第5話 鬱身

 蘇生魔法。

 便宜上、そう言われているけれど、実際のところは命を蘇らせるわけではないらしい。破壊された魔力情報の復元らしい。


 ともかく命を蘇らせることができる。

 もちろん代償もある。そう簡単に命を操ることを魔神様は許しはしないということだろう。色々あるけれど、最大の代償は私の命。

 命を蘇らせるには、命を捧げなければならない。


 それが判明したのは9歳の時。


 それまでも特殊な術式を編むことができることはわかっていたようだけれど、でも、それが蘇生魔法であることはわかっていなかった。どこかの研究者がそれを解き明かしたとかなんとか。


 それからは恐ろしい日々だった。


 私が蘇生魔法を使えると知った人は私に魔法を使わせようとした。

 当然だろう。そんな魔法があれば、生き返らせたい人がいる人の方が多いはずだ。最初は私も代償や発動条件なんてわからなかったから、それに応じようとした。深く考えることもせず。


 でも、できなかった。

 私の魔力保有量では、到底蘇生魔法に必要な魔力量に達していなかったから。


 外付けの魔力も受け付けない。

 必要なのは私の魔力。それも私の保有量を大きく超えるほどの。使えば死ぬほどの魔力を私の魔法は要求していた。


 それがわかれば、私は魔法を使うのを躊躇った。

 幼い私は死ぬのが怖かった。それに魔法を使えば苦しくなる。


 でも、それでも使わせようとする人はいた。

 それも、当然なのだろう。みんな生きていたい。生きて欲しい人がいる。


 それは母だった。

 数年ぶりに会った母は病床の上で寝ていた。

 とても衰弱していた。


 母との記憶は薄っすらとしかない。

 でも、魔法の使えない私を心配して病院に連れていくぐらいのことはしてくれた。そうでなくては、私があの白い部屋に行くこともなかっただろうし、研究所で私の魔法が判明することもなかっただろう。

 まぁ、母は研究所に私を捨てたとも言えるのだけれど。


 寿命であると医者は言った。

 でも、母はまだ命が欲しいようで。


「ミューリ。私を、私を助けて……誰があなたを産んだの……? 誰があなたの面倒を見てあげたの……? 私が産んだ命でしょう……? 私に少しぐらい返してくれても……」

「そんなの……」


 おかしい。

 そう思ったけれど、それよりも早く母は怒鳴った。


「早くしなさい! 私がっ! 私が死んでしまうでしょう!? それでもいいのね? 私が死んでもいいのね? どうせあなたもそうなのでしょう!? 私なんて死んで構わないのでしょう!?」


 そういうわけではない。

 死んでほしいわけではない。


「ミューリ、できないの!?」

 

 母は泣きながら叫んだ。

 だから、涙目のまま頷いた。

 だから、魔法を使うことにした。


 身体が凍えるように寒くなろうとも。

 目の前が見えなくなろうとも。

 全身の感覚が失われようとも。

 息をしているのかもわからなくなっても。


 魔法を使おうとした。

 でも、途中で途切れた。


 そこで気づいた。

 私の魔法は対象者の情報と対象者が死んでいる必要があることに。


 それを母に言おうとすれば、母は既に死んでいた。

 死人の魔力情報を元に復元しても、死人以上の状態へは戻らない。

 魔力情報は生きているうちに取得しなくては、蘇生魔法としては機能しない。


 そこで私は倒れた。当然だろう。私は魔力保有量以上の魔力を使おうとしたのだから。

 そして、病院の先生に助けられた。


 私を介抱してくれた先生はとても優しかった。

 色々話してくれて、様々なことを教えてくれた。

 仲良くなった。多分、仲良くなったのだろう。

 でも。


「な、お前なら……お前なら、俺を助けられるだろ? な? 俺は、俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ。だって……そう! たくさんの、大勢の人を助けないといけないし……それに、お前だって、俺がいなくなれば独りだろ?」


 彼は患者でもあった。

 魔力障害の一種。

 自らの中で制御の効かない魔力が生まれることがある病だった。


 少量であれば問題はないようだったか、もしも多くの魔力が制御下から離れれば、自らの肉体を壊すだろう。その確率は低いが、確かに存在する確率で死ぬ。


 だから彼はもしもの時に生き返らせてくれと頼んだ。


「別に……気が向いたらでいいからさ。な? 頼むよ」

「や、やだ……そんなの……私、死にたくない……」


 私は小さな声で答えた。

 その時のことを良く覚えてはいないけれど、私は多分……嫌だったのだ。仲良くしてたはずの先生は、ただ私の魔法が目的なだけだったのだから。私が見られていない気がして、嫌だったのだ。


「俺だって……俺だって死にたくねぇよ! なぁ! そんなの誰だってそうだろが! でもよ! 考えてみろよ! 俺と! お前! どっちが人を救える!? 魔法も使えないお前か? 違うだろ? 俺だ! 俺なんだから! 早くしろって!」


 彼は私の肩をゆすり、私の目の前で怒鳴った。

 私はただ怯えるだけで、何もできず蹲るだけだった。


 その時、音がして。

 次の瞬間には、病院が炎に包まれていた。

 そこで私の記憶は途切れる。


 あとから聞いた話では、どこかの勢力が攻めてきていたとのことらしい。狙いは私だったようだけれど、私は攫われることなく助けられた。その時の記憶はないのだけれど。

 

 その時に病院の人はほとんどが死んだらしい。私が蘇生魔法を使えると知る人ももうほとんどいなくなったとか。

 私を助けたらしい女はそんなこと言っていた。


 その人に連れられて、とある場所に行った。

 そこは多分だけれど、とても偉い人の集まる場所だった。


 そこでは私の扱いについて話していた。


 蘇生魔法はそれ自体が争いの種だろうから秘密にしようとか。

 使うことを止めはしないが、慎重に使った方がいいとか。


 そんなことを言っていた。

 でも、なんとなく。


 彼らは自分達に使って欲しいのだろうなと思った。

 そしてそうなるのだろうなと思った。


 子供ながらに、私にそうさせるための手段がたくさんあることはわかっていたし、そしてそういう風な運命だと思った。誰かのために命を捧げる運命なのだと。


 でも。

 それなら、命を捧げる相手ぐらい自分で選びたい。

 命を捧げても後悔しない誰かに。


 そう思うことは悪いことなのだろうか。

 でも、私は彼らに魔法の条件を話さなかった。

 そして今まで他の誰にも条件を話したことはない。これは私だけの秘密。


 でも、蘇生魔法を使えるということを知っている人はそれなりにいる。同室だった先輩だって知っていた。どこからか漏れ出たものや、ちょっとした噂から知ったのだろうけれど。


 まぁ、いつかはわかってしまうことなのだろう。

 いつかはすべてが暴かれて。誰かに命を捧げなくてはいけなくなるのだろう。


 私の人生が誰かのために在るというのなら、私の命はなんのためにあるというのだろう。私は結局のところ、わからない。


 私は自らの意思でこの魔法を使おうとする日が来るのだろうか。

 誰かに流されるのではなくて、自らの望みによって。


 そんな日を憧れている。

 そう思わせてくれる誰かを夢見ている。


 でも、私は皆が私の魔法を狙っているようにしか見えない。

 みんな命が失われるのは怖いのだから。


 だから夢の中では誰も、私の魔法など知らない。

 夢見た誰かがリナであることを祈っていたけれど。


「一応、護衛って扱いみたいだからね。私はミューリと共に過ごせるならそれでよかったのだけれど、色々条件を出されちゃって。その時に教えてもらったよ。蘇生魔法が使えるって」


 そんなことを彼女は言う。 

 言ってしまう。


 蘇生魔法のことを知っているのなら、それは夢見た誰かではない。

 私が命を捧げたい誰かにはなれない。


「そう、なんだ。も、もう寝るね」


 辛うじて言葉を絞り出す。

 私は上手く笑えていただろうか。


 おやすみと軽く手をふるリナをちらりと見る。

 何故だろう。さっきまで輝きが見えなくなってしまっていた。

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