が私を気にしてくれているということなのだろうけれど、同時に私が彼女が負担になっているということでもあって、少し辛い。
私がリナを助けることができたら、どれだけいいだろう。
でも、もしもリナに危機が訪れた時、私はリナを助けようと行動できるだろうか。
彼女が私にしてくれたように。私に何ができるというわけでもないけれど、それでも動けるだろうか。
そうできることを祈るけれど。
そんなことをしていたからだろうか。
私は近づく誰かに気づかなかった。
「久しぶりね。リナ」
そんな声がして、視線を動かせば、そこには濃い赤髪を携えた女が立っていた。
私は見たことがない人だけれど、言葉からしてリナの知り合いだろうか。
そう思って、リナの方へと視線を戻せば。
「それとも忘れてしまったかしら、あたしのこと」
「な、なんで……ここに……」
リナは見たことがないくらいにうろたえて、掠れた言葉を出していた。
そんな不安そうな、辛そうな彼女をみれば、危機が訪れていることは明白で。
助けるために、何かするために私も声を出そうと思うのだけれど。
でも、何故か。
私は声が出なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます