第8話 鬱巣
私達の部屋はあの日から沈黙が続いている。
彼女と私は一言も話していない。
どう話せばいいのかわからない。
何を話せばいいのかもわからない。
朝も昼も夜も、今までの私達は食事を共にしていたけれど、最近はもう会うことすらない。
午後の授業である実技演習も、今までは2人でいたけれど、今は別々の場所にいる。
最近の彼女がどこにいて、何をしているか。私は知らない。
そもそも私は何が原因でこの状況が成り立っているのかがよくわからない。いや、原因ならわかっている。
リナは私の魔法を気に入っていない。ただそれだけ。
でも、どうしてなのだろう。
死んでも蘇ることができるというのに。
命が2つがあるのも同じというのに。
それのどこに不満があるというのだろう。
何の不満があるというのだろう。
蘇生魔法の精度?
私も使ったことはないからわからないけれど、ほぼ十全な状態で復活するはず。そういう魔法なはずだから。そうでなくてはおかしい。
蘇生魔法の条件?
条件自体はほぼ達成しているけれど、でも条件は誰にも話したことはないし、彼女もそれを知らないはずだ。だから、リナがそれを心配することもないはずなのに。
だから、彼女が二つ目の命に対して不安を感じる要素などないはずなのに。
あ、もしかしたら魔神教のせいかもしれない。
私の詳しくはないけれど、魔神教だと死後は魔神の元へと還るとかなんとか……たしかにその教義と照らし合わせれば、私の魔法は受け入れがたいものかもしれないけれど。
でも、リナはそんな敬虔な信徒だっただろうか。
あまりそうは見えない。
それに魔神教は魔法に対してはあまり快く思っていないはずだし。たしかにこの国で魔神教は流行っているけれど、この魔法学校に限れば、魔神教の熱心な信者はほとんどいないだろう。
結局、どうしてなのだろう。
どうして彼女は私を拒絶したのだろう。
リナは私が好きだと言ってくれて。
私もリナが好きで。
お互い大切で、彼女は私を恋人だと言ってくれた。
恋人とか私にはよくわからないけれど、それが唯一なことぐらいはわかるから、だから、とても嬉しかったのに。
嬉しくて、でも、私には何もなくて。
蘇生魔法以外何もなくて。
だから、蘇生魔法で命を捧げるべきだと思ったのに。
それだけは私が持つものだから、彼女には受け取ってほしかったのに。
でも、彼女は最後にはそれを拒絶した。
まだ贈り物が気に入らなくて、受け取らないぐらいなら、まだ話す余地はあったけれど、リナは私を拒絶している。
一言も話していない。
起きた時にはもうこの部屋に彼女はいない。夜もふらりと帰ってきては、すぐに寝てしまう。
この部屋はリナが来る前と同じように、静寂に包まれた冷たい部屋になってしまった。
きっと私はまた何かを間違えたのだろう。
同室の先輩が私を見限り、この部屋に沈黙が降り立ったように。
リナも私を捨てて、この部屋を冷たくしたのだろう。
きっと私のせいだ。
なにが悪いかはわからないけれど。
でも、蘇生魔法を使うと言ったのは失敗だった。
喜んでもらえると思ったけれど、でも、彼女の逆鱗に触れたのだろう。
蘇生魔法を使わないと言えば、恋人に戻れるだろうか。
いや、それは私の本心じゃない。
そんな嘘はリナには通じないだろう。そんな予感がする。
それに嘘は言いたくない。嘘なんて。
いや、こんなの言い訳だ。
本当はただ怖いだけ。
もしも推測が間違えていたら、さらに彼女の機嫌を損ねることになる。
そうなれば、もうこの部屋にリナは帰ってこないかもしれない。
そうなったら。
私は好きな人を見ることすらできなくなる。
そんなのは嫌だ。
嫌だけれど。
でも。
今の状況も、ただ息苦しいだけ。
想いが通じ合ったと思ったのは、私の勘違いだったのだろうか。
また私は思い上がりの果てに、間違えたということなのかな。
どうすればいいのだろう。
何をすれば、この閉塞した今が変わるのだろう。
わからない。
何も、わからない。
素直になれば、喜びがあったはずなのだけれど。
素直さの果てが今なら、もっと取り繕うべきなのだろうか。
でも、何が悪いのかがわからないから、繕い方もわからなくて。
そうこうしているうちに時だけが過ぎて。
一言も話さないまま、5日が経過した。
ほんとうに一瞬で、時が過ぎた。
随分と長いように感じる一瞬だったけれど。
去年までと変わらない日々。
結局のところ、この日々を送るのが私の運命なのだと思ったけれど、またしても変化は突然に訪れる。
「編入生のアオイさんだ。今日から皆さんの学友になる」
「アオイです。よろしくね」
その人は私の学級に編入してきた。
ぱっと見だけれど、随分と綺麗な人だなと思った。
そのせいだろうか。
彼女と目が合った気がして、ぱっと視線を逸らす。
考えてみれば視線を逸らす必要などないのだけれど、なんだか見られてはいけない気がして。
「では、空いているところに座りなさい。授業を始める」
軽い挨拶だけで、その時は終わった。
前までなら、もう少し自己紹介とかもあったのだけれど、もう第三回生なのだからそういうのはないのだろう。
しかし、この時期に編入してくるなんて、珍しい。何かあったのかもしれない。家の用事とか? まぁ、誰であろうとあまり関わることはないだろうけれど。
「隣、いい?」
と、思っていたのだけれど、彼女が座ろうとしたのは私の隣だった。
「え、あ。うん。いいよ」
まさかこの長机にくるとは思ってなくて、驚きつつも私は少しずれる。
後ろの方の席で空いているからここにしたのだろうか。この長机に私だけの理由をもう少し考えた方が良いようなきもするけれど。
「ちょっといい? これ、何頁をやってるの?」
まぁどちらにせよ、これ以降話すことはないかと思ったけれど、彼女はすぐに私に話しかけてきた。話すというより、質問でしかないのだけれど。
「えっと、20だと思う。多分」
「ありがとう」
ちらりとアオイのほうを盗み見る。
短く纏められた黒髪は、随分と暗く、全ての光を飲み込むかのようだった。それは確かに綺麗なのだろうけれど、でも。
その。なんというか。
なんとなく、私は少し不安になる黒色だと思った。
「午後の時間の時、時間ある?」
アオイは授業が終わった途端、そう言った。
最初は誰に行っているのかわからなかったけれど、彼女の目がこちらを見つめていると気づく。
「え、わ、私?」
「うん。またでもいいけれど」
そこに何か意味のある表情は見えなくて、何を考えているのかわからなくて、濃い黒髪も相まって、少し怖い。
でも、予定はない。
前までなら、午後の実技演習はリナといたけれど、今はまた独りだから。
「あー、うん。大丈夫、だけれど……」
でも、良いのだろうか。
もしもアオイと仲良くなれたとしても、リナと同じようにまた何故か険悪になってしまうのなら、最初からそこまで関わらないほうが良いんじゃないだろうか。
それに私と仲良くするということは、この魔法学校において孤立することをいみしているのだし。
「それじゃ決まり。あ、連絡先も交換しよう」
アオイは無表情のままに端末を取り出す。
私は言われるままに端末に彼女の連絡先を登録する。
これで登録された人は3人目になる。
同室の先輩、リナ、アオイ。
先輩とは、すぐに話さなくなった。
……リナも、同じ道を辿った。
アオイも、そうなるのだろうか。
そんなことを考えながら、昼休みは終わり、午後の授業が始まる。
端末に彼女からの連絡が来て、私はアオイと合流した。
私は少し遅れて、着いたときには既にアオイは訓練を始めていた。
「へへーん。どう?」
アオイが自信ありげに胸を張り、私に問う。
ちらりと視線を移せば、そこにはアオイが魔法を使い破壊した訓練用の標的が転がっている。それ自体は結構なことで、すごいことなのだろうけれど。
「どうって……それじゃ、多分だめなんじゃないかな……」
「どうして?」
「だって、攻撃魔法じゃないでしょ? 課題自体は基本攻撃魔法を使って破壊するなんだから……」
そう言えば、アオイは困惑したように首を傾げる。
首を傾げたいのは私の方なのだけれど。
編入生なのだから、多少なりとも魔法が使えると思ったけれど、彼女は基本攻撃魔法は1つも使えないようだった。代わりに身体強化魔法が得意なようで、軽く手を振り、標的を破壊していた。
「ま、まぁ実際の実技試験なら問題ないと思うよ。方法は問われないし。課題なんてできなくてもそこまで問題じゃないから」
一応、私は補足するように付け加えるけれど、アオイはまだ首を傾げたままだった。
「つまり?」
「えっと。できなくてもあまり困らないよってこと。奨学金とかが欲しいなら別だけれど」
奨学金がもしも欲しいなら、それこそ学級の中で一番ぐらいの成績を取らないといけない。だから、アオイにはそれは難しいだろう。
奨学金がなければ、それなりに高い金を支払って、この学校に通うことになるらしい。私にはどの程度なのかわからない。私は例外だから。
「なるほど。ならいい」
次とばかりに、アオイは別の標的に狙いを定める。
次の模擬標的の強度はさっきのよりも数段高いはずだけれど、またしても軽く一振りで、破壊してしまう。
「えへん。楽勝」
「……すごいね」
それからもどんどんと強度の高いものや高速移動する標的に挑戦しては、その全てを破壊していく。
最初はどうして編入できたのかわからなかったけれど、これを見れば、私でもわかる。
彼女が編入できた理由は身体強化魔法だろう。
思考加速や、筋力の向上、肉体強度の向上といったことが可能な身体強化魔法は、魔法使いの基礎どころか人類の基礎とはいえ、アオイの身体強化魔法の出力は異常の一言につきる。
ここまでの身体強化をできる人は、この学校内でもほとんどいないはずだし。
私と同じで1つの魔法に特化しているのかもしれない。
「ミューリはいいの?」
「え?」
最初、何のことを言っているのかわからなかった。
だから、私は疑問符を口にしてしまうけれど。
「ミューリは練習しなくていいの?」
「あー、えっと」
そう言われれば私でもわかる。
たしかに私は何もしてない。
ここに来て、こんなにも何もしていないのは私ぐらいだろう。
みんなは何かしら魔法の練習をしている。
その理由は簡単だけれど、でも、それを素直に言うべきか迷った。
アオイにそれを言えば、彼女も私から離れていくんじゃないかって。
「その、私は魔法を使えないから」
でも、そんなことはいつかはわかることだろう。
それに離れていくのなら、それはそれで構わないのかもしれない。
結局、私はそういう運命なのだろうから。
「そう」
どうなるのだろうと思いながら言った言葉だったけれど、彼女は軽く受け止める。
「な、何も聞かないの?」
「? 何を」
興味がないのだろうか。
魔法が使えないなんて、人ではないのと同じなのに。
そこまで他者に興味がないのだろう?
その冷たいとも思える感情が私はとても楽だった。
それなら私との関係もつづくかもしれない。
「あれ」
そこで私は違和感に気づく。
「なんで、私の名前」
それ以上は言葉にならない。
私は見つけてしまった。
目が合う。
リナと。
よく考えてみれば、それは当たり前で。
彼女は真面目に毎日、実技演習をしていたのだから。
この場所にいるに決まっている。
私がいるこの場所に。
彼女の位置は遠いけれど、確かに私達は目を合わせた。
声が聞こえる距離でなくて良かったと、心のどこかで思う。
「どうした?」
「いや……なんでも、ないよ。わ、私、先に戻るね」
私は目を逸らし、とても早口で、そう言い、私は逃げるようにその場を後にする。
「そう? それじゃあ、また明日」
ちらりと後ろを見れば、アオイがぼんやりとした目のまま軽く手を振っていた。
それに振り返そうとしたけれど、それよりもはやくリナの方が目に入る。
リナはもう私を見てはいなかった。
別の誰かと話して、笑っていた。
それを見れば、私はもう何もする気も起きなくて。
ただ小走りで逃げることしかできなかった。
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