第3話 躁起
「基本攻撃魔法は電気、熱、風の3種類だが、その他にも攻撃魔法は存在する」
あくびを噛み殺し、授業を聞き流す。他の人はそれなりに真面目に聴いているようだから、つまらない授業というわけではないのだろうけれど。
でも、私には使えない魔法の話でしかない。縁もゆかりもない……わけではないか。今時、魔導技術の恩恵を受けていない人などいないのだから。でも、私は上手く興味を持てない。
「物質投射はそれの最たる例だが、今日はそれと似て非なる魔力放射の理論について紹介する」
使えないとは言っても、筆記試験があるのだから、それに必要な分ぐらいは勉強しておいた方がいいのかもしれない。前は散々な結果だったのだし。前はというか、前もだけれど。
まぁ筆記試験なんて飾りなのだけれど。
あんなの何点だろうが、進級にはさほど影響はない。大部分は実技試験で決まる。そして、私の場合、実技試験は免除されている。
私はそういう意味では特別なのだと思う。
特別に自動的にこの学校での在籍権を得られる。進級権だって付与される。必死に勉強をして、魔法の練習をしている人から見れば、羨ましい立場なのかもしれないけれど。
でも、それは権利というよりは強制に近いものでしかない。つまりは私はこの学校にいないといけない。私はずっと国家機関に監視されていないといけないらしいから。
私の魔法はそこまで特別なものらしい。あまり実感はない。一度も使ったことはないし、本当に魔法が使えるかも怪しい。今から何かの間違いと言われてもあまり驚きはしないと思う。
「つまりは魔力自体を体外に出すという今までとは真逆のことをしなくてはいけないわけだ。これは非常に、っと。今日はここまでだな」
私が考えごとをしながら、机を見つめている間に授業は終わる。
同時に周囲の人が動き出し、共同体を形成する。大体は友達の集まりで、ちらほらともう少し親密な関係らしい人も見える。
どの共同体の中にも私はいない。
ここまでは去年までと同じ光景だけれど。
違うのは。
「ミューリ」
少しすれば、リナが来てくれること。
「ほんとに、来てくれたんだ」
「うん。約束したでしょ」
確かに朝にはそう言ったけれど、私は彼女が同じ教室の誰かと仲良くなって、こちらに来ない可能性もあると思っていた。いや、そちらのほうが可能性は大きいかと思っていた。
「それじゃ、部屋にでも行く?」
「そうだね。そうしよ」
私達は昨日と同じように、私達の部屋で昼ご飯を食べる。
昨日と同じように、不思議と美味しい支給飯を口へと運ぶ。
昨日と違うことは、昼休みで終わらないということ。
「昼休み終わったら、実技演習だっけ?」
「そうだね。学年合同でやるやつだよ」
去年まで通りなら、ある程度の課題がでてそれをこなしていくみたいな風な感じのはずだけれど。私はやったことがないから、詳しいことは知らない。
「なら、一緒にいられるのかな?」
「普通ならね。でも、その」
少し言葉に詰まる。
でも、リナになら大丈夫なはずだから。
「私は魔法使えないから。一緒にはできないよ」
私が使用できる魔法は1つだけ。命を捧げる魔法。一応、国家機密らしい。
それが私の唯一の魔法。これ以外の魔法は使えない。だから、実技の練習もしなくていい。
他の魔法も少しぐらい使えても良いように思うけれど、医者の人が言うには術式の容量だとか魔力形質がなんだのと言っていた。つまり、私はどれだけ練習しても魔法が使えるようにはならないということで。
もしもリナと練習ができれば、少しはこの学校生活が楽しいものになるのかもしれないけれど。そんなこんなで、昼休みの後を考えれば少し憂鬱になる。
「そっか。えっと、ミューリはその間何してるの?」
「何って……」
何だろう。
特段何かをしているわけではない。
だいたいはぼんやりとしているだけな気がする。
「何もしてないけれど」
「ならさ。私の魔法練習を見ていてよ。一緒にいたいな」
またしてもさらりとそんなことを言う。
そしてその言葉に、私はこうも心を揺さぶれられている。
「えっと。でも、私。邪魔だろうし」
「大丈夫。邪魔なんかじゃないよ。今回だけでいいから。お願い」
なんとなしに反射で断ろうとかと思ったけれど、そこまで言われれば断るのも悪い気もする。
それに、彼女はこれが初めての実技演習なのだから、独りでは心細いかもしれない。なら、ついていってあげるのが同室のものとしては正しい選択のような気もする。うん。ちょっと怖いけれど。
それに……少し気になる。
リナがどれぐらい魔法を使えるのか。
そうこうしているうちに鐘がなり、午後の授業が始まる。
授業というか、実技演習なのだけれど。
広い演習場で、それぞれが各々の魔法訓練をしている。
