2-3

 どうしてこうなった。神様は私以上に不器用すぎる。これじゃあただの試練だ。本当にガントレットになってしまった。何でもいいって言うのはもうやめよう……。


 業務連絡みたいなものとは言え、話しかけてくれたことに心躍っちゃうはずだったのに、悪い緊張の仕方をしている。3秒に1回は体育祭のことを考えてしまう。あーもう、また飛び出しちゃおうかなーっ。


 放課後、私は二人三脚の練習のために、ランダムウォークしながら校庭に出た。私にとってその決断は、人生に一度あるか無いかぐらいの重さがあった。でも行かなかったら縁佳に迷惑がかかるから、自己は捨てないといけない。これ以上、迷惑を掛けたら……嫌われちゃうかもしれないし。


 どうやら先に応援合戦の練習があるらしく、私は一段高い所からその様子を、律儀に体育座りをして眺めていた。何だかもう浮かれた空気が漂っている気がする。ちゃんと盛り上がれるなんて、少し妬けてしまう。


 冷や汗をからかうようにそよ風が巻き起こり、縁佳の真紅のはちまきがなびいた。そのまま縁佳はお立ち台……ではなく証言台に上がった。そしてその気迫は泡沫のように消え、結局何してるのかよく分からないまま終わった。証言台から降りる時、縁佳はよそ見どころか、私に手まで振ってきた。


 応援合戦の練習が終わると、縁佳は小走りでこっちに向かってきた。私も気は進まないけど、砂地のほうに降りた。


「島袋さん、見てたのねー。そう、本番でもコサッ紅団長として前に立つから。応援団の応援よろしくね?」

「んー、ん……」


 なんだ、そのふざけたチーム名は……。やっぱり、いろいろ根堀り葉掘り、あまねく全ての不満を問いたださないと気が済まないっ。


「何か言いたげな顔してるけど、どうかした?」

「そりゃまあ……。だって、はっ初めてでもあれは無いよっ……と思います……」

「あれ?」

「あの体たらくっ……あぁーっいや、とぉーっても良かったよ、うん、完璧ー」


 手を糸車のように回して死に物狂いで弁明している傍ら、縁佳は目を逸らしながら、口に手を当てて静かに吹き出してた。笑って取り繕ってくれてるけど、余計なことを言ってしまった、絶対1点減点されてる……!


 私の口からは相手を立てたり、阿るような言葉は出てこない。ただ、私が思ったことを垂れ流すだけの、装置でしかない。それで、いつも微妙な空気にしてしまう。話しかけてほしいなんて、どうしてその願いだけが叶ったの……。


「確かに、練習から手を抜いていたら、本番が上手くいくはずないもんね。それは島袋さんの言う通りかも」

「違うのっ。いいよ適当で、どうせ私が足引っ張るだけだし……」

「島袋さん、なんか難しいこと考えてない?」


 縁佳はそう言って、私の胸の前の拳を鷹揚な手つきで、少しだけ自分のほうに手繰り寄せた。縁佳の目はとても穏やかで、怒っては……ないだろうけど……。


「私は島袋さんに何を言われても、気を悪くしたりしないから。友達に気を遣うなんて、先輩に敬意を払う次に馬鹿らしいよ。さっ、二人三脚は真面目に練習しようかー」


 縁佳はそう言うと、自分のハチマキを外し始めた。まあ、歯切れは悪かったけど、言いたいことを言えたからか、聞きたかったことを聞けたからか、胸のすく思いがした。


 やっぱり、縁佳は私のことを結構わかっている気がする。そう頼んだ覚えはないから、私は傲慢な人間ではない……はずだ。この人となら、二人三脚ぐらい完走できる、そう確信していた。


 ハチマキを足に結び付けて体を起こした縁佳は、小首をかしげて、まだ何かが引っかかっている様子だった。


「まだ何か言いたいことでもあるの?」

「えっ?まさか……」

「これから二人三脚するのに、気の迷いがあったらコケるよ」

「じゃあえーっと……、なんで裁判みたいな小道具を……?」

「あぁ、そのことねー。応援合戦は今年から、というか私たちで企画したものだから、まだ準備が整ってないの」


 逆になんでそんな物ならあるんだ、と心の中では頸動脈をチョップしていた。


「さあ?この学校、遅刻を3回した生徒は、法廷で裁かれるって伝説があるけど、その物的証拠じゃない?」

「それはバスドライバーの腕にかかってる……って、応援合戦は、ひっ平島さんが提案したの?」

「そうだよ。だって、あーいうのがあったほうが、盛り上がるじゃん」

「うわぁ、自己顕示欲でいっぱいなんだね……」

「人並みだわ。引かないでよ」


 残念だけど、私に青春は早かったらしい。畏れ多くなってきて、肩を組もうにも手が震えてる。真面目に練習しようって言った矢先、今にも私が脱落しそうだ。


「たっ大変僭越ながらっ、かっ肩、肩失礼しやすっ」

「ふふっ、比較的身を委ねてくれていいからね」

「ひっ、比較的!?」

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