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 生徒会長の机の上に今度は、一枚の絵が置かれている。もちろんその作者は鏡花である。紅き炎をまとった、ドラゴンにしては覇気のない生物が、まあ見事に描かれてはいる。そう言えば以前、時雨と逢い引きしてたのって、美術室だったっけ。その手の才能はあるのか。


「上手いよ。そんな不安そうな顔しないで」


 鏡花の性格からして、この出来栄えで見せるのは不本意なんだろうから、きちんと正直な感想を伝えるとして、その後は……、鏡花があっさり白状してくれるわけないか。それにさすがの私でも、この間どういう顔をしていればいいのか、全然わからない。


 そうこうしていると、生徒会室のソファでスマホをいじるばかりで、全く仕事を手伝わない好奇心旺盛な明世が近付いてきた。


「あ、応援旗ってこと?いいじゃん、でかい旗をふりふりするのが、革命の醍醐味だもんね!」

「別に革命を起こすわけじゃないんだけど……」


 しかし、鏡花がここぞとばかりに首を縦に振っているので、珍しく明世が的を射たことを言えているらしい。心と心が通い合った途端、鏡花は目を激しくしばたたかせつつも、普通に話し始めた。


「昨日、練習見てて、旗持ちがいたらもっと派手になっていいと思った。だから旗の図柄を描いてきた……いい、よね?応援合戦には不可欠だよね?」

「なるほどねー。意外と盲点だった。なにせ、実行委員に経験者がいなかったからね。高学歴は声が小さいの」

「いや、開成高校とかあるし。きっとあいつら、喉をすり潰してるでしょ」

「むさくるしい男の話はしてない。よし、採用!早速旗作りに取り掛からないと」


 私が賛同すると、わかめを熱湯に入れた時のように、鏡花の表情はすぐ、晴れやかで鮮やかになった。前で組んでいた手も解放されていた。


「えっ、でもでも、本番は今週末だよ?それに白軍の旗も必要でしょ?間に合うのかなぁ」

「そこを何とかするのが……モロックマの使命でしょ?」

「えっ、私、体育祭は不干渉の構えなんだけどっ!?」

「別に、モロックマの代わりなんていくらでも居るからいいよ」

「そんな嫌味っぽく言われたら、ちょっとだけ協力して、厚かましくしてやるもん」


「まあそういうわけだから……、出来れば白組の分もデザインを考えてきてくれる?旗の制作自体は、皆でやっておくから」

「うん!任せて。すぐ作るから」


 鏡花は強く頷いた。何だかすごく、楽しそうにしている。興味のない人には、いつもオドオドして、自己主張しないって思われてるだろうけど、本当はこの絵のように、燃えたぎる想いを抱えている。まあ、ちょっと向き合うだけで、結構簡単に触れるんだけどね。


 なんて言うか、私以上に私らしいのかもしれない。そう肌で感じながら、学校の金で無地の旗をいっぱい発注しておいた。


 そういうわけで、やる事は増えたけど、二人三脚の練習を怠るわけにもいかない。こういう時に一番、スケジュール管理が得意で良かったと思う。二人三脚自体は、意外と息ぴったりで、今のところ一度も転んでない。


 西日が眩しい時間になったので、ハチマキをほどき、防球ネットに寄りかかってひと休みすることにした。


「今日はもう終わり?」

「そうしようかな。島袋さん、結構体力あるね……」

「お世辞?」

「違うよっ。素直に感心してるだけだって」


 お茶を吹き出しそうになった。私の言葉ぐらい、虚心坦懐に信じてくれてもいいじゃない。


 鏡花は軽い動きで腰を下ろし、反対の柱に寄り掛かった。涼しい顔で、何気ない空を見上げていた。


「そう言えば、応援旗の制作は順調だよ。ちゃんと本番に間に合いそう」

「ごめんなさい……。私がその場の思い付きで変なこと言ったから、余計な負担を増やしちゃった」


 その場の思い付きなのは、そういう自分を卑下する言葉だって、本人は気付いてないらしい。あの旗には、鏡花の粒々辛苦と色んな思惑が潜んでいるに違いない。少なくとも私はそう捉えている。


「それより、ずっと気になってたんだけど、あの動物?って何なの?回答によっては中二病だなーって思うけど」

「さっサラマンダーだよっ。あのパラケルススが提唱した四大精霊の一角。なんてったってあの、フランス国立印刷局もロゴマークにしてるし……」


 鏡花は饒舌に語りだして止まらない。存外、明世と気が合うんじゃないか?


 しかしそこまで気合いが入ってるとなると、生半可な気持ちで背負えないなぁ。


「でもどうして、そこまでしてくれたの?」

「そこまでって言うほどでも……」

「んーん、私はちゃんと見てるからね。あの日、一日中眠そうにしてたでしょ」


 鏡花は前を向いて、ちょっと俯いてしまった。それから耳も頬も赤くして、静かな夕暮れに似合う小声でささめいた。


「羨ましかった……皆が……」

「羨ましい?」


 聞き返すと、鏡花はこくりと頷いた。


「あの、騒がしいのとか、悪ノリとかは苦手だから、あの輪の中に入るのは無理だけど……。でもほんのちょっとだけ、触れてみたかったから……」

「そっか。あぁ、応援合戦やる人たち、みんな喜んでたよ。これで士気も上がるね。ありがとう、島袋さん」


 応援旗を作ることになって、盛り上がっているグループLINEでも開いた。それを流し目で見た鏡花は、後ろ髪をカーテンのようにして、顔を隠してしまった。


「うわぁーっ、恥ずかしい、やっぱさっきの嘘だからっ。感謝とかしないで!私が惨めに見えるーっ」

「あーもう、上手くいったんだから気にしないのーっ。ほら、さっさと着替えて帰るよー」


 背中を優しく2、3回叩くと、鏡花は仕方なさそうに立ち上がった。それでもなお、瞬きの回数は多いし、もじもじして落ち着かない様子だった。


「あ……ありがとう……。平島さんが、手伝ってくれなかったら、机上の空論で終わってたんだし……。二人三脚の練習も付き合ってくれたし……」

「友達なんだし、できることはするよ。これからも、頼りにしてね」

「んー、二人三脚で1着になったら」

「それはダメだよ!島袋さん、約束を破れないから」

「むぅ……じゃなかった、はい、頼りにしますっ!」


 鏡花は息が詰まるぐらい堅苦しく、威勢よく返事をした後、私と目が合って笑ってくれた。私も、鏡花からはたくさん元気が貰える。明日を迎える意味を貰える。タブラ・ラーサに戻った君は、どうか、そのまま何も記されないまま、正直で意固地で一生懸命なままでいてください……。


「あっでもっ、1着は狙う……できる気がする……」

「その意気だよ。本番も頼むよー」

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