第6話 鬱世

 リナが蘇生魔法を知っているとわかって以来、私は彼女との距離感を測りかねていた。


 仲良くしていたい。

 それは嘘じゃない。


 でも、心のどこかで思ってしまう。

 彼女も私の魔法が目当てなのではないかって。


 そうではないと否定する材料はあれど、決定打になるほどではない。

 そして過去の経験は、彼女が夢見た誰かではないと言っている。


 また言われてしまうのだろうか。蘇生魔法が欲しいって。

 そう言われれば、私はどうすればいいのだろう。


 断れば、リナは私を嫌いになるだろか。

 それは……嫌だ。


 なら、蘇生魔法を使うことを約束するべきなのだろうか。

 それも、嫌だ。蘇生魔法を使いたいとは思っていない。でも……使いたくないとも思っていない。


 ここで流されておくべきなのだろうか。

 彼女に流れて、蘇生魔法を使用するのが落としどころなのだろうか。

 まぁリナが死んでしまうことなど、そうそうないことではあると思うけれど。


 そう割り切ってしまえば、素直にしておけばいいのだけれど。そんな簡単に私の心は動かない。古びて錆びついた壊れかけの心なのだから。

 だから、わからなくなってしまう。


 私は今までどうやってリナと話していたのだろう。

 どんなふうに。どんなことを。

 何をして、彼女と関わっていたのだろう。


 それがわからなくて。

 それがばれたくなくて。

 必死に取り繕って。

 でも。


「最近、どうしたの?」


 そんなに私の演技は上手くはない。

 だから彼女に簡単にばれてしまう。


「え、えっと。何が?]