別に課題をこなさなくても特に問題はないけれど、学期末ごとにある実技試験のことを考えれば、それなりに真面目に練習をしなくてはいけないだろう。
それに不真面目な生徒はいても、自らの魔法力を高めようとしない生徒はいない。それがこの魔法学校に通う者の自信に繋がり、強いては将来へと繋がるのだから。
逆に言えば、魔法が使えないものに居場所はない。
私はリナに連れられて、その隅を陣取った。
そこで彼女は小さな端末を見ながら、課題を確認している。やはり何かしら課題が送られてくるらしい。
「ここにある課題をやればいいのかな」
「まぁ、そうだと思うよ? どんな課題なの?」
「こんな感じ」
そう言ってリナが見せてくれた課題は、そんなに難しいものとは言えないものだった。15歳まで魔法訓練を積んだ人なら難なくできるはずのもの。
恐らく最初だからかな。次第に難しくなっていくと思う。多分。そうじゃないとおかしいし。
まぁ、この時点で私にはお手上げなのだけれど。
「これ、何も教えてくれないの?」
「うーん。確か先生に聞きに行くんじゃなかったかな。ほら、巡回しているでしょ? それに理論自体は授業でやってるものなはずだし、自主性がどうこうってやつじゃないかな」
「そっか。そうだね。とりあえずやってみるよ」
最初の課題は、魔力を熱、風、電気のいずれかに変換するというもの。
リナは魔力を軽く立ち昇らせ、掌のなかに光輝く電気を生み出す。
「これでいいのかな」
それはとても綺麗な魔力操作だった。
素人目でもわかるほどに、無駄のない操作で彼女は魔法を使用した。
「す、すごいね。もしかして魔法、得意なの?」
私の問いに、彼女は手の中の電気を消し、考えるように目を閉じる。
「うーん。どうだろうね。それなりではあると思うけれど」
「でも、今のすごかったよ。そうだ、課題。すごく先までいけるんじゃないの?」
「どうだろ。やってみるけれど」
そう彼女は謙遜したけれど、それからすぐに彼女は次の課題も達成した。
彼女は電気を操作し、火を生み出し、水を凍らせた。
それも素早く、綺麗に、強い魔法を使った。
それは私から見ても、他の生徒と遜色ない。いや、他の生徒よりも優れた魔法だった。
入学したてなのだから、もう少し苦戦するものかと思っていたけれど。でも、考えてみれば後編学校へと進級したこの時に入学してきたのだから、かなりの魔法の使い手であることは考えるまでもなかったかもしれない。
「おい。お前」
横から声がした。そこには男が立っていた。
彼は魔力を立ち昇らせて、リナを見据えている。その目はとても恐ろしく見える。まるで、戦いを求めているような。
私は反射的に身を強張らせるけれど、リナは軽くを視線を動かすぐらいで緊張をしているようには見えない。
「私?」
「あぁそうだ。なかなかやるようじゃないか。どうだ? 俺と決闘しないか?」
彼はそう言った。
決闘とは大仰な言い方だけれど、要は模擬戦である。ここでは研鑽のために、生徒同時の戦闘が許可されている。
けれど、わざわざ決闘と言ったのだから、多分彼はあの規則を持ち出すつもりで。
それなら決闘になるとまずい。そうは思ったけれど、話に割り込めるほど私は強くはない。
「……なんで、私と?」
「まぁ話題の新入生がどの程度か測っておいてやろうと思ってな。周りの奴も気になっているようだしな」
後半の言葉は彼にはあまり関係ないように見えるけれど。でも、実際その通りなのだろう。彼女との話に夢中で気づかなかったけれど、薄っすらと視線がこちらに向いている。正確にはリナへと。
でも、リナが気になったのは前半の言葉だったらしい。
「話題の?」
「あぁそうさ。魔法の使えない愚図と仲良くしているやつがいるってな。俺はてっきりお前も同類かと思っていたから興味はなかったが……意外と楽しめそうじゃないか」
そこで彼はちらりと私を見る。
その目に私は委縮し、目を逸らす。
やっぱり私といることは悪目立ちするらしい。
私はリナと仲良くしていたいけれど、もしも私といることが彼女との妨げになるというのなら、離れたほうがいいのだろうか。それとも、彼女の方から離れていくだろうか。
それを想像すると、ざわざわした。
周囲の話し声がうるさいからか。それとも。
「……戦いは、しない。もうどっか行ってくれる? 悪いけれど、私、練習したいんだよね」
彼女は強い眼でそう言った。
そこには強い意志が存在していて、やはり私などとは違うことを思い知らされる。
「ふん。つまらんな。そうだな……やる気がない奴とやっても仕方ないか」
「そういうこと。だから」
「なら、こうすればやる気が出るか?」
彼の魔力が高まり、闘争心を含んだ目がこちらを見ていた。
まずいと思った時にはすでに遅く、私の身体は宙に浮いていた。痛みを覚悟したけれど、いつまでたっても痛みは来ない。
