第4話 躁動

「すごいよ! あんな簡単に……リナってすごい強いんだね!」


 授業が終わり部屋に帰ってからも、私の興奮は抜けきっていなかった。

 リナと対峙していた男だって、とても強い生徒だったはずなのに、あんな簡単に倒してしまうなんて。それも一瞬で。


 見たこともない魔法を使って、圧倒していた。

 あの頃、白い部屋で共に遊んでいたリナがこんなにもすごい人になっていただなんて。私はただただ感嘆の声をあげるしかない。


「ありがと。でも、こんなの別に誇れることじゃないよ」


 リナはぽつりと微笑みながら言う。

 それは謙遜には見えない。

 そんなに未開域では強い人が多かったのかな。


「それにごめんね。私のせいで。危ない目に合わせちゃって」


 彼女はそう謝る。

 私は一瞬、何のことかわからなかった。

 けれど、すぐにあの男が私へと攻撃をしたことだと悟る。


「あ、いや。うん。あれは、あの人が悪いよ。リナのせいじゃない」

「そう言ってもらえると助かるけれど。でも、私が浅はかだったよ。あんな人もいるなら、これからは午後は私といないほうがいい、のかな」


 そう語る彼女に私は少し笑ってしまう。

 なんだか寂しそうというか。

 それ以上に、それが本心じゃないことは私でもわかる。

 それがわかりやすくて、少し笑ってしまう。


「ど、どうして笑うの?」

「あ、いや。その、可愛くて。そんな顔しなくても、一緒にいるのは嫌じゃないよ。言ったでしょ? 別にリナのせいじゃないんだから」


 私は言い訳するように一息に言う。

 

 あれ。

 今、私なんて。

 可愛い?

 私は彼女を可愛いと認識しているの?

 いや、それ以上に。


「ありがと」


 彼女はほっとしたように笑顔を見せる。

 やはりリナには笑顔の方が似合う。それを見れば、私の中に生まれた変な疑問も振り払われる。決闘前のような怖い彼女はあまり見ていたくはない。


 朧げな昔の記憶を辿ってみても、リナはほのかな笑顔を見せていた記憶が強い。そんな気がする。彼女は静かで儚げだったけれど、同時に笑顔を見せることも多かったような……


「でも、うん。また戦うことになるなんてね」


 リナの呟きが、過去へと向かっていた私の思考を引き戻す。

 同時に、彼女の視線が過去へと向いていることは私でもわかった。

 それは多分、後悔のように見えて。


 何かを言おうかと思ったけれど、言葉にならない。

 なんて言えばいいのかわからない。

 こういう時に使う言葉を私はもたない。


「でも、ミューリを守れて良かったよ」


 その時の笑顔は、とても穏やかなものだった。

 でも、それが私の心を躍らせる。


 私はどうしてしまったのだろう。

 思えば彼女と出会った時からそうだ。

 私はどうしてこうも。


 こうも彼女輝いてみえるのだろう。

 不自然なほどに。

 

「なんだか静かだね」

「あ、うん。もうすぐ消灯だし、夜だから」


 この時間になれば、廊下を歩いている人はほとんどいなくなる。部屋の中はいつも静かだけれど、この時はいつも以上に静かになる。私達も寝る準備をしないといけない。


 まるで世界から人がいなくなったよう。

 でも、今日は違う。今日は、リナがいる。

 だから、ふたりきりだ。

 この世界にふたりきり。


 そう意識すれば、先日の言葉を思い出してしまう。


 彼女は私のことを好きだと言ったけれど。

 あれは、結局なんだったのだろう。


 私だって嫌いなわけじゃない。

 でも、まだよくわからない。


 私にとって彼女は昔、仲良かった人でしかない。

 今の彼女のことを少しずつ知っていければいいと思っているけれど。そして、また仲良くなれたらと思っているけれど。


 でも、まだ好きなわけじゃない。と思う。

 正直、好きとかよくわからないから。

 ただ言われるままに生きてきただけの私には。


 彼女には好きがわかっているのかな

 好きとはどういうこと感情なのかわかっているかな。


「ほんとに良かったよ」


 静寂の中でリナは唐突にそう言った。

 それで私の思考は途切れ、彼女を見る。彼女は眩しい笑顔で、私を見ていた。その目の中には何かしらの熱が見える。


「私、すごい楽しい。想像していたよりもずっと」


 それに私はどう返せばいいか悩んで。


「それは、よかったね」


 ただそう返してみる。

 自分でもそのまますぎる返答だとは思うけれど、これ以上どう言えばいいのかわからなかった。

 その返答に彼女は微笑みながら、思いがけない言葉を溢す。


「ミューリのおかげだよ。一緒にいてくれるから、私は楽しいっていうか……嬉しいんだよ? だから、ありがとう」


 照れたりはしないのだろうか。

 言われた私はこんなにも熱に当てられているというのに。

 けれど、それはあまりにも素直な言葉で。私には眩しすぎる。

 でも、それぐらい素直になるべきで。なった方が良くて。それぐらいはわかっているつもりだったのだけれど。


 昔はこうではなかった。

 ここまで難しく、複雑に物事を捉えてはいなかった。

 あの白い部屋でリナと遊んでいた頃は、もっと単純に。


 きっと彼女は昔の良い所をそのままに経験を積み重ねて、良い方向へと歩いてここにいる。簡単に言えば、成長している。昔のままではなくて、過去からずっと積み重ねてた今にいる。


 私とは違う。

 私は、過去を上手く思い出せない。

 酷い後悔ばかりしか思い出せない。全部、捨ててしまったのかもしれない。

 けれど。

 私だって、少しは素直になりたい。

 昔のように、リナと素直にいられたら。


「わ、私も。嬉しい。リナと話せて」


 昔は簡単に言えたはずの言葉も、今は多大な勇気がいる。

 どうしてこんな風に変わってしまったのかな。私は変わってはいないのではなくて、後退してしまったのか。それとも歩く方向を間違えたのだろうか。もしくは、ただ何もしていないだけか……


「これからたくさん話せるよ。今まで話せなかったこともみんな」


 彼女は本当に。

 なんというのだろう。

 その様子を形容するのは難しいのだけれど。でも、端的にいうのなら、そう。


 幸せそうにしていた。


「ミューリと同じ部屋で過ごせるなんて」


 その幸せは私といることで発生している。というのは、驕りがすぎるだろうか。

 でも、そう勘違いしてしまうぐらい、彼女の熱は強い。

 眩しいほどに。

 私の陰鬱な日々を晴らすほどに。


「なんで、なの?」


 不思議に思ってしまう。

 どうしてそこまで、私を好いてくれるのか。


 私だってリナのことを嫌っているわけではないけれど、でも7年も会ってなかったのだから、忘れていたっておかしくなかった。現に私はほとんど忘れていたし。


 結局わからない。

 考えてもわからない。

 私を好きだと言った理由を。


「どうして、そんなに」


 私の零れ落ちた疑問に彼女は微笑む。

 

「何か聞きたいの?」

 

 私は心の内の問いを必死に形にして、弱々しく彼女に問う。


「なんで、好き……なの? 私の、こと」


 言ってて、溢れんばかりに熱を感じる。

 でも、一度形にした問いは消えない。だから、私は続ける。


「だって。もうずっと会ってなかったし。だから、その。わからなくて」

「一番大切な人だから」


 私が必死に生み出した疑問に、彼女は眩しい笑顔のままに、簡単そうに答える。それが当然のように。彼女はそう言った。


「それだけ。ミューリは?」


 反撃とばかりに問うてくる彼女の目は澄んでいて、嘘などつけそうにない。だから、私は正直に答えるしかない。恐れを孕みながら。


「私は、わからないよ。でも、なんだろう……」


 彼女に照らされ見つかる私の中にあるものは、好意? いや、恐怖? 私は彼女に何を思っているのだろう。


 仲良くしたい。

 孤独は嫌だ。

 でも、良いのだろうか。

 私にその資格があるのだろうか。


「わからないなら、なら、うん。またでいいから」


 悩んでいるうちに彼女は手を振り、問いを取り消す。

 私は答えを出せなかったことが申し訳なくて。彼女は答えをくれたのに。


「……その。ごめん」

「いいよ。気にしないで」


 リナは湯呑を片付けに行く。

 私は目を離せない。


 今まで私はどこを見ていたのだろう。

 どこへと視線を持っていけばいいのだろう。

 彼女から目を離せない。


 私はどうやってこの部屋で過ごしていたのだろう。

 どうしてしまったのだろう。

 私は何なのだろう。


 私は彼女をどう思っているのだろう。

 何を考えているのだろう。


 嬉しかった。本当に嬉しかった。

 彼女に好きだと言われて。


 でも。だからこそ。怖い。

 それが失われることが。


 だめだ。こんな考えじゃ。また言われてしまう。


『あんた、人に興味がないんだね』


 頭の奥で声がする。

 昔、同室の先輩に言われた言葉。

 あれから先輩と話すことはほとんどなかった。まず先輩がこの部屋に帰ってくることがなくなった。


 あれも私が心を吐露したことがきっかけだった。

 先輩は私の魔法のことを知っていた。それを私も知った。だから、私は怖くなって言ってしまった。


『私の魔法を知っているから、私と仲良くしてるんですか。私の魔法が目的で。それとも同情で。話してくれているんですか?』


 なんて。

 先輩を試すようなこといってしまった。

 だから、先輩は私を嫌ってしまったのだろう。


 それ以降は先輩と話すことなどなかったのだから、私の魔法が目的ではない。そんなことは、私が問う前からわかっていたことのはずなのに。私は怖くなって、そんなこと聞いてしまった。


 リナは知っているのだろうか。

 私の魔法を。

 私が蘇生魔法を使えるということを。


 蘇生魔法。

 それは私が使うことができる唯一の魔法。命を代償にして発動する魔法。一応、私の他に使える人はいないらしい。本当にそうなのかは、知らない。


「はぁ」


 蘇生魔法のことを考えると憂鬱になる。

 人に許されないほどに破格の魔法であれど、無数の代償を払っているし、払うことになるから。


「ミューリ? どうかした?」


 小さく吐いたつもりのため息は、リナにも聞こえてたようだった。

 彼女は心配そうに私を見ていた。


「なんでも、ないよ」


 自分でもわかるほどに空っぽの答えを返す。

 それで納得してくれる彼女ではない。


「大丈夫?」

「いや……うん。リナは……」


 聞いていいのだろうか。

 聞いて壊れないだろうか。

 この関係が。


 折角また誰かと話せるようになったのに。またそれを手放すことになるのではないだろうか。でも、怖い。

 だから、声を絞り出す。


「私の、私の魔法が何か知ってる?」


 聞いてしまった。

 これの答え次第では、私はまた壊してしまうかもしれない。

 でも、私はこれを聞かずにはいられない。


「知ってるよ。蘇生魔法、でしょ?」


 あぁ。

 視界が揺れる。

 上手く彼女を見れない。


 まただ。

 彼女もまた。

 私が命を捧げる誰かじゃない。

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