 授業が始まってから,5日。明日は休日で、既にいつもなら寝ている時間だったけれど、私達は深い夜を前にして、向かい合っていた。

 彼女は不安そうで、心配そうな顔で私を覗き込む。


「その。変だよ……ミューリ、何かあったの? 私で良ければ相談にのるよ? 私で力になれることなら、なんでもするし。私達、友達でしょ?」


 友達。友達ね。

 友達ではある。のだろうか。

 いや、友達なのだ。


 そして、友達でしかない。

 彼女は私が命を捧げる誰かではない。

 なら。


「なんでも、ない。うん。なんでもないよ」


 私は何も話せない。

 話したくない。


 それにこれは私が勝手に期待して、そして失望して、悲しんでいるだけなのだから、それを彼女に話したってなにも良いことなどない。


「そう……それなら、良いけれど……」


 彼女は悲しそうに視線を下ろす。

 そして口を開いて。閉じて。開く。


「……おやすみ」


 彼女はそう言って、寝具へと行った。

 拍子抜けなほどに彼女の尋問はすぐ終わった。


 ……正直、もう少し聴かれるかとおもっていたけれど。

 そこまで私に興味はないのだろうか。


 いや、当然だろう。

 こんなものなはず。


 友達なのだから。

 友人なのだから、これぐらいが普通なんだ、と思う。


 私が隠そうとしたことを暴こうとはしない。

 踏み込もうとはしない。


 普通。

 なのだけれど。


 どうして私は、少し残念だと思っているのだろう。

 もっと聞いて欲しいと願っているのだろう。

 もっと私のことを知りたくはないのだろうか。


 私はリナのことをもっと知りたいのに。

 でも、知ろうとした結果が、夢の崩壊なのだけれど。


「おやすみ」


 私も彼女の背中にそれだけ言って、自らの寝具へと潜り込む。

 彼女を見ないように背を向けて目を閉じる。


 今は何も考えたくはない。

 昨日も。その前の日も同じだった。

 そして、明日もきっと同じ。


 また誰かが現れるまでは、また私は夢の中で閉じ籠っていたい。

 リナが誰かであれば、良かったのに。そんな願望を手放せるように。


 夢が遠い。

 夢に微睡みたい。

 いつまでも空想の中で過ごしていたい。

 ずっと何も考えずに幸せな夢に浸っていられたら。

 どれだけ良いだろう。


「ミューリ」


 暗い部屋で。

 半分ぐらい夢に浸る私の思考にリナの声が響く。


「もう、寝ちゃった?」


 どう答えようかと迷う。

 寝ているふりをしようか。それとも応えるべきなのか。


「さっきの話。やっぱり気になるよ。話して、くれない……?」


 私の返答よりも先に、小さな声で彼女は囁く。

 その言葉に私の返答は余計に悩むことになる。


 どう答えるべきなのだろう。

 わからない。わからないから、答えないべきなのか。


「……寝ちゃってる、よね」


 時期にリナはそう呟いて、音が遠ざかる。

 彼女もまた夢の中に戻っていくのだろう。

 このままならやりすごせる。

 寝たふりをしたまま。


「怖いんだよ」


 でも、私は声をだした。

 背を向けたまま。

 目を閉じたまま。


「怖い。リナも蘇生魔法が目当てなんじゃないかって。私じゃなくて」


 届いているかもわからない小さな声で。

 闇に包まれた部屋の中で、ぼんやりと呟く。


「私のことなんか、どうでもいいんじゃないかって」


 話してみれば、私のぐちゃぐちゃとした心は、意外と素直に言葉にできた。

 でも、もっと。

 リナのように素直になるとするのなら。


「私を、好きだって言ったのも……嘘なんじゃないかって」


 それが私が一番恐れていたことなのかもしれない。

 あれだけ心が高鳴ったあの言葉が、空虚な嘘であることが私は一番怖かった。


 その理由は。


「だって。きっと」


 まだはっきりとはわかっていないけれど。

 でも、この感情にもっともらしい言葉を名付けるのなら。


「私もリナのこと、好きだから……」


 きっとそうなのだ。

 素直になれば、そういうことなのだろう。

 だから彼女が、夢の誰かであれと願ったのだろう。 


 そう告白してみても、部屋には深い沈黙が流れるだけであった。

 きっともう彼女は寝てしまったのだろう。

 こんな小さな声で言っても、伝わってはいない。


 私は少し安心して。

 少し悲しんで。


「嘘じゃないよ」


 その声に驚かされた。

 その声は真後ろから聞こえた。


 急いで振り返れば、彼女は仕切りを越えて、寝ている私の枕元に立っていた。


 驚きのあまり、声も出ず、身動きもできない私に。

 彼女はもう一歩、ひらりと近づいて。

 しゃがんで。


 そっと口付けをした。


「ぇ」


 わけがわからない。

 どういう。

 いや、なにが。

 なにが。

 おきた。

 なにを、され。


 いま。

 いまのは。


「私、好きじゃない人にこんなことしないよ」


 見たことがないほどに顔を赤くして、彼女はそう言った。

 多分、それよりも私は熱を出していただろう。それぐらいのことは自分でもわかった。


「これで信じてくれた?」


 私は何もできない。

 まるで氷漬けにされたかのように、私の熱い身体は行動を停止している。

 何か言わないと。

 何か。


「これでも、だめか……なら……えっと、ほら。私、蘇生魔法使ったら怒るよ。私は、蘇生魔法を使わせないためにここにいるんだから」


 またしても私の頭の中は疑問符で埋まる。

 どういうこと。どういうことだろう。

 何を彼女は言っているのだろう。


「私、蘇生魔法が使えるとか、魔法が使えるとか、そんなの関係ないよ。ただミューちゃんが好きだよ。だから、蘇生魔法でミューちゃんが死んだら、嫌だもん。だから、怒るよ」


 指を立てて、めっとでも言うかのようにリナはそう語る。

 その言葉は私の心の中にすっと入ってくる。


 考えてみれば、当然なことではある。

 私が彼女と出会ったのは5歳の時で。


 その時は私が蘇生魔法を使えるなど誰も知らなかった。

 でも、私はリナと仲良くなって。

 唯一の親友で。


 きっとその時から、好きな人だった。


「まだ、怖い?」


 リナは眩しいくらいの笑顔で私に問いかける。

 彼女はまた私には輝いて見えていた。


「少しだけ……」


 私は腕を伸ばして、彼女を抱き寄せる。

 額を擦り付けて。

 彼女の熱を感じて。


「だから、一緒に寝てくれる?」


 私は小さく嘆願する。


「ミューちゃんは甘えんぼだね」


 リナも微笑む。

 私もつられて笑う。

 そして夢が現へと昇る。

 私達は夢を呼び寄せる。

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