恐る恐る目を開ければ、そこはリナの腕の中だった。
そこでやっと彼女が助けてくれたに気づく。
「大丈夫?」
「うん。あ、ありがと……」
彼女は優しく私を降ろしてくれる。
すると彼女は視線を攻撃してきた彼に戻す。
「今の……明らかに狙ったでしょ。ミューリが怪我してたらどうするの?」
隣でそう語る彼女はとても恐ろしい目をしていた。
さっきまでの強い意思の中に、攻撃性が含まれたように見える。
それが私は恐ろしい。
助けられた分際でこんなことを言うべきではないのだろうけれど。そんな顔をリナにしてほしくはない。彼女には笑顔が似合うのだから。
「知らんな。俺も練習したくなってな。それにあれぐらい身体強化が多少できれば吹き飛ばされることはないだろう」
攻撃してきた彼の視線が再度こちらへと向く。
そこには敵意などはない。ただ単に私は餌なのだから。でも、怖い。
でも実際、彼の言葉通りでもある。あれぐらいの風なら、多少なりとも身体強化できるなら攻撃にはなり得ない。
「戦えば……1度、戦えばいいんだね? それでもうこんなことはしないと約束して」
彼女は棘のある口調でそう言った。
私は焦ったように口を開く。
「だ、だめだよ。リナ、決闘になったら」
まずい。そう言おうとしたけれど、それよりも早く。
「愚図は黙っていろ!」
怒鳴り声が響く。
そこには歯をむき出しにし、闘争心を隠そうともしない男の姿があった。
私は委縮し、何も言えなくなる。
「手を出すな、だったか? それは約束しよう。だが、お前が力不足であった場合はその限りではないぞ。俺は雑魚との約束など守らんからな」
「じゃあ早くやろう。どうやるの?」
「隣の模擬戦場で良いだろう。ついてこい」
彼はどんどんと歩いて行ってしまう。
もう放っておけばいいのではと思わないでもないけれど、そんなことをすればもっと酷いことになるだろう。
「ごめんね。なんか大変なことになっちゃった」
「ま、まずいよこれ。ここの決闘は何でもありなんだよ! 流石に魔導機はだめだけれど、まだ習ってない魔法もありだし……すごく危なくて! それに負けたら」
流石に殺すことは禁止されているけれど、大怪我をさせることは許可されている。というよりも決闘をするとなった時点で、その許可を出したことになる。それに非公式規則ではあれど、敗者は勝者の要求に応えるというものもあるし。
怪我はともかく、後者の方は勝てば問題はないけれど、あの男は、この学年で三本の指に入るぐらい強い人だったはず。リナがどれぐらい魔法を使えるかはまだ未知数だけれど、危険すぎる。
そう思ったのだけれど。
「大丈夫。見てて。多分、負けないから」
彼女はそう言って、彼に続いて模擬戦場へと入った。
模擬戦となれば、大抵みんなの注目の的になる。
特に授業の一環ですらない決闘となれば、話題をさらう。
2人が軽く準備をしている間に、同学年のほとんどの生徒がすぐに集まってきた。
私は心配で仕方がない。
もしもリナが怪我をしたら、それは私のせいだ。
私が彼女に戦う理由を与えてしまった。彼女は戦いなど嫌だといっていたのに。
せめて怪我をしないでと祈るけれど。
私にはただ祈ることしかできない。
「おい。お前は何を求める?」
「求める?」
「あぁ、負けたやつが勝ったやつの言うことを1つ聞く。簡単だろ?」
まるで男は当然のように言う。
多分だけれど、これまでも何度もこの非公式規則に則りやってきたのだろう。実際、決闘の際には当然のように行われているものだし。
「じゃあ、私とミューリに関わらないで」
「おうとも。じゃあ、俺の要求は」
「聞かなくていい。どうせ私が勝つから」
「あ?」
男の目が鋭くなり、声が一段と低くなる。
威嚇するように足で地面を蹴りながら、リナに話しかけている。
「舐めてんのか?」
「そんなことはないけれど。魔法は何を使っても良いんでしょう? なら、勝つのは私だから。これ、もう始めて良いのかな」
「……良いだろう。後悔するなよ!」
彼が地を蹴る。
それが開戦の合図になる。
結論から言えば、リナが勝った。
彼女の魔力が少し動いたかと思えば、男の身体は地面へと転がっていた。もちろん男もその程度で諦めるわけもなくて、立ち上がろうとするのだけれど、それはできない。
何かしらの力がかかっているのだろう。
男の魔力が動けど、男の身体は動けないままで。
それでも男は魔法を放とうとするけれど、それもすべてリナにより相殺される。
彼女はゆっくりと近づき、男の目の前で魔法を構えた。
勝敗は誰が見ても明らかだった。
「これで私の勝ちだよね」
「……くそっ。俺の負けだ」
圧倒的だった。
勝負は一瞬で、彼女は勝利した。
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