1-7

 行ってしまった。本当に、どう紛いても、時雨は戻ってこないんだって、完膚なきまで説得された。普通なら時雨なら、諦めて前を向けるのに、私は泣きじゃくってわめいてばかり、いつまでも躓いたままだ。


 縁佳は時雨のことを最低だと言い切った。でも改めて我が身を振り返ると、自分も全く同じだ。見たくない現実、時雨にとっては大切な人の死、私にとっては時雨に愛想を尽かされたこと、それらに蓋をして、進みたい方向に進み続ける。こんなに幼稚で、劣後する私なんて、こうやって捨てられて当たり前だ。正義はこちらにも無い。


 誰も信じたくないし、当然の結果だと思いつつも、独りぼっちにはもう耐えられない。一寸先も杳として知れない人生なんて……、消えてなくなりたい、できるだけ苦しい死に方をしたい。


 おばあちゃんの家にある石油ストーブのような温もりが、背中を覆っている。……こうやって、また無条件に優しさに身を委ねてしまう。甘い言葉に耳を傾けてしまう。どうして私はこんなにダメな人間なんだろう。もう、なんで泣いてるのか、何を嘆いているのか、わからなくなってきた。


 どんよりとした曇り空は、着実に光を失っていく。あれからどれくらいの間、感情を昂らせ、我を忘れていたのだろうか。100 m泳ぐより、よっぽど疲れた。縁佳が渡してくれた、ぬるいペットボトルのお茶が、体に染み渡る。


「島袋さん、少しは落ち着いた?」

「ん……」

「あと少しでバス来るから」


 学校の目の前なのに、縁佳以外に人がいなくて、とてもこそばゆい。そもそも縁佳はどうして、私と一緒にバスを待ってるの?他人のことを気遣うより先に、そういうものかと思考を止めてしまうようになっていた。


「あぁー何だろう、想定より、全然すっきりしてなさそうねっ。しょうがないけどさ」

「わからないままで、良かったのかもしれない……」

「まあ、今が踏ん張りどころだよー。これを糧にして、あんな奴、追い越しちゃえばいいんだよ。頑張ろう?」


 私が頑張ったって、誰も得しない。私は私として15年も生きているのだから、それは疑う余地のない事実だと知っている。縁佳の期待には応えられそうにない。ここまで寄り添ってくれたのに。心の中では、絶え間なく謝り続けている。


「ごめんなさい……」

「いやいや、島袋さんが謝ることはないよー」

「だってお礼、できそうにないから」

「別にお礼なんていらないよー。お金かかったわけじゃないんだし」

「違う。クッキーを一緒に作った時、仲直りできたらお礼するって……」

「あーもうっ、言われるまで忘れてた。私たち既に友達なんだからさ、貸し借りの釣り合いが取れてなくても問題ないって」


 縁佳は笑っていた、 “友達” とかいう胡散臭い言葉と共に。勝手に決めつけたらダメなんだろうけど、どうなったら友達かも、私にはわからない。


 そうこうしているとバスが来た。何も言わずに乗り込むのは、 “友達” に対して冷たすぎるって、それくらいは私にもわかる。でも別れ際って何をするんだろう。キスじゃないのは確かだけど。


「ん……、あっこのお茶、ありがとう……」

「あぁ、それ余り物だから。行事の度に、生徒会室に飲み物が蓄積されてくの。じゃあまた明日、ちゃんと学校来てね」


 気になってしまったので、椅子の上に膝立ちして、バスの後ろの窓から、校門のほうを子供みたいに眺めた。この間と違って、今日は縁佳がまっすぐこちらを見つめている。すっきりしてない……ことも無いかもしれない。


 縁佳を信じたい。だけど、また肩透かしを食らったらどうするのって、必死に拒もうとする自分もいる。次は立ち直れないかもしれない。絶望する前に、引き剥がしたほうがいいんじゃないかって。


 でも、めんどくさい私を見捨てず、手を差し伸べてくれた。私の気持ちを察して、見ず知らずの先輩に噛み付いてくれた。そんな縁佳を、友達としてさえ信頼できないなんて、自分のほっぺたでもつねりたくなる。


 窓に反射した自分の影と慰め合っても、やっぱり孤独は紛れない。本当は、誰かとお喋りしたいし、どこかに出かけたい。晴れ晴れとした青春を送りたい。それは影だ、自分だ。息を吹きかけて消してしまっても、自戒にしかならない。


 縁佳は何を思って、帰路に就いているのだろうか……。

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