第13話 躁悪

「ミューリのせいじゃないよ」


 アオイの血が魔力へと還った医務室でリナは私にそう言った。

 

「……うん」


 それはわかっている。

 アオイの死因は、最終的には自害。


 あっさりと。

 本当にあっさりと。

 アオイは死んだ。


 共にいたのはたった1ヶ月程度でしかなかったけれど、本当にあっさりと死んだ。

 もうアオイの影はどこにもない。

 肉体の全てが魔力へと還ってしまって。


 私の命を狙った彼女だったけれど、どうにも憎しみを覚えないのは、私がその時のことを覚えていないからだろうか。


「しんじゃ、ったんだ」


 口に出してみても、すとんと腑に落ちることはない。

 なんだか現実感はない。

 本当に死んだのだろうか。


 もうアオイと話すことは二度とない。

 死んで魔力へと還った彼女と話すことはもうない。


「い」


 いや、まだ手がないわけじゃない。

 死から救う手はある。

 私の手の中に。


 私の魔法なら、死から救うことだって。

 

「違う」


 それも、もう無理だ。

 もう、死んだ後なのだから、彼女の魔力情報を取得できない。

 死から復活なんてことはできない。


 私が助けようと思えば助けられたのだろうか。

 首が切られたあの瞬間に彼女の魔力情報を取れば。


 私の命を狙う彼女の命を救うというのも変な話だけれど。

 それも自らの命を対価にして。


 それにそんなことをすれば、リナは怒るだろう。

 それは……嫌だ。嫌われたくない。


 でも、助けられたかもしれない。

 いや、もっと単純に私が普通の人だったなら、アオイとも普通に友達でいられただろうか。どうだろう。


 それは、ない。

 もしも私が普通の人だったなら。


 まず、この学校には来ていないだろう。もしも蘇生魔法がなくたって、そこまで自らの魔法の才があるとは思えない。


 そうなれば、アオイと出会うこともなかったし……いや、私に蘇生魔法がないのだから、まずアオイが私に話しかけることすらなかっただろう。

 彼女が話しかけてくれたのは、私の命を狙っていたから……なのだろうし。


 そう思えば、やっぱり彼女も私を見ていなかったのだろうか。

 私の魔法を見ていただけなのだろうか。

 友人だと思っていたのは、結局のところ私だけだったのだろうか。


 リナも。

 リナも本当は。

 そうなのじゃないだろうか。


 いくら私を好きだと言ったって。

 私を見てくれていると思っているけれど、でも。そんなものはまた嘘かもしれない。アオイのように、私に嘘をついているだけなんじゃ。


 それならやっぱり私は孤独ということになる。

 真に孤独なのは。


 あ。


 違う。


 そんなわけがない。

 そんなはずがない。


 違うんだから。

 そんなわけがない。

 でも。

 そんな勘違い。

 なら私は。


「ミューリ、ミューリ? ね、ミューリってば」


 リナの声が遠くでして。

 近くに彼女の顔があって。

 私の意識は戻ってくる。


「え、あ、うん。な、なに? ごめん、ちょっとぼおっとしてた」


 急いで言葉を探す。

 自らの中で出た結論から目を背けるように。


「大丈夫? その、もう帰ろうか。疲れたでしょ? 寝た方がいいんじゃない?」

「あ、うん。そう……かも」

「じゃ、ほら」


 そういって、彼女は私の手をとり、その場を後にして、私達の部屋へと向かう。

 まだ軽い血痕が残った自殺現場を後にする。


 後の処理は、教員の人がなんとかするらしい。

 彼らの動きはなんだか手慣れていて、少し嫌だった。


 ちらりとリナを見る。

 彼女も私の様子を伺いながら、少しずつ私達の部屋へと近づいていく。


 多分、彼女は私を心配してくれているのだろう。

 そして気遣ってくれている。

 こうやって、手を繋いでもくれる。

 その温もりは私に向けられている。


「……」


 私は?

 私の、手は?

 私の熱は?


 どこにあるの?

 この掌の中に私の熱はあるのだろうか。


 周りを疑ってばかりの私に熱はあるのだろうか。

 これだけ与えてくれるリナのことも疑ってしまって。

 なら、一体何を信じられるというのだろう。


 そう。

 私はきっと。

 きっと、私は。


 孤独であることを望んでいる。

 孤独であれば、傷つくことはない。

 孤独から抜け出す機会をくれた彼女の手を振り払い、逃げ出して、孤独の中で嘆き、凍えて消えていくのを望んでいる?


 望んではいない。いないけれど。

 でも、それが傷つきにくい選択だと知っている。

 仕方ないと諦められる選択だと知っている。


 だから、私は逃げたい。

 逃げたくなっているから、リナを疑って。


「おやすみ。ゆっくり休んでね。あと……その、傍にいるから」

「ありがと……」


 気遣ってくれる彼女に、小声で感謝を伝えて横になる。

 それすら、嘘っぽい。

 自分の言葉が嘘っぽい。


 本当に嘘つきなのは私なのだと思う。

 私は、ずっと誰かのせいにしてきた。


 同室の先輩を試した言葉だって。

 私はどれだけ人のせいにしたら気が済むのだろう。


 私が考えていることは、最後まで私のことでしかない。


『あんた、人に興味ないんだね』


 先輩の言葉が蘇る。

 そう、私は身勝手なのだろう。


 だから、こんなにも誰かに傷つけられるのを恐れている。

 もしも私が優しい人だったなら傷つくことを恐れない。


 でも、違う。

 私は最後まで自分のことしか考えていない。

 自分のことばかり。


 リナは私を気遣ってくれた。

 でも、私は何も返せない。


 そんな人が、生きていていいのだろうか。

 

 アオイは私を殺そうとした。

 人殺しをしようとした。


 それは確かに許されない行為なのだろう。

 でも、彼女は私と話してくれた。

 それが私を殺すためであっても、あの彼女と過ごした一カ月間は嘘ではないはずなのに。


 でも、私はそれを嘘だと決めつけようとしている。

 そうじゃないのに。

 きっとそうじゃないのに。


 アオイだって、私の孤独を埋めてくれたというのに。

 私は彼女に何も返せなかった。


 返す前に死んでしまった。

 死から救うこともできなかった。


 アオイが死んだ理由はまだよくわかっていないけれど。

 最後に話した私がもしも、何か別のこと言っていれば。


『あなたと話したのは失敗だった』


 アオイは最後にそう言った。

 あれはどういう意味だったのだろう。

 私と話さなければ、彼女が死ぬことはなかったのだろうか。


『贖罪』


 とも、彼女は言っていた。

 今まで彼女がどういう人生を歩んできたかはわからないけれど、でも、アオイは最後にそう言った。


 私を殺そうとしたことが罪だというのなら。

 アオイが自らを見て、罪だとわかる人なら。

 それが自己満足だろうと、自らに罰を与えられる人なら。

 私より生きているべきなのではないだろうか。


 たくさんの人を疑い、たくさんの人から手を払いのけて、誰かの熱を奪うだけの私は、生きていていいのだろうか。

 私も贖罪するべきなんじゃないだろうか。


 私も死ぬべきじゃないだろうか。

 私も、死なないといけないんじゃないだろうか。

 それこそ私はアオイを殺したようなものなのだから。

 死なないと。


 死なないといけなんじゃない?

 私は生きていたらいけないんじゃない?


「い、き」


 息が途切れる。

 息が難しい。

 呼吸が苦しい。

 息苦しい。 

 生き苦しい。


 死んだ方がいい。

 死んだ方がいいんだ。

 私なんて早く死なないと。

 だってそうしないと。


 そうしないと。

 許してもらえない。

 嫌われる。

 殺される。

 許してくれない。


 罪を。

 贖罪を。


 許して。

 ゆるして。

 許してください。


 こんな私を。

 こんな私でも。


 許して。

 許してもらうために。


 死なないと。

 早く。


 殺してあげないと。

 私を。

 私を殺して。

 許しを乞わないと。


 嫌われる。

 嫌われたくない。

 怖い。

 また独りになりたくない。

 だから逃げたい。元々独りであることに逃げたい。


 やだ。

 こんなの嫌だ。

 怖い。

 

 だから。

 しね。

 しんじゃえ。

 

 殺してやる。

 ころして。


 ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。ころしてやる。


 ころして。

 違う。

 私は。


「みゅ、ーり……」


 掠れたリナの声が聞こえて。

 いつの間にか消えていた意識が浮上する。

 そこは暗がりで。

 明かり1つない部屋で。


 私はリナの上にのしかかり。

 私の手はリナに伸びて。

 私の手は、リナの首に伸びて。


 私はリナの首を絞めていた。